―――くまは考えていた。このまま彼女を連れていくべきか…それとも―――。あの男とは違い、世界政府の元ではなく、彼女はモンキー・D・ルフィの元に現れた。
彼女がルフィの元にいることによって、何かが大きく変わる。いや、もしかしたらもう変わっているのかもしれない。だらりと垂れ下がる彼女の腕をそっと胸に乗せてやり、くまは立ち去る。ロシナンテの威嚇する鳴き声が耳に響く。
モリアが案の定麦わらのルフィに敗れ、政府が危惧していた事態が起きてしまった。新たに王下七武海入りを果たしたあの男は、見事に厄災を運んでくれたと思う。最悪の事態と言っても過言ではない。これから起こるであろう“戦争”がどれだけ世界を揺るがすのか。
そして、“戦争”ならば、あの男も必ず表舞台に姿を現すだろう。魔法使いの…あの男が。
魔法使いは神秘の存在…この世界ではそういわれている。悪魔の実とは異なり、制限もなく能力を使え―――こことは異なる“世界”からやってきたらしい。
昔―――こちらへ初めて “魔法使い”が一人現れた。当時のとある天竜人が魔法使いを助け、その礼としてその天竜人と何らかの契約を交わし、“大いなる恩恵”を与えたそうだ。
ちなみに、これは世界政府が隠し続けている秘密の一つであり、もちろん知っている者は極僅か。
その魔法使いは既に亡くなっているらしいが、彼が死んで数百年後、現在海軍中将の座にいる“魔法使い”が一人姿を現した。昔現れた魔法使いと同じような力を使っていたので、政府は契約を交わした魔法使いの名を男に伝えたという。すると彼は政府に従い、今や海軍本部中将。つまり政府は今、“魔法使い”の力を掌握している。
昔契約した魔法使いは、またいずれ、この世界にもう一人、二人と同じ力を持つ者が現れるかもしれない。そう言い残していたらしく、男が死んだ後も政府は異世界からやってくる魔法使いの存在を血眼で探していたそうだ。それが今になり、現実となった。一人が海軍本部中将の男、そしてもう一人は名前という女。
「―――ぷるぷるぷる、ガチャ…“魔女”は“保護”したんだろうな」
「…おれはモリアに用件を伝えに行っただけに過ぎん」
―――ガチャ。途中電伝虫は何かを言いかけていたが、無視して通信を切ると、静かに電伝虫は目を閉じた。し
何を言われようとも、もう―――。
くまはある男の事を思い出していた。仲間を守る為、自らを差し出した…麦わらのルフィの仲間、ロロノア・ゾロの事を。
「ごめんね…私役立てなかった…」
「そんなことないさ名前さん、君は船を守ってくれたじゃないか。それにゾロを助けてくれた」
「…サンジ…」
目が覚めたら、すべてが終わっていた。せっかく仲間になったというのに役立てなかった…まさにお荷物。かなり落ち込んだし、仲間たちの中でも特に重症なゾロの姿を見て申し訳なさで押しつぶされそうになる。
モリアを倒し、彼ともども部下たちはここから逃げていったらしい。影を取り戻したブルックやそのほかの人たちも今、日の光を浴びながら勝利を喜んでいる。船医のチョッパーは慌ただしく駆け回っており、特に役立てなかった名前は彼の手伝いをしていた。一時は命が脅かされていた程までに重篤だったゾロも、チョッパーの的確な処置と名前の治癒魔法で状態も安定しつつある。
「ありがとう…」
「礼ならロシナンテにも言ってやらなくちゃだな、ずっとお前の傍を離れなかったんだ」
「…本当に…いつもありがとう」
新しい薬を運んできたチョッパーが、ずっと彼が名前の傍を離れずに守ってくれていたことを教えてくれた。王下七武海のくまは名前を連れ去ろうとしていたらしいが、今回は見逃してくれたようだ。
ぎゅう、とやさしくロシナンテを抱きしめると彼はやさしく鳴いた。
「ごめんね、羽、痛いよね…」
「キー、キー」
くまから名前を守ろうとした際に体を打ち付け、翼が折れてしまった彼の身体を抱きしめながら再び涙をこぼす。目覚めた時、隣で痛みに震えるロシナンテを見つけた時は心臓が止まるかと思った。今は魔法で治療を行ったので骨もくっ付いているが、彼を失うことが想像以上に名前のメンタルにダメージを与えることは間違いないだろう。この先、ロシナンテの飼い主であるあの“外科医”の元へ帰してあげることができるのだろうか。正直、笑顔でお別れが出来る自信がない。しばらくは寂しくて欝になりそうだ。そう思えば思う程に悲しくなってきて、涙がさらにあふれ出てくる。
「ああ、僕の胸の中で泣きなよぉ」
やさしく腕を広げるサンジと目が合う。
しかし、ここでは“いい雰囲気”というものはやってこない。必ずぶち壊す者が現れるからだ。
「おーいサンジ、腹減った!」
「るせぇ!!適当に草でもかじってろ!!」
王下七武海のモリアを倒したルフィがどうしてこんなにも元気なのか。その疑問の答えを知っている者は彼の為に沈黙を守っている。何もわからない名前でも、“何か”あったことは察していた。
「ルフィ、静かにしなくちゃ、ゾロが休んでるんだよ」
「おっと、わりぃわりぃ…おめー、ほんとによかったな、連れ去られなくて」
「…うん、ほんと、みんなありがとう、私もっと頑張らなくちゃ!」
「大丈夫だよん名前さん、名前さんは頑張ってるし、何より名前さんがいるだけで俺は頑張れちゃうんだあぁあ~~~~」
「ふふふ、ありがとうサンジ」
ずい、と手を握られサンジに迫られる。
「そうだ、こいつの治療が終わったらあっちでティータイムにし―――っくそ痛てぇな何しやがるっこのクソフクロウ!」
すると、目を光らせていたロシナンテが鋭い爪をサンジにお見舞いした。
「ギィーギィー!!」
「と、ともかく、休憩ちゃんとするんだよ名前さんっ」
「ありがとうサンジ、後でティータイムしようね」
「もっちろんさあ~~~」
瞳をハートにして渦を巻く様な動きをしつつ去っていくサンジのその姿はいつ見ても面白いと思う。あんな動きをする人間、元の世界では見たことが無かったからだ。多分ここでしか見られない光景だと思う。
「ロシナンテは名前の事が大好きなんだなぁ」
「え?そうなの?」
一緒に薬を塗っていると、チョッパーがロシナンテの“気持ち”を教えてくれた。言い当てられて動揺しているのか慌てて飛び立とうとして失敗し、彼はずっこけた。
「うん、おれ、トナカイだから動物の言葉がわかるんだ」
「へぇ~すごい!」
しょうがないわね、とロシナンテを起き上がらせる。
チョッパーはヒトヒトの実を食べたトナカイなので、人間の言葉も動物の言葉も理解できる。普通にすごい能力だが、それゆえにトナカイの群れから追われ、一人孤独に生きていたところをDr,ヒルルクという男に拾われ、そこから医者の道を歩むようになったそうだ。
「チョッパーも色々あったんだね…そういえば、チョッパーって今何歳なの?」
「俺か?俺は多分15歳くらい…だと思う!」
トナカイの平均寿命を考えれば…彼の寿命は人間のほうに準じているのだろう。しかし、15歳と言えば思春期真っ盛り。15歳の時、自分は何をしていただろうか…そんなことを思い出していると、ふと弟に会いたくなってしまった。寂しさを紛らわすかのように、チョッパーをぎゅーっと抱きしめる。
「そっか、なんだかかわいいね、じゃあ、チョッパーは私の弟だね」
「か、かわいい?!俺は男だぞバカヤローそんなこと言われたって…嬉しくねぇよ~~~バカヤロコノヤロ~~~」
「あ!!!!!チョッパー!!!!!おめぇはいいよな!!!!!!!俺はお前がうらやましいぜ畜生…!!!!!!」
「あはは…サンジいつの間に戻ってきてたの」
ほんとに賑やかだなぁ、ここの人たちは。くすりと笑みをこぼす。
暫くして、全員分の料理の支度が終わり、大宴会が始まった。この大宴会にはモリアに捕まって影を抜き取られていた海賊たちも加わり、とても賑やかに開催されている。こんなにも騒々しいというのに、ゾロは全く目覚める様子が無い。途中、ルフィがゾロの大好きな酒を持ってきたがドクターストップがかかり気持ちだけゾロに届けられた。
「ヨホホホ~ヨ~ホ~ホ~ホ~♪」
会場を盛り上げる音楽はブルックが演奏し、歌ってくれている。この歌は、ウォーターセブンの人たちも酔っ払った時に歌っていたあの歌だ。なんだか懐かしいなぁ。街の人たちの声や姿を思い出し、胸がじんとなる。
ビンクスの酒を届けに行くよ
海風気まかせ波まかせ
潮の向こうで夕日も騒ぐ
空にゃ輪をかく鳥の唄
ブルックの唄にはじめは耳を傾けていたが、次第にみんなも口を合わせて歌いだし、大合唱が始まった。
途中、ブルックとルフィが何かを会話していたが、何の話をしていたのかすぐに分かった。ルフィは、ラブーンの事をブルックに伝えているんだ。彼が元気にあの岬でブルックを、ルフィたちを待っている事を。
生きててよかった―――そう叫ぶ彼の姿を見て、名前は微笑む。横になっているゾロも、少し笑っているような気がした。