09 それこそが、真実/賢者の石

『・・・クククク、向こう側からほいほいとやってきたぞクィレル』

―――何?!

今クィレルと言ったよな・・・?まさか、クィレル先生が犯人だったとは―――

名前はその事実に動揺してしまって今の状況を掴む事がなかなかできなかった。気付いた頃にはもう遅く――――
闇の手が名前を捉えた。体が凍りのように冷たくなっていくのがよく分かる・・・そして意識もしていないのに足が勝手に前へと進んで行く

あの時の警告を無視するのではなかった・・・後悔の念が押し寄せてくる。が、今更後悔しても何もかもが遅かった
名前は敵の手へとしかも自ら渡ってしまったのだ。もはや勝ち目は無い

絶望と同時に左眼と頭に激痛が走る

「・・・ぐッ!!」

痛みに耐え切れず、どたりとその場に座り込むとクィレルが壊れ物を触るかのようにして名前に触れてきた。クィレルが触れるとさらに痛みが酷くなってゆく

「ぐっ・・・・・・・ク、クィレル先生―――」

「君は勘がいいから恐らく我々が何をしようとしているのか・・・分かってしまったのだろうね」

いつものどもりがなく、瞳をまるで凍えそうなほどに冷たく細めた。口元がにやりと不気味に笑うとどこからともなく声が聞こえてきた。

『・・・左様、アリス・S・レーガンの1人息子――――名前・スネイプ』

背筋が凍りつけられたような感覚に陥る。声はまるで地獄から響き渡っているかのような・・・・・・この声の主はこの傍にいる。いや、むしろここの部屋の中に居る―――

と思うと急に恐怖が名前の中を駆け巡る。薄笑いを浮かべるクィレルよりもずっと恐ろしいものだと感じた。まさか・・・まさかそんなはずは無いだろうが・・・・

「・・・ヴォルデモート卿?」

そうで無い事を刹那に願ったが、あたかも打ち砕かれてしまった。現実が名前を襲う

『クックック・・・流石はあの男の息子だ、閉心術にも長けているようだな。勘も抜群のようだ』

クィレルが後ろを振り向いたとたん、恐ろしい形相をした男の顔が後頭部に現れた。目は真っ赤で瞳孔は縦に裂け、鼻は鍵穴のようで顔色は青白く・・・・・・・まさに悪魔のような顔だった。名前がこの激痛と恐怖と戦っている中、残虐味を帯びた声はクックックとさも愉快そうに笑う

「名前・スネイプ―――君は嬉しい事にヴォルデモート卿に選ばれし者」

一体何に?

クィレルが淡々と話す。激痛と恐怖の中自分の感情がよく分からなくなってくる。どうにか意識を保っているのだが、何を言っているのかをちゃんと理解するのは流石に難しかった。

『俺様は今、どんな魔法使いも成し遂げられなかった事をしようとしている。そのためには名前・スネイプ、貴様の力が必要なのだ』

ヴォルデモートは名前をいとおしげに見つめながら言う。だが今の名前はそんな言葉をちゃんと聞き取れるような状態ではなかった。ただ声が聞こえるといった感じで、痛みと恐怖のせいで何を言っているのかを理解する余裕すらなかった。
ヴォルデモートが近づくとさらに痛みは激しくなる。もはや意識を保っている事事態が奇跡だろう・・・・・・
ぼんやりとした意識の中、クィレルは杖を出し名前の左腕に杖先を押し付ける。正しくはヴォルデモートが呪文を言っているのだろうか・・・そのとたん痛みは不思議に消えうせたのだが今度は左腕に激痛が走った。

「ぐあっ・・・!」

『クックック・・・これで貴様は俺様の所有物となった。』

ヴォルデモートは残虐味を帯びた高笑いをする。クィレルがいとおしげに左腕を持ち上げる・・・・・・・・・

「・・・君もこれで我らの仲間だ――――さぁ、共に歩もう」

名前には今、何が起こっているのか理解できなかった。頭と左眼の痛みが消えたのはいいのだが今度は左腕に激痛が走っていたのだった。何故急に痛みが別のところへ移ったのかは分からないが、かすんで見える自分の左腕だけは確認することが出来た。
――――蛇が剣の周りを覆うようにしている印が浮かんでいた。
名前は自分の父親の左腕にも似たようなものがあるのを知っていたのだが、これとは違って骸骨の口から蛇が出ている印だった。この印は恐ろしいほどの闇の力がこめられているような気がした。ちらっとクィレルの左腕を見てみるとやはり父親と同じ印が施されていた。かつて父は死喰い人だった…そして、息子である僕も、死喰い人ということか…?

自分はこれからどうなってしまうのだろうか。なんだかとんでもない事に巻き込まれたような気がする。そして改めて左腕を見ると鳥肌が立った。印は今にも動き出しそうなくらい生々しいもので、剣の所には文字がうっすらと浮かんでいたがぼんやりとしていて読み取る事ができない。

『クィレル、こやつに手荒な真似をするな。こやつは・・・・・・そう、大切な――――』

頭に鳴り響くような声が聞こえたかと思えば一気に世界は真っ暗な闇へと変貌していった。失神呪文でもかけられたのだろうか・・・・頭の隅でそんな考えが浮かんでは消えて行く

名前は真っ暗な闇の中、ただ宛もなく彷徨う。
目覚めた頃には全てが終わっていた。いつもと変わらない医務室のベッドの周りには何故だか知らないがお菓子やら花やらがたくさん置いてあった。
起き上がろうとするのだが、悔しい事に力が入らない。左腕を見てみると包帯でぐるぐる巻きにされていて、印が見えなくなるようにしてあった。左眼にも包帯がされているのにようやく気付いた。

「・・・ハリーに知らせなくては」

クィレルが犯人だと、賢者の石を狙っているのはヴォルデモートだったと・・・・・・・・・これを教えればハリー達はとんでもなくびっくりするだろう。ハリー達じゃなくてもびっくりする事実だろうな・・・
名前はそんなことを考えながらもどうにか体を起こしたのだが、やはり体は起こす事が出来てもそれが限界で苦しそうに息を吐いた。

「Mr.スネイプ―――!目覚めたのですね・・・!動いてはいけませんよ、すぐにスネイプ教授をお呼びしますから!!」

マダムポンフリーの声がしたかと思えば、マダムは急いでスネイプを呼ぶべく医務室を出て行った。

父上にはどう説明しよう・・・これは説教だけでは済まされないだろうな。僕はどうしたらいいんだ・・・・・・・・・父上に迷惑ばかりかけているなんて。
名前は自分の左腕のことをすっかり忘れて父親のことを考えた。マダムが行ってから1分もしないうちに勢いよく蒼白そうなスネイプが名前の元へと駆けつけてきた。

「――――名前!」

息子の名を呼んだと思えば勢いよく名前を抱きしめた。名前は一体何が起きてるやらでただ呆然としていた

「・・・父上?」

「―――――馬鹿者」

今、見間違えだとは思うが父上が・・・・・・泣いているような気がした。それからずっと名前を無言で力強く抱きしめていた。
しばらくしてスネイプが名前から離れた時、ようやく父親の表情を見ることができた。

目の下には以前よりもっと酷い隈、顔は痩せこけ今にも死にそうな顔。自分はとんだ親不孝者だ。

「・・・父上、すみません。うかつでした・・・・」

「――――」

無言だったが、その表情からは何を言っているのか読み取る事が出来る。
―――死ぬほど心配をした

そうとでも言っているような表情だった。名前は罪悪感で父親に顔向けできずに俯く。

「・・・・・・お前すら守ってやれない、駄目な父親だ―――――」

セブルスの声は仄かにかすれていた。

「・・・ち、父上?」

名前は何事だと思い父親の顔を見上げると、セブルスは苦しそうに名前を見つめていた。

「お前すら守ってやれない、駄目な父親だ・・・・・・我輩は父親と名乗る資格すら無い――――――お前に、印を、我輩と同じ――――――――――」

途切れ途切れに言う。表情はうつむいてしまっているためか見えなかったが、苦しそうな表情をしているのは確かだ。

「我輩は・・・息子のお前に印をつけさせてしまうほど――――どうしようもない親なのか」

自らが危険に足を踏み出した、と言おうとしたのだが父親に言いとどめられてしまった。セブルスは胸が苦しそうに息を吐くと恐る恐る名前の左腕の包帯を解く。

「―――この印は闇の帝王の印だ。付けられてしまえば一生消える事は無い・・・我輩の左腕にもついているがお前のは違うタイプのようだな・・・」

苦々しげに自分のと息子のを見比べる。

――――つまり、この印はヴォルデモート卿の印でつけられてしまえば生涯闇が付け狙ってくるという事か。とんでもないものをつけられてしまった・・・だが、何故僕がつけられなくてはならないのだろうか。あの人は、僕の力が必要だといった。けれども、あの人の求めるような力は僕にはない。
名前が不安げに左腕の印を見ていると、スネイプが小ビンを取り出しそれを飲むように促した。それを飲むと体を覆っていた何かがふっと消えたような気がする。

「この薬は、闇の力をおさえるものだ。名前の腕につけられた印は我輩のものよりも強大なる闇がこめられている・・・・・・闇の帝王は滅多な事では闇の印をつけるような方では無い。つまりお前は闇の帝王に気に入られてしまった・・・そういうことだ。」

「あの人が言っていました…僕の力が必要だと」

「―――それは本当か」

「…はい、詳しくは、わからないのですが」

本当に、とんでもない人物に好かれてしまったものだ。これも左目の呪いのせいなんだろうか。

「その印のことは極秘だ・・・マルフォイ家の者にも一切話す事を禁ずる。無論だがポッターどもにもだ・・・・・・この印のことはホグワーツの教員とダンブルドアしか知らない。お前はドラコ・マルフォイとは違っておしゃべりではないからその辺は平気だと思うが・・・・・・よく用心するように。常に閉心術を怠るな…」

「分かりました、父上」

スネイプは周りに隙を見せるなと注意した。左腕も常に包帯を巻いて隠すようにといわれた。
魔法で隠せればいいのだが、そんな事が出来ていたら父上もとっくに実行しているだろうし、わざわざ左腕を隠すようなことをしなくても済むだろう。

「父上・・・その、クィレル先生はどうなりましたか」

この質問にスネイプはぴくりと眉をひそめた。そして短く「死んだ」と答えるだけだった。
あの時の左眼の痛みはやはりクィレルの死の予兆だったのか。我ながら不気味な目だ。この左目がありとあらゆる厄災を招いているのか?だとしたら、今にも引っこ抜きたいくらいだ。
それから名前は特別処置により、終業式を迎えずにスネイプ邸へと連れて行かれ宿題は休養の為全て免除となった。ドラコたちが聞けばどんなに喜ぶことやら・・・
名前はスネイプの“馬鹿者”という言葉を胸に抱きしめながら、いつも通りの静かな生活へと戻っていった。
休みに入るとさっそくロンなどから手紙が来た。
賢者の石のこと、その後起きた出来事を事細かに説明してくれた手紙を読んでみるとあの時の恐怖が蘇るかのようだった。

“名前へ”

まず君に謝らなくちゃいけないことがあるんだ。実は賢者の石を狙っていたのが『例のあの人』だったんだ・・・スネイプじゃなかった。心の底から君に謝るよ――――ごめん
ハリーが言うにはクィレルの後頭部に『例のあの人』の顔があったらしいんだけど・・・ぞっとするよね・・・・・・・きっと見たら心臓止まっちゃうと思うよ。

それから君の父親を悪く言ってばっかりでごめん・・・だけどこれはしょうがない事なんだ―――名前なら分かってくれるよね?僕たちも名前の前では極力言わないようにするから・・・その、なんというか今までどおり仲良くしてくれるかい?ずうずうしい奴だと思うだろうけど・・・・・・
君と急に話さなくなったのはそのせいなんだ・・・スネイプがあの時はずっと犯人だと思ってて・・・・・・

ロンからの手紙は10枚にも及ぶ内容だった。
今まで名前と話さないようにしていた理由、何故疑っていたのか、どう疑っていたのかが赤裸々に綴ってあった。そして最後に、「PS,特別処置で早く帰ったんだって・・・?マダムポンフリーから聞いたよ・・・・・・だいじょうぶかい?」と書いてあった。今まで避けられていた理由もわかり犯人が明らかになり、父親の疑いが晴れたし仲直りできた様だし・・・今の名前を幸せな気分にするには十分すぎた。返事には短く「気にするな」と書きまとめ、梟の足にくくりつけて送った。夏休みはめずらしく父親と一緒に過ごすことができたし、寂しくない食事を取る事ができた。

もしかしたらこの印のせいかもしれないが今はこの印に感謝しておこう。