名前にとっては荷の重い年末が着々と近づいてきた。もちろんクリスマス休暇はホグワーツを出なくてはならなかったが、出欠席リストにマルフォイがバツをしていない事に気がついた。彼は今年、家に帰らないのか。それをハリーに伝えるとますます後継者マルフォイ説が強まったと熱弁し始めた。
これはマルフォイに事実を聞きだすチャンスだ、とハーマイオニーは瞳を光らせる。ポリジュース薬でスリザリン生に変装するのはいいのだが、問題は材料の調達だった。ある程度は揃っているが集めるには難しい材料もある。名前は家から送ってもらえれば、と思ったがそれもかなり時間がかかってしまうので却下された。
魔法薬学の終わり際、スリザリンの鍋を爆発させ混乱に乗じハーマイオニーは材料をくすねることに成功した。スネイプ先生がそれに気付いていない事を祈るしかない。見事に顔がふくれあがった生徒たちはぺしゃんこ薬をもらうために列に並んでいる。無事な生徒は既に外に出ている、勿論ハリー達もだ。
「……カザハヤ、聡明な君なら分かるだろう、言うんだ、犯人はポッター達だと」
腫れた右腕に薬を塗ってもらいながら名前はぎょっとする。だが、今の名前には閉心術がある。何も怖い物は無い。それにスネイプも気づいたのか、しばらくじっと睨まれた。
「……閉心術かね、カザハヤ」
「別に意識はしていません……」
「ふん、流石はカザハヤだ……家の秘密は他者にけして明かさない…と、貴様の母親もそんな奴だった」
「……先生は母をご存じなんですね…?」
「治療は終わった、お前が最後だ、扉はお前が締めていけ」
スネイプが名前の母の事に触れたのは初めての事だし、スネイプが母を知っていたのは初耳だ。祖父母も教えてくれなかったことを、この人は何か知っているかもしれない。だが、頼んでも教えてくれなさそうだ。だから、まさか語ってくるとは思ってもみなかった。
「教えてください、母の事を」
「……お前の祖父には何も知らされていないのか、父親の事も」
「……父の事もご存じなのですか?!」
「……早く出て行きたまえ、我輩は忙しい」
表情は祖父母同様あまり分からない人だったが、少し焦りの色が見えたような気がした。結局名前が分かった事はスネイプが母と父を知っていると言う事だけ。締めだされた名前はしばらくそこで粘ったが、結局スネイプが出てくる事は無かった。
部屋に戻り、その事をハリーに伝えるとやはり驚かれた。
「君はあの人にそこまで嫌われていないから、うまくいけば聞き出せるんじゃないかな?」
そういうのはネビルだ。
「あー、確かに僕らの中だと名前が一番気に入られているかもな、もちろんいい意味で」
「スネイプに好かれるなんて、僕は絶対に嫌だよ」
ハリーはゲーっと舌を出して見せる。ハリーがそう思うのは無理もない話だ。スネイプはハリーに対して、因縁の敵のように接してくるのだから。
「もしかしたら、和子おばさんなら教えてくれるかも……」
「カズコおばさん?」
「あぁ、おれの母親の姉だよ、でも、仕事で殆ど家に無いから難しいかもなぁ……年末は大人の人達の所にずっといるし、あそこ苦手だし……」
和子とは彩ほど話した事は無いが、親戚の中だと比較的自分によくしてくれる人だ。正月、勇気を振り絞って母の事だけでも聞いてみようと名前は決意する。父の事は別にどうでもいい、自分を捨てた奴だ。
母も自分を捨てたが、やはり生みの親はどうしても嫌いになれないものだ。切っても切れぬ関係がそこにはある。
それから一週間、名前の瞳がいつもの色に落ち着いた頃決闘クラブの張り紙が広間にかかげられた。決闘クラブとはその名の通り、魔法使いの決闘練習みたいなものだ。魔法を互いにぶつけ合う……が、本当の決闘とは違うので幾分安全だろうが。
「決闘クラブの教師は……ゲー、ロックハートかよ」
「あら、素敵じゃないの」
「君ほんと……ううん、何でもない、それよりもあいつ、大丈夫なのかよ」
ハーマイオニーがロックハートにお熱なのは今に始まった事ではない。早速会場へ向かうと、そこには既に数多くの生徒たちが集まっていて、台の上には金色のマントを輝かせながら優雅にロックハートが立っている。彼は時間になると、生徒たちがどれほど自分を見つめているのかを確認し、早速助手であるスネイプを紹介した。この時ばかりはロンとハリーはスネイプの登場に喜んだ。助手であるスネイプは早速手本としてロックハートを武装解除呪文で吹っ飛ばして見せた。コントロールも流石だ。ふと、スネイプと目が合うがすぐそらされてしまった。ロックハートは自身の身に起こった恥ずべき出来ごとも苦し紛れの言い訳でやり過ごし、生徒達に早速ペアを作るように指示した。
男子は男子と、女子は女子とというペア分けだ。名前はジャスティン・フィンチ・フレッチリーと組むことになった。彼とはあまり会話をした事は無かったが、会った時からなんとなく気が合わないことは分かっていた。彼は女子に人気の名前が気に食わないと感じている男子生徒の1人だ。
「さぁ、杖を構えて!私が三つ数えたら相手の武器をとりあげなさい、いいですか取り上げるだけですよ!みなさんが事故を起こすのは嫌ですからね……」
周りの生徒は事故を起こそうとしているのか(特にハリーとマルフォイのペアはそうだろう)瞳をギラリと輝かせた。練習だとしても、魔法使いの決闘で事故が起こらないなんてありえないことだということを、どうしてロックハートは分からないのだろうか。まぁ、本人はまともに杖を振った事がないのだから、無理もないか。
今名前が対峙しているジャスティンもマルフォイ同様、名前をどうしてやろうかと嫌みを込めた笑みを浮かべている。ここで負ける名前ではない。ようやく魔力の成長が落ち着いたのもあって、今の名前は負け知らずだ。
「1、2、3―――」
その瞬間、様々な呪文が辺りに散らばる。ジャスティンは名前にロン同様ナメクジの呪いをかけて散々な目に合わせようとしたが、名前はそれを難なく防御する。ロックハートに言われた通り、武装解除呪文を放ったつもりだった。
「……げほっ……!」
「ご、ごめん……」
魔力が成長したおかげで、杖の振り具合を変える必要があった。が、名前がそれに気がついたのはジャスティンが吹っ飛ばされてからだった。色んな人をなぎ倒しながらジャスティンは豪快に倒れる。少なくとも20人くらい吹き飛ばされただろうか。そのおかげであたりはシーンとなったし、スネイプが呪文解除をしなくとも済んだ。
呪文が続いている生徒は笑いこけたり、タップダンスを踊っていたりとそれはもう不思議な光景がそこには広がっている。スネイプがフィニート、と唱えようやく落ち着いた頃、一組見本をやってもらおうということになりハリーとマルフォイがそれに選ばれた。
「あなた、本当に武装解除呪文使ったの?」
「うん……そのつもりだったんだけど……成長期があったのを忘れてたよ、杖を今までのように振るとああなるんだね……」
「もうびっくりしたんだから、でもけが人がいなくて何よりだわ、あなたが吹き飛ばした彼の顔を見た?あなたに今にでもとびかかりそうな顔をしていたわよ」
「ははは……多分、これで更に嫌われただろうね」
「もう……」
ハーマイオニーの言うとおり、少し離れたところにいるジャスティンを見ると確かに此方を恨めしげに睨んでいた。でも、なんとなくすっきりしたような気がする。
「サーペンソーティア!」
マルフォイはスリザリンらしく、一匹の毒蛇を魔法で呼びだした。勿論魔法で出来た毒蛇なので生物ではない。
「…うわ、怒ってるよ……」
「それは見ても分かるわ」
「すごく、その、機嫌が悪いみたい……」
「だから分かるってば、あんなにシューシュー言ってるじゃない」
名前は耳を疑った。何故この声が聞こえないのだろうかと。
「下がっていなさい、私がなんとかしましょう……」
ここでロックハートが出しゃばったのが悪かった。蛇は消えることなく、逆に刺激を与え興奮状態にさせてしまった。魔法で作ったといえども毒蛇の効力は凄まじい。スネイプはうすら笑いを浮かべながらその蛇を消そうとしたが、次の瞬間会場は凍りつく。
『手を出すな、去れ!』
毒蛇はジャスティンに向かい、威嚇している。このままいけばまちがいなくジャスティンは医務室に運ばれることとなるだろう。だが、何者かが蛇に話しかけたおかげで蛇の視線はハリーへと向かった。いや、あれは……ハリーが蛇に話しかけているのだろうか。
この時、名前はようやく安心した。きっと蛇はもう誰も攻撃しないだろう、と。
不気味な沈黙をスネイプは杖一振りで破る。蛇は燃えてなくなったが、名前はその時聞こえた蛇の悲鳴を今後忘れる事は無いだろう。
決闘クラブはそれでお開きになったが、周りの生徒は蛇を操った(周りはそう見えたようだ)ハリーから数歩離れ、ジャスティンに至ってはハリーに怒り声をあげた。
「いったい、何を悪ふざけしてるんだ?」
ハリーが守ってくれたと言うのに、この仕打ちはないだろう。名前は思わず口をはさむ。
「フレッチリー、君は恩知らずだよ」
「……カザハヤ、君も見ただろう、今、彼はぼくを襲おうとした!蛇を操って!」
それは違う!と叫ぶハリー。スネイプもその光景を静かに見守っている。
「ハリー、君は蛇に大人しくなるように言った、そうだろう?」
「名前は分かってくれるのかい?彼とは大違いだね、流石は親友だ」
「あたりまえだろう、あの時、ロックハート先生がちょっかいを出さなければあの蛇は怒り狂う事は無かった……」
誰もがハリーと名前が気の狂った人だと言わんばかりに視線を向けてくる。あのスネイプですら口をはさまず静かに考え事をしている程だ。
「じゃぁ、き、君は蛇の声が聞こえたっていうのかい?蛇が何を言ってたか、分かったのかい?ハリーが蛇に襲えと言っていたのも…!君達、グルなのか!?」
「君は蛇の言葉が分からないの?あの蛇は確かに君を襲おうとしていたよ、だが、ハリーは蛇に手を出すな、去れって言っただけだ」
狂人だ、と悲鳴を上げるフレッチリー。周りの生徒も流石にこれには戸惑いを隠しきれないようだ。今まで何事も完璧だったあのカザハヤが、蛇語を理解したと。例のあの人を倒したハリー・ポッターが蛇語を話した、と。
名前とハリーは周りの態度が気に食わないのか、足早にその場を去っていく。ロンとハーマイオニーとネビルは急いで追いかける。
「どうして分かってくれないんだ、あいつらは」
「ハリー、君がパーセルマウスだったなんて驚きだなぁ……なぁ、どうして教えてくれなかったんだ?」
「え?パーセル…なに?」
「パーセルマウス!君は蛇と話ができるんだ!」
ロンは少し挙動不審になりながらもハリーに言う。ハリーは去年動物園でいとこのダドリーをけしかけたことや、そこにいたオオニシキヘビの話をしてくれた。
「でも普通だろ?魔法使いは誰だって話せるだろう?」
「普通じゃないんだよハリー…それはね……」
「えぇ、名前もハリーも、特別ってことね……その、言いにくいのだけれども例のあの人もパーセルマウスだったのよ、だから、スリザリンの象徴でもあるの……」
もしかしたら、ハリーはスリザリンの血族の者なんじゃないか、と静かにいうロン。そして視線は名前へ向かった。
「名前は……日本の古い魔法族の家系だから、ありえない事はなさそうね……」
確かにカザハヤは古い家だ。だが、スリザリンと血が混ざっているなんて聞いた事もない。
「まさか、日本の魔法族は閉じこもっているから、それに血統管理されているからそれはないんじゃないかな……でも、カザハヤは皆蛇語を話せるよ。日本だと蛇はお守りにもされてるし、豊穣神ともされているよ」
「え……それ、本当かい?」
ネビルが恐る恐る聞いてくる。
「うん……こっちだとスリザリンの血筋の人がパーセルマウスだってのは知ってたけど、日本だとパーセルマウスじゃなくて蛇舌って呼ばれてるよ……従姉の家は鷹と会話が出来るから鷹舌って言われてるよ」
「……日本とは文化が全く違うってのはよくわかったよ……でも、ここでそれを使うのはあまりよろしくないと思うんだ……」
ロンが言いたい事は何となくわかる。今現在、スリザリンの継承者騒動で確実にハリーと名前が後継者候補に名乗りを上げたことになっているのも予想がつく。
「もしかしたらハリーは日本の魔法使いの血が混ざってるんじゃないか?」
「それはないよ、父さんも母さんもイギリス人だし……」
「もしかしたら遠い祖先がそうなのかも……どっちにしろ、これから荒れるぞ……」
とっくに荒れてるだろ、あの時から。
その日から2人を避けて歩こうとする生徒はたくさんいたし、おかげで名前は女子に追いかけまわされることなく静かに過ごせるようになった。縁起は悪いがこれを利用するのもいいかもしれない。
だが、名前が安心しきって1人で歩いている時突然スリザリンの生徒に囲まれた。継承者かもしれないぞ、と脅しをかければいなくなるだろうか。そんなふうに考えているとその中からマルフォイが現れた。
「驚いたよ、君がまさか継承者だったなんて、どうしてグリフィンドールに選ばれたんだろうねぇ、でも助かってるよ、敵の内部から壊してくれて」
君には感謝をしてもしきれないだろうねぇ、と笑うマルフォイ。
「じゃぁ、君の所も襲ってやろうかマルフォイ」
不謹慎だったが、効き目があったようだ。
「やはり君か……なぁ、よせよ、君は仲間だ、血統管理された中で育った、純血のなかの純血、今さらだけど君こそスリザリンの継承者にふさわしいだろうね、パーセルマウスだったなんて、初耳だったけどね」
マルフォイは一歩下がりながらも果敢に名前に話しかける。周りの生徒はひやひやしながらそれを見つめた。今にでも名前が襲いかかってくるのではないか、と警戒しているのだ。
「僕たちは君の手助けがしたいだけさ、消したい奴らがいたら言ってくれ、連れてくるよ」
こんなに腹が立つことが、未だかつてあっただろうか。名前はマルフォイを思いっきり殴り飛ばしスリザリン生をかき分け外に出た。今、まちがいなく消し去りたいのはドラコ・マルフォイという人物だ。ハリーは魔法界の英雄だと言われているのに、どうしてそんなことをする人物だと考えるのだろうか。この世界でマグルを最も排除したがっているのは例のあの人に違いない。彼と対立するハリーが何故疑われるのか。
それもあって名前はずっとカリカリしていた。ハリーもそれは同じで、特に2人で歩いている時なんかは酷いので最近はなるべく2人きりで歩かないようにしている。
クリスマスも近づき、この時期は毎回憂鬱になる名前だったが今回ばかりは早く家に帰りたいと思った。蛇舌のことも色々聞きたかったし、これからどう振る舞えばいいのかという悩みも彩に打ち明けたかった。
名前は部屋で本を読んでいると、どかどかと大股でハリーが帰ってきたのが横目に入る。図書室で盗み聞いた事をロンに事細かに説明し、話しても尚苛立ちが収まらないようでそこらにあった本に当たり散らした。名前も読んでいる本を置き、ハリー達に向き直る。
「フレッチリーはおれのこと、前々から気に食わなかったみたいだし気が合わないのは会った時から分かってたから別に気にしてないよ。でも、どうして継承者が2人いるって考えに至ったんだろうね、もしかして彼が継承者なんじゃないの?」
「あぁ本当だよ……!でも君はいいよね、しばらくは家で静かに過ごせるんだから」
「……ごめん」
「はぁ…ごめん、君に当たっても仕方ないよね」
出来る事なら、ハリーも実家に連れて行って蛇舌同士で会話をさせてあげたいくらいだ。同じ蛇舌ならきっと共通の話題もあるはず。だが、簡単に客人を呼べないのも事実。外に出かけることすら容易ではないのだから。
ハリーの気を紛らわせるのも兼ねて、2人は危険を承知で部屋を出た。ホグワーツにはいくつも空き部屋があり、特定の曜日しか現れない部屋もある。名前はその部屋にある面白おかしな置物を見せれば、ハリーの気がまぎれると思ったのだ。
「うわっ……」
「どうしたんだい?まさか、例の…?」
「うん、どうしてだろう……」
今回は部屋にいないのに、突然あの時の感覚がやってきた。何度経験してもなれないこれの犯人は一体誰だろう。
その時、ハリーは何かに足を躓かせた。そこに転がる人物を見つめ、2人は心臓がばくばく張り裂けそうになるのを感じた……ジャスティン・フレッチリーその人だったのだ。
「……ハリー……何故、彼が?」
「おまけに、ニックも巻き添えだ……」
ゴーストも石化するなんて、この犯人はとんでもない奴のようだ。2人は呆然と立っていると突然現れたピーブスがその場を見て、大声で叫ぶ。また襲われた、と。廊下のドアが次々と開かれ、中からどっと人が現れる。彼らは今度こそ彼らがやった現場をおさえたと言わんばかりの視線を向けてくる。もしかしたら今年は実家に帰れないのかもしれない。名前は小さくため息を吐いた。
ピーブスの嫌な歌も、名前の瞳がまた黄色になったこともどうでもいい事だ。マクゴナガルに連れられ、2人は校長室までやってきた。