11 キミガタメ/秘密の部屋

ダンブルドアは、ハリーと名前に何か言いたい事はないか、と聞いてきた。まるで此方の事などお見通しだと言わんばかりの声色。ハリーは何も無いです、と答え帰っていくが、名前だけは呼び止められてしまった。

「名前……一体、何があったのかね?」

「……先生はおれたちを疑っているんですか」

「いいや疑ってはおらんよ、君たちがそんな人間でない事も分かっておる、だが、あえて聞いておこうと思う、君の家の体質と、この事件はなにか関わっておるのかね?」

ダンブルドアはカザハヤの人達が蛇舌であることを知っているようだ。それもそうか、ここに通っていたカザハヤは全員蛇舌だったのだから。

「……継承者が誰なのかは分かりません、けれど、おれと魔力の波長が近い何かが事を犯しているんではないかとみています……」

「ほう?」

「この瞳になるタイミングが怪しいな、と少しは考えていたんです。従姉は、同じ魔力の波長かつ、自分よりも高い魔力を持った者を感じるとカザハヤの人達はこうなるんだと」

「ふむ……それは、人間に限定したことかね?」

「いえ……分かりません、そこまでは教えてもらってないので」

カザハヤは色々と謎が多すぎる。最近になって分かってきた事が大分増えたが、まだまだ分からないことだらけ。いくら秘密主義だといえども、孫である自分には教えてくれたって良かっただろうに。

一番はじめに黄色い瞳になる現象の原理は、単純に魔力がある基準に達した時に現れる。2度目以降は先ほども説明した通り、自分の魔力の波長に似た、かつ自分よりも高い魔力量を持つ何かを近くに感じた時だ。

「……念の為、君の家族にこの事を相談してみようと思う、だが、彼らはわしの話をなかなか聞いてくれんのでな……君の口から、頼んでみてはもらえないだろうか」

ダンブルドアと祖父の仲がそこまで良くないのは薄々感づいていたが、ダンブルドアから切りだしてくるなんて。名前はとりあえず言われた通りにしてみることにした。そう言えば、ハリーは自分にしか聞こえない声が聞こえてきた日、事件が起こったと言っていたが……ハリーしか聞こえないような声の犯人は、何者なのだろうか。誰にも聞こえない声が聞こえるのはイギリスの魔法界でも、日本の魔法界でも少しおかしな事だ。先ほど、ハリーは自分がおかしく思われるのが嫌だったので話さずにいた。でも、ダンブルドアになら打ち明けてもよかっただろうに、と名前は思うのだが、ハーマイオニーはあまり言わない方がいいと言う。それからも2人にあからさまな態度をとってくる人達のおかげでストレスの溜まり具合が尋常ではなかったのは言うまでもない。友人はこれから、きちんと選ぼう。

「じゃぁ、まぁ…頑張れよハリー」

「うん、君もね……」

2人に微妙な空気が流れる。これから名前はハリーを残し日本に帰る。ハーマイオニー、ロン、ハリーはクリスマスにマルフォイが居残る事をいいことに、ポリジュース薬で変身して彼から継承者について知っている事を聞き出すつもりでいる。以前、カマをかけて聞き出そうとした事があったが、何も聞き出す事は出来なかった。今回が勝負なため、3人には頑張ってもらいたい。

早速家に戻り、名前を待ちうけていたのは不機嫌そうな彩の姿。どうしてこんなに不機嫌なのだろう、と気にはなったがあえて触れない方が安全で居られそうだ、そう思い静かに彩を見守ることにした。

「美香、あの、聞きたい事があるんだけど……」

祖父よりも、美香のほうが幾分聞きやすい。名前は部屋に美香を呼び、あのことについて聞いてみることにした。

「はい、なんでしょう」

「あのさ、誰にも聞こえないような声が聞こえるって、やっぱり変、なんだよね?」

「えぇ変わっておりますね」

「今、ホグワーツでハリーにしか聞こえない声の犯人が次々に外界人を石にしていて、閉鎖されるかもしれないんだ」

外界人とは、イギリスで言うマグル、非魔法族の事を指している。日本の魔法族は非魔法族を外界人と呼んでいるので、日本にいるときはマグルと呼ぶよりもそちらの方がしっくりくるのだ。外界人とは、その字の通り外の世界の人間という意味。集落に閉じこもり生活する日本の魔法族にとって彼らは外に住む人間なのだ。

「外界人限定なのですね」

「そうなんだ……美香は何か分かる?」

「名前様のご友人は、人の言語の他に何を話せますか」

「ハリーも蛇舌なんだ」

「そうでしたか、名前様は事件の当日、蛇の声を耳にしましたか」

「……ううん」

「―――では、犯人はバジリスクでもない……」

バジリスクなんて初めて聞いた名前だ。名前は美香にバジリスクの事について尋ねた。

「……バジリスクって」

「蠎蛇(うわばみ)の仲間でヨーロッパなどに生息していた巨大な蛇です。蠎蛇との違いは瞳を見たら即死することと、特定の人物しか懐かない事でしょうか」

流石はカザハヤの家政婦、美香だ。美香に知らない事はないんじゃないだろうか。美香と話をするのは少し苦手だったが、早いうちから相談しておけばよかったと今さら後悔した。蠎蛇はここの集落にはいないが、日本固有の蛇でその全長は最大30メートルにも及ぶ。最近の蠎蛇は最大でも8メートル程だが、江戸時代には妖怪絵巻に描かれるほどの個体も存在した。蠎蛇の性格は基本穏やかで魔法族には従順だ。魔法生物と称されているだけあり、魔力も勿論ある。ただ、温暖な気候でしか繁殖できないため、沖縄の集落でしか飼育されていない。

「蠎蛇以外の仲間はとうに絶滅したと聞きましたが、ホグワーツでなら生存していてもおかしくはないでしょう、あそこはそれだけ、特別な魔法が掛かっている篭城ですから……。そう考えましたが名前様にも声が聞こえなかった……となると、全く見当がつきません。お役に立てず申し訳ありません」

「ありがとう、とりあえずバジリスクじゃない事は分かったよ」

「いえ…では、また何かありましたらお呼びください」

雪の降り積もる庭を見つめ小さなため息を吐いた。結局犯人が誰なのか分からないままだ。美香やダンブルドアですら分からない事、それを知っているのは祖父しかいないだろう。確か今日は祖父が休みの日、今でお茶を飲んでいる頃だろう。重たい腰を持ち上げ、名前は祖父のいる居間へと向かうことにした。重たい空気の漂う居間で、祖父は去年ダンブルドアに渡された巻物を手に何やら唸り声をあげている。あの包みを渡した時、珍しく祖父は驚いていた。祖父の驚く表情なんて生まれて初めてのような気がする。

「……あの、名前です、よろしいですか」

「……入れ」

「失礼します」

廊下に正座をし、祖父の許可が出るまで中に入ることは許されない。これがこの家の決まりであり、日本の魔法族では当たり前の光景でもある。

「……何の用だ」

「今、ホグワーツで外界人が石にされ、大変なことになっています。ダンブルドアでも犯人が見つけられず……このままだと、ホグワーツが閉鎖されてしまうかもしれないんです」

「……またか」

「……え?」

まさかの答えに名前は目を丸くさせる。また、ということは以前開かれた事があるという事だ。祖父はそのことについて知っているのか。

「そいつの話はするな、虫酸が走る」

「……犯人をご存じなのですか、以前開かれたのは、いつ頃なのですか」

祖父にとっては虫酸が走るような話題だとしても、ここはなんとしてでも聞きださねば。3人だって危険を顧みず頑張っているのだから、と名前は自分を鼓舞させる。

「お前に構っている暇など私には無いのだ」

「教えてください!友達が危ないんです!」

「―――外界人の友達がいるとでも言うまいな」

「……それは」

「お前が外で誰と付き合おうが別に構わない、だが、外界人の友人の話をもう一度私にしてみろ、お前をダームストラングに転校させてやる」

結局、祖父には何も聞けなかった。あのまま話をしていたら本当にダームストラングに転校させられそうだったからだ。あの祖父ならやりかねない。ダームストラングは由緒正しい魔法族のみ入学を許可されない学校だったが、教育内容が偏っている為そこに通おうとする生徒はまちまちだ。混血やマグルもいるがそれならばホグワーツの方が十分な教育をまんべんなく受けられる上に、魔法学校では最も有名な学校だ。日本に魔法学校がないのもそれが原因である。

「分かった事と言えば……前に一度、開かれたってことぐらいか……はぁ」

元来た道をたどり部屋に戻る。祖父の居間から名前の部屋までそれなりの距離があるので、途中ワープ装置的なものに乗って時間を短縮させている。これはどの家にもある装置ではなく、広大な敷地に家を構えるカザハヤだからこその装置だ。きっと、マルフォイの家にもこれは無いだろう。

「……名前、遅いわねぇ」

「あれ、彩姉さんか、びっくりした」

自分の部屋のように堂々とそこに座っている彩。片手には年頃の女の子らしく雑誌が抱えられている。

「そればれたら和子さんに怒られちゃうんじゃないかな……」

「そうでしょうね、外界人の雑誌なんて持ってたらはり倒されちゃうかもね」

「……どうしたの?」

「ふふ……どうってことないわ、ただ、ちょっと家族と喧嘩しただけ」

「……喧嘩?珍しいね……仲がよさそうだったのに」

「名前、あなたは外界人をどう思う?」

彩の瞳は真剣だ。

「どうって……普通かなぁ、仲のいい友達にも外界人はいるし、でも…おじいさまにこの話をしたらダームストラングに転校させられそうになったよ」

「そう……あなたの口が堅い事を信じて打ち明けるわ、私、外界人の男の人に恋をしたの」

「へぇ、そうなんだ…」

「あら薄い反応ね」

「いや、そういうのはあまりよくわからなくて……」

「つまんないの、もっと驚くかと思ったのに」

確かに彩が外界人に恋をした、と言うのは衝撃的な事実かもしれない。少なくとも、名前以外の人間にとっては。

「ボーバトンを卒業したらね、出ようかと思うの」

「……それ本気?」

「えぇ本気よ、あれは…そうね、運命の出会いだったの、彼、今まで会ったことのないようなタイプの人で…とても斬新だったわ、外界人って初めは馬鹿にしていたんだけれども、でもどんどん気になってきちゃって、気づいたら好きになっていたの」

「……そうなんだ、そういうの、なったことないから分からないけど」

彩は生まれも育ちも日本の魔法族。その教育もあって外界人を無意識のうちに馬鹿にしている節があったが、そんな彩が外界人に理解を持つなんて。名前はそちらの方がびっくりだった。

「どうして出会ったの?」

「ね、どうして出会ってしまったのかしら……はぁ、私、彼に踊らされてばかりいるわ」

「違う、あの…どこで会ったのって意味」

「―――もう、名前はお子様ね、そんな無粋な質問しないものよ」

やはり、自分は子供なのだろう。彩の言う意味が全く分からない。結局彩は一方的にその話をして家へ帰って行った。機嫌が悪かったのは、家族と喧嘩したばかりだったからか。だからこの家に遊びに来ていたのか、となんとなく納得してしまった。

「小太郎、彩姉さんにも相談するつもりだったんだけど、帰って行っちゃったよ…女の子って、本当に自己満足の塊だよなぁ……」

「ワン!」

「お前も男だから、この気持…わかるよね、うんうん」

年も明け、恒例の行事には黒い紋付き袴で行くこととなっている。イギリスの魔法族でいうドレスローブのようなものだ。名前は親戚たちに適当に挨拶をし、小さな和室で小太郎と過ごした。彩は今年で16歳になる。なので、そろそろ婚約者を決めなくてはならないのだ。それ関係で今年の正月はなかなか彩と会う事が無かった。だが、これは他人事では済まされない。名前もいずれは彩のように婚約者を決めなくてはならない日が訪れる。名前の場合、日本の魔法省トップのカザハヤという重荷がのしかかっている。地位にしがみつく汚い大人たちの思惑に左右されるだろう。そう思うとどんなに美味しい食べ物を目の前に出されたとしても食欲が湧くはずもなく。この日出されるおせち料理は絶品だが、箸が全く動かなかった。

彩はあの日、外界人の男に恋をしたと言っていた。恋をするのは自由かもしれないが、それが結ばれるのかというのは全く別の話し。家を出ると言っていたのはそれだけ彩が本気である事を意味する。

「どうしたものですかねぇ」

「体調不良ですって、それは仕方のない事よ、でも、もし誰かが仕組んだ事だとしたら?」

突然大人の声が聞こえてきて名前は息を飲む。どうやら隣の部屋に入って行ったようだ。この部屋と隣の部屋は滅多に人が入らないので、密談によくつかわれているとまで言われていたが、まさか本当に密談が行われていたとは。彼らは隣の部屋に名前がいるのを知らないようで、小さな声で話を続ける。

「やめないか、多恵」

「あの耄碌爺がこんなにあっさりとくたばるか?」

「まったく、清まで……」

清と多恵は確か、彩の父の弟とその妻だ。

「兄さん、でもね、怪しいとは思わない?」

彼が兄、という人物は1人だけ。彩の父である浩だ。

「何がだ?別に何も怪しくないだろう」

「突然病気にかかったんですってよ、去年の法事の直後だって言うじゃないか、あの捨て子が外から帰ってきたのと同じ時期さ」

自分がその手の話題に登場してくるのはなんらおかしくは無い。彩の両親は違うが、ほかの親戚はほとんどが名前を捨て子として忌み嫌っている程。どこぞの血がまざっているかもわからない子供が、カザハヤの次期当主であることが不満でならないのだ。名前は音がなるべくたたないよう、そろりと動きもっと声の聞こえるところまで移動する。

「あの子は悪い子じゃない、何故あの子をそこまで嫌うのかね?」

「お前さんはカザハヤの爺どもに唆されているから分からないんだ、お前はいいように利用されているだけだ、柊家の当主としてな」

「……あの子は何も悪くないだろう?あの子がゲンさんに呪いをかけたとでもいいたいのか?」

浩の口調は穏やかだったが、微かに声が震えている。

「あの兄弟が何年か前に大喧嘩したのは知ってるだろう、あの捨て子が来たときさ、あの日血が流れなかったのが不思議なくらいさ」

「そうね、ゲンじいさんは昔から手が早い人だったからね」

「兄が黙って弟に地位を譲ったと思うか?あの家族は昔からそうだ、秘密を絶対に他所には漏らさない…日本で最も閉心術に長けた一族といっても過言ではないからね」

道理で祖母が閉心術の訓練をさせた訳だ。名前はようやく祖母の行動の理由が分かった。

「ふふ、そう言えばカズヨさんの開心術に右に出る者はいないって言われてたわね、でも、生まれたのは出来そこないの……」

「和子達の悪口ならば、俺は許さないぞ」

「和子さんは優秀じゃないか、でも彼女の妹はどうなんだい?家を捨てて外国に逃げたそうじゃないか」

「やめないか!死人を冒涜するなんて!」

ここで声を荒げる浩に名前はびくりとする。滅多に怒ったりするような人ではない、優しいあの浩が怒り声をあげるところなんて生まれて初めて見た。小太郎は不安げに主人の手をぺろりと舐める。

「わたし、知っているわよその話…確か、外国の魔法使いと駆け落ちしたんですって?」

「あぁそうさ、だからあの捨て子には半分異民の血が流れてるのさ、だからゲンさんはそんな捨て子をカザハヤの養子にさせたケンイチさんが未だに許せないのさ」

……おれの父親は、外国人だったのか。名前は誰も教えてくれなかった事実に呆然とする。

「表向きはあの捨て子をかわいがっているけどね、裏では分からないわよ……なにしろ、長年あの席にいるゲンさんの事だから……」

「僕らは決して血統管理部の席から外れる事は無いから、権力争いには関係ないけどさ……僕らとしても、あんなどこぞの血が混じってるのか分かりもしない子供に、あの席に座ってほしくないのさ」

「だからあの子がゲンさんに呪いをかけたとでも?癒者は年齢からくるものだって言ってたではないか!」

「そういうふうに、癒者が指示されたのかもしれないよ、だって日本にいる癒者の半数はカズヨさんの弟子だって言うじゃないか……あの捨て子はカズヨさんに指示されていたのさ、こうやれば、あの耄碌爺が病気になって席を空けるってね」

「もう止めないか!だったら聞くが、権力戦争に関係のないお前たちがそれをどうこう言って何になると思っているんだ?」

「あぁそうだね、兄さんには選挙権がある、なんせ本家だからね……分家の僕らには投票権が与えられていないから、あなたには分からない事だ」

ふすまの開く音が聞こえ、名前はぎょっとする。どうしよう、隣にいたのがばれたら厄介なことになる。魔法を使えばばれるし、この部屋には人が隠れられるところは無い。

「待て清!」

「聞く耳もたないね、あなたに話をしたのが馬鹿だったよ、多恵、行こうか」

「えぇそうね、さようなら浩義兄さん」

此方へ向かってくる気はないようだ。ほっとしたのもつかの間、新たな人がやってきた。

「あなた、さっき弟さん夫婦がいたけどどうしたの?とても機嫌が悪そうだったわよ」

「あぁ、そのことか……和子、あの子の事だよ」

彩の母親がついに登場した。彩の母親は名前に良くしてくれる数少ない親戚で、魔法の技術も高く、女性にしては珍しい血統管理部の室長を任せられている。

「まぁ…名前君のことね、あの2人もやっぱり例外じゃないのね…」

「あぁ……ゲンさんの病気は、あの子がケンイチさんに指示されてやったものじゃないかって言うんだ」

「そんな事を考える暇があるだなんて、羨ましいわね……私たちは毎日とても忙しいっていうのに……」

「名前は良い子なのに、捨て子だったからって皆、酷いよなぁ」

捨て子の自分をここまでよく思ってくれている人間がいるからこそ、ここに帰ってこれる。改めてそれを感じた。ここも、悪い事だらけじゃない、と。