ふぅ、食事も終えたからそろそろ作業に入ろう…と、ソファを立ち上がった時、店の中を覗き込む男と目が合う。黒のスーツをばっちりと決め、サングラスの似合うその男はもしかして客だろうか。とりあえず今は“CLOSE”となっているので、理由だけは述べておこう。
「あら、お客様ですか?」
「あぁ、そんなところだ…しかし、中々いい店だと聞く…今日は閉店かい?」
「えぇ…ちょっと作業をしなくてはならなくて」
すみません、と断りを入れようとしたが、突然腕を引っ張られる。
「な、何ですか?」
「―――少しいいか、君に聞きたいことがある」
君は、ローの家族か?そう男に問われ、はっとする。
「いいえ…違うわ…だけど…あの子をある街から連れてきたのは確か…」
「そうか、本当に赤の他人だったんだな」
もしやこの男…と、気が付いた時には既に遅く。何人かの気配を感じた。ピリピリとした空気から察するに、“おとなしくついてこい”という意味なのだろう。
「……なんて強引なのかしら」
「君もうちに挨拶もなく現れただろう、お互い様だ」
確かに、それは言えている。こちらは一般人を装っているが、もしかするとあちらさんもわかっているのかもしれない。名前が同業者であることを。男に連れられやってきたのは、あのゴミ処理場。奥から微かに美味しそうな香りがするので、きっと食事中か食事前なのだろう。少し前を歩く男に声を掛ける。
「……ローがどうしたの」
「それは、ドフィが決める」
「…誰よそれ」
「ドンキホーテファミリーの、俺たちのボスだ」
案内された場所は、食事中の席だった。大きなテーブルを囲うようにしてファミリーの者たちが座り、各々食事を楽しんでいる様子。中央には金髪で、サングラスが印象的な男が座っておりこの男が“ボス”であることは明確だ。突然部屋に現れた名前を見て幹部たちはじろじろとこちらに視線を向けてくる。“ボス”の隣には“あの男”がいて、食事を喉に詰まらせたのかごほごほと咳をしていた。自身の隣を見れば、ローが驚いた表情でこちらを見上げている。ああよかった、今日も元気そうで。
「ロー、折角お洋服直したのにもうこんなにぼろぼろに…」
「う、うるせぇよ、というか、どうしてあんたがここに!?」
こいつらを前に、臆することは無い。
こっちだって海賊なのよ―――敵を前に弱っている姿を見せるわけにはいかない。殺気じみた視線をもろともせず名前はローに何気ない話題を投げかける。
「フッフッフ、面白れぇ女だな」
「んねーんねー、どうしてこの女も連れてきたの?ドフィ?」
「あぁ、聞きてぇことがあったからな……おい女、お前、名前と言ったか」
威圧的な話し方をする男ね。それに女性に対しての扱いが雑だ。名前はすぐさまこの男が嫌いになった。
「だったら何?」
「お前―――どうやってフレバンスから逃げてきた」
「…!」
そうか…そういう事か。でもなぜ、そんな事が気になるのだろうか。短い時間で考えを張り巡らす。
「お前、“魔女”だろ」
「―――なっ、そんな訳ないじゃない!?頭おかしいんじゃないの!?」
「…お前、わかりやすい奴だな」
「…」
「…」
ローと目が合うが、何故か彼にため息を吐かれてしまった。もしかして、ローがこの件に関して尋問されていて、うまくごまかしていたのに本人がばらしてしまった…というパターンだろうか。
「お前が魔女だってのは、お前の暮らしを見てわかった…あれは便利そうだな」
「ちょっと…!いつの間にかに!?プライバシーの侵害よ!!」
いつの間にかにこの男に見張られていたのだろうか。しかし、名前はあることを思い出す。このゴミの山で魔女がどうとか、魔法がどうとかと大声で会話をしていたとこを……。誰も居ないと思っていたが、この男が聞いていたとは。
「…話してあげるから、黙っていなさいよ…さもないと…」
「さもないと、何だ?」
「毎晩悪夢で苦しむ呪いをかけるわ」
「……フフフッそりゃぁ怖ぇな…わかった、黙っていてやる…ただし」
こちらが条件付きでここまで来た方法を教えるというのに、この男はさらに条件を突き付けてきた。なんて図々しい男だろうか。名前はさらにこの男が嫌いになった。
「俺に手を貸せ」
「はぁ!?お断りよ!!!」
「おい、断ってもいいのか?」
「……」
よく考えると、この男のいう事には逆らえない……今は、ローがいる。子供を人質に取るとは、なんて最低な屑野郎だろうか。本当に大嫌い。軽蔑の眼差しを男に向けると、そんなもの痛くも痒くも無いのか独特の笑い声を漏らした。
「俺に手を貸したほうが身のためだぜ、お前、“あいつら”に存在を知られてみろ…」
「―――!」
どうして、どうしてそのことを。動揺を滲ませる名前の隣でローは二人を交互に見つめる。一体何の会話をしているのか…。ドフラミンゴからどうやってこの街に来たのか、フレバンスの生き残りはほかにいるのか…そんな質問をされたかと思えば、この女が現れた。さらに、手を貸せと名前を脅している。自分が使われていることに腹が立ったが、このファミリーに何としてでも入って、力を手に入れなくては。悔しさをぐっとこらえ、話を見守る。
「どうなるか…わかってるよな?あいつらは…“また”手中に置きたがる、いや、既にもう一人、“あいつら”の手中に落ちている男がいたなァ…フッフッフ」
この時代に、既にいたのか。彼の言う魔法使いが、元の時代にいる魔法使いと同一人物だろう、と察した。
「―――同じ敵を持つ者同士、仲良くしようぜ?」
「…」
この男は、あのひとたちの“敵”だという。わざわざそれを公言するのは、名前を仲間に取り込む為だろうか。先ほどからドフィと呼ばれた男の隣で、こちらの様子を真剣な眼差しで見つめている男が一人。あの男がここで転んでくれたら、空気が変わってここから逃げられるかもしれないのに。むなしいことに、こういう時に限って何も起こらなかった。
どうしてそんなに真剣な目をしてこちらを見ていたのか、少し気になってはいたがそれどころではなく、名前は蛇に睨まれたカエルような気持ちで男の提案を飲まざるを得なかった。