夏の日差しが厳しい中、名前は新しい薬の副作用に悩まされていた
ろくに魔法も使えないので手作業で調べ物をしなければならなかった。
それだけならまだしも、薬を飲んだ後必ず訪れるこの気だるさには正直参る。やる気というやる気を削がれるのだ。
名前はこの夏休みに入ってから本格的に眠れぬ夜が増えた
昨晩も…そして今日も……
その夜、珍しい客人がスネイプ邸を訪れてきた
「Mrs.ナルシッサ―――?」
以前見た時よりも頬が痩せこけ、髪の毛は乱れていた。
眼の下にはクマができ……きっとこの人も毎晩眠れずにいるのだろう。
「あら、名前………あなたの父君はどこ?」
「父上ならあそこに――――後ろの方は・・・」
「…あら、あんたスネイプの息子だったんだね?詳しい話はシシーから聞いてるよ」
「――――Mrs.ベラトリックス…」
死闘を繰り広げたばかりの相手が今、名前の目の前にいた。
「…そんな驚かなくたっていいじゃない、あんたとわたしは味方同士でしょ?」
そうだ、今は敵側に潜伏しているのだ。
名前は己の使命をすぐさま思い出した。
「あの時なんであんたがあそこにいるのかわからなかったけど……」
「べラ、時間がないの!」
ナルシッサはあわてたようにセブルスの部屋へと向かう。
後ろではやれやれと言いながらベラトリックスがついてゆく。
…何やら、すごく不吉な予感がする。名前はふたりの後ろについて行った。
「これは何と驚きましたな」
「セブルス」
ナルシッサは声を殺して言う。
「お話できるかしら…とても急ぐの」
「いや、もちろん」
セブルスは一歩さがってナルシッサを招じ入れた。ベラトリックスは許しも請わずにあとに続く。そして低い声で唸った。
「スネイプ」
「おおこれは・・・ベラトリックス」
セブルスが嘲るような笑いを浮かべる。そして後ろからついてきた名前を見て驚く。
「―――名前、お前は寝ていなさい」
「いいじゃない、スネイプ。この子も一緒に話を聞いたって構いやしないよ」
そういうとベラトリックスは名前をナルシッサと自分の間に強引にも座らせた。セブルスの苦虫を潰したような表情をベラトリックスはふんと鼻で笑うと話は始まった。
「それで、どういう御用ですかな?」
セブルスは三人の前にある肘掛椅子に腰かけた。
「ここには…私たちだけなのですね?」
「むろん、そうです。あぁ、ワームテールがいますがね。しかし虫けらは数に入らんでしょうな?」
これも名前の頭を悩ませる原因の一つでもあった。
夏に入った時、急にやってきたかつての友の姿。こんな哀れな姿になってしまったピーターには同情するが、正直すでに彼は名前にとってどうでもいい存在となってしまったのだ。
それが一番悲しいのだ。だからこそ、改めてピーターという存在・・・いや、ワームテールという存在は何のためにあるのか、答えを見いだせずにいる。
このことは名前以上に彼本人が一番悩んでいるのかもしれない。だが、名前にとってはもはやどうでもいい人間…。
心の中で、それはいけない、と声が聞こえてくるものの…
「ワームテールが飲み物をご用意しますよ。よろしければ」
「わたしはあなたの召使ではない!」
…やはり、彼はどうでもいい存在なのだ。もはや友であったことすら忘れてしまいそうだ。こんなにもどうでもいい存在なのだから、そう深く考えなくともいい気はするが…
―――ほっとけないよな・・・
名前は自分のこの性格に後悔した。ナルシッサは身を振るわせて大きく息を吸い、話し始めた。
「セブルス、ここに来てはいけないことはわかっていますわ。誰にも、何も言うなと言われています。でも―――」
「それなら黙ってるべきだろう!特にいまの相手の前では!」
ベラトリックスが凄む。
ベラトリックスが自分の父親に向けている感情が何なのかも知っている。自分はアズカバンで苦しんでいたのに、何でお前はのうのうと・・・
言わなくても隣にいるだけで伝わってくる。怒りで手が震えてるのがよくわかる。名前はそっとベラトリックスの顔を見上げた。
――――前はものすごく美しい人だったのに………
誰が、彼らを醜くさせているのだ…。
それから長々と、セブルスがダンブルドア側にいた理由などを話していた。ベラトリックスの怒りも少しはおさまったようで、血の色のワインをごくりと一口飲んだ。
その間、ナルシッサはがっちりと名前の肩をつかんでいた。
…心細いのだ、彼女は。
夫もアズカバンでいつ主に殺されるかもわからぬ状況で、ましてや大切な一人息子も危険に晒しているのだ。
母親として最愛の息子ドラコを守ることはなによりも優先されること。
「私の息子…たった一人の息子」
「闇の帝王はあの子に大きな名誉をお与えになった。それに、ドラコのためにはっきり言っておきたいが、あの子は任務にしり込みしていない。自分の力を証明するチャンスを喜び、期待に心を躍らせて――――」
ベラトリックスがそう言い放つとナルシッサは本当に泣き出した。
「それはあの子が16歳で何が待ち受けているのかを知らないからだわ!セブルス、どうしてなの?どうして私の息子が?危険すぎるわ!これはルシウスが間違いを犯したことへの復讐なんだわ、ええそうなのよ!」
…辛いだろうな
セブルスはナルシッサがどんなに辛い状況なのかも理解している。
現に自分の息子も危険に晒しているのだから・・・
どの親も、自分の子供のことになると必死になる。闇の帝王は改めて恐ろしい存在だと思う。
「だからあの方はドラコを選んだのよ。そうでしょう?じゃなければあの子よりも頭の賢い名前に任務を任せるはずだわ!」
急に自分の名前が出てきて驚きを隠せなかった。セブルスも驚いたがしっかりとした声で答えを返した。
「我輩の息子は確かに頭も賢く、ポッター達とも表面上の付き合いはしている…完璧に向こう側に潜んでいるスパイだ。帝王も我輩の息子の出来の良さには感嘆を覚えているそうだ…しかし、古くから伝わるレーガン家の呪により名前はその任務に就くことは不可能だろうと帝王がお考えなさった」
「だからっ……なぜっ…なぜ・・・・ドラコなのよ・・・・・・・・・・・」
名前は泣きじゃくるナルシッサの手をそっとにぎった。
「ドラコが成功すれば―――」
「他の誰よりも高い栄誉を得るだろう」
「でも、あの子は成功しないわ!」
これは母親である彼女が一番わかっていることだった。そして名前もドラコがこの任務を全うできるなど不可能だと考えている。
どうやって親友を助けるべきか…
名前は血の色のワインを見つめ、考えに耽った。
「あの子にどうしてできましょう?セブルス……お願い…あなたははじめから、そしていまでもドラコの好きな先生だわ・・・ルシウスの昔からの友人で・・・ おすがりします・・・・あなたは闇の帝王のお気に入りで、相談役として一番信用されているし・・・・お願いです。あの子にお話しして、説得して……どうか名前も……説得して…」
セブルスが説得できないのだからもちろん名前も説得できるはずがない。
「闇の帝王はお怒りだ、ナルシッサ、非常にお怒りだ」
「それじゃ、思った通りだわ。あの方は―――見せしめのためにドラコを選んだのよ!」
死喰い人の悲しい結末とはこういうものなのか。
彼らに、彼らに幸せは許されないのだろうか――――
ずきりと左腕の闇の印が傷んだような気がした。
ナルシッサは最後にわずかに残った自制心さえ失ったかのように立ち上がり、よろよろとセブルスに近づきローブの胸元をつかんだ。顔をセブルスに近づけ涙をぼとぼととこぼしながら喘いだ。
「あなたならできるわ。ドラコの代わりに、セブルス、あなたならできる。あなたは成功するわ。きっと成功するわ。そうすればあの方は、あなたにほかの誰よりも高い褒賞を―――」
なんとも悲しい願いだった。
僕は・・・いったいどうしたらよいのだろうか・・・・
このままでは本当に父上がダンブルドアを殺さなくてはならないことに―――――否、うすうす感づいてはいた。
だから今更…とは思うが・・・・・・・・・・・・・これは仕方がない犠牲なのだ、ドラコを守るため。
ダンブルドアはきっとドラコの命を優先に答えを導き出すだろう…
「セブルス、あなたは、闇の帝王の望みを叶えようとする私の息子、ドラコを見守ってくださいますか?」
「そうしよう」
まぶしい炎が細い舌のように杖から飛び出し、灼熱の赤い紐のように二人の手の周りに巻きついた。
「そしてあなたは、息子に危害が及ばぬよう、力の限り守ってくださいますか?」
「そうしよう」
二つ目の炎の舌が杖から吹き出し、最初の炎と絡み合い、輝く細い鎖を形作った。
「そしてもし必要になれば……ドラコが失敗しそうになった場合は・・・」
もうわかっていたことだ。
クライヴもこうなるとセブルスに警告していた。
だけど…この道を選んだのは父上自身でもあるし……親友を守りたい名前の気持ちでもあった…
「闇の帝王がドラコに遂行を命じた行為を、あなたが実行してくださいますか?」
僕は、大切な人を、守りたいだけなんだ。
ここにいる人たちも…できれば守りたい……
僕にとっては、たとえ闇だろうと大切な人…
「そうしよう」
三つ目の炎の選考で赤く照り輝いた。舌のような炎が杖から飛び出し、他の炎と絡み合い、握りあわされた二人の手にがっしりと巻きついた。
蛇のように。
炎の蛇のように。
僕はただ、その破れぬ誓いを遠くから見守ることしかできなかったけれども…
ドラコを、大切な親友を…
「―――名前…わたしったら…本当にごめんなさい・・・・・・あなたの唯一の家族なのに・・・・」
「気にしないでください、Mrs.マルフォイ……ドラコを守ることは、僕の願いでもあるんです」
「――――ああっ」
ナルシッサは名前の胸で泣きじゃくった。
そして力強く名前を抱きしめた。
「ああっ貴方達親子はどうしてそんなにもやさしいの――――っ」
「…ドラコは・・・・・・あなたにとっても・・・僕にとっても・・・・かけがえのない存在。ドラコを…守ってみせます」
お前だけは、失いたくないから。
どんなことがあっても。
絶対に。
「――――ありがっとう…っ」
僕の願は唯一つ、闇の中で孤独なあなたたちを守ること。
大切なあなたたちを守ること。
かけがえのない存在――――――たった一人の親友を守ること
矛盾してるかもしれない。
シリウスを殺したベラトリックスを守りたいだなんて……
しかし、すべての元凶はヴォルデモート卿。
1人の人間から始まった悲劇…すべての始まりはきっと、クライヴとトム・リドル、そしてキリク・リドルにあるのだと――――――
「…名前」
二人が帰ったあと、セブルスは自分の部屋に名前を呼んだ
「…はい、父上」
セブルスの表情は暗かった
「…すまないな、本当はお前を巻き込みたくなかった……」
「…いいえ、そんな……」
「お前がどれほどドラコを大切に思っているか知っている――――辛かっただろうな」
「……それは」
辛かった
親友がそんな状況に立たされているのが
ドラコを見て、突然左目が痛みだしたら…どうしよう、と
この左目はまるで死神のようだ。死ぬ前の人を見ると痛み、死を知らせてくれる。
悲しい―――――悲しい現実を思い知らされるのだ。
「…父上、僕は・・・・・・どうしたらいいのでしょうか――――」
ヴォルデモート卿が、名前を使って妹を蘇らせるまで…
「…名前」
闇の印は今も尚、名前を闇に縛りつけていた。気を抜くと闇の帝王に心を読まれてしまう、弱みは決して見せてはならない。
「―――闇の帝王がお前を任務に出さないのは器としてのお前が駄目にならないように…だそうだ。我輩もなんとしてでもお前を器にされないように策を練っているのだが……まだ答えが見つからんのだ」
弱弱しく、名前の肩にふれる。その手は震えていた。
「―――父上、僕は弱くはありません…そして器なんかに……決してなりません。だって…いえ、なんでもありません」
彼女の精神は、まだ生きているのだから。キリクの精神が生きていることはクライヴと名前との秘密だった。彼女の存在こそがキーなのだから。
「…すまないな・・・・・・我輩はこうして、お前を守ることすらできない―――――我輩ができることは、お前が悲しまないように、お前の親友を守ってやることだけだ…」
名前はそっとセブルスの手を握る。
「父上、どうか絶望しないでください。きっとこの先……何事にもとらわれることのない未来が待っています」
「――――そう…だといいな・・・」
外はいまだに雨が降り続いている。
昼間はあんなに晴れていたのに……
「クライヴから連絡は来ましたか?」
「いいや…」
「そうですか…」
クライヴが生きていることを知ったトム・リドルの心境はどういったものなのだろうか
少なからずとも、ダメージを受けたはずだ。
そしてクライヴは騎士団の最終兵器のような存在。本来ならば最後まで姿を隠しているはずだったのだが、やはりそうはいかなくなってしまった。
騎士団と死喰い人との戦いの際、クライヴの魔法のおかげで姿がばれずに済んだ
だからこそ今、こうして闇に潜む事ができるのだった。
そんな高度な魔法を使うクライヴを、ヴォルデモート卿はそう簡単に倒せやしないだろう。そして彼のわずかに残っているトム・リドルの心が彼を抑えているのだろう―――――――