46 それこそが、真実/不死鳥の騎士団

理不尽な尋問を受ける友に唯一してあげることと言えば、どんな態度で行けば周りに信じてもらえるか、ここはこうして答えたほうが良いなどという助言くらいなものだ。結局自分は友達を助けてやることすらできない無力な人間なのだと今更ながら思い知らされた

「ふぁあ…おはよう、名前」

「…おはようトンクス。夜勤か?」

「あったりぃー…すごく疲れたわ」

「…」

「あ、また自分は何もできない無力な人間だって思ってるでしょ?」

図星なのか、短くため息を吐いた
「…気をつける」

「もう、名前ってば謝ってばっかり……少しは肩の力を抜きなさいな。ハリーもだけど」

ハリーの胃はきっと胃液の大洪水だろう。食事もあまり進んでいないのか、暖かいトーストの上にものさびしくジャムが乗っていた
トンクスとリーマスが二人で仕事の話を始めたころ、モリーがハリーのTシャツの裾を直したりしわをのばしたり面倒を見始めた。・・・・・・・こういう時はほっておいてほしいものなのだが

「尋問は、私の事務所と同じ階でアメリア・ボーンズの部屋だ。魔法法執行部の部長で、君の尋問を担当する魔女だがね」

アーサーが名前の肩に手を置きながら言った

「…彼女は公平な魔女だ。心配することはない」

名前が何故アメリア・ボーンズのことを知っているのか不思議に思ったが、去年のクィディッチの試合を思い出し納得してしまった

「名前が言うならばそうなんだろうけど…でも」

「法律は君に有利だ。未成年魔法使いでも、命を脅かされる状況では魔法を使うことが許される」

リーマスが静かに言う
そもそもこの尋問には必ず裏があるはずだ。ヴォルデモート卿が復活したことを認めたくないファッジならやりかねないことだ。きっとハリーのほうへディメンターを仕向けたのも魔法省に違いない……
これが誰かを現在名前は調べていた。有力なのはドローレス・アンブリッジとメーガス・ライアン。つまりファッジの右腕だ

無論、ウリウス・マルフォイも裏で手を巡らせているのだろうけど…

「みんなでお祈りしていますよ」

モリーがぎゅっとハリーを抱きしめる

「ハリー…真実とは隠せないものだ。」

「…ありがとう」

みんなに見守られながら、ハリーは懲戒尋問へと向かっていった。
ハリーがいなくなった後も相変わらず騎士団は忙しそうに動き回っていた。ただ一人、シリウスだけは不機嫌そうな表情で――――

「どーしたんだっての黒わんこ!」

「いたっ、お前もう少し普通な登場の仕方ができないのか!?」

階段の上から飛び込んできたクライヴに少しそのイライラを当てると、やはりいつものように漫才が始ってしまう

「…まったく、あの2人は………本当に子供のようだわ。名前のほうが全然大人ですよ」

モリーが食器を片づけながら、黙々と食事をする名前と彼らを見比べて言った

「ははは…仕方がないよ、シリウスはいつまでたっても少年のままだからね…クライヴも20歳だからね……実際の年齢は違うんだろうけどさ」

クライヴの実年齢はヴォルデモート卿と同じなのだが、長い間杖に封印されていたクライヴは老いることなく20歳の姿のままでいた。どういう仕組みでそうなったかは定かではないが、クライヴを殺さなかったことを見るところ、ヴォルデモート卿もやはり人間なんだと思う

「…そうだな」

いつまでも、彼らがこうして笑っていられたらどんなに幸せだっただろうか。
尋問も無事無罪放免で終わり、数日後には列車に乗りホグワーツの5度目の新学期を迎える。
そして彼らに嬉しいお知らせが来た

「…嘘、ぼ、僕が監督生……」

ロンとハーマイオニーに監督生のバッジが入った封筒が届いたのだ。ロン達はてっきり監督生はハリーになるものかと思っていたようだが、予想外の結果に嬉しいやら…複雑やら…

その後モリーに熱烈的に喜ばれ、キスの嵐で顔はすでにリンゴよりも赤かった。

キスの嵐に見舞われているころ、名前は静かにドラコに手紙の返事を書いていた。あまり連絡を取っていなさすぎると不審がられるだろうから。以前ドラコから来た手紙には監督生になったことなどが書かれていた。

この3人が衝突か…今年も騒がしそうだ
そんなことを考えつつ、ぼーっとしていると周りにいるのはハリーだけになっていた。

「…ハリー?」

「…ほんと嬉しいよね!名前も監督生なんだよね?」

「…いいや、違う」

その答えに意外だったのか、驚かれてしまった

「ええ?!でも名前…君…君じゃないのかい?」

「あぁ…ダンブルドアの考えは僕にはわからないが…そう決めたようだ。」

「…そうなんだ………でもおかしいよ、君こそ監督生だって言うのに…じゃぁ、まさか監督生って…」

ハリーが嫌そうに眉をひそめた。

「あぁ…ハリー達は気に食わないだろうが……ドラコだ」

はぁ、とハリーはため息を吐く
表情は先ほどから曇りっぱなしだ。ロン達が監督生だということが気に食わないのだろうか…それか、自分が監督生だと心の中で小さく思っていたとか…そういうことだろうか

心配そうにハリーの顔を窺うと、それに気付いたのか気まずそうに独白してくれた

「…実は、さっき名前が監督生じゃないって聞いて少し嬉しかったんだ…こう言ったら失礼かもしれないけれど……でも僕の今の気持ち、いまいちわからないんだ…複雑すぎて…どう説明していいかわからないんだ」

「それでいいと思う。少しずつ、少しずつその気持ちがどういうものなのかを見つけていけば…。」

心とはそういうものだ

「だけどっ…君は悔しくないのかい?」

「…悔しい、か。確かに監督生のバッジは欲しかったが……だが、監督生になることが全てではない、そう自分に言い聞かせた」

監督生になったところで、新たな義務と監督生という名、バッジを得るだけであって勉強面ではほかの生徒と変わらないのだから。名前はこう言い聞かせたが人間とは簡単にはいかないもので…ハリーは心の中であらゆる感情と葛藤していた。 しばらくそっとしておいたほうがいいのかもしれないという判断により、名前はその場から一時撤退することにした。きっとハリーを監督生にしないのはダンブルドアなりの理由があるのだろう…なんとなくそう思った

夕食のとき、モリーお手製の横断幕がきらびやかにそこを飾っていた
横断幕には「おめでとう、ロン、ハーマイオニー、新しい監督生」と掲げられていた。
今年の中で一番テンションが高いのではないかと思われるモリーは、上機嫌でロンのお皿にチキンをよそっていた

「新しいグリフィンドール監督生、ロンとハーマイオニーに乾杯!」

いつの間にかにもとの元気ある姿に戻ったハリーをみて名前は心の中でほっとした。話はいつの間にかにシリウスの少年時代の話になっていた

「誰もわたしを監督生にするはずがない。ジェームズと一緒に罰則を受けてばかりでいたからね…名前は知っているだろうけど。リーマスはいい子だったからバッジをもらっていたっけな」

「…おまえたちの悪戯に付き合わされるこっちの身にもなってほしかった」

「ははは…悪かったな、あの時は」

「その時より少し成長した君と今食事しているなんて…不思議だね」

あの時の記憶は一時的に消されていたのだから、不思議に思うのも無理はなかった。だがあの事故のおかげで今こうして懐かしの友との会話ができているのだから、感謝すべきだろう

「…ジェームズやシリウスには………父上と仲良くしている僕が気に食わなかったのだから仕方がなかったといえば仕方がなかった。が、やはりシリウス達のほうが精神年齢が下だったということだ…」

「相変わらずずばっというね、名前は」

ハリーはこの3人の会話に入りたかったが、この思い出話には入りたくても入れない何かがあった。だから、会話を聞くだけしかできずどこかもどかしかった。
部屋に戻る際、モリーの嗚咽を聞いてしまった
リーマスが一生懸命背中をさするものの、モリーの嗚咽は収まらない

「わっわたし、ゆ、夢でみんなが死ぬ夢を――――」

「モリー、落ち着きなさい」

「だっだ、だって私、ほ、ほんとうに心配で―――」

死か…
1年前から左目の痛みがどちらの理由で痛いのかがよくわからない。できれば前者であってほしいが―――――・・・

「モリー、もう泣くなよ。だいじょーぶ、天下のクライヴ様がついてるからもう安心しろ―――とまでは言えないが、いくらかは俺を頼ってくれよな」

急にクライヴの声が背後からした。
相変わらず眼の下には大きな隈を作って、髪はぼさぼさで手にはインクがたくさんついていた。騎士団で一番疲労困憊なのはクライヴなのではないか…これはいつも思っている

「あ、あ、なたが、ま、毎晩ど、どんな仕事をしてるかは知りませんが―――いつも大きな隈を作って――――・・・私はあなたのことも心配し、してるの」

「ははは…それはありがたいねぇ。俺は平気だ…あんたは息子や家族、ハリー達に精一杯の愛情を与えてくれていればそれでいい…こんな不安な時期、愛情ってやつが一番大きな支えになるんだからよ」

「うっう…」

その夜、名前は眠れずにいた。ずっとあれ以来モリーの嗚咽が頭から離れずにいた………まさかモリーが想像した状況が現実にでもなったら…

そんな不吉な考えはよくない。

名前は不吉な考えを頭から消し去るかのように目を強くつぶると、不思議に眠ることができた。願いはただ一つ、大切な人たちがいつまでも笑って暮らせますように…

「…早朝5時か……」

早朝5時に起こされた名前は、周りの人たちがまだ眠っていることを不思議がった。何故自分だけこんなにも早く起こされたのだろうか……そしてなぜ父上がここへいるのだろうか、と

「…お前と我輩の2人は一足早めに家に戻ることとなっている。準備はもう終わっているな?」

「はい」

どうやらこれもクライヴが考えた作戦らしく、ハリー達と別行動をしたほうがマルフォイ家に怪しまれずに済むからだった

「…久々に帰れる」

「どうした?」

「あ、いいえ……」

ものさびしい我が家に帰れることをこんなにも嬉しいと思ったことはなかっただろう。ブラック家でさびしくない夏休みを過ごせてうれしかったが――――なぜだかとても家が恋しかった。きっとこれがホームシックというやつだ
あのさびしい家でも家なのだ。一番心が落ち着ける唯一の場所なのだ

「もう出るぞ…忘れ物はないな」

「…はい」

ブラック家を後にした。外はまだ人の気がなくかなり静かだった。姿くらましで家の玄関までくると、ぐっと何かがこみ上げてきた

「おまえはしばらく家にいなさい…マルフォイ家が迎えに来る。」

そう手短に言うとセブルスはすぐさま姿くらましでどこかへ行ってしまった。

…父上、少しやつれていたな

恐らくクライヴ同様、仕事が忙しいのだろう。ましてや教師の仕事もあるのだから…
できれば監督生のバッジを見せて少しでも父親を喜ばせたかったのだが、それもかなわぬ夢だ…今更過ぎ去った過去を振り返ってもどうしようもない。名前はまっすぐ前を見て、懐かしの我が家へと足を踏み入れた

「名前坊ちゃま――――おかえりなさいませ!」

…懐かしのスティンギ―の声。

「ココアを用意してくれないか、ミルクたっぷりでな…」

「承知いたしました」

今はココアがとても飲みたい気分だ。
マルフォイ家の車がやってくる音がした
彼らと会うのもずいぶん久々だ―――――

「坊ちゃま…どうかお気をつけて」

「…ありがとう」

これから逃げることは一切許されない
闇との取引が始まる―――――さて、自分は闇に打ち勝つことができるだろうか

重たい足を一歩一歩、進めると懐かしの親友の声が聞こえてきた

「―――名前!」

「…ひさしぶりだな」

顔の筋肉がゆるんでしまうのは何故なのだろうか
親友の顔をみたとたん、先ほどまでの暗い気持ちも一気に消え去った

「…やぁ久し振りだね、名前」

「お久しぶりです、Mr.マルフォイ」

前回会ったときは確かデスイーターの仮面をかぶっていた時…ずいぶん気まずい再会だったと今でも思う。
ドラコの隣に乗り込むと車は発車した。車の中には相変わらずいろいろなものが準備されており、一人で新学期の朝を迎える名前を考慮してか、隣ではナルシッサが名前の髪を整えてくれていた

「寝癖がひどいわねぇ…」

「…すみません」

「でもほんっとに相変わらずサラサラな髪ねぇ~女の子も嫉妬しちゃうんじゃないかしら」

見かけによらず、ルシウスとドラコの髪はパサパサだから、と付け足すと吹き出しそうになった。

「―――母上、男に髪は関係ありません」

「あら、ドラコったらお父様みたいになりたいの?」

「ナルシッサ、それはどういった意味だ」

…相変わらず、この家は面白い。表向きは純血家の貴族で名を馳せ、ヴォルデモート卿の僕、死喰い人なのだが―――――こんな彼らを見ていると、どうしてもそんなのには見えない

列車に乗る際、ナルシッサから見送りのキスを頬にうけるとどことなく恥ずかしくなった。母親代わりをしてくれるナルシッサの唇は温かかった

「僕は監督生としての仕事があるから――――終わったら戻ってくるからこの本でも読んで暇をつぶしていなよ。君が好きそうな本、家の書籍にあったから持ってきたんだ」

「…ありがとう」

手渡された本は魔法薬学の本だった。確かに、これはマルフォイ家レベルじゃないと手に入らない代物だ。目の前にいるクラッブとゴイルの話を聞き流しながらページをぱらぱらと読み始めた。