23 キミガタメ/炎のゴブレッド

また一年が過ぎ、名前は今年で4年生になる。名前としてはやっと4年生といったところだが、去年の試験でなんとハーマイオニーに1点差で負けてしまい、学年2位となってしまった。しかも、ハーマイオニーは外界人であり、名前の親友と言えども名前の祖父達にとっては言わばアレルギー的存在だ。外界人に負けた事は祖父たちにとって、ホグワーツ最下位の成績に値するらしい。折角頑張ったのに、こっぴどく叱られてしまい意気消沈したのは言うまでもない。

「まぁそんな落ち込まないで」
「…彩姉さんはいいよな……学年首席だろ?」
「ふふふ、まぁね」
「……はぁ」
「うちの学校にハーマイオニーみたいな子がいなくてよかったわ、みんな頭のいい方だけど、勉強よりも綺麗になることでいっぱいいっぱいだからね」
「……女子校だもんね」
「えぇ、だからこそみんな競い合うのよ、まぁ男の貴方には分からないでしょうけどね」
「わかんないや」

人生の中で女の子を理解出来る日がはたしてやってくるかは不明だが。名前は彩の言葉にただ苦笑を洩らす。

「あ、そう言えばあなたの家族から聞いてるとは思うけど、ドレスローブ用意した?」
「え?」

彩の言葉に、名前はすっとんきょんな声を漏らす。一体何の話をしているんだろうか。

「あら、やだ聞いてないの?」
「……うん、学年2位の通知が来てから家族とろくに口を聞いてないよ……」

というよりはろくに口を聞いてくれないと言う方が正しい。来年からもっと勉強が難しくなると考えただけで学校に行くのが憂鬱になる。勉強は嫌いではないが、学年一位にならなくてはならないというのが重荷だった。

「まぁ……そうよね、あなたのおじさま、そういう方だものね……」
「……うん」
「まぁいずれ教えてくれるとは思うけど……今年ね、三大魔法学校トーナメントが開かれるの、勿論参加校はボーバトンとダームストラングよ」
「え?待って、それ何?」
「知らないの?危険だからこの100年間ぐらいは開催されてなかったんだけど、今回条件付きで開催されるのよ」
「え?」

名前を置き去りにして彩は話を続ける。

「代表選手に選ばれたらいいなぁ~って思うけど、ちょっとライバルがいるから難しいかしら……」
「……ら、ライバル?」
「えぇ、フラー・デラクールっていう子、あの子私嫌いなのよね、自分が可愛くて当たり前、男なんて自分に群れてくる鯉としか思ってないんだから、あ~今思うとほんとムカつくことばかりだわ、入学した時なんて酷かったわ、私を東洋人だからって馬鹿にして、まぁ学力という実力では私が勝ってるんだけどね……で、聞いてよ、その子がね」

結局、彩の話で理解できたことは、今年ホグワーツでヨーロッパの3つの学校の生徒が集まり、代表選手を各校から1人選び、色んな事で競い合い優勝を1人決めると言う事ぐらいだった。彩はフラー・デラクールの愚痴を散々吐き上機嫌で帰って行った。取り残された名前が呆然となったのも言うまでも無い。女とはよくわからない生き物だ。

それから数日後、ロンの家から手紙が届いた。なんでも、クィディッチワールドカップがあるから一緒に来ないかと言う誘いだった。だが、残念なことにこの手紙が届く2日前にある大事件が起きた為に、手紙の返事を書くことすら忘れてしまった。名前にとって、風早にとって、日本の魔法界にとってもクィディッチワールドカップなどどうでもよくなるほどの大事件でもある。

「ふん、伝統を破った風早家がいつまでも議長の座にいられると思ったら大間違いだ」
「で、そんな事をネチネチ言う為にわざわざ俺に会いに来たの?暇だね、次期議長殿は」
「名前…調子に乗っていると、痛い目をみるぞ」
「どうぞご自由に、かかってくるんならかかってこいよ!」
「もう、やめなさいよ二人とも!」

現議長であるケンイチが純血なる風早ではない事を、何者かが吹聴した為こうなってしまった。祖母はいつかこうなると思っていたと言っていたが、事がこんなに大きくなるとは思ってもみなかったようだ。臨時の血族会議が行われ、急遽柊家が議長となり、彩の従兄である葵は次期議長として選ばれたのだ。他の議員たちもケンイチが純血なる風早では無い事を良しとはせず、満場一致の決断だった。その論議の中に名前の名前が出されたのは言うまでも無い。この国の魔法使いの法律では女性が議長になる事は許されていないので、男の後継者のいる柊家分家がその座についたのは必然とも言える。

「よかったな、今までずっと風早を追い出したかったんだろう?よかったじゃないか、いつもつぶれた鼻が、今日は…高々だなぁ」
「名前…!」

葵はすばやく杖を名前に向け、鋭い眼光で睨みつける。ただでさえごたごたしているというのに、これ以上問題を起こすわけにはいかない。どちらかと言えば名前寄りの考えをもっている彩だが、その彩も柊家の者なので複雑な心境で二人を見守る事しかできない。

「これ以上、伝統を破らせる訳にはいかないからな、今日からお前はめでたく、父親の姓を名乗る事になるんだなぁ、犯罪者の父親の姓を名乗れるなんて、お前にしかできない偉業だよ、まったく」
「煩い…!父さんの事を何も知らない癖に、べらべらと…!」
「そういうお前だって、父親の何を知っているんだ?」
「なに…!」

そう言えば、自分は父親の事をなにも知らない。一部は知っているが、全てを知っている訳ではない。葵と殴り合いのケンカをしながら、これが終わったら日本を出て伯父であるシリウスを探しに行こうと考えた。もう、風早ではないのだから、日本にいる必要も、ない。バジリスクとお別れするのは少しさびしくはあったが、仕方のない事だ。
それから3日後、名前は正式に風早の家系図から除名され、名前・ブラックとなった。小太郎がさびしそうに鳴いていたが、どうにもならないことだってある。これは議会で決定されたことなので、絶対なのだ。幸いにもケンイチは風早の父方の血を引いていた為、議長の座をはく奪だけで済んだが、風早の権威を全て失ってしまった今、彼は日本の一魔法族でしかなかった。まだ風早の名を名乗る事が出来るが、祖父と祖母が亡くなってしまえば純血なる風早の血は途絶えてしまうことになる。誰かがまるで狙っていたかのようなタイミングに、流石の名前もこの国の闇を感じた。屋敷はそのまま柊家が使うこととなり、既に引っ越しの作業は済んでいる。議長の座を下ろされるなり、ケンイチにはやり残した事があるそうなのでそそくさと風早の山にこもってしまった。そこには風早の守りである蠎もいるので、他の一族はけして立ち入る事ができない。そこしか風早が安心して過ごせる場所がないとも言える。
新しく議長に就任した柊清が敷地を立ち去ろうとしている名前の背中を見て小さくほくそ笑む。絶対に振りかえるものか、名前は背中に感じる視線に身震いする。

「名前君、健一さんにご挨拶したらどうかね」
「―――えぇ、貴方に言われなくとも」

もしかして、貴方達はずっと、こうなる事を望んでいたのでは?本来ならば分家である葵の家が議長になることなんてありえないのだから。偶然、柊家本家の跡取りが女性だった為に、その座を得られただけだというのに。あたかも、自分の実力で手に入れた、と言わんばかりの視線に反吐が出る。

「名前…!」
「彩姉さん……見送りに来てくれたんだ」

滝のような汗を流しながら、切羽詰まった表情の彩がやってきた。その様子からして、名前がこの日に出国することをあえて知らされていなかった事が窺える。彩と名前は親戚の中で唯一仲がよかったので、議員たちから色々言われたのだろう。自分が彼女を誑かして議長の座を奪い返しに来る、とでも考えているのだろうか。この国は好きだが、考えれば考えるほどその国にいる魔法族が嫌になってくる。こんな気持ちになるのなら、一般人に生まれたほうが幸せなのではないだろうか。なんとなく、幸せな家庭のロンが羨ましく感じた。

「ごめんなさい…知らなくて…今日だって……ッ」
「彩姉さんの従兄がどんな手を使ったかは分からないけれども、なんとなく嫌な手を使ったんだなって事は分かるよ」
「……名前、本当に……行ってしまうの?」
「これは、日本の魔法界の掟だから……長男は、父親の姓を名乗らなければならないんだって、決まってるそうだから……おれが、今まで風早を名乗れたのはおじい様達が試行錯誤した結果なんだってさ……でも、その隠ぺいも、いずれ暴かれてしまう、おばあさまは今までそれを危惧していたみたい、だから、おれにたくさん勉強させて、風早の名に恥じないよう、外国の血が混ざっていたとしても風早と名乗れるぐらい立派な男になれるように、教育してくれていたんだ……今まで、それに気付けなかったおれは馬鹿なのかもしれない……もう、全て無駄になってしまったけれども」

その祖母は、詰み重なるショックの為に現在療養中だ。そのおかげで身体にかけていた魔法が解けてしまい、前とは想像もできない姿をしていた。今まであんなに嫌だった勉強も、全ては名前の為にと考えてくれていた事だったのだ。

「ねぇ、これからどうするの…?」
「日本から一歩外に出たら、おれはもう日本人じゃなくなってしまうんだ、イギリス人の……名前・ブラックだよ、だから、ここにも、もうこれない」
「…そんな……」

日本の魔法族にだけ与えられる保護魔法を今まで受けていた身だが、今となってはそれのために入国を拒否される身となってしまった。昔はこの国を早く出たい、と思っていたが、こうなってしまうとは。なんだが、物悲しい気持ちになる。

「彩姉さんは知ってるだろう、おれ、アメリカの孤児院にいたから……家が無いんだ、でも、父さんの家が、家主不在の状態だから、そこに住んだらどうかって、ダンブルドア先生が言ってくれたんだ」
「……そうだったの、ブラック家の屋敷に……だとしたら、貴方、ブラック家の、家長ってことになるの?」
「…多分ね、こんな歳で、家長になるなんて思いもしなかったよ」

ははは、と暢気に笑う名前を彩は何とも言えない表情で見つめる。

「そうだ…今年は、例のトーナメントがあるから、学校で会えるじゃないか」
「えぇ、そうね……でも、日本には、もう、戻れないの?」
「伝統を破った罪でね、おれは二度と、この地には戻ってこれないそうだよ……」
「……そうなの……あの、私、名前に日本の食べ物とか、送るから…その……寂しくなったら、いつでも呼んで、私、駆けつけるわ」
「…気持ちだけ、受け取っておくね」

恐らく、学校以外で彩とこうして話す機会はもうないだろう。彼女が日本と決別しない限りは。名前の足元で、小太郎がさびしそうに鳴いた。