28 それこそが、真実/アズカバンの囚人

――――この人は優しすぎるのだ・・・
一度この人のやさしさを覚えたら、ずっと甘えてしまいそうで―――・・・・・・
だから名前 は特にダンブルドアだけには甘えないようにしていた。ダンブルドアは優しすぎるのだ・・・

だから自分を甘やかさないように、名前 は人に甘えないようにしているのだ。
ハリーの応急処置が終わり、どたばたと騒音を立ててフレッド達が医務室にやってきた。名前 のベッドの周りは仕切られているのでフレッド達は名前 のことに気付かなかったようだ。いや、むしろそれどころではないといった様子で、一目散にハリーが横たわるベッドの周りにやってきた

「ハリー!」

泥まみれの顔をしたフレッドが蒼白そうに声をかけた

「どうなったの?」

ハリーがあまりに勢いよく起き上がったので、皆が息を呑んだ

「君、落ちたんだよ」

フレッドがハリーの落ちる瞬間を一部始終話した。そしてグリフィンドールの敗北を知らされて漠然とした
フレッド達はハリーにねぎらいの言葉をかけるとしぶしぶ医務室から出て行った。ハーマイオニーとロンだけはハリーの所にまだいた

「ダンブルドアは本気で怒ってたわ」

・・・それもそうだろう、本当にあってはならないことが起きたのだから
そしてハーマイオニーは震えながら再び先ほどの出来事を詳細に語り始めた。2人ともなるべく箒のことに触れないように話していたのは確かだ・・・。
しかしハリーは結局自分の箒の無残な姿を知らされ、絶望するのだった。

「―――・・・」

声をかけて元気付けてやりたかったが、今はあまりハリー達と顔を合わせたくなかったし何よりも声が出ないのだから無理だろう。

ハリーはその後、週末いっぱい病棟で安静にしているべきだとマダムから言われ、ニンバスの亡骸と共に入院することとなった。
ハーマイオニー達が去ってしばらくしてから、ようやく自分の隣のベッドに誰かが眠っていることに気付いた。声をかけようとしたが、マダムに声をかけるなと鋭く睨まれハリーはベッドにもぐりこんだ。

深夜頃だろうか。誰かが医務室にやってくる音が聞こえてきた
ハリーは未だに眠れずにいた。忠実だったニンバス・・・そして勝利を逃した悔しさで眠る事すら出来ないのだ。起きていると怒られるので、寝たふりをすることにした

「―――名前 」

医務室にバリトンの声が響く。ハリーはまさかと思った。名前 が隣に眠っていて、今名前を呼んだのは―――――

紛れも無く、ハリー達の大嫌いな陰険教師セブルス・スネイプの声だった。いつもの態度では想像もできないほどの優しい声に、ハリーは驚きを隠せなかった
そうだ、いくらなんでも名前 にとっては父親なのだ――――
今までスネイプの悪口を言ってきた事を少し後悔した。友人に悪い事をした、と心の中から懺悔した

「・・・お前がそんなになってしまうまで気付かなかったとは―――父親失格だ」

一体どんなことになってしまったのだろう・・・ハリーは名前 の眠るベッドのほうへと振り向きたかったが起きている事がばれてしまうので、背中越しから会話を聞く事にした

「・・・声が出なくなってしまうまで思いつめていたとは・・・・・・」

何だって――――!?
名前 ・・・声が出なくなっちゃったの・・・・・・・・・・・?
ごめん名前 ・・・きっと君は僕らがスネイプのことを悪く言っていることなんて知ってるだろうから・・・・・・きっとそれも原因なんだよね・・・
ハリーは名前 が目覚めたら一番に謝ろう、と心に決めた

「・・・すまない」

スネイプが医務室を去っていく音が聞こえる。音が消えたと思い、急いで名前 のベッドのほうへと振り向いた。区切られていて様子はわからなかったが、区切るほどだ・・・・・・恐らく相当精神的にきているのだろう。

その夜、ハリーは罪悪感と敗北感と喪失感で眠る事が出来なかった――――
月曜になって、ハリーは学校のざわめきの中に戻った。名前 は未だに入院し、お見舞いに来るのはドラコだけしか許されず、ハリー達が行ったときもマダムに断られてしまった。

名前 は今日も1人の朝を迎え、マダムに運ばれた朝食を口にした。その日も医務室には相変わらず沢山やってくる見舞い客をマダムが追い払っていた。唯一、ドラコだけが入室をゆるされているためかドラコはたくさんの見舞いの品を持ってきた

「やあ名前 、君にってさ・・・・・・」

どさりとベッドの隣に見舞いの品々を置くとドラコはその中にあった花を花瓶に入れ、脇に置いた。

「今日ウィーズリーにワニの心臓を投げられたんだ・・・・・・あいつめ、覚えていろよ」

ドラコは復讐の炎をめらめらと燃やさせた。ドラコの話によるとグリフィンドールはその後50点も減点されたそうだ。ロンは絶対に愚痴っているだろう・・・そう思うと更に胃が痛くなった。余計にハリー達とは顔を合わせたくなくなった

ようやく退院できた後も、ハリー達とは顔を合わせないように行動していたし、隣にはドラコがいたので話し掛けられる事もなかった。ハリーは名前 を見かけるたびにどこかもどかしそうな顔をしていたが、ドラコが睨みつけるので声をかけられずにいた
ドラコはずっと名前 と一緒にいたので名前 が一人になるタイミングがなかなかつかめなかった。

その日ハリーはリーマスの授業の後、リーマスにあの日の事を話した。

「あいつが側に来ると・・・ヴォルデモートが僕の母さんを殺した時の声が聞こえるんです」

ハリーはディメンターに近づくと必ず聞こえてくる3つの声・・・・
1つはリリーを殺す時のヴォルデモートの高笑い、2つはリリーがハリーを守ろうとする声、そして3つは―――――――――

「どうしてあいつらが試合に来なければならなかったんですか?」

ハリーは悔しそうに言った。
するとリーマスはディメンターが”飢えてきた”理由とアズカバンのことを教えた。

「でも、シリウスブラックはあいつらの手を逃れました。脱獄を・・・」

シリウスという名前にリーマスは一瞬顔を曇らせる。ハリーなんかじゃ読み取る事の出来ないほどあっという間の出来事だった。

「たしかに。ブラックはやつらと戦う方法を見つけたに違いない。そんなことができるとは思いもしなかった・・・・・・長時間ディメンターと一緒にいたら、魔法使いは力を抜き取られてしまうはずだ」

「先生は汽車の中であいつを追い払いました」

「それは―――防衛の方法がないわけではない。しかし、汽車に乗っていたディメンターは2人だけだった。数が多くなればなるほど抵抗するのが難しくなる。名前 がいてくれて助かったよ」

ハリーは突然名前 の名前が出て驚いた。

「・・・名前 ・・・・・・?」

「あぁ、その防衛の方法を名前 は既に知っているからね。夏休みの3日間だけ、名前 の家に行って家庭教師をしてきたんだよ」

「家庭教師・・・?3日で名前 は防衛の方法を覚えたというんですか・・・?」

「そうだよ、彼には特別に防衛術の才能があった。」

「先生、僕にそのディメンター防衛術を教えてください!」

ハリーは力いっぱい言う。

「うーん、でもハリー・・・彼には特別な才があったからこそわずか3日でマスターできたんだ・・・ハリー、この防衛方法は一人前の大人でも難しいものなんだ。それに私はディメンターと戦う専門家ではない」

確かに名前 は防衛術の才能があるかもしれない。しかしそれも今までの努力の積み重ねなのだとリーマスは分かっていた

「でも、ディメンターが試合に現れたら、僕はやつらと戦うことができないと―――」

「そうか・・・よろしい。なんとかやってみよう。だが、来学期までまたないといけないよ。休暇に入る前にやっておかなければならないことが山ほどあってね。まったくわたしは都合の悪いときに病気になってしまったものだ」

そしてリーマスはハリーにパトローナスを教える約束をした。
ハリーは二度と母親の最後の声を聞かずにすむかもしれないと思い、さらに11月の終わりにクィディッチでレイブンクローがハッフルパフをペシャンコに負かした事もあり、気持ちは着実に明るくなってきた。しかし未だに名前 と会話が出来ていないことがどうしても心に引っかかっていた。それに母親以外の女性の声も――――

「あの人は一体誰なんだろう・・・」

母親の叫び声の後、1人の女性が駆けつけてきて叫ぶのだ――――

『兄貴―――――ッ!』

そしていつもここで終わるのだ。
その女性の声はとても悲痛な叫びで・・・・・・まるで世の中を悲しんでいるようだった―――
12月になり、寒さも本格的になった。名前 は未だに喋る事ができず、親友のドラコにはメモに言葉を書いて会話をしていた。学期の最後の週末にホグズミードへ行く事が許され一部以外の生徒は浮き足状態だった。

「名前 ・・・何か欲しいものはあるか?君の側にいてやりたいんだが・・・・・・父上から頼まれてしまった事があってね――――」

“気にせず行って来い。僕は平気だ・・・なら羽ペンとインクを買ってきて欲しい”
いつものようにメモにそう書くとドラコは分かったと申し訳無さそうに頷いた。
名前 は久々に1人で散歩がしたかったので、しぶしぶそれを了解したドラコの背中を見送りながら、庭へと出た。この寒さが幸いしてか庭には誰一人いなかった。それにほとんどの生徒はホグズミードへ外出中だ
それに今ディメンターがホグワーツをうろちょろしているので庭に出るのが怖いのだろう。どっちにしても名前 にとっては嬉しかった

マフラーをしっかりと首に巻き、森のほうへと足を進めた。

――――犬の足跡・・・

名前 は足元につい最近できたばかりの犬の足跡があることに気付いた。シリウスだ・・・
気になったので足跡のほうへと足を進めると、その足跡は森の深いところへと続いていた。森に一歩足を踏み入れると森がざわめいたような気がした。
危険な場所だとしても、ここはとても空気がおいしかった。心が洗われるような気持ちになるのだ

どんどん深いところへ行く。
歩いている最中、もうすぐで満月がやってくることに気付いた。過去の世界では変身してしまったが、普段は薬を飲んで押さえていた。
名前 はレーガン家の者が全員滅んでからというもの、左眼は紅くなり死の予兆が出来るようになってしまい、満月の夜、父親特製の薬を飲まなければ真っ白の大蛇に変身してしまうのだ。この原因は左眼と前髪同様わかっておらず、ダンブルドアはこの現象は何か強い意思が名前 をそうさせるのだという。
別に意識して変身しているわけでもないのに、変身する際、毎回女性の声が聞こえてくるのだ。女性の――――”未来を変えて”という悲痛な叫びが・・・・

「―――誰だ!」

ふいに声が聞こえてきた。ポケットにあったはずの杖を頭がボサボサの男――――シリウス・ブラックに突きつけられて身動きができなかった

「・・・お前、セブルス・スネイプ・・・・・・の息子だな、俺に何の用だ・・・・・・あいつに命令されて俺を探し出したのか!?」

「・・・・・・!(違う!)」

名前 は言葉を発する事ができない。喉から空気がでていく音がするだけだった
「―――リ・・・・ウス」

かすれた声が漏れる。しかしこれが限界・・・
シリウスは未だに杖を名前 の喉元に突きつけ、警戒している

そして不意に、頭の中から声が聞こえてきた――――

『助けてあげるよ、名前 ・スネイプ』
・・・変身する際に聞こえてくるあの女性の声とまったく同じ声だ。目を配らしても誰かいる気配も無い。しかし名前 の声が出るようになっていた――――
そしてシリウスはっと名前 の顔を驚いたように見て、すぐさま杖をおろした

「―――――お前っ・・・名前 なのか!?」

「・・・・!?」

まさか、ダンブルドアの魔法が解けるはずが無い・・・。しかし目の前で名前 の肩を持ち驚いた表情で聞いてくる人物は明らかに名前 の存在を知っている―――――

「・・・シリウス・・・・・・なのか?」

「―――お前!20年前に突然消えやがって―――――!今までどこにいっていたんだ!」
シリウスは目じりに涙を溜めていう。先ほどの様子とは打って変わっていたので名前 は唖然としてしまった。
もしかして・・・あの女性が助けてあげると言っていたのは・・・・・・まさかこの事なのだろうか

「・・・シリウス、何故急に僕の事を思い出した?」

「――――っは!?俺はおまえの事なんか一度もたりとも――――・・・・・・・・・あれ?」

シリウスはようやく今まで皆が、自分が名前 の存在を忘れていたことに気付いた。

「・・・実は僕はここの時代の人間なんだ―――」

そしてどうやって過去の世界へ来たのか、何故忘れていたのか、自分はアリス・レーガンとセブルス・スネイプの息子だということと、名前 がこの世にいないことやリーマスが教師をやっている事を洗いざらい全て教えた。ついでにシリウスが無罪だと思っている事も伝えた

全てを教えてもらったシリウスはただ受け入れられない現実に漠然としていた。

「・・・だから俺達はおまえの事を・・・だが、何で急に?」

「・・・分からない。急に女性の声が聞こえた――――それからだ」

「女の声・・・?俺には聞こえなかった・・・。それにしても名前 、お前と出会えて嬉しい!」

シリウスは自分よりも小さい名前 を力いっぱい抱きしめた。

「く、苦しい・・・」

「おっと、悪い・・・。それにしても俺、お前の気遣いを不躾にも・・・悪かった」

「いいや、いい。シリウスが警戒するのも無理は無い・・・・・・だが本当にあえてよかった。それにシリウスが僕のことを思い出してくれて―――――」

今まで空洞だった心に、暖かいものがあふれてきた。そして再びシリウスに力いっぱい抱きついた

「――――シリウス、おかえり」

「・・・ただいま、名前 。それにしてもお前ちっさいな~」

シリウスが名前 の頭をぐしゃぐしゃとすると眉間に皺を寄せて嫌がる。
「やめろシリウス・・・!」

「ちっさいなぁ~ハハハ、笑ったのは何時ぶりだろうな・・・。俺がこうしてお前を思い出す事が出来たってことは、スニベリー達もお前のことを思い出してるんじゃねぇのか・・・?」

その言葉で名前 ははっと思った。
そうなのだ――――過去の世界での出来事を全て・・・。リーマスも名前 のことを思い出しているに違いない・・・そして父親であるセブルス・スネイプも―――――――

ここで大変なことに気付いた。
そうだ、一番気付かれてはいけない人物・・・ルシウス・マルフォイ、ドラコの父君にも気付かれてしまったことに。

どうやら僕に穏やかな人生は訪れないようだ――――
「・・・父上」

案の定、名前 は先生方の事務室に呼び出された。ダンブルドアはどこか楽しげな表情を浮かべていたが

「お前が20年前、我輩たちと同じくホグワーツにいた理由は校長から詳しく聞いた・・・。しかし驚いたものだ・・・何故今更思い出したのだ――――」

「・・・僕も正直驚いたよ、セブルス。だってあの名前 がまさかここの名前 だとは―――――さっき急に思い出してね。そしたら同時にセブルスが僕の部屋へ駆け込んできたんだ・・・それに続いてダンブルドア校長やマクゴナガル先生が駆け込んできたんだよ。」

此処のいる人たち、特にセブルスとリーマスは現状をなかなかつかめず、唖然としていた。

「フォッフォッフォ、まぁ驚くのも無理は無い・・・誰かの手によって君たちの記憶の壁が壊されてしまったのじゃ・・・。しかし――――」

ダンブルドアはその後もぶつぶつと何かを呟いていた。

「・・・名前 、ごめんね。なかなか思い出せなくて」

「いや・・・平気だ。だが思い出してくれて嬉しい・・・でも何だか不思議だ」

「そうだね、本来の君の時代はここなのにね―――不思議だよね、こうやって顔を合わせると」

リーマスはくすっと笑った。名前 も自然と笑顔になる

「・・・我輩は、あの後お前が消えた後・・・・・・心の中に何か穴があいているような気分でいた。穴の原因がお前だったとは・・・。しかし不思議な気分だ」

「・・・そうですね、父上」

「―――我輩をこういうときならばセブルスと呼んでもかまわないのだぞ・・・?」

「いいえっ!そんな・・・父上は父上です・・・・・・」

「・・・そうか」

セブルスはどこか複雑な表情を浮かべ、名前 の頭に手を置いた。

「お前を、何がなんでも守っていく。」

「・・・・・・僕は父上を支えていきます」
「僕も・・・君とハリーを守るから」

和やかなムードの中、ダンブルドアとマクゴナガル達がいないことに気付いた。どうやらファッジに呼ばれてホグズミードへ向かったらしい。
名前 は突然、先ほどシリウスに食事を持っていくと約束したことを思い出し、名残惜しそうにセブルス達と別れ、厨房へとむかっていった。