08 ロングボトムの仕立て屋/エニエスロビー

サンジに案内されたそこはプールサイドで、パラソルの下にはナミが座っていた。

「ナミすわぁああん、名前すわん連れてきたよぉおおおお」
「はいはいどーも」

彼の対応には慣れているのか、手をひらひらとさせると例のごとく妙な動きをしながら去っていった。気のせいだろうか、彼は随分とナミに塩対応をされているような気が…。

「あはは…お邪魔します」
「ふふふ…」

不敵な笑みを浮かべる彼女と目が合う。ここに呼ばれたのにはなんだか裏がありそうだ。がたん、と椅子から立ち上がったナミは、名前に向き直る。

「え―――何、かな」
「あんた、うちに入りなさい、いや、絶対に入りなさい、返事はYES以外認めない」
「ええええ!?」

あんた仕立て屋なんでしょう!?そう詰め寄られ、ゆっくりと頷くとがっしり肩を掴まれ、麦わらの一味に入れと説得されてしまった。

「ルフィを助けてくれたでしょ?本当にあれには助けられたわ…それに、あんたもここにずっといられないでしょ?」
「ま…まぁそうですね…」
「政府から狙われてるんだから、ここにいたら危険―――そう、わかってるわよね?」
「そ、そうです全くその通りです―――」

彼女曰く、政府に狙われている人が一人二人三人といる船にあんたが加わったところで変わらないからともかく一緒に来なさい、ということだった。なんとやさしい人だろうか…と思ったが、実は戦いが終わった後、名前が仕立て屋と聞いていた時点でナミはすぐに彼女を仲間に取り入れようと考えていた。
仕立て屋が居れば…町中を走って服を買いあさる必要もなくなる。船の上でいつでも新しい服をゲットできるという訳だ。しかも材料は自分たちで手に入れればいいだけの事…男連中は粗雑なので新しい服もすぐにぼろぼろになってしまう…だが、彼女がいればどうだろうか。服代がかなり浮く―――おまけに魔女だから、空も飛べる。性格も適度に警戒心があり、何よりもしっかりとした理性を持つ仲間が一人増えるだけでナミの負担はかなり軽減される。この船の中でまともな人間は自分とチョッパーだけだとわかっているナミにとって、彼女を仲間に引き入れることはとてつもなく重要なミッションだった。ちなみに、ロビンはまともに見えて結構ずれていたりする。

「おいナミ、何言ってるんだ、もう仲間だろこいつは」
「え!?なんです突然!?」

腕を伸ばし、びよんと突如姿を現すのは船長、モンキー・D・ルフィその人だった。

「ほらルフィが言ってるじゃない、だからあんたはもうこの一味の仲間よ!」
「え、ええ~~~~!?」

そんなわけで、突如海賊入りを果たした名前。あの時、ルフィを助けた時点で彼の中で名前は仲間扱いになっていたようだ。ちなみに、後から知った事だが名前を一味に入れてほしい、とナミたちに頼んだのはパウリーだった。もちろん、彼女たちも元からそのつもりだったようだが。

「本当に、いいんですか?」
「当然よ!!ああっ、これで常識人が増える…はぁ…」
「おいナミ、それじゃまるで俺たちが非常識みてぇじゃねぇか!」
「まったくその通りよ!!」

うん、賑やかな人たちだ。いや、賑やかな“仲間たち”かな?
戦い疲れているはずなのに、どこからその元気が湧いてくるのだろうか。やはり、気の許せる仲間がいると違うのだろう…。頬を引っ張られるルフィの姿に名前は笑う。

しかし、どこかへ行くつもりだったのに、まさか海賊になるとは。ロシナンテを飼い主の元に帰してしまったら、自分はひとりきり―――ならば…彼らと旅をするのも悪くはないだろう。何より彼らはあちこちを冒険している…きっと、帰り方だって見つけられるはず。
一つだけ気がかりなのは、故郷の家族や友人たちが元気に暮らせているかということ。ホグワーツを卒業してからは、悪い魔法使いと戦ったり、戦いが終わっても趣味の旅行や仕事柄殆ど家に居ることはなかった。便りも特に出さなかったので、きっとどこかの国で楽しんでいるに違いない…そう思われているのだろう。どこかで元気にやっている、そう思っていてくれればいい、余計な心配はかけたくないからね。

宴会が始まり3時間後…ルフィに連れまわされ、くたくたの名前は休憩をすべく程よい場所を探していた。無限の体力を持つ彼らと、自分とでは稼働時間が異なる。もう流石に疲れてきた…。ルフィの手から逃れ、あたりをきょろきょろしていると奥のほうで一人静かに酒を飲む麦わら一味の剣士…ゾロと目が目が合った。

「本当に良かったのか、お前」
「―――うん」
「もう逃げられねぇぞ」
「あはは、大丈夫、みんな楽しい人達だし…なんだか、こんなに笑ったの、久しぶりなんだ」
「ふうん…」

対して興味もなさそうなゾロに、名前は苦笑する。

「まぁ、足を引っ張らないように頑張ります」
「お前魔女なんだろ、魔法使えばいいじゃねぇか」
「―――魔法も万能じゃないの、そんな大したことはできないわよ…」
「いや、十分大したことやってのけただろ」

やはり、マグルと認識は違うのか。名前としては剣で建物を切ってしまったり手をたくさん生やすことの出来る彼らのほうがすごいと思う。

「あー、私仕立て屋だから、みんなの服、何でも作れるから落ち着いたらサイズ、調べさせてね」
「あぁ?別に服なんてどうでも―――」
「おぉおおい糞マリモォオオオオなにうらやましい会話してやがるんだぁああっ」
「あぁん!?」

何処からともなく湧いて出てきたサンジと酒を飲んでいたゾロが衝突する。結構な激闘のような気もするが、二人がけんかをしても無視しなさい、とナミから言われていたので無視をすることにした。
そういえば、彼らにはもう一人仲間がいるはず…。確か名前は、ウソップだ。ウソップは色々とあって一味を抜けてしまったらしく、ロビンを取り戻すため共に戦ったが、それとこれとでは話が別らしい。
ウソップが仲間から離れ、自分が新たに仲間入り…ちょっと嫌な流れだ。彼が仲間に戻ってくれれば…素晴らしいスタートを切れるのに。とぼとぼと歩いていると、林の近くで誰かの話し声が聞こえてきた。

「―――!」
「どうしたの、ロビン」
「いえ…別に…そういえば、貴女、仲間になったそうね…改めて、よろしくね」
「えぇ、よろしく―――同じ狙われている者同士、仲良くしましょ」

ロビンはふふふ、と小さく笑った。
そういえばロシナンテはどこへ行ったのかしら。ここには自分好みの食事が無いので、腹を空かせて渋々森に狩りへ向かったのだろうか。彼を探し、森を暫く歩いていると突然足元に冷たい何かを感じた。これは…霜、のようにもみえる。

「おっと、ごめんよお嬢さん、君が~~~えーっと、なんだっけ、忘れた」
「――――え?」

声を掛けておいて何なんだ、この男は。
よく見ると背がかなり高い。巨人族程でもないが、ハグリッドよりも高いことは間違いない。この世界に来て驚かされたことは、まず、人が大きいこと。もちろん同じ体格の人もいれば、ものすごい小さい人もいる…こちらの世界の大きい人たちが、あちらの世界では想像もできないほどの大きさなだけ。巨人族すら可愛く感じるようになるだろう…。

「えーっと、君が名前ちゃん?」

この男、絶対にわかって声を掛けてきたな…。新手のナンパだろうか。

「…えぇ、そうですけれども…」
「見たところ―――うーん、なんていうか、普通だね」

どんなかわいこちゃんかと思いきや…。そう呟く目の前の男に、少しムカついたのは事実。どうして初めて出会った相手にここまで貶されなければならないのか。少しぶっきらぼうな口調で答える。

「で、何の用なんですか」
「あぁ気分悪くさせた?ごめんごめん…怒らすつもりはなかったんだ、ただえーっと、なんだっけ、忘れた」
「―――忙しいので、失礼しますね」

そう言い残し立ち去った…筈だった。どういう訳だか、あっという間に男に追い付かれてしまった。この人…瞬間移動でもできるのだろうか。うっすらを汗を滲ませ、名前は袖の中に杖があることを確認する。しかし、男はそれを見逃さなかった。

「ちょっと待ちなよ、それを出したら君を即刻“連れて行かなくちゃならなくなる”んだ―――もう、わかるよな?」

そういわれ、はっとする。もしかして、この男は…海兵なのではないだろうか…と。杖からそっと手を離すと、ゆっくりと距離を取る。

「そうそう、いい子だ…別に君を取って捕まえようって訳じゃない…ただ、“それ”を出されちまうと、君が“保護”すべき“魔女”であることの証明になる…俺があったのはウォーターセブンに住んでいる一般市民で、魔女とは何も関係が無い…そのつもりだから安心しなさい」
「…は、はぁ…」

とりあえず、“現時点”では“保護”対象のようだ…。ルフィの仲間になってしまった以上、どうなるかはわからないが。

「忠告をしておきたかっただけだ―――いいかい、海賊なんて、止めておきなさい」

その言葉に、ぎゅっと胃袋が痛む。もう遅い…仲間になる、と約束をしてしまった。あんなにいい人たちを、裏切ることはできない。それに―――彼らと一緒にいて“楽しい”“居心地が良い”と感じてしまった自分を偽ることはできない。見知らぬ世界での暮らしは…孤独との戦い。ロシナンテを帰してしまえば、一人で生きなくてはならない。一人は慣れている…が、“こちら”の世界となると話は別。
ウォーターセブンにもこれ以上は居られない。パウリーたちを巻き込むかもしれないからだ。ルフィたちならば、彼らは強いので問題はない…ナミも、追われている者が一人二人増えようとも変わらないと言ってくれた。すぐに帰れない今、取るべき行動はひとつ。

「ご忠告、ありがとうございます。やさしいんですね」
「あらら、そう来る?」

名前も大人だ。駆け引きの一つや二つできないことも無い。

「―――まぁ、義務として忠告はしたから」
「そちらも色々とあるんですね」
「まぁな、めんどうだが仕方がねぇ…次会ったときは、君が何を言おうとも連れていく」

そう肝に銘じておきなさい。それだけ言い残すと彼はどこかへ去って行ってしまった。一瞬の出来事だったが、とてつもなく長い時間かのように感じた。闇の魔法使い達と対峙したあの時を彷彿とさせる男だったと思う。名前はしゃり、しゃりと霜を踏みしめながら森を出た。

「もう!ロシナンテどこへ行っていたの!?」
「キーキーキー!」
「言い訳は聞かないわよ、あなたのせいで大変だったんだから」

結局、ロシナンテはナミの近くで休憩をしていた。男性よりも女性の近くにいることが多いロシナンテの性格を考えれば答えは直ぐに見つかったというのに。あそこへ誘われたのは、きっと魔女の“カン”なのだろう。

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