32 ロングボトムの仕立て屋/一人旅

「ほら、ちゃんと食べないと大きくなれないわよ」
「―――どうせ俺は死ぬんだ」

ここに来て1週間が過ぎた頃。今や恒例となった魔女との朝食の時間。ローは隣に座る名前に向けて、むすっとした視線を送る。それは、彼の苦手なパンが食事に出されたから…だ。

「馬鹿なこといってないの」
「いひゃいっなにするんらっ」

この子は、将来私より背が高くなるんだから。今からしっかり食べていないと、あんなに大きくなれないだろう。名前はしかめっ面をしながらも出された食事を渋々口に運ぶローを見て微笑む。しかし、それもつかの間。

「(!!!!!)」
「ちょっと!スープ零してるわよ!どうしてちゃんとお皿を持てないの!?」

目の前に座っているコラソンが恒例のドジで熱々のスープを膝の上に零して悶えている。
ここでの生活はとても慌ただしい。今まで大人の女手がジョーラしかなかったため、それぞれが勝手に過ごしていたが、ここにやってきた名前がかなり面倒見がよいのと、ドフラミンゴ曰く使い勝手が良いので何かと頼まれごとを任されるようになったからだ。
今やここでの家事は彼女がすべて魔法で行っている。洗濯物は手でこすらずとも魔法で終わらせられるし、食事も魔法があれば大量に作ることが出来る。魔法で肥大化させることもできれば、なんとでもできてしまう。
ここに来て1週間が経ったが、ここのボス、ドフラミンゴは改めて彼女を無理やり連れてきた事は正解だったな、と感じていた。子供たちの面倒はしっかり見つつも、きちんと3食食事を作り、味もちゃんとしている。さらに一番面倒だった洗濯物なども魔法であっという間にこなす。下手なメイドを雇うよりも十二分に効率が良い。こんなに便利な存在はほかにないだろう。面白いことに、彼女には覇気の耐性がある。ただの人間ではないとわかってはいたが、まさか“素質”まで持っているとは…または、それが魔法によるものかはわからなかったが、この女を見つけた自分を褒め称えたい気持ちになった。
一方、名前はこの状況を楽しんでいる“この男”が心底嫌いだった。常日頃サングラスをかけているので表情もわからなければ、何を考えているのかすらわからない。どうせろくでもない事しか考えてないのだろうが…。

「あー疲れた…」
「お疲れ様、名前の姉御」
「…ありがとーベビー5…あの、頼むからその名前止めてもらえるかな…?」

ここでの癒しは、子供たちの無邪気な表情と、子供たちの寝顔。ベビー5は同性というのもありすぐに名前に懐いた。しかし、妙な異名を得てしまった…ドフラミンゴの弟だろうとその本人だろうと変わらず強い態度でいることから、ベビー5とバッファローからは尊敬の念を込めて“名前の姉御”という不名誉な異名で呼ばれることとなってしまった。
ちなみに、今日は食料を手に入れる為、新しい島を目指し航海をしている。ここは大男が多く、さらに無駄にグルメなので食料が大量に必要となるから大変だ。まぁ、“うちの船”ほどでもないが。

食事の片づけを終えた名前は、船にあるソファで一人くつろぐ。これが最近の日課となりつつある。

「紅茶、はい」
「うわ~~~~、ほんとうにあなたは私の癒しだね…かわいい…」
「ねえ姉御、アイスおっきくできるって本当だすやん?次の島でアイス買ったら大きくしてくれるだすやん?!」
「…そうだね、できないことも無いけど…その呼び方、本当にやめる気にならない?」
「アイスおっきくしてくれたら、何でもお仕事手伝うだすやん!」
「…いい子だね~バッファローは、そうだね、今度お願いするね」

アイス大好きバッファローの為に次の島で巨大なアイスをおごってあげるのは確定事項のようだ。子供たちは素直でかわいらしい。ちなみに、ジョーラはかというとデリンジャーという幼い半魚人の赤ん坊がこの船にはいるので、基本的に彼の世話につきっきりだ。少し心配なのが、彼女の趣味の関係で彼の着る服がみんな女の子の服であることぐらいだろうか…。

「島が見えてきだすやん!」
「わーい!」

すぐ近くにはローもいて、彼も内心次の島にたどり着けたことが嬉しそうだ。年頃の子供らしくベビー5達ともっと騒いでもいいと思うのだが、落ち着いて行動してみせるのは彼の性格から来るものなのだろう。

今回はとある取引相手と待ち合わせている都合上、名前とコラソン、そしてドフラミンゴという異例の3人が船番をすることとなった。子供たちはジョーラとラオG等と共に街に出ていったが、後ろ姿はどこからどう見ても家族にしか見えなかった。

「(…)」
「……」
「……」

息苦しい。なんという息苦しさだろうか。
それぞれの部屋に居ればいいのに、この男たちはなぜか名前の部屋で彼女が魔法で服を仕立てているのをじっと眺めている。部屋に規格外の大男が二人も居ればただでさえ狭い部屋が余計狭く感じた。

「…じっと見るのやめてくれない?」
「フッフ、面白れぇな、魔法ってやつは…」

見てて飽きねえな、そう笑う男に名前はため息を漏らす。

「…そういえば、一人、海軍に“魔法使い”がいることは知っているわ…あなた、その人を知っている?」
「あぁ、噂で耳にした程度だがな…」

裏世界の情報をそれなりに掴んでは来たが、天竜人達が見つけたという“魔法使い”の男に関しての情報を彼はあまり持っていなかった。わかっているのは数年前ここに現れ、海軍にいることぐらいだ。

「そいつと会いたいのか?」
「…わからないわ、だけど、“誰”であるのかは知りたい…あちらさんは私の事を探しているようだったから…」
「逃げてきたのか」
「逃げてきたというよりは、運よく出くわさなかっただけね…」

世界政府に、あまり良い感情を持ったことがないのよね。名前は何度目かのため息を漏らす。

「…お前らはどこから“来た”んだ」
「…あなた、私たちの事情に関して詳しいのね…」

天竜人達が魔法族を探していることもこの男は知っていた。そして彼らの厄介さもこの男はわかっている…裏社会をかなり知っていそうだが、それ以上に重要な何かをこの男は掴んでいるのだろう。1週間がたち、同じ空間にいても耐えられるぐらいには慣れてきたが、この男、ドフラミンゴとは一生分かり合えない部類の人間だと名前は確信しているので、心の内を見せることはしてこなかった。しかし、そのほかの幹部たちが居ない中、いつもふざけているこの男は普段とは想像もできない程真面目な顔でこちらを見つめてくる。おかげでこちらの調子がくるってしまった。

「こことは違う世界、だと思うわ…初めての事だからよくわからないけれども」
「なぜそう感じた?」
「……なんとなく、かしら…」

ドフラミンゴと会話をしている間、コラソンは口がきけないので静かに黙っていたが、内心ではかなり動揺をしていた。そんな彼を横目に名前は話を続ける。

「―――どうして、政府は魔法使いと魔女を探しているの」
「―――数百年前、ここに賢者が現れた…悪魔の実の能力でもない、不思議な力を使う存在、お前らと同じ、魔法を使う者だ…そいつをとある天竜人が助けたらしい、その礼でその天竜人とそいつの一族と“契約”を交わしたと言い伝えられている」
「…え」

今までそんな話、聞いたことがない。
確か、シャボンディ諸島のヒューマンショップで出会ったあの女の天竜人は、“契約”がどうとかと言っていた。魔法使い達の事は秘密事項のようで政府はその力を隠したがっている様子―――。ここまでは名前が知っている内容。しかし、この男が語った内容は初めて耳にする話だった。

「フッフッフ…自分たちの事だってのに、わかってねぇとは…」
「…わからなくて当然よ、だって…突然ここで目覚めたのよ」
「ほう?」
「で、契約って一体何なの?」
「…さぁ、知らねぇな」
「……なにそれ」

言い伝えでは、賢者が死んだ後に、一人の魔法使いと魔女が現れると残されているらしい。賢者は杖を振り魔法という力を自在に操り、名前のようなローブを纏っていたそうだ。覇気とは異なる不思議な気を纏い、現れればすぐにわかると言い伝えられているそうだ。さらに、賢者の名は不明―――天竜人達の間でも、“賢者”としか伝わっていないようだ。何故“賢者”という名になっているのか少し気になる。
ここにきて、ある疑問が浮かんできた。天竜人しか知らない情報を、何故この男が知っているのか。

「―――どうしてあなたが、天竜人しか知らない事を、知っているの」
「フッフッフッフ、そりゃぁもうわかるだろ…俺と、こいつは、元天竜人…」

だから、お前の事はすぐに分かった。そう笑う男に、名前は驚きのあまり目を見開く。

「あなたたちが、天竜人?」
「元、だがな…フフフ、さて、おしゃべりもここまでだ…仕事に出かけるぞコラソン」
「(わかった)」

船にほかの幹部たちが戻ってくる音を聞きつけ、ドフラミンゴとコラソンは銀のトランクを片手に街へ向かっていく。その背中を見つめながら、名前はぐるぐると様々な考えを張り巡らせていた。色々と衝撃的な話だったと思う。きっと、ここに居なければ聞けなかった話だっただろうし、今まで疑問に思っていたことが少しわかってきたような気がする。無理やり連れられてきたのは不本意だったが、まさかこんな収穫があろうとは。

「…ハンコックが言っていた、古の魔法使いが残した魔法道具ってもしかして…その賢者のかしら…」

この世界に、名前たちとは異なる魔法族が残した魔法道具かもしれないが、もし、今考えている“賢者”が残した魔法道具だった場合は…元の世界に帰るための糸口を見つけられるかもしれない。新世界の海の、グリモワール島という場所にあると言われているらしいので、ルフィたちと合流したらそこに寄ってもらおうと決意する。

「それにしても…ロシナンテは元気かな…」

空を眺めていると、一羽のカラスが目に入り、ふと彼の事を思い出す。相棒で、パートナーのメンフクロウ…ドジでしょっちゅう窓ガラスにぶつかっていた彼。離れ離れになってしまった今は、懐かしいその姿を思い出してため息を漏らす事しかできなかった。

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