21 それこそが、真実/在りし日々

アリスも随分と落ち着きを取り戻してきた時である。身体の中からぐっと引き込まれる感じがした。この感じは――――来た時と同じ感覚だった。まさかこんな時に帰る羽目になるとは――――・・・
名前は動揺していた。ましてや今は、お別れなどできる余裕すら持っていなかったし心の準備も出来ていなかった。いつも持ち歩いているあのアルバムに引き込まれそうになる。
そう――――別れの時は、今なのだ

言わなくてはいけないと思った。急に消えたら心配するだろうから・・・
そしてもう言ってもいいだろう――――禁忌だろうとかまわない、せめてもの・・・紛れも無い真実だけを彼らに伝えてから消えたかった

「・・・セブルス、アリス―――こんな時にすまないと思っている・・・・・・冗談だと思わないで聞いて欲しい」

そして名前は今までのことを全て話した。自分が未来から来て、セブルスとアリスの1人息子であることを。アリスが死んでしまう事は流石に話さなかったが

「―――それで、お前は・・・僕たちの息子で家のアルバムを触れたとたん過去の世界、つまりここへやってきた・・・という事なのか。」

「・・・」

言うまでもなく、セブルスとアリスは唖然とした表情で名前を見た。正直混乱しているのも事実だろう・・・急に衝撃的な事実が語られたのだ。よりによって実の弟がヴォルデモート卿にさらわれてしまった時に・・・

「それならどうして早く話さなかったの・・・?」

「それは――」

「未来を変えてしまうことは大きな罪だ・・・だから今まで僕たちに話せなかった。違うか?」

「・・・あぁ」

「「道理でセブルス(アリス)に似ているわけね(か)・・・」

2人はようやく理解できたようだ。名前は手招きされたので恐る恐る行くと急にアリスに抱きしめられた。何が何だかわからずにいた名前はただされるがままになっていた

「――――名前、私たちの大切な息子」

夢に出てくる母親の姿と今のアリスの姿が完璧にかぶった。年齢は違えど彼女は――――

「母上・・・」

男だから泣かない、泣かないでいたかったのに――――目からはぼろぼろと涙が零れ落ちる。もうこの暖かさとお別れなのだ、そして未来の世界にはいないのだ――――

「貴方を初めて見たときはびっくりしちゃったの、セブルスの弟かと思ったくらいに・・・。見たときにピピっと感じたの・・・貴方はただの転入生じゃないって」

「・・・僕にやけに似ていると思ったら・・・・・・そうか、お前は僕の息子なのか・・・。」

セブルスは優しく名前の頭を撫でた。表情は優しくて・・・

「父上・・・・・・ずっと父上と呼びたかったんだ・・・・・・・・・」

今まで耐えてきたものがぼろぼろと崩れ落ちて行く。アリスの胸の中で泣きじゃくる名前を2人はただ優しく包み込んでいた。まるで悲しみなんて消え去ったかのように―――本当に幸せなひと時だった。人生の中で一番楽しいひと時かもしれない――――・・・
名前は後悔しないように、今のうちにと2人の優しさに必死に浸った。

2人は薄々感づいていたのかもしれない、お別れが近い事を―――
だからこそ、泣きじゃくる名前をぎゅっと抱きしめ寄り添ってあげた。

しかし現実とは残酷なもので、名前からやすやすと幸せを奪ってみせる。アルバムからの力が更に強まり、これ以上耐えられないのではないかというところまで来た

「・・・嫌だ、嫌だ嫌だ――――父上、母上――――・・・!」

「「名前・・・!」」

そしてどんどん名前の身体が透き通ってゆく――――。あぁ、本当にお別れなのだ・・・まだジェームズたちに何も伝えてない・・・・・・シリウスは本当にあのまま犯罪者になってしまうのだろうか・・・アルは平気なのだろうか―――― いろんな不安が名前の頭上を横切る。それも儚く消えて行く

「セブルス、アリス、なんてもう呼べないな・・・」

「何を言ってるんだ馬鹿息子・・・!何故もっと早く言わなかった!もっと早く言えば――――ッ」

ちゃんとお別れもできただろうに・・・

「名前ちゃん!私だって嫌よ―――だけれども、未来でも会えるのよね!名前ちゃんのホグワーツ生活のお話、わたし楽しみに待っているから!」

それはなんとも儚い夢だった――――そう言うアリスの姿を見て再び涙がこぼれる。

「母上―――楽しみに待っていてくださいね」

自分はちゃんと微笑んでいただろうか。

「馬鹿者―――!」

セブルスは涙をこぼしていた。名前にとって、その一言が何よりも嬉しいのだ。馬鹿と言われて嬉しいだなんて変人だと思われるかもしれないが、名前にとっては大好きな言葉なのだった

「父上、魔法薬学・・・続けてください。僕・・・貴方を超えるのが夢です」

「父親を超えられると思ってるのか・・・馬鹿者」

「・・・はい」

自分はちゃんと微笑んでいただろうか。

「大好きです、父上・・・母上・・・」

名前の下半身が完全に消えかかったとき、アリスは自分がいつも大事そうに持っているペンダントを名前に渡した。

「・・・これは」

「それはサラザール・スリザリンのペンダント。家宝よ・・・・・・それは貴方のものよ。いつでも母は貴方の側にいますからね――――」

アリスが名前の額にキスをした。とても優しい・・・お別れの印だった

ペンダントといえばセブルスから借りていたハンカチをすっかり返し忘れていたことに気付く。そのことを言うとセブルスは「未来でちゃんと返してもらうからな」と優しく微笑んだ。

「セブルス・・・アリス・・・・・・・今までありがとう」

最後の言葉は、親友同士の呼び名で・・・。
名前はハンカチとペンダントをしっかりと握る。完全に消えるまでずっと彼らを見つめて――――――・・・そして名前の存在は過去の世界から消え去った。

名前はいつかの世界へと足を踏み入れていた。真っ白の世界・・・目の前には大きな扉がある。そう、ここをくぐれば未来の世界だ――――そして悲しい、悲しい現実がやってくるのだ。

「やぁ、名前」

振り向くとそこには随分と見覚えのある人物が立っていた。

「――――アル!!」

そこにはいないはずの人物が立っていたので目を見開いて駆け寄った。

「な・・・何故・・・・・・」

「君が未来からやってきたことも、この扉からやってきたことも知ってるよ・・・」

名前はいまいち現状が掴みきれていなかった。ましてやもう会わないであろう人物と出逢えた喜びと先ほど迎えたお別れで頭が大混乱しているのだ

「・・・」

「混乱しているようだね、まぁそれもそうだけどね・・・。君を連れてきてしまったのはどうやら先代の”時渡り人”のせいらしいね」

「”時渡り人”・・・?」

「”時渡り人”とは、僕のような力を持つ人の通称なんだ。先代はちょっと力が強すぎたみたいでね・・・禁忌を犯して命を落としたけれどもその力の影響のせいで君が過去の世界へと連れてこられてしまったみたいなんだ。」

「先代の”時渡り人”・・・」

「僕も同じ”時渡り人”だったから知っていたんだ。だけど嬉しい事にね―――先代の力が強すぎたって言ったでしょ?先代の力のお陰で僕はそんな重要な個所の記憶を忘れていたんだよ。まったく、ご親切な先代様だよね」

アルは大げさに肩を上げて見せた。そしてヴォルデモート卿にだまされ、攫われてしまったことを話してくれた。しかし今ここにいるということはどういう事なのだろうか―――

「君は本来未来にいなくてはならない存在なんだ・・・君も夢でよく出てくるだろうけど、君の本体は今深い眠りについている――――精神がこっちにあるんだから、仕方ないんだろうけど」

「・・・身体は腐っていないのか?」

「プハハ!大丈夫だってそんなこと・・・からだの機能は普段どおり・・・何の変化も無いけれども意識が無いだけだよ」

「・・・そうなのか」

「だから君の父親・・・セブルスが声をかけても無反応、ってことだよ」

「・・・!知ってるのか」

「全部知ってるよ・・・アリスが長生きしないことも。僕がいないことも―――」

「―――!」

「だからあの時、君は悲しそうだったんだ。君の左眼が痛む時は・・・・・・相手がじきに死ぬという合図だからね。」

「・・・ッ」

「1人で苦しかったよね・・・ごめんよ、頼りない叔父さんで」

「・・・アルの馬鹿――――」

「おやおや、なんで僕だけ叔父上って呼んでくれないんだい?」

悪気もなく笑うアル。

「―――馬鹿だ、馬鹿だ!僕のせいで―――命を使うなんて――――――」

「これは、かわいそうな甥に何もできなかった叔父さんの最後のプレゼントさ・・・。おっと、もう時間が無いようだよ―――じゃぁ、しっかりと『生きる』んだよ名前」

「・・・ッ叔父上!!」

「・・・フフフ、ようやく呼んでくれたね。だけどやっぱりアルのほうがいいかな。」

「嫌だ―――嫌だ嫌だ嫌だ!!」

名前の身体は次第に扉へと飲み込まれてゆく。もがいて見せるが扉の力には逆らえないようだ。

「僕の身体は今ごろ棺桶の中だよ。もう死んでいるからね・・・」

「――――っそ、そんな・・・」

「君は僕らスリザリンの希望の光なんだ・・・・・・闇に蝕まれてはいけない、立ち向かうんだ、闇と。負けてはいけない―――孤独に。君の周りにはいつでも・・・たとえ魂がこの世に無かったとしても君を見守っている人たちは沢山いるから・・・・・・・・・だから『生きる』んだ、名前!」

「・・・――――生きるよ、生きるよ――――――貴方の分まで生き抜いてみせるよ!!」

「それでこそ・・・サラザール・スリザリンの血を引く者だ。君はその血を誇りに思わなくちゃいけない・・・。決してスリザリンが闇だと思ってはいけない。他人がスリザリンを闇だと思っても君だけは思ってはいけない――――信じるんだ。あれはヴォルデモート・・・・・・否、トム・リドルが生み出した闇に過ぎないってことを」

「・・・あぁ!」

「そして最後に・・・・・・彼を憎まないであげて」

―――哀れなトム・リドルを・・・

「―――生きるのって、大変だな」

名前は随分と長い夢をみていたような気がしてならない。むくりと起き上がるとそこには何時の時代も変わらないあの人がやさしく微笑んでいた――――

「名前、おかえりなさい・・・過去の世界はどうじゃったかの?」

「・・・校長先生」

「もうわしを祖父上とは呼んでくれんのかのう?フォッフォッフォ」

あぁ、かえって来れたんだ。本当に――――そしてもう会えないのだ、本当に・・・

「・・・先生、僕―――過去の父上と母上に話してしまいました・・・・・・事実を」

「ふむ、そうじゃろうと思ってのう・・・過去の世界の君の事を知っている人達は現在の君を見て大層驚くことじゃろう――――名前には申し訳ないが、彼らの記憶を消しておいたのじゃ」

「・・・そう、なんですか・・・・・・」

肩の力ががっくりと抜けたような気がした。本当にもう彼らの記憶から名前のことは消し去られてしまったのだ――――孤独なんだ、と

「アルベルトは君に希望を託して逝ったようじゃ・・・。そして君の握っているそのペンダント・・・・・・それはサラザール・スリザリンの血筋のものしか持つ事を許されてない代物じゃ。大切にしなさい―――」

名前は再びハンカチとペンダントをぎゅっとにぎった。ローブの内ポケットの中にしまっていたアルバムはどこへいってしまったのだろうと慌てて探した。しかしそれは随分わかりやすいところに落ちていた。

「・・・よかった、床にあった」

「そのアルバムは何よりの宝じゃ。ほれ、こうして絶対に壊れない呪文をかけよう」

するとダンブルドアは杖を一振りした。アルバムは不思議な光に包まれたがすぐさま光は消え、過去の世界とは違って少し年季のあるアルバムに戻った。

「これで大丈夫じゃろうて・・・」

「―――ありがとうございます」

「フォッフォッフォ、わしは孫にこんなことしかしてやれん。ほほう、君の父親が血相を変えてやってきたわい」

ダンブルドアは楽しそうに笑い部屋を後にした。すると入れ違いで物凄い勢いで父親が名前の元へと駆けつけてきた。

「―――名前!!!!」

そして強く息子を抱きしめた。

「・・・・・・ち、父上―――」

「心配した、心配したんだぞ―――――お前が、お前までもがいなくなったら・・・・我輩は・・・・・・・・・・ッ」

表情は伺えなかったが背中が何かで濡れたのは分かった。

「父上・・・・・・ただいま」

「――――馬鹿者ッ」

ようやく言えた『ただいま』だった。そしてスネイプはひたすら1人息子をしっかりと抱きしめた。
名前は何時の時代も変わらない、父親の身に纏う魔法薬の匂いが大好きだ――――
鼻いっぱい吸うと自分までもが泣いている事に気付いた。

そして名前はしばらく、父親のぬくもりにむさぼりついた。ダンブルドアはそんな2人を部屋の外から優しく見守り、病院を後にした。

名前はどうやらまるまる2年生の間、過去の世界へ行っていたらしく身体も去年より少し成長していたような気がした。少なくとも身長は3センチ以上伸びている。

あれから一緒に家に帰ったスネイプと名前は久々の親子のひと時を楽しんだ。ダンブルドアからは過去の世界へ行っていたことは秘密にしなくてはいけないと強く言われていたので、過去の世界で起こった話は出来なかったが――――しかし名前がいない間ホグワーツは大変だったらしく、秘密の部屋が開かれバジリスクが生徒を襲ったそうだ。幸いにも死者は出なかったらしいがそんな危機をハリーが救ったというのだからスネイプにしてはなんとも言い難い事実なのだろう。

「父上・・・僕はサラザール・スリザリンの血を引いているんですよね。夢の中の誰かに言われました・・・・・・」

「・・・!」

これぐらいはOKだろう。そう思い話してみたが反応は想像していたとおりだった。
スネイプは驚きで目をカッと開いていたがしばらくしていつも通りに戻った。そして淡々と話し始めた―――今まで隠していた理由などを

「・・・今やサラザール・スリザリンの末裔と言えばお前と闇の帝王しかいないからな・・・・・・今まで黙っていたのはお前の身の安全のためだ。とは言っても去年――――」

スネイプは悔しそうに唇を噛む。未だに息子を守れなかった自分が不甲斐無いのだろう

「―――父上、2年生の勉強は夢の中の人に教えてもらいました・・・だから大丈夫です」

話をそらそうとおもった。これ以上、苦しそうな父親の姿を見て痛くなかったから―――。

「・・・そうか。お前がそう言うのならば確かなのだろうが・・・・・・一体その夢の中に出てきた人物とは誰なんだ?」

「―――とても優しくて、光のような人でした」

アルベルトの魂は名前の心の中にある。いつでも一緒にいるのだ・・・ともに歩んでいるのだ。

「・・・そうか。話は変わるがお前が書斎で倒れているのを見つけたときは驚きのあまり心臓が止まるかと思った。急いで聖マンゴに連れて行ったが・・・なかなか意識が戻る事は無かった。どんなことをしても―――――しかし時々、夜中になるとお前の手がピクピクと動くのだ・・・・・・だからもうすぐ意識を取り戻す、そう信じていた――――」

「・・・父上」

「そして今、お前がここにいる。お前が意識を取り戻す前の夜・・・我輩の夢の中にアリスが出てきたのだ――――随分、久しぶりにアリスの夢を見た。アリスが言っていた・・・私たちの息子は戻ってくる、と―――――・・・そしたら翌日、本当にお前の意識がもどっていた」

「・・・」

「―――お前があの後、意識が再び失うようなことがあれば・・・ホグワーツを辞めてお前の看病に専念するつもりだった」

名前はそんな父親の発言にびっくりした。

「・・・ですが、無事戻って来れました―――」

「―――馬鹿者」

その”馬鹿者”には”おかえりなさい”の意味があることも名前は知っていた。
名前を心配していたのはスネイプだけではなく、教師陣もそうだったがハリーやハーマイオニーやロン、フレッドとジョージ達もそうだった。親友であるドラコなんてもっと酷いものだった。名前が倒れたと聞いて見舞いにやってきたとき、ショックでその場で倒れてしまった程心配していた。
元気な姿の名前を見るなり、急に肩の力がガクッと抜けてしまったのかしばらくその場で動けなくなっていた。親友との再会を果たし、何もかもが幸せに終わると思っていた。
しかしドラコの一言でそれは覆された

「・・・父上が例のあの人の日記をジニー・ウィーズリーの荷物に忍び込ませたんだ。それで父上は――――」

ドラコはそれ以上は言えず、ぐっと言葉を飲み込んだ。恐らくはダンブルドアにばれて理事を退任させられたのだろう―――・・・。親友の親の不幸を喜べる人なんてそう滅多にはいるものではないだろう。名前はそんなドラコの肩をぽんと優しく叩いた。

「・・・元気出せ。僕が言うと変だが・・・・・」

するとドラコは「今までずっと心配をかけさせてきた君に言われるとはね・・・」と苦笑した。

名前はロン達に自分は無事だと手紙で送っておいた。そして数時間もたたないうちに大量の手紙がスネイプ邸へと届けられ、手紙の海へと沈む名前だった。

「生きてみせる――――・・・僕、忘れない。」

再び強く誓った――――――・・・心の中に眠る彼の魂にも届くように、と。