30 ロングボトムの仕立て屋/一人旅

天竜人の間には、言い伝えられていることがあった。数百年前一人の賢者が現れ、彼が困っているとき、とある天竜人がその者を助けたと。助けてくれた礼として、その賢者はその天竜人の一族に“恩恵”を与え、さらにとある“契約”を交わしたと言い伝えられている。賢者は後に亡くなったと聞くが、その者は亡くなる際こんな事を言い残していったという。
“これから数百年後、一人の魔法使いと魔女が現れる”と―――。
彼らの事を、天竜人たちは“契約の魔法使いと魔女”と呼んでおり、天竜人に大いなる恩恵をもたらす者たちと信じられている。

賢者の言う通り、今から数年前、一人の魔法使いが現れ、そして…今、魔女が世に姿を現した。今の天竜人たちは“魔女”が現れたことをまだ知らない。知っているのは、“元天竜人”である自分と、弟だけ―――。
正直、魔法を使うところを確認するまでは魔女だと確認することはできなかったが、言い伝えの通り彼女も賢者と同様、“杖”を使い“魔法”を扱う。覇気のような、不思議な気を纏い、他の人間とは異なる気配をしている。

「フッフッフ、俺は幸運だな…まさか“魔女”の方を拾えるとはな」

だが、彼の直感は言っていた。使い方を間違えれば、厄介なことになると。大きすぎる力は、時に厄災を運んでくる。果たして、あの女を引き入れたのは正解だったのか…。しかし、野放しのまま天竜人達の手に渡るぐらいだったら、自分が手綱を握っておいた方がいい。
あの女がローを、結果的に自分の所へ運んできたのにはきっと意味がある。地獄を知ったあの少年の目つきは正直気に入っていたし、あの少年ならば自分の右腕にふさわしい。世界を破壊してやりたい、そう強く訴える少年の瞳に、己の幼い頃が重なって見えたのも理由の一つかもしれない。たとえ病で死ぬことがわかっていようとも、本人に運があれば死から逃れる事だってできる。

ローを正式にファミリーに加えよう。そして、手塩にかけて育ててやる…有望な、右腕候補として。
彼に、迷いはなかった。

昼下がり、コラソンことロシナンテはいつものように新聞記事を片手にゴミ山の中にいた。それにはフレバンスの記事あったが、彼女が言っていた事は書かれておらず、政府がうまい事事実をもみ消したことを知った。それを見ていると、とても胸が苦しくなり、ローに対しての申し訳ない気持ちがあふれ出てくる。だから、気を抜いていた。後ろから何かが近づいてくることはわかっていたが、まさか胸を刺されるとは思ってもいなかった。その刺してきた相手がよりによって、あのローだったとは。

「―――っ」

彼が自分を刺したとわかれば、ファミリーの“血の掟”で彼は串刺しの刑に処されてしまうだろう。そうしたら、少年をここから追い出そうとしていた努力も、彼を命がけで助けた彼女の苦労もすべて水の泡となって消える。自分のせいで罪もない子供を殺してしまうのは、耐えられない。傷をうまい事隠蔽する必要がありそうだ…。魔女ならば、もしかしたら手を貸してくれるかもしれない。そう思い、彼女の元へ行こうと思ったが、兄ドフラミンゴに突如呼ばれてしまった為結局その場での適当な応急処置しかできなかった。

そして、呼ばれた部屋では兄と、ファミリーの一員がいて…その中にはローの姿もあった。
そこで聞かされたのは、ローをファミリーにするということ。危惧していたことが起きてしまった。魔女が連れてきた…というのも一因かもしれないが、それ以上に彼の経験してきた悲劇が一番の原因なのかもしれない。彼の兄は語る…最悪の体験から生まれる、その無類の糞みたいな目つき…それを見て、少年から“素質”を感じ取ったと。だから男は少年を正式にファミリーの一員に迎えることにしたそうだ。

ドフラミンゴの意見に逆らえるものは居ない…つまり、これは決定事項。ああ、どうやったら少年ローをこの男から遠ざけるか試行錯誤していたというのに、どうにもならない所まできてしまった。あと、希望があるとすれば、魔女に頼むこと以外ないだろう。しかし…彼女も今やドフラミンゴの手中。そう簡単にはいかないだろう。もしかすると、ローを逃がす事よりも難しいかもしれない。

傷の理由は適当に誤魔化すことが出来たが、治療しておけよと言われ、彼は“ある場所”へと向かっていった。彼女の手を借りなくてはならない事になるのは申し訳なかったが、すべてはローを守る為。

午後―――店を突然何者かが襲った。
突然、店の窓ガラスが割れて何事かと思いきや、そこには黒い羽のコートを纏った男の姿が見えた。杖を向けていた名前だったが、そっとそれを下ろす。ドンキホーテファミリーには極力関わりたくなかったが、そこのボスに見張られている以上下手な真似はできない。

「―――わ、何、びっくりした…あなたは…コラソン、だっけ?」
「(すまない、応急処置を手伝ってほしい)」
「…は?」

彼をよく見れば、胸から血が滲んでいた。ローが刺した、などとは口が裂けても絶対に言えないので先ほどと同様適当に誤魔化す。

「どうしたのよその血…!」
「(敵に襲われた)」
「…はぁ」

ちゃんと返り討ちにした、といういらない情報を貰いながらも、名前は男をソファに横たわらせる。奥から消毒薬を持ってきて、それを胸に吹きかけると、男の身体がびくりと動く。体も大きく頑丈そうなのでこれぐらい雑に扱っても問題はないだろう。

「―――ッ」
「本来であれば医者に診てもらうべきだけど、とりあえず応急処置しておいてあげる」

その代わり、あの男の弱みを教えなさい。そういう彼女に、ロシナンテは内心苦笑を漏らす。兄の弱みなんて…考えれば一つしかない。それは、唯一の肉親である“自分”。痛みに震えながら自身を指さして知らせると、期待していなかった答えに彼女は2度目のため息を漏らした。

「エピスキー」
「…!」

消毒薬で傷口を清潔にしたあと、彼女は杖を取り出しそれを彼の胸にあてた。杖先が光ると、見る見るうちに胸の傷口がふさがっていく。本当に便利な力だな…とロシナンテは内心思いつつ、彼女に感謝する。

「(ありがとう)」
「…落ち着いたらさっさと出て行って頂戴、あと、割ってくれた窓ガラス代と治療費、あとできっちりと請求させていただくわ」
「(無論だ)」

まぁ、別に魔法で直してしまうのでお金はかからないが、迷惑を被っているのでこれぐらいは請求しても問題はないだろう。何しろ彼らにはとても不愉快な思いをさせられたのだから。

「(珀鉛病は魔法では治せないのか)」
「…えぇ、魔法では無理だったわ…傷や折れた骨とかは治せるんだけど…」

体内に蓄積した毒を抜き出す魔法があったとしても、きちんと安全に扱えるのは“癒者”だけだろう。

「(ローが、ファミリーの一員になった)」
「…はぁ!?なんですって!?」

この男が治療のためだけに来たとは思っていなかったが、とんでもない事を聞き、思わず叫び声をあげる。

「――――ッ!」
「ああ、ごめんなさい…ちょっと力が入っちゃったわ…」

先ほど、ローが正式にファミリーとなったことをドフラミンゴが彼の仲間たちに伝えたらしい。

「…そう…そんなことに…これもそういう運命って奴なのかしら…」

あの時代のローは、海賊だった。そして今、彼も海賊になった。もはや時の流れに身を委ねるほかないのだろう。ローの治療方法を探す必要だってある…。この島にはいろんな筋の人間が訪れるので情報収集をしつつ、旅の資金を貯めるつもりだ。

「…フレバンスがああなったのも運命…でも、それによって私とローは出会った…そして、私はローに“救われた”……不思議ねぇ…」

本当に不思議な世界だと思う。肌身離さず持っているタイム・ターナー(仮)も未だ微妙な魔力しか溜まっていないので、まだその時ではないのだろう。タイム・ターナー(仮)を使えばフレバンスに珀鉛病を蔓延させるのを阻止できるのかと言えば、答えはNo。様々な要因が重なり、導かれた未来で生きている人たちが存在しないことになってしまう恐れがあるからだ。だから、名前がここでやるべきことは、タイム・ターナー(仮)が動くようになるまでにローを治療させ、珀鉛病を完治させなければならない。でなければ、未来のローは死んでしまう。しかし、そんなに簡単に事は運ぶだろうか…。名前は目の前にいる男を見下ろし、小さくうなり声をあげる。

「…まずは、ドンキホーテファミリーから逃れることかな、って思ってたけど…おたくのボスに監視されているようだから、それもできないわね…ましてやローが正式に仲間になっちゃうなんて…あなた反対派じゃなかったの!?」
「(わるかった)」

悪かった、とこの男は言うが表情はメイクで分からないし、筆談なので感情も伝わってこない。少々むかつきながらも、敵の中に反対派が一人でもいるのは心強いと思う名前であった。

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