仲間になることができた…これは、彼の人生の中で大きな進歩と言えるだろう。ローは与えられた部屋の中で、寝静まるバッファローたちを横目に布団から起き上がる。自分がこうしてここに居られるのも、魔女が理由の一つであることぐらい、すぐに理解した。そしてあの時死ぬはずだった自分が生きていられるのも、彼女のお陰―――。
「…くそ」
悔しい、自分の力だけでは生きていけないことに。もっと、もっと力が欲しい。強く、一人で生きていけるだけの力が欲しい。
「……あれは」
アジトを出ると、そこには静寂に包まれた世界が広がっていた。その中で、ぽつんと一軒だけ小さな明かりが灯された建物が目に入る。あの魔女の店だ。真夜中だというのに、何をしているのか。別に興味はなかったが目が覚めてしまったのでこっそり店に近づくことにした。
「…あいつ、何してるんだ」
魔女だってバレると厄介だから、日中は窓ガラスには覗き見できないよう魔法が施されているらしいが、真夜中だからなのか一切気にせず彼女は魔法を使い、服を仕立てていた。ふわふわと布が浮かび、その周りを慌ただしく針と糸が走り回る。
「…魔女か」
色々とあって、魔女であることを隠したいという彼女。ドフラミンゴが言っていた、“あいつら”に存在がバレることを彼女は最も避けたい様子だった。その話をしていた時、あのコラソンが驚きのあまり目を丸くさせていたので、あいつも事情を知っているのだろう。この3人だけがその秘密を知っていて、コラソン以外の幹部たちは知らない様子だった。聞くにしても、絶対に教えてはくれなさそうだったので特に詮索しようとはせず、今日を過ごしているが…。
と、その時、背後から何かを感じ振り向くとそこには魔女がいた。先ほどまで店内にいたはずだが、いつの間にかに…と、驚いている間にひょいと持ち上げられてしまう。
「あそこが嫌になって帰ってきてくれたのね!」
「は!?そんな訳ねぇだろ!」
「しーっ、静かに!夜中でしょ?ともかく中に入りなさい、真夜中に子供がウロウロするなんて危ないでしょ」
アジトへ戻るにしても抱えられ、さらには魔法で扉に鍵をかけられてしまったのでローは逃げることが出来なくなってしまった。ソファに座っていると、ホットココアが出される。
「…あんたの家族は、どうしたんだ」
なんとなく聞いてみたが、聞かないほうがよかったのかもしれない。
「…家族?そうね…どこかしら…うんと遠いところ…」
遠くを見つめる彼女を見て、ローはしまった、と内心思う。
「…弟が一人いるの、本当にドジな子でね…目が離せなかったなぁ」
「…」
「うちは、父さんと母さんが…入院していたから、おばあちゃんと3人で暮らしていたの」
「…病気、か?」
「―――悪い人たちに、酷い拷問をされたの…」
「―――」
それから、精神がおかしくなってしまって。だから、元気だったころの父さんと母さんを弟は知らないの。悲しそうに語るその姿に、ローは言葉を失う。
「魔法で負わされた精神疾患はね…治らない場合が多いの…だから、父さんと母さんはもう私たちの事もわからなくなっちゃって…だけど、生きていてくれてるから、幸せよ」
そう笑う彼女は、とても儚く見えた。
「どうして…俺に構うんだ」
ずっと気になっていたことだった。赤の他人である彼女が、どうしてこうも自分の事を構いたがるのか。
「…そうね、最初は恩返しのつもりだったけど…今は、多分、あなたを弟のように思っているのかもしれない…」
「…恩返し?俺は何もしてないぞ…それに、弟って…」
「ふふ、まぁ、色々とね…親切にされたら、親切を誰かに返さなくちゃ。ローの事は放っておけないというか…なんというか」
弟が大きくなるまで、よく弟の面倒を見ていたから無意識のうちに元の世界での暮らしを懐かしんでいるのかもしれない。それに、未来で私はあなたに助けられたのよ。幼い少年の頭をぽんぽんと撫でながら名前は微笑む。
その日は、珍しく名前のベッドで一緒に眠ることにした。彼女の隣は、とても暖かかった。早朝戻ってくるなりガキのくせに朝帰りとは生意気だ、と幹部たちに囃し立てられたのは言うまでもない。
ここでの暮らしも1か月が過ぎた。店がようやくそれなりに軌道に乗ってきたというのに、また店をたたむ羽目になってしまった。仕事道具は勝手に持ち出され、不愉快な船の一室にしまわれている。リヴァースマウンテンへ向け拠点を移しつつ、取引を拡大していくことになったドンキホーテファミリーは、この街を離れることとなった。彼らが離れていくと、ローと離れ離れになってしまう。しかし、そんな心配は無用だった。その知らせを受けた翌朝、目覚めてみれば見知らぬ天井。揺れる床―――そう、ここはドンキホーテファミリーが所有する船の中だった。まさに海賊船に拉致監禁―――朝から名前の怒鳴り声が船に響き渡る。
「どういう事!?ここはどこ!?」
「フッフッフ、随分とかわいらしいパジャマじゃねぇか」
「―――ッ!」
自分がまさかパジャマ姿でいるとは。あまりの恥ずかしさに慌てて部屋に戻っていく。ちなみにスカートタイプのそのパジャマには大きなふくろうの刺繍が施されており、名前のお手製だ。そのふくろうがロシナンテもよく似ているのは、彼が居ない寂しさを紛らわすようにして夜な夜な刺繍を施した為だ。
「ちょっと…店の荷物全部あるじゃない……店は!?」
「(すまない、無理やり連れてきてしまって)」
「きゃああちょっと着替え中よ!?この変態ピエロ!!!!!」
事情を説明しようと部屋に入ったコラソンだったが、中で名前が大急ぎで着替えているとは知らず、扉を開いて中に入る。しかし次の瞬間バッシーンと勢いよく頬を叩かれ、頬に真っ赤な手形を残した彼だけが部屋の外に静かに横たわっていた。
「フフフフッ、どうした、コラソン…」
「(おこられた)」
「…確認もせず部屋に入ったんだろ?」
弟の事はわかっているつもりだ。事情を説明しなくては、と席を立った後、頬に手形を残して戻ってくることは予想の範囲内だ。
このドンキホーテファミリーの幹部の一人、ましてやボスの弟に手跡を残す女なんてほかに居ないだろう。本当に面白い女だ。ドフラミンゴは愉快そうに笑った。
「もー!信じられない!!!!」
「…でも仕事はこなすんだな」
「当たり前でしょ!それ相応の賃金はいただくわよ!」
バッファローとベビー5、そしてローの服を仕立てる為のサイズを測りながら文句を垂れる名前。今回、無理やり連れてこられた名前だったが、ドフラミンゴと交渉してここで服を仕立てれば店で普段販売している価格の3倍は払うと約束させた。3倍はかなり吹っ掛けたつもりだが、あの男は笑いながらそれを承諾した。つまり、それだけあの男には金があるという訳だ。ナミだったらもっと請求しているはずだ。
「面白いざますねぇ」
「ジョーラさん、足元に道具が転がってるから気を付けてね」
「あら、失礼…」
子供たちは成長が早いので服もたくさん仕立てることになるだろう。そして子供以外でもう一人たくさん服を作るであろう客はこの方、ジョーラ。アトアトの実という超人系の悪魔の実の能力者だ。触れたものを“アート”に変えることができるらしく、生物でも、無機物でも可能のようだ。ここの人たちは皆背が高く、女性と言えども彼女の背は2メートル以上あり、布の面積もそれなりにある。さらに彼女は女性らしく美意識が高い。自分たちの乗る船に仕立て屋が居ることを一番喜んだのは彼女なんだとか。
「あーた、これ、慌ただしく動いているみたいだけれども疲れないの?」
「魔法で動かしてるから疲れませんよ、この子たちの採寸が終わったらジョーラさんだから、もう少し待っててね」
「もちろんざます!」
元々は手動のミシンだが、それに魔法をかけて自動ミシンへと変えたのは仕事の効率を考えてのこと。ミシンでできない部分は別作業になるが、大抵はこれで作ることができる。魔法のミシンを興味津々に見つめるジョーラに、名前は苦笑を漏らす。
魔女の工房には何人も訪れ、誰しもがその光景を興味津々に眺めている。ローは少しの間ではあるが見慣れていたので何も感じなかったが、彼女と同じ場所で暮らすこととなったことに対して、不思議と少し安心感を覚えていた。