22 キミガタメ/アズカバンの囚人

弦の葬儀は静かに行われた。外国の魔法省大臣もやってきて、次々に棺の前で蓮華を手向けていく。葬式の方法は国によっては違うので、彼らは事前にレクチャーされているのだろう。お辞儀をする時に、一瞬ファッジと目があったがすぐにそらされてしまう。日本の魔法族は火葬ではなく他の国同様土葬なので、棺が埋められていく瞬間を全員で見守った。彩の従兄、葵の母が嗚咽を漏らす。あれが嘘泣きだと誰もが知っている。それを見て名前の祖父は小さく舌打ちをしたが、全員がそこに集中しているためそれを誰かに聞かれると言うことは無かった。

土葬も終わり、参列者は集落の中心にある屋敷へ向かう。名前は最後まで弦の墓に残り、静かに祈る。その時、誰かが此方にやってくる音を聞き、名前は急いで木の影に隠れた。

「お悔やみ申し上げる……ケンイチ」

「……コーネリウス、久しぶりだな」

「君達日本の魔法族は見た目をそのままにとどめる魔法を使うから、なんだか私だけ年を取っているんじゃないかと錯覚させられるよ…」

ファッジが祖父の後輩だということは知っている。随分親しげに話しかけてくるファッジに、ケンイチは静かに受け止める。

「君の弟、ゲンは私を好いてくれていなかったようだが、私は彼の腕を認めているよ、彼は偉大な魔法使いだった……」

「…そうだな、我々はそういう時代に生まれ育った……」

「また、議長になってくれるね、ケンイチ」

「…あぁ、そうなるだろうな……」

「いやはや、君がまたあの席についてくれることを喜ばしく思うよ、これで、日本と我が国との絆は確かなものとなる」

「……あぁ」

「君は、なんたって名家、ブラック家の血を引く者だ、時代は変わったというのに、何故それを公言しないのだ?」

「コーネリウス、分かっているだろう…私がそれでどれほど苦労をしたか」

「あぁ…だが、君が上に立ち、それを変えればいいじゃないか、血が混じったと言えども純血同士ではないか、名家の血を両方受け継ぐ君だからこそ、友として私も期待しているよ」

何故、ファッジがその事を知っているのだろうか。ふと疑問に思ったが、ファッジはかつての祖父の後輩だ。祖父曰く、ファッジとは腐れ縁だと言っていたが、きっとそのために知っている事も多いのだろう。

「まさかとは思うが、その事をべらべらと吹聴してはいないだろうね、その軽い口先で」

「まさか、これはブラックとカザハヤ両家での極秘事項だ、と言っても、今さら知られたところでどうともならんとは思うがね」

「……伝統を守らなくてはならない、それがカザハヤの使命だ」

「伝統を守る事はとても大切な事だとは思うよ、だがしかし、行きすぎた古い伝統を守り続けるのには感心せんな……」

「ふん、君らの国のように、外界人との結婚を許せとでも言いたいのか?馬鹿は休み休み言え、奴らは我々の生命を脅かす存在だ」

祖父が外界人、マグルを嫌っているのは知っている。祖父の意外な一面を知り、祖父の事を家族だと思えるようにはなったが、祖父のこういう面は相変わらず理解できない。リドルが祖父の事を同族だと思っていた気持ちも分からない事もない。こう言う面では、2人は同じ思想の持ち主だったのかも。

「それはまぁ……昔は我々も彼らに迫害されていた身だ、だが、今はこうして平和に過ごしているではないか。何もそこまで嫌う事も無かろう」

「葬式で忙しい私をとっ捕まえて言いたい事とはそれだけか」

「いや、この話は止そう、まぁ、私が言いたかったのはせめて異国の魔法族との結婚は許してやったらどうだということだ、君の家のようにね」

「私は娘の結婚を許した覚えは無い!あのバカ娘め、よりによってブラックなんぞと!」

遠まわしに自分の事を言われているようで胸が痛む。

「ブラック家は……今や滅ぶ寸前だ、君が苦労した時代から生き残っているブラック家はもういない、何故そこまで気にするのかね?伝統というやつかね?それが君を縛り付けているのかね」

「よりによって、あの子の父親はあの男の部下だった!我が国に、そちらの国の問題を持ち込まないで貰いたい」

「あー……それは……まぁ、そうだな、だが同じ魔法族の問題は共に解決するべきだろう」

「都合の悪い所だけ我ら日本の魔法族に押し付けるつもりか?グリデンバルドの時もそうだった……我々が手を貸しているのではないかと噂を流した張本人が」

「その時は……私ではない、私の前任の大臣だ……」

「同じようなものだ!さぁ話は終わりだ、君の部下が君に何か言いたそうにあちらで待っているぞ」

「……では、また今度その件について話そう……君たちには申し訳ない事をしてしまったと思っている……」

あそこまで他人に感情をあらわにさせる祖父の姿はとても珍しいものだ。結局2人がいなくなるまでは木の影から出らなかった。

名前は祖父の只ならぬ怒りを遠くから感じ取っていた。感情を相手に露わにすれば、それが弱点になる。その為、健一は滅多に人前では感情をあらわにしない。その彼が、あれだけ怒りを露わにしたのだ。きっと深い事情があるに違いない。

葬式が終わったばかりだと言うのに、祖父の前には大量の仕事が押し寄せてきた。今回は緊急を要する為、選挙をせずそのまま健一が議長になることとなったが、一部では反発が起こっていた。特に強い反感を抱いているのは柊の分家を中心としたグループで、健一の机の上には彼らからの嫌がらせの手紙が次々に届けられた。祖父にはお前が気にすることではない、と言われそのままホグワーツに戻る事となったが、どうしてもあの時の大臣との会話が気になって仕方が無かった。グリデンバルドは大昔、凶悪な闇の魔法使いとして名を馳せていた人物だ。彼の事件に日本の魔法族が関わっていたなんて聞いた事も無い。

他国の大臣たちもその日の夜には戻り、名前もファッジと共にホグワーツへ向かった。何かとんでもない事を聞いたのか、大臣はとても慌てた様子だ。

「……アルバス、一体どういう事だね」

「うむ、彼が逃亡したのじゃよ、コーネリウス」

「ポッター達が手を貸したに違いない!」

「セブルス、何故ハリーが手を貸さなくてはならないのだね」

病室の中から大臣とスネイプ、ダンブルドアの言いあう声が聞こえてきた。名前はそのまま部屋に戻ろうとしたが、話しあいが終わり、部屋を出てきたスネイプにとっつかまってしまった。

とりあえず、自分が日本にいる間とんでもないことが起こっていたのは分かった。問答無用に腕を掴まれ、名前はスネイプの私室まで連れてこられた。

「……お前が日本に帰っている間、シリウス・ブラックが何者かの手を借り……また逃げた」

「シリウス・ブラックが……?」

「詳しい事情はポッターどもが知っている……我輩はポッターたちこそ、そいつに手を貸した張本人だと思っているのだがね」

ハリー達が、シリウス・ブラックに手を貸した?どういう事だ、と頭が混乱する。ハリーの両親はシリウス・ブラックに裏切られたのではなかったのだろうか?

「お前に色々と聞きたい事がある、お前は、奴を初めから知っていたのか」

「……いえ、会った事はありません」

「我輩に嘘は通用せんぞ、お前は奴を匿っていたらしいではないか」

「何度も言います、一度も会った事は」

「嘘を抜かすな、お前は何度も奴を救った……動物もどきに化けた奴に水や食料を与えたばかりではなくポッターの居場所まで吐いた」

「……動物もどき……?」

「お前が面倒を見ていた、あの黒い犬だ……首輪には、お前の名前が刻んであった」

「……まさか、コジロウが……シリウス・ブラックだったんですか?」

「聡明なカザハヤの人間だというのに、それすら見抜けなかったか……」

コジロウが動物もどきだったなんて……自分は、ハリーを狙う彼を匿っていたというのか。だが、ハリー達が手を貸して逃がしたとスネイプは言う。これじゃあべこべだ。

「セブルス、もう良いじゃろう、彼は……ゲンの葬式で疲れておる、家族が亡くなったばかりの者に問い詰めるのはいささか酷ではないだろうか」

いつの間にかに現れたダンブルドアによって、名前はそれ以上問い詰められることはなかった。だが、あの時のスネイプはとても恐ろしかった。彼はシリウス・ブラックにかなりの恨みがあるのだろう。

その日は疲れていたのもあって、すぐに眠りについた。勿論、小太郎も一緒に。朝目覚めると、ハリーは退院できたのか早速昨晩起きた出来事を教えてくれた。ロンの鼠が実は動物もどきのピーター・ペティグリューで、ハリーの両親を売った張本人は実は彼で、シリウスに罪をなすりつける為に指を一本残して姿を消したとか。シリウス・ブラックに元々罪は無く、ピーターのせいでアズカバンに収容された。だが、ロンの家族が新聞に載っているのをみて、確信したそうだ。ピーターが生きていることを。だから彼はホグワーツに来て、彼を殺そうとした。だが、結局は殺せずピーターに逃げられてしまった。息継ぎもせず語るハリーに意識を集中させる。

「それでシリウスは、どうにか逃げたんだ、バックビークに乗って」

「……バックビークは処刑されたんじゃなかったのか?」

「ハーマイオニーが授業中使ってた、アレをつかって時間を戻したんだ」

「……あぁ、逆転時計か」

「名前は別の授業で被るから、教えて貰っていたんだよね」

「うん。そっか……シリウス・ブラックは無罪だったんだ……」

「ロン、未だにショックみたい……ペットがピーター・ペティグリューだった事に」

そりゃそうだろう、見知らぬおっさんを肌身離さず連れ歩いていたんだから。その事を聞いて、はっとした。そう言えばハリー達には小太郎が何なのかを知らせていなかったっけ。

「なぁハリー、日本の魔法族が使う守護霊の呪文って、少し変わっててさ……姿形をとどめておくことができるんだ」

「へぇ、すごいねぇ……」

「小太郎は、おれの母さんの守護霊なんだよ」

「……え?それ、本当かい?」

「あぁ、おばあさまが言っていた……今回、ゲンおじいさまが亡くなったのは悲しかったけれども、おかげで家族の事が色々と分かったんだ」

「……君がいない間、本当に大変だったよ……」

「はは……だろうね」

「笑い事じゃないよ、でも、名前も大変だったね……」

「うん……それで、大切な話があるんだ」

名前は息を吸い込み、また息を吐くのを何度か繰り返す。

シリウス・ブラックと和解が出来た今なら、ハリーに真実を伝える事が出来るだろう。

「おれな、父さんがブラックなんだ」

「……え」

長い沈黙の後、ハリーの驚きの声が部屋中に響き渡る。

「ど、どうして言ってくれなかったんだよ!そ……そんなこと、初めて聞いたよ……!そうか、だからおじさんは、君の事を聞いたんだ……!」

「そうなんだ」

「そうなんだって……君、シリウスおじさんの息子だったのかい!?」

「え?」

「おじさんが、君のおかげで命拾いをしたって言ってたよ……だから、近々君に手紙を出すとも言ってたけど……そうか、道理で、君はそれを知っていたんだね?自分の父親が無罪だってことも、全て!どうして教えてくれなかったんだ!」

ノンブレスで吐き終わったハリーはぜえぜえと息を荒げる。

一体ハリーは何を勘違いしているのだろうか。

「ちょっとまって、病室に行こう!ロンやハーマイオニーにも聞いて貰わなくちゃ!」

「え、ちょっとハリー!?」

問答無用に腕を掴まれ、病室に連れてこられた。まるであの時のスネイプみたいだ、とはあえて言わないが。

「ロン!ハーマイオニー!」

「ハリー、病室では静かにしないと……マダムは今いないけど、来たら怒られちゃうわ」

「それどころじゃないんだ!ともかく名前の話を聞いて!」

さぁ話すんだ、と視線を向けてくるハリー。ハリーは勘違いをしたままだし、2人にもどっちにしろ話すつもりでいたのでまぁ何も問題は無い。

「小太郎は、おれの母さんの守護霊なんだよ」

「え?どういうこと?犬だろう?」

「違うよ!それも大切だけど……父親のこと!」

「……あぁ、そっちか……」

「ちょっとハリー、あなた何を興奮しているの?」

当然事情を知らない2人はぽかんとしている。興奮しているハリーを宥めるハーマイオニーだったが、ハリーはそれを無視して声をあげる。

「名前!君、親友なのにどうしてそんな大切な事を話してくれなかったんだよ!」

「だって、シリウス・ブラックが君を狙っていると思っていたから、話せないだろう、普通……おれだって、悩んだんだ……でも、話したら絶交されちゃうんじゃないかって……でも、親友だから全て話したかった……タイミングがなかなかつかめなくて、結局話せなかった……その事は謝るよ、ごめんね」

「……そりゃ、うん…そうだよね、ごめん……」

2人は訳が分からないと言わんばかりの視線を向けてくる。ハリーが落ち着いたのを見計らい、名前は家族の話を始めた。

「ともかく長い話しなんだ……おれのおじいさまが半分ブラックの血を引いていることも事実だし、おれがレギュラス・ブラックの息子であることも事実なんだ」

「……え?」

今度はハリーが驚きの声をあげる。きっと、両方に驚いたのだろう。

「え?君、ブラック家の人間だったのかい?」

「おじいさんも半分ブラックで、名前はお父さんがブラック……まぁ、あなた殆どイギリス人じゃないの」

「ハーマイオニー、普通そこが気になる!?」

「えぇ……ごめんなさい、それで、名前のお父さんはレギュラス・ブラックなのね。でも、それは誰なの?」

ハリーはシリウスが父親だと勘違いしていたようで、未だにぽかんと口を空けている。

「レギュラス・ブラックは、シリウス・ブラックの弟だってスネイプ先生が言ってた。先生と同じ寮で、後輩だったって……それと……」

死喰い人だったという事実。

3人は、父親が死喰い人であることをどう思うだろうか。もしかしたら、今度こそ絶交されてしまうかもしれない。名前はぎゅっと唇をかむ。

「……それと?どうしたの、名前…」

「もっと重大な事があるのね……大丈夫よ、私達親友でしょう、親友の事は全て受け止めるわ……だから、安心して、ね?」

「……名前、ともかく色々とびっくりしたけど……今さらもう何も驚かないから安心してよ」

本当に素敵な親友を持てた。震える口で名前は3人につげた。父が死喰い人である事を。

「……まぁ、そうだったの…でも、名前は関係無いわ、そうよね、2人とも」

「……あ、うん、そりゃ驚いたけど……でも、名前は無関係だ、父親がどうであろうとも、名前は名前だろ?」

ハリーの顔を見るのが怖い。一番、この事を気にするのはハリーだ。なんたって彼の両親の敵なのだから。

「……名前」

「……」

恐る恐る、ハリーを見上げる。

今度こそ、嫌われたかもしれない。2人はああ言ってくれたが……実際に被害に遭っている訳ではない。

「ありがとう、教えてくれて……君は、とても勇気があるよ」

「……ハリー?」

「名前は、父親のようになりたいと思う?」

「ううん、それは絶対に嫌だ……」

「なら、いいよ……君は、本当に良い奴だ、怖かっただろ、真実を告げるのは」

「……うん」

ハリーは自分を許してくれた。とたんに肩の力が抜け、その場に座り込んでしまった。

「どうしたんだい名前?」

「はは……ちょっと、足の力が抜けちゃったみたい……」

「間抜けだなぁ名前は」

「もう、ロン……名前はとても大切な話を、私達にしてくれたのよ」

「分かってるって、そう睨むなよハーマイオニー」

「……ありがとう、みんな……おれ、すごく……嬉しいよ……君たちは、最高の親友だよ……君達に会えてよかった」

「へへ、まぁね、だからさ、これからは貯めこまないで何でも話してよ、そうしたら名前も気疲れする事もないだろ?」

「……うん」

しばらく談笑していると、突然マクゴナガル先生に呼び出された。恐らく期末試験の事だろう。名前は葬式のため試験日に間に合わなかった。その為、今日これから試験が行われるのだ。色んな事があっても、試験は無くならない。今回ばかりは落胆の表情を浮かべる名前。

夏に届く通知表がとても恐ろしくてならない、名前であった。