クリスマス休暇も終わり、いつも通りの授業がやってきた。そして気付けば3月になっていた。月日は早いものであと今学期も残り僅かだ。魔法薬学では相変わらず魔法薬学オンチのアルと隣で、アルの指導につきっきりだった。無論スラグホーンの心配もしなければならないのだが―・・・
「いやいや、Mr.ダンブルドア――――流石だ!」
スラグホーンは相変わらず魔法薬を誰よりも早く調合し、完璧に仕上げる名前をベタ褒めしていた。そしてスリザリンの砂時計はどんどんポイントを溜めていくのであった。
「流石だよ、名前」
「・・・ありがとう」
今日も見知らぬ生徒から声をかけられた。ネクタイはスリザリンカラーの緑で学年は2年生とみられるが、一切彼と話をしたことがなかった。そんな生徒は名前にとってたくさんいた。だがそれも今の名前にとってもこれからの名前にとってもどうでもいいことであった。
――――このまま、自分が帰れなくなってしまったらどうするのだろう・・・
名前は1人悶々と悩んでいた。こんなこと、教師陣以外に相談できる相手もいない上に、今ダンブルドアはヴォルデモート卿の居所を突き止めるためにひっきりなしに動いていた。教師陣も教師陣でテストの準備やらで大忙しだったので、そんな中のこのこと相談行けるはずもなく、名前は図書室で1人悶々と悩んでいたのだった。閲覧禁止の本もすでに数十冊は読み尽くしてしまったし、図書室の本も殆ど調べ上げたがいずれも成果は上げられなかった。
本当にこのまま帰れないのだろうか・・・精神だけこちらにいる間、本体はどうしているのだろうか・・・。腐ってはいないだろう、聖マンゴのベッドで横たわっているのだから―――
ふと、父親の姿が脳裏に浮かんだ。今や懐かしいその声が頭に響くと、胸がぎゅっと締め付けられた。未来の世界の父親は、ものすごく心配しているころだろう・・・教職に支障をきたさなければよいが――――
「・・・僕はとんだ親不孝者だ」
知らないうちに口に出ていた。
「誰が親不孝者なんだい?」
するとその声を聞きつけたのか、ひょっこりとアルが本棚の隙間から現れた。
「・・・アル」
「なにやらすごい思いつめているようだね・・・。僕が相談に乗れるようなことであれば乗るよ・・・?」
アルは優しく微笑むと向かい側の席へと腰をおろした。
・・・決してこのことは教師陣以外には相談できない事柄だろう・・・。しかし1人で悶々としているわけにも行かず、とりあえず時空魔法のことで何か知っている事は無いかと聞いてみた。
「―――時空魔法のこと、一体だれから聞いたんだい・・・アリスかい?」
時空魔法のことを聞いたとたん、アルの表情は一変した。目がせわしなく周りをきょろきょろ見てはどこか動揺したような表情をしていた。
「・・・いや、なんとなくだ。すまなかった」
「――――僕は時空魔法の事、すごく詳しいけれどここでは話せないんだ・・・部屋に入って話さないかい?」
「・・・あぁ」
先ほどからのアルの一変した表情を見ればすぐわかる事だが、ここで聞かれたらまずいことなのだろう・・・。アルと名前は自分達の部屋へ行き防音の呪文を唱えてから小声で話し始めた。
「・・・で、話に入るけれど―――君を信用して話すからね?これからいう事は―――」
「分かっている、他言無用」
「・・・君が頭の回転の速い人で助かるよ」
そしてアルは語り始めた――――
「君は・・・サラザールスリザリンを知っているよね?」
「・・・あぁ」
「僕らはその人の血を受け継ぐ者たちなんだ」
僕らということは、アリスもサラザールスリザリンの血を引くものだということになるだろう。そして話を聞くのに熱中してしまい、ここで重要なことに名前は気付かなかった――――
アリスがサラザールスリザリンの血を引くのなら名前もそれに見当してしまう事に。アリスは名前の母親でもあるのだから・・・
「何故僕らが名前を隠しているのか、理由は分かるかい?」
「・・・ばれたらヴォルデモート卿に狙われたりするのか」
名前はふと、ヴォルデモート卿とばったり遭遇してしまった時にモティマーという部下が言っていた言葉を思い出した。確かあの時、アリスのことがどうとか言っていた・・・
「―――そう。まさにそのとおり・・・だけれどもその理由までは君には分からないだろうから僕から説明するね・・・」
サラザールスリザリンの血族の中にはサラザールスリザリンの血を持つものを殺めることの出来る力と時空魔法を操ることの出来る力を持つ者が稀に生まれるという。しかしその力は硬く禁じられているらしく、行った場合術者はその効果と引き換えに命を奪われるのだ。時空魔法を操ると聞いた瞬間、アルに頼んで未来まで送ってもらおうと一瞬考えた名前の考えはあっけなく崩れ落ちていってしまった。それもそうだ、大きなものを手に入れるにはそれ以上のリスクを伴う。ましてや命まで奪ってまでも帰りたいとは思わない
「それで、その力を持った僕がスリザリンの名を語るのは良くないと思ったんだ。闇の魔法使いがそれを嗅ぎつけてやってくるかもしれないからね。この力を悪用されたらとんでもないことになってしまう―――僕らだけの問題だけじゃなくなっちゃうんだ。特にヴォルデモート卿はスリザリンの血筋の者を殺める力を持つ僕を非常に恐れているらしいんだ・・・。アリスがスリザリンの血筋の者だという事は皆知っている・・・アリスがその力の所持者ではないこともヴォルデモート卿は知っている――――だけれどもまだ、アリスにその力の所持者の僕という弟の存在があるということは知らない――――――だから・・・この話は厳密に頼むよ」
「・・・あぁ、無論だ」
だからアルは別の家の養子となり姿を隠しているのだ。アリスはスリザリンの血を引いているが狙われる必要は無い。流石のヴォルデモート卿も同族を殺すようなことは無いだろうし返ってスリザリンを名乗っていたほうがこの時代、安全なのかもしれない。
「・・・時空魔法のことを教える事は出来るよ。答えられる限りは答えるよ・・・」
「・・・ありがとう」
名前は時空魔法のことを色々聞いた。本当はメモをしておきたかったのだがこれを誰かに見られたらいけないので、自前の頭で丸覚えする事にした。これは成績のいい名前だからこそ出来る技である
「・・・今日はすまない、秘密を聞き出してしまって・・・」
「君だからこそ話したんだ―――なんだか分からないけれど、君を見ているとどうしてもほっとけなくてね・・・アリスの気持ちがよく分かるよ」
アルはハハハと笑う。名前はまるで自分が幼い子供のように見えた。
しかし実際はここにいる時代の人たちよりも遥かに幼いのだ。ここにいる人たちは今やいい大人になっている。ふと名前は気付いてしまった・・・
―――アルは、僕の叔父上にあたるのか・・・?
そして未来でのアルの姿を見たことが無い――――叔父上がいたことも知らなかったのだ・・・。つまりは、アリス同様・・・・・・死んでしまうのだろう
そう思うと目の前にいるアルを見ていられなくなった。見ていると――――悲しみに飲み込まれそうになるから・・・。未来を変えてしまいたくなるから・・・・・・
「・・・どうしたんだい?」
急に苦しそうな表情の名前を心配そうにアルは声をかけた。
今名前は、左眼の痛みでおかしくなりそうだった――――
死神のような左眼が、ギンギンと痛む・・・・・・。これは認めたくは無いが最悪の場合に起こる症状だった・・・。クィレル以来のこの左眼の痛みは名前の精神を蝕んでいった
恐らく今左眼を見ると真っ赤なのだろう・・・ヴォルデモート卿と同じ赤い瞳に―――
「・・・だいじょ・・・う、ぶ―――だ」
「そうは見えないけれども・・・・・・って、名前!!」
名前は痛みに耐え切れず床に倒れこんだ。床で苦しそうに悶える名前を見てただ事じゃないと思ったアルはとりあえずセブルスとアリスを呼び、マダムポンフリーのところまで名前を担いで連れて行くことにした。
「・・・熱は―――――」
アリスが熱を測るために名前のおでこに手をあてるために前髪をのけた時、名前の不気味なほどに真っ赤な瞳に驚きを隠し切れなかった。セブルスもアルもどうやら同じらしく一瞬名前の赤い瞳をじっと見つめてしまったが今はそれどころではないという事に気付き、アルは「とりあえずマダムの所へ先に知らせてきます」と言い残し、一足早く寮を出た。
「・・・名前、しっかりするんだ」
セブルスの背中では苦痛に悶える名前と、隣では必死に手を握り不安そうに名前を見守っているアリスがいる。幸い他の生徒と会うことも無く医務室にたどり着けた。マダムは血相を変えて名前をベッドに寝かしつけると不気味な色の薬を飲ませた。すると不思議な事に痛みはじわじわと消えてゆく――――・・・そして懐かしい声が名前の頭に鳴り響いてくる・・・・・・
『・・・名前、お前まで失ったら――――我輩は――――――――』
・・・父上の声―――?
何故聞こえてくるんだ・・・ここは過去の世界のはず・・・・・・
不思議に思っていたが視界がぼんやりと見えてきた。いつかのように自分がベッドに横たわっている姿が見える。前もこのようなことがあったな・・・と名前は思い出した
ベッドの横では前よりもだいぶやつれた父親の姿――――それを見ているだけで胸が張り裂けそうになる
学校でただでさえ大変だというのに・・・
名前はやりきれない気持ちでいっぱいだった。来年こそは父親に心配をかけないで過ごそうと決めていたのに――――
やつれた父親の姿がどんどんかすれてゆく。まだだ、まだ――――消えないでくれ
必死に願うが残念なことにどんどんと視界が白くなって行く――――そして名前は意識を手放した
儚い夢から目覚めたのは深夜の3時ごろだった。何時の間にかに医務室に眠らされていたらしく、医務室特有の消毒液の匂いがやけに名前の心を落ち着かせる。
窓ガラスに写る自分の左眼を見て名前は絶望した。アルの話を聞いただけなのに。アルは何も悪い事なんてしていないのに―――・・・
命はいずれ消える運命だが、そう簡単に割り切れる人間がどこにいようものか。名前はひたすらこの現実から逃れたくて、今すぐ叫びたくて・・・・・・・・・
「・・・起きたか」
予想外の声が聞こえてきた。ベッドの隣を見るとセブルスが椅子に座っていた
「・・・セブルス、どうしてここに・・・」
「おまえの事が心配だから見守っててほしいと校長から言われたんだ・・・」
「・・・そうなのか」
「本当はマダムはそのことに大反対していたんだ・・・生徒にそんなことさせるなって。それに僕よりアリスのほうがここに残っていたかったみたいだが、流石に女を夜更かしさせる訳にはいかないだろう・・・・・・だから僕がいるんだ」
「それで、か・・・・・・ありがとうセブルス」
「いいや、気にするな」
名前は眠さを我慢してまでも自分をずっと隣で見守っていてくれたセブルスへの感謝を一言でなかなか言い表す事ができなかった。そしてダンブルドアとアリスの気持ちも――――
「左眼・・・平気か」
「・・・あぁ、今は」
左眼の痛みは消えたものの、いつ発作が起こるか分からなかった。今度左眼が赤くなったときは―――――最悪の状況がまもなくやってくるということだ
今更ながら何も出来ない自分と死神のような左眼が憎くてたまらなかった。今すぐにでも左眼を潰してやりたいほどに。
「・・・お前を助けてやれなくて僕は非常にもどかしい・・・・・・。こうして隣にいることしか出来ない」
「セブルスには随分助けられた―――・・・もどかしいのは僕のほうだ」
最後の言葉は小さすぎてセブルスには聞こえなかったようだ。セブルスは不思議そうに首をひねる
「・・・セブルス達に本当は明かしたいことがある・・・・・・だけれどもいえないんだ、それは罪だから」
「―――罪?」
「あぁ・・・それはそれは深い罪だ。アルバス・ダンブルドアからも強く言われていることだ・・・・・・だけれども、いつかおまえ達に別れを告げる時がやってくると思う・・・。そのときは――――」
そのときは僕という存在があったということは、忘れてくれ――――
どうしても続きがいえなかった。彼らの記憶から消え去りたくなかったから・・・。だがいずれは消えなくてはならない存在―――・・・忘れれば、彼らが苦しまなくて済むから
自分は永遠に苦しみ続けるだろうが、彼らが苦しまないのであればそれでいいと思う。
「・・・今日は随分おかしなことを言うな。本当に大丈夫か?」
「・・・あぁ、僕はどうやらおかしいようだ・・・・・・」
――――悲しみと苦しみと儚さでどうにかなりそうだ
そして悲しみは、じわじわと名前を飲み込むのであった。
ダンブルドアから最悪の知らせがやってきたのだ。
「―――アルベルト・グレイシアがヴォルデモート卿におびき寄せられてしまったんじゃ・・・」
そう話すダンブルドアの表情は名前が見たことの無いものだった。
きらきら輝く瞳は鋭い光に代わり、眼力だけでも人を失神させてしまうのではないかと思う程。それほどダンブルドアは怒っていた――――自分がついていながらも守る事の出来なかった不甲斐無さに―――――・・・
「・・・アリスは今、悲しさのあまり倒れこんでしまっておる・・・念のため、校長室の奥の部屋で眠らせておる・・・なあに、隣にはちゃんとセブルスがおるから平気じゃろう・・・。アルベルトを闇払い達に探し回ってもらっておる・・・。わしも捜索に加わるために学校を後にするが―――――名前、何がなんでもホグワーツから出てはならん」
ダンブルドアは何時にも無く鋭い眼光で言う。名前は一瞬その眼光に怯むもの、どうにか頷いた
「アリスが心配ならば奥の部屋じゃ・・・。今夜はセブルス達と一緒にいなさい・・・・・・決してトイレじゃろうとなんだろうと1人で行動してはらなん・・・よいな?」
「・・・はい」
名前は苦しそうにうつむくとダンブルドアがそっと名前の頭を撫で、優しく微笑みかける。
「―――君らが心配しなくても大丈夫じゃ・・・わしらに任せれば何事も無い・・・。明日になれば元気なアルベルトの姿を見れることじゃろう」
「―――・・・はい」
そう言うとダンブルドアは姿くらましでアルの捜索へと向かった。名前はただ1人床にぺたりと座り込み絶望に打ちひしがれていた。何故こんなにも世界は悲しみでいっぱいなのだろうか―――なぜこんな思いをしなくてはならないのか
今すぐ現実を捨てて無の世界へ行きたかった。そうすれば何も感じる事も無ければ絶望に打ちひしがれることもなくなる―――・・・
そんなことを考えていると急に右手に鋭い痛みが走った。まさか闇の印ではないだろうか・・・そう考えたがそれも一瞬で消え去った。
「―――フォークス」
その痛みはフォークスが名前の皮膚をつっついたものだった。フォークスのくちばしは意外に鋭く、名前の手から少量の血が流れていた
「・・・痛いぞフォークス――――だがありがとう、今は現実逃避している暇は無かったな―――・・・」
フォークスは絶望に打ちひしがれている名前を現実世界へと呼び戻してくれたのだった。不死鳥とはなんとも賢い生き物なのだろうと改めて思った。そしてフォークスに感謝の意をこめて優しく羽を撫でた
するとフォークスの瞳からはきらきらと輝く美しい涙がこぼれ、名前の流血している手へと伝った。不死鳥の涙には傷を癒す力があると言うが心の傷を癒す事なんてありえるのだろうか?名前はその涙の暖かさがじわじわと心に伝わり、凍えた心が温かくなってくるような気がした。不思議に勇気が湧いてくるのだ・・・・・・そして名前は決意する
「・・・とりあえず部屋へ行くか」
ダンブルドアが言っていた部屋に入るとそこにはアリスが横たわり、横ではセブルスがアリスの手をつないで必死に安心させようとしていた。
「・・・名前ちゃん・・・・・・」
「アリス、平気か?」
「―――見てのとおりだ」
セブルスは苦笑した。
「わたし・・・あの子を助けてあげられないの・・・?」
「校長が大丈夫だと言っていた・・・だから安心しろアリス」
「安心できないわよセブルス・・・だって、ずっとあの人はこの日がやってくるのを待っていたのよ・・・アルが・・・・・・アルベルトが・・・・・・・・・私の大切な弟が――――ッ!」
「落ち着くんだアリス!姉であるお前がしっかりしていないでどうする―――!」
セブルスは必死にアリスを落ち着かせようとしている。名前はそんな2人を見てるだけしか出来なかった。