37 それこそが、真実/炎のゴブレッド

今日もムーディの授業があった。
しかし今日は生徒に服従の呪文をかけるのだという。どこまでこの人間は頭が狂っているのだろうか…。名前はただムーディに操られておかしな動きをしている生徒たちを席に座って見ていた。ちなみに先ほどドラコもほかの生徒と同様、面白い踊りをしていた

「ポッター!」

ムーディがハリーを呼んだとき、ほかの生徒とは違う“何か”を感じた
その“何か”が何なのかを理解するにはそう時間はかからなかった

「インペリオ!服従せよ!」

手慣れたように杖を振ると、ハリーに服従の呪文をかけた。どうやらハリーはその呪文と悶々と戦っているようだ。心の中でハリーにエールを送った

「よーし、それだ!それでいい!」

ハリーが呪文に耐え抜いてみせると、ムーディは今まで以上に大きな声で喜びの声を上げた。いや……この声色は、愉しんでいる―――――――ハリーを試したのか

マッド-アイ・ムーディという人間がいかなる性格をしているのか、今の出来事でよーく理解できた。最初の授業でもそうだったが、この人間は随分残忍な性格をしているのだ

「おまえたち、見たか…ポッターが戦った!戦って、そして、もう少しで打ち負かすところだった!もう一度やるぞ、ポッター。あとのものはよく見ておけ ―――ポッターの目をよく見ろ。その目に鍵がある――――いいぞ、ポッター。まっこと、いいぞ!やつらは、お前を支配するのにはてこずるだろう!」

やつらとはおそらく―――――死喰い人、そしてヴォルデモート卿のこと
そのことをあえてハリーの目の前で言うなんて……名前は知らないうちにイライラしていたようで、唇の端から血が出ていることに気付かなかった

その後、ハリーに4回も呪文をかけ、ついには呪文を完全に破るところまで続けさせた。ようやく最後まで残されていた名前の順番が回ってきた。ハリーがふらふらと席に座るのを確認すると、重たい腰を持ち上げ、ムーデイの目の前まで行った

貴様に――――負けたくない

この男を見ていると胸がムカムカしてくるのだ。そして無性に―――――――――殺したくなるのだ

そう考え付くと、無理にでも楽しい思い出を思い出して気を紛らわしていたのだが今日はそうはいかなかった

「さて……お前は手加減などしなくても平気だろうな?スネイプ」

「―――どうぞ」

にやっと嫌な笑みを浮かべると、名前に杖を向け――――――そして呪文を唱えた

何故こんなやつに呪文をかけられなくてはならない?何故こんな人に操られなければならないのだ―――――――――――癪だ

一瞬何が起こったのかはわからないが、女子生徒の悲鳴と他の生徒たちの動揺の声が聞こえてきた。

「……上出来だ!スネイプ!スリザリンに50点!」

いったい自分が何をしたというのだろうか…。

名前は女子生徒たちの悲鳴の理由はわからなかったし、ほかの生徒が此方を何か危険動物を見るような眼で見ている理由も知らなかった。ただ、足元には無数のガラスの破片、そして大破した机“だった”ものが散らばっているだけ。
鐘が鳴り、生徒たちが出ていく。

名前をちらりと見るのを忘れずに――――――
スリザリン生はグリフィンドール生程失礼ではなかったが、どこかしら不自然な態度だった。唯一普通に接してくれたのはドラコとハリー達だけだった

「…僕はいったい何をしたんだ?」

「君、覚えていないのかい?すごかったんだよそりゃぁもう――――鳥肌が立ったよ」

「……」

ドラコが談話室で先ほどの授業で起こったことの話をしてくれた。

ムーディが呪文をかけたのはいいのだが、呪文はどうしても名前にかすりもせず、途中で消えてしまったのだという。

そのあと、10回は呪文をかけたがかすりもせず、むしろムーディのほうがバテてきた。高度な呪文は魔力も大幅に消費するのだ。

「それで…君、呟いたんだ。不思議な呪文を。そしたら――――ああなった」

ああなったとは、名前の周りに飛び散っていた机だったものの残骸や、ガラスの破片のことだろうか。しかし何故自分にそんなことができたのだろうか……

「名前の呪文に……一瞬ムーディが怯えたようにも見えたんだ。」

あのマッド-アイ・ムーディが僕に怯えた……?

首をひねり、うーんと唸った

「君……覚えていないのか」

「あぁ…」

「君、ムーディにその後、すごく小声だったけど―――――“消えろ”って言ったんだよ」

その瞬間、頭が真っ白になった。
まさか……そんなことを口に出していたなんて

確かにあの男は殺してやりたいほどに気に食わないが、表にそれを出すほど僕だって馬鹿ではない。でも…無意識に知らない呪文を唱え、無意識にそんな言葉を吐いたのならば――――僕は…

「気にすることない、あいつは消えるべき人間だ。所詮この1年間だけの契約なんだから」

ドラコは漠然とする名前を元気づけるためか、話を逸らしたり肩をたたいたりしたのだが名前を元気づけることはできなかった

今は誰かに何を言われても何にも反応できないような気がする。今大好きな魔法薬の授業があったとしても、集中して取り組めないような気がする。今勉強しても身に付かないような気がする

名前はふらふらとセブルスの私室へと向かっていった。こんな時こそ、セブルスが必要だ。こんな時こそ、父親が必要だった

コンコン
ノックをすると、名前がここへ来ることを予測していたかのようにすぐ部屋へ入れてくれた。出してくれた紅茶も無味だ

「―――…ムーディから事は聞いた」

「…父上、僕は知らない呪文を唱えていたそうです」

「…あぁ」

「父上、僕はムーディに“消えろ”と吐いたそうです」

「――――あぁ」

「父上、最近あの男を見るたびに殺してしまいたくなるのは――――」

続きを言う前に、セブルスが力一杯息子を抱きしめた

「…もう何も言うな……あの時、吾輩がお前を守っていれば―――――この印さえつけられなければ………お前は何も苦しまずにすんだのにな」

セブルスは父親として、息子を抱きしめてやるしかできない己を悔いた。無力で、役立たずの己を罵倒した

「吾輩は―――――お前を守ってやらなければならない立場なのに、何もできていない……結局、お前に印をつけさせてしまったのも吾輩のせいだ。お前の中に 確実に闇が溶け込んできてしまっているのは――――――紛れもなく、あの時お前を守ってやれなかった吾輩の無力さのせいだ」

これ以上聞いていられなかった。
父上だって精一杯自分を守ってくれているのだ。学校のことでも忙しいのに、一番に自分のことを考えてくれている。それなのに、自分はおずおずと闇に負けて――――――力を暴走させて

「…  」

ごめんなさい。

あなたに迷惑ばかりかけてしまう非力で、駄目な息子で

―――――ごめんなさい
あれから自分が少し変わったような気がした。
闇に負けてはいけないと強く思うようにもなったおかげか、目の痛みも少し和らいできたような気がする。これは戦争なのだ――――――自分の心の中の、闇と光
光を決して見失ってはいけないのだ。闇はやさしいから…気を緩めてはいけないのだ

名前は母親からもらったロケットとアルベルトからもらったロケットを大切そうにしまうと、図書館へ足を運ばせた

「やぁ――――久しぶりだね」

「…セドリックか。」

「君すごいね、あのムーディ先生を怯ませた上に点数ももらったんだって?」

「……」

できればこのことに触れてほしくなかった名前は、複雑な表情をした

「おっと、ごめん……君の気持も考えないで…」

「いや、気にするな」

セドリックは優しい。洞察力もそれゆえか高い。だから名前の表情を見てなんとなく悟ってくれたようだ。

まさに、監督生――――

「もうすぐで三大魔法学校対抗試合だね」

「あぁ…。セドリックは名乗りを上げるのか?」

「―――どうしようかと悩んでいるんだ」

名前はセドリックにどうしても危険だから辞退したほうがいい、そう伝えたかったのだが―――――

「がんばってみたらどうだ?」

「――――ぁあ、そうしてみるよ」

何故ここで素直にやめるべきだと言わなかったのだろうか。名前は後々後悔することとなる

不思議にこの試合で死者が一名出るなとわかった。これが変人クライヴが言っていた力なのだろうか―――…。最近は何に対して左目が痛んでいるのかわからなかったので、セドリックがこの試合の話をしてるとき、ものすごい痛みが名前を襲っているとは自身ですら分かっていなかった

目的の本を借りた名前は寮へと戻るために、階段を上っていた。すると久々にハリー達とこうして会ったような気がする

「名前!いいところにいたわ!名前ならわかるわよね―――――屋敷しもべの理不尽な労働条件を!」

ハーマイオニーが力一杯名前の腕を掴むので痛みで眉を寄せた

「あらごめんなさいっ」

「…いや、平気だ」

そんなハーマイオニーに2人はどこかめんどくさそうな表情を浮かべていた

「ところで名前、君…あのあと平気だった?」

「…あのあととは………あぁ、あのあとか」

ロンが何を言いたいのかすぐに察しがついた。

「…確かにしばらくは避けられていたが今は平気だ。逆に馬鹿な奴らが近付いてこなくなったので助かっている」
あれは効果抜群だった。おかげで今まで名前のもとへやってきてはドラコによろしくだのスネイプ先生によろしくだの言ってきた奴が急激に居なくなった。わ ざわざ相手にするのも面倒なので、いつもは適当にあしらっているのだがあれが起きたおかげで手間もだいぶ省かれた。彼らが来れば、少し睨んでやればいいの だから―――――

「…ならいいんだ。僕たち、あの時の君には驚いたけど、ムーディも嫌な奴だよね」

ロンの言い分に名前はまったくだ、と短く答えた

ハーマイオニーが何かを言いたそうな顔をしていたので、不思議そうにしているとハリーが目で「これから厄介なことが起きるから、もう寮にもどったほうがいい」と言っていたので素直に寮へ戻ることにした。無論、ハーマイオニーはずいぶん残念そうな顔をしていたとか

それから1週間が過ぎたころ、ボーバトンとダームストラングの選び抜かれた生徒たちがやってきた。イゴール・カルカロフの歯の汚さと、マダム・マクシームの背の高さには驚かされた

ドラコはクラムを見つけたとたん、名前の腕を引っ張り必死にクラムがいることを伝えてきた。

クラムを見つけるたびに周りの生徒たちは湧き上がった。確かに腕のいいクィディッチの選手なのだろうが―――――…

名前は彼らがここまで熱くなる意味がわからなかった。大広間で、ドラコは早速クラムをそばに呼んだ。そしてクラムに熱をこめて話していた。クラムは周りを不思議そうにきょろきょろと見ながら、ドラコの話に耳を傾けていた。

「君ヴぉ、名前は?」

急に話を振られた名前は名前を言うまでに時間がかかってしまった。

「…名前・スネイプ」

「ヴぉく、君を試合のとき見た」

「…」

「大臣の隣に座ってた……君ヴぁ何者?」

あれは無理やり座らされたようなものだ。何者と言われても――――…
答えに困っていた時、ドラコが助け舟を…というよりも、クラムと話がしたくてうずうずしていたらしく、話を逸らしてくれた

途中、嫌な視線を感じた。見てみるとやはり教職員席からだ――――――マッド-アイ・ムーディ、その人のものだった

『気をつけろ、スネイプ』

名前が口の動きだけで言葉を読み取ることができるのを何故知っていたのかはわからなかったが、ムーディの視線の先を見てみることにした

目線を動かすとイゴール・カルカロフが見えた。目が合ってしまったが、イゴール・カルカロフはにこやかに此方に愛想笑いを向けてきた
その愛想笑いがやけにムカムカしてくるものなので、つい強く睨みつけてしまった。

その睨みが効いたのか、食事中イゴール・カルカロフが此方を見てくるようなことはなくなった。ただ、意味深な笑みを浮かべたムーディが此方を見ているくらいだった

ダンブルドアが試合のルールと、炎のゴブレットについて話し終え、生徒たちに解散を命じた。広間は一気に大騒ぎとなった
誰が立候補するだの、自分が立候補するだの、賞金がどうだの――――…まぁ、名前には関係のない話だったが。
「名前!クラムと話したんだろ!?どうだった!?」

人があまりにも一気に動き出したせいでドラコとはぐれてしまったのだった。ロンは先ほどクラムと話していた名前に話を聞くべく駆け寄ってきた

――――まぁ、あれは強制的に話をさせられた、というべきなのだろうか…

確実に名前は話と言える話をしていなかったので、ロンには何も教えることができなかった。

「ビクトール、気分はどうだ?十分に食べたか?厨房から卵酒でももってこさせようか?」

カルカロフの嫌な声がきこえてきた。まるでやさしい父親を演じているかのよう

「校長先生、僕、ヴァインがほしい」

「お前に言ったわけではない。ポリアコフ」

さっきとは一変変わって、冷たい態度で生徒をあしらうカルカロフ。きっとこれが本来の姿なのだろう。クラムはなんせ有名な選手なのだから――――カルカロフがかわいがるのも無理はない

カルカロフは、目の前にいるハリーと名前の姿に驚いているようだ。口をあんぐりあけていると後ろからムーディの声が聞こえてきた

「そうだ。ハリーポッターに、名前スネイプだ」

くるりとムーディに振り返るとカルカロフの顔からさっと血の気が引き、怒りと怖れの混じったすさまじい表情に変わった

「おまえは!」

カルカロフは亡霊でも見るような目つきでムーディを見つめた

「ポッターに何か言うことがないのなら、カルカロフ、退くがよかろう。それにポッターの隣に立っているのはかの天才児、名前スネイプだぞ」

一気にみんなの視線が名前へ向かう。名前はいたたまれなくて、顔を伏せた
それもあるが、ほかにもあった―――――目が痛むのだ、酷く。この男からは別の何かを感じるのだが、それが何なのかを理解するには少し時間がかかった

名前が痛みのせいで少し睨みつけたような目になるとカルカロフは怯んだようにして自分の生徒たちをかき集め、連れ去った。

ムーディは今だにカルカロフの背中に激しい嫌悪感の目を向けていた。

周りの痛い視線からのがれると、ドラコたちと再会することができた。名前は一気に疲れきってベッドへ顔をうずめた

「おいおい、疲れたのかい?」

「――――あぁ。イゴール・カルカロフも、マッド-アイ・ムーディも……“同じ匂い”がしてならない」

「同じ匂い?」

ドラコは名前のそんな発言に首をかしげた。彼はまだそれが理解できる段階まで達していないのだ―――――ドラコはまだ闇に染まっていないのだ
そんな親友の姿を見て、少しほっとしてしまった。ドラコだけは闇に染まらせたくない…これは、親友として、無力な自分の目標なのかもしれない

あの2人からは似たような匂いを感じる。闇の―――――匂い

ムーディは闇払いなので、多少闇っぽくても仕方がないだろう。カルカロフの場合は死喰い人だった前科がある。今もその闇を胸に抱かせ生きているのだ。それ で左目が痛んだのか、はたまた別の“理由”での痛みなのか―――――今年に入ってから混乱することが多くなったような気がする。