09 ロングボトムの仕立て屋/エニエスロビー

…これは、何かの見間違いだろうか。名前は麦わら一味の手配書の中に挟まっていた驚くべき一枚を手にし、唖然とする。ロシナンテもそれをみて耳元でキーキーと騒がしいし、どうして俺より高いんだとゾロには文句を言われ…朝からとても疲れてしまった。

「仕立て屋・ロングボトム―――懸賞金1億5000万ベリー…政府もそれだけ本気という事ね」
「はぁ…ナミ、ロビン…私、泣きそう…」
「ALIVE ONLYねぇ…」
「うぅ…」

全国指名手配―――いや、全国というより全世界?シリウス・ブラックも顔負けなのではないだろうか…。捕まったらこちらの世界の“アズカバン”に連行でもされるのだろうか…“保護”すべき“魔女”という気になるキーワードがあるので、まだ“保護”対象であれば命は助かるかもしれない。しかし、どうもきな臭い。ルフィたちの仲間になるのが最良だろう。
賞金が上がり喜ぶものも居れば、新たに懸賞金がかけられた者もいる。その中にフランキーの名があるのが少し気がかりだった。鉄人フランキー、懸賞金4400万ベリーだが彼もこの金額でこの街に居続けることは難しいだろう。
ちなみに、サンジの手配書だけが写真入手失敗によりイラストになっていたが、絵心があるようで無いような何とも言えない印象を与えてくれる手配書になっていた。船医のチョッパーが50ベリーでペット扱いなのが少し残酷だなとは思う。

約束の時間まで荷造りに追われている名前は、忘れ物や買い忘れが無いかあちこち走り回っているとルフィたちの船を作っているアイスバーグたちを発見した。今回、ルフィたちから盗んだ金で宝樹アダムを買ったフランキーは、それでルフィたちを乗せるための新たな船を作ってくれている。フランキーが船を作るなんてかなり久しぶりのようだが、横顔がとても輝いて見えた。やっぱり、好きな事をしている時が一番楽しいよね。

「フランキー、はい、差し入れ」
「おう、サンキュー、気が利くなぁ名前」

彼のエネルギー源であるコーラのビンを3本手渡す。

「―――麦わらの一味に入ったんだろ?女部屋にはウォークインクローゼットを作っといてやるから安心しろ」
「ふふ、ありがとうフランキー」

フランキーも来ないの?そういうとなぜかそっぽを向かれてしまった。

「あ、そうだ、みんなの差し入れもあるんだった」

魔法をかけてあるショルダーバッグから飲み物とドーナツを取り出すと、工具を取りに戻ってきたパウリーがその様子を目を丸くしてみている。

「―――おい、そりゃあどうなってんだ」
「魔法をかけてあるから…その、空間を拡大する魔法?みたいなのかな」
「へぇ…便利だな、魔法って」
「便利だけど、大したことはできないよ」
「「全然大したことやってるだろ」」

やはり、生まれた時から魔法に慣れ親しんでいるので今更驚くことも無い。が、フランキーたちにとって魔法は未知の領域。ちょっとしたことでもすぐに驚かれてしまうので、表では滅多に魔法を使わないようにしておこう、と改めて心に決める。いかにもそうです、と言っている道具も表では出さないようにしよう。

「手伝えることがあったら言ってね」
「おう、すまねぇな!」

船を作り、汗水流している彼らを横目に名前は涼しい表情でウォーターセブンの街を歩く。あと手に入れるのは、ファー生地20メートルと、ウール生地を20メートル、毛糸を100玉と、白と黒の糸を100個…うん、まだまだたくさん必要そうだ。仲間が増えたので、彼らの分の服も作る…となれば、それだけ材料も必要となる。ナミからは服を作るための材料費をたんまりと頂いているのでありがたく、上手に使わせていただく予定だ。
一つの店ではすべてそろわない為、ウォーターセブンの店をすべて周り、足りない分は明日受け取ることにした。

「…ここと、しばらくお別れか」

事情は伝えられなかったが、いろんな人に挨拶はできた。ここに来て2年…いろいろなことがあったけれども、得たものは大きかった。右も左もわからない自分を支えてくれたウォーターセブンの人たち…みんなの事は、絶対に忘れない。名前は世話になったこの島に、ほんのちょっぴり特別な魔法をかけた。ほんの些細な魔法ではあるけれども、みんなが幸せに、元気に暮らせますように、と。

「―――やっぱり、寂しい?」
「…うん」

ガレーラカンパニーとフランキーたちが一生懸命作ってくれた船…サウザンドサニー号に揺られながら名前は呟く。永遠のお別れではないのに、涙が出てくるのはなぜだろうか。島を離れ暫くすると、寂しさがこみあげてきた。

「みんなは元気だね」
「ふふ、そうね、長鼻君も戻ってきたし…」
「あ、そうだよね…でも、ウソップ、戻ってきてくれて本当に良かった」

ウォーターセブンを離れるとき、直前でやっと麦わら一味が集合できた。メリー号を廻って仲たがいをしていた仲間たちが、ようやく元の一つに戻ったという訳だ。ルフィも、ウソップも、サンジも、ナミもゾロも、チョッパーも泣いて喜んでいた。ロビンは少し離れた場所でそれを嬉しそうに見ていたっけ。フランキーと名前はまだ新参者なので泣くとまではいかなかったが、改めて彼らの絆の強さを感じたのは言うまでもない。
そうそう、フランキーも麦わらの一味に“船大工”として入った。ここの船には、“船長”のルフィと、“剣士”のゾロ、“狙撃手”のウソップに、“航海士”のナミ、さらに“コック”のサンジと、“船医”のチョッパー、“考古学者”のロビン―――最後に、“仕立て屋”の名前が加わったことにより、バラエティ豊かな一味となった。そういえば、“音楽家”が欲しいとルフィが呟いていたような気がするので、音楽家も間違いなく仲間に入れるのだろう。

海軍の…というよりは、ルフィの祖父、モンキー・D・ガープからの熱い見送りを受け無事安全な海域までたどり着くことが出来た一行は、夜になるまで船の上で宴をつづけた。あんなに宴をしたというのに、まだまだ体力のある彼らには驚かされてしまう。魔法薬が得意であれば元気爆発薬を今頃作っている頃だ。
そんな彼らも真夜中を迎えると流石に疲れたのか、男部屋と女部屋のそれぞれで気絶するように眠りこけている。
ここが船である以上、誰かが夜寝ずの見張りをする必要がある。日ごとに交代をするシステムとなっており、今日はロビンが船番を任せられている。そんな中、静かな夜の海の上で、名前はひとり船番をするロビンの隣に来ていた。

「家族の事を思い出して泣くことは無いのになぁ…」
「また、いつでも帰ってこれる場所、なんでしょう?」
「―――うん」

ブランケットを一緒にかぶりながら微笑む。サンジが入れてくれたコーヒーからはやさしい香りが漂う。ちなみにコーヒーよりも紅茶を飲むことの多い名前は、常に大量の茶葉をストックしていたが、買ってきたことを忘れて賞味期限直前になって慌てて飲みだすという事が日常茶飯事だった為、最近では食べ物を貯蓄しないよう気を付けている。
フランキーも今頃寂しくて泣いているかな?そういうと、ふふふ、とロビンが笑った。

「改めまして、先輩、よろしくお願いいたします」
「いいえ、とんでもないわ…わたしも正直…やっと、居場所を見つけたから―――」

古代文字を解読できるロビンは、世界政府の敵―――子供の時すべてを失い、悪魔の子の烙印を押された彼女に、やっと居場所ができた。麦わら一味という、安らげる場所を見つけられて本当に良かったと思うし、その仲間の一人になれたことを名前は嬉しくも思う。まだ入りたてなので距離があるのは仕方のない事だが、それでも、居心地の良さを感じている。帰るその日まで、彼らと一緒に冒険を楽しめたらいいな、と思う。むしろ、彼らと一緒にいることによって世界を…異世界を冒険することが出来るなんて、ありがたいことだ。帰りたい気持ちも勿論変わらないが、旅行好きの名前は見知らぬ場所で暮らすことに慣れている。環境適応能力はそれなりに高いと自負しているぐらいだ。きっと、楽しい毎日がこれから待ち受けているに違いない。
と、この時彼女は自分が政府から狙われている事をすっかり忘れていた。

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