28 ロングボトムの仕立て屋/一人旅

父様や母様が死に、シスターも、友達もみんな死んだ…病院に戻れば、そこは火の海で…妹も見殺しにしてしまった。人生で最も泣いた日であり、最も絶望した日になった。
何が悪くてこんな目に合わなければならないのか、何も悪さをしていないのに、どうして殺されなければならないのか。世界が、政府が憎い。憎しみで、悲しみで、絶望で目の前が真っ赤になった時、突然“真っ黒”の女が現れた。見知らぬ女だった…その女は、突然現れ、襲い来る兵士たちを次々と倒していった。さらに、自分を抱え…空を飛んだ―――そう、箒で、空を…まるで絵本で見た魔女のように。

「どうして…助けたんだ…」
「―――当たり前の事をしたまでよ」

変な女だと思った。今まで自分が出会ったことのない種類の人間だと。あんなに傷だらけだったのに、身体の気怠さは残るものの、傷一つなかった。この女が治してくれたのだとすぐに分かった。本当に、“魔女”なんだと確信した瞬間でもある。

「―――嘘つくのヘタだよな…」
「……あははは」

この女は、“悪い奴”じゃないと思う。
ここは、スパイダーマイルズという港町らしく、魔女も、自分もここに来るのは初めてだった。魔女は今にも崩壊しそうなこの廃墟を直し、たった一日で住む場所に変えた。店に残っていた資材を使い、商売道具も作り上げた。今やこの店が元廃墟だとはだれも思わないだろう。
この店のショーウィンドウの隅からは悪臭を放つゴミ山の一部が見えるが、寄せ集められたゴミ山に群がる浮浪者が居ないのが不思議でならない。何故、ゴミを捨てに来るトラック以外近寄ってこないのか。不思議に思い、魔女の隣で歩きながら街の声に聴き耳を立てた。すると、ゴミ処理場が実は“ドンキホーテファミリー”の“アジト”であることを知った。あぁ、だからゴミ山には誰も近づこうとしないのか、と少年は理解した。
さらに調べるとかなり悪名高い海賊であることを知った。実力があれば受け入れてもらえることも―――。だから、少年は決意をした。あと何年と生き残れるかわからない身ではあるが、世界に復讐するために、この命を使い果たそう、と。
そうと決まればすぐに“ここ”を出ていこうと決めた。こんな生ぬるい場所に居たら、あの日感じた憎しみも悲しみも…無くなってしまう、そんな気がする。そうしたら、自分はなぜ生き残ったのか、生かされたのか、わからなくなってしまうだろう。
すべては、大切な人を奪った政府へ、復讐をするために。
自分が居ないことに気が付いたら、あの女は自分を探しにくるだろうか。いいや、一昨日会ったばかりの赤の他人。いくら悪い人間じゃなかったとしても、そんなお節介な人間、一人で充分だ。不意にシスターの姿を思い出し、涙をこらえる。
憎しみの炎を胸に抱き、少年は暗い道を進む。眠る魔女を残して―――。

「今日も、失敗か…はぁ…」

ローを連れ戻そうとしても結局彼はドンキホーテファミリーの所へ行ってしまう。そんなのを繰り返してもうすぐ1週間を迎える。そんな名前は食っていくために、ここへ来て早々仕立て屋をオープンした。客の入りはそこまでなかったが、この島にはないオシャレな外観が目を引くのか、中々いいお客様を見つけることが出来た。
相変わらずローは帰ってこないが、彼があちらで元気?にやっていることは知っていたので、そこまで不安にはならなかった。何しろ彼は将来海賊になる…あれも彼にとっては必要な修行だったのだろうか。

「ありがとう、はい、お金」

店から出てニュース・クーから新聞を受けとる。ここに来て欠かさないことの一つだ。まずここがどんな場所で、世界では何が起きているのか―――ちゃんと把握しておく必要があるからだ。
昼下がり、今日は頼まれたドレスを仕立てなくてはならなかったので、店の看板を“OPEN”から“CLOSE”に変化させる。もちろんこれも魔法なので、人が見ていない事をちゃんと確認して行っている。
とりあえず昼食を済ませる為、新聞を片手に喫茶店へ向かう。そんなに贅沢はできないので、紅茶とサンドウィッチで済ませる予定だ。

「おお、ロングボトムさん、店は順調かい?」
「はい、お陰様で」

喫茶店へ向かっている最中、ここへ来たばかりの時に世話になった食料品店の店主に声を掛けられる。彼のお陰で何とか食いつなげることが出来たと思う。

「しかし、大丈夫かい?あそこの近くには…その…ね?」
「…あぁ、あの海賊たちのことですね―――」

別に、今となっては怖くとも何ともない。ルフィたちと一緒にいたお陰かかなり度胸が付いたし、海賊を”見慣れた“ような気もする。何しろ自身も海賊なのだから―――当然と言えば当然。だが、ここの街の人たちも、ローも、だれも名前が海賊であることを知らない。むしろ、知らせるつもりはない…ここではおとなしく仕立て屋として暮らすのだから。
ここが“過去の世界”であるならば、名前が“保護対象”の“魔女”であることも政府は知らないはず。懸賞金をかけられていないので、まさに自由に過ごすことが出来る。どうやって元の時代に帰るかは、このネックレス次第…のような気がする。予想では、こちらに来た時すべての魔力を使い果たしてしまったので、次動かせるようになるには魔力を貯める必要がある。しかし、どれほどの魔力が必要になるのか想像できない。そのため、肌身離さずこのネックレス(多分タイム・ターナー)を身に着けている。

「今度妻を連れて、店に遊びに行くよ」
「えぇぜひ!」

この街はゴミのお陰で景観が悪かったが、住む人はやさしかった。全員が全員そうではないが、少なくとも、名前が関わる人たちは皆やさしかったし、親切だ。やはり人と出会う運に恵まれているのだろう…でなければ、見知らぬ世界でこうして生き残ることはできなかった。幸運な体質に生んでくれた母には感謝しかない。

「はぁ…みんな、元気かなぁ…」

名前は公園で独り言つ。
店内が満員だったので、サンドウィッチと紅茶をテイクアウトし公園で食べることにした。この小さな公園には近くにドンキホーテファミリーのアジトがあるお陰か、子供の姿は一切なく、荒れ果て雑草まみれになっている。逆に危ない人たちはそこに集中しており、やたら滅多に外から来るチンピラが現れないので安全と言えば安全なのかもしれない。

「…それに、ロシナンテも心配…ドジだからな…どこで何やってるんだろ…」

どうせだったら、ロシナンテと一緒だったら寂しくなかったのに。何度目かのため息を漏らす。と、その時何かが勢いよく倒れる音が聞こえてきた。驚き振り向くと、そこには黒い羽が散っていた―――いや、ドンキホーテファミリーの幹部の男の一人がずっこけていた。石も何もない平坦な道で転ぶなんて、相当間抜けだ。

「―――鼻血出てるわよ」
「―――!!」

かなり勢いよく転んだのか、鼻血も出てきた。

「―――」
「な…何よ…」
「―――」

鼻血を垂れ流した3メートル近くもある大男に至近距離でじっと見つめられ、思わず後ずさる。この世界の人たちの身長はもはや元の世界の人たちと比べ物にならない程大きいので、3メートルでも普通の身長の部類に入ってしまうのだから驚きだ。麦わらの一味だと一番背の高いブルックが3メートル近く、女性のロビンですら188cmというモデル並みの高身長だ。名前は175cmとまあまあな背の高さではあるが、こちらの世界ではかなり低いほうなのかもしれない。そんな背の低いほうの名前をじっと見つめてくるのは3メートル近い大男。驚かないはずが無い。

「(なんでもない)」
「―――は?」

転んだので声を掛けてやれば、じっと見つめられ…何かと問うたら“何でもない”という答えが返ってきた。本当によくわからない男だ。

「!」
「はい、どうぞ」

とりあえず、いつまでも鼻血を垂らされているのも怖いのでポケットからハンカチを取り出し、それを彼に手渡す。その時、彼の肘から血が滲んでいるのを見つけた。

「―――あなた、ケガしてるじゃない」
「(心配ない)」
「…あっそう、じゃあ、それ返さなくていいから」

ハンカチなどいくらでも作れるのだから。
仲間であれば治療を施していたところだが、彼は赤の他人…ましてや別の海賊…“敵”だ。魔法の力を知られるわけにもいかず、とりあえず気持ち程度にハンカチだけは手渡しておいた。呆然と立ち尽くす彼をよそに名前には店へ戻っていった。

―――あの女、一体…。
彼女が居なくなった道を見つめながら男は内心呟く。
まさかこんなところで、自分と“同じ名前”が出てくるとは思ってもいなかった、と。最近アジトに現れ、ローを取り戻そうと必死になっている彼女の事は彼も知っている。むしろ、ファミリーの数名は彼女の事も、名前も知っている。赤の他人であるローをフレバンスから脱出させ、保護したという女。ローを助ける為、恐ろしい海賊のアジトへ命がけでやってくる彼女に対して、彼は親近感を抱いていた。そんな彼女から、まさか自分の“名前”が出てくるとは思わず。ファミリーの中では”コラソン“で通っている己だが、自分を見知った人以外からその名前が出てきて思わず転んでしまった。
しかし、よく考えてみれば同名の人間などいくらでもいる。だから、彼女が呟いたのは自分以外の誰か―――だが、不思議な縁もあるものだ。その“ロシナンテ”もドジらしい。考えながら歩いていたせいで、彼は再び転んでしまう。彼が転げるのは日常茶飯事だ。そんな彼のポケットには、しっかりと彼女からもらったハンカチが入っていた。

「ああびっくりした…」

あんなピエロメイクで見つめられたら驚かない人のほうが少ないだろう。本当に変な男だと思う。店に戻り、ソファに腰を下ろすと先ほどの出来事を思い出す。

「―――でも、どこかで見たような目をしてるのよね…何だったかしら…」

思い出せない、あの赤い瞳。誰だったか…。

「まぁいいや!そんなことより早く仕上げなくちゃ…」

仕事は迅速に、丁寧に―――これが彼女のモットー。早く仕事を済ませればそれだけ稼ぎが得られる。もちろん、丹精込めて仕立てることに変わりはない。

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