12 ロングボトムの仕立て屋/スリラーバーク

心配だね、ロシナンテ。彼の耳元を撫でながら名前は呟く。名前の衣装部屋には相棒ロシナンテが休憩できるよう止まり木をいくつか設置してもらっている。ここに来てからというもの、基本的にその止まり木に止まっているロシナンテだが、この海域に来た時ぐらいからギャーギャーと威嚇鳴きするようになったと思う。サンジから分けてもらったチキン煮を彼の口まで運ぶ。

「お留守番…だけど、立派な任務だね」

絶対にこの島に上陸してはいけないと忠告を残していった先ほどの骸骨…ブルックは島へと姿を消した。しかし、口のような“門”が閉ざされており、逃げられそうにない。霧が濃くて直前まで気づけなかったが、“誰か”の罠にまんまとはまってしまったという訳だ。

「それにしても…何だったんだろう、さっきの」

先ほど、姿の見えない何かに一味は好き勝手に弄ばれた。まるで“透明人間”がそこにいるみたいで。ロビンは見えない“何か”によって嘗め回されていたが、名前は幸いなことに部屋から飛び出してきたロシナンテが守ってくれたおかげで無事だ。彼には何かが見えていたようで、ギーギーと暫く威嚇し続けていたっけ。

「―――透明マントみたいなものがこっちにもあるのかしら…」

ナミ・ウソップ・チョッパーが先に陸へ向かい、それを追いかけるようにして名前以外の一味が上陸していった。船に何かあってしまったら大変なので、名前は船番―――という事になったが、正直この船を守り切れるか不安しかない。
彼らが船を出てから2時間は過ぎた頃だろうか、名前は編み物の手を止め甲板に出る。

「…みんな無事かな~…嫌な予感」
「ギャーギャーギャャーーー!」
「またぁあのゴーストが来たの?」

ルフィたちが居なくなってからというもの、かわいらしい姿をした“ゴースト”的な何かがこの船の周りに現れるようになった。体を突き抜けていったので、おそらく実体のない“何か”。杖を振り、呪文を唱える。

「プロテゴ!」

呪文をぶつけられた“何か”はバチン、と音を立てて消える。呪文から逃れることの出来た“何か”は島へ戻っていくが、先ほどからこの一連の流れを繰り返し続けていた。

「…島の中が騒がしい、絶対何かあったよねこれ…」

船を出て助けに向かうべきか、それとも有事の際の為に船を守り続けるべきか…。
と、その時とてつもない揺れが船を襲う。同時に叫び声のようなものが聞こえてくる。

「一体何なの!?うわっ」

船が揺れている…というより、目の前にある島全体が揺れていると言ったほうが正しいだろう。

「……あれは何なの…?」

この船には侵入防止魔法をかけてあるので、名前が認めない人物はここに立ち入ることすらできなくなっている。少しして、島の向こう側から何かがこちらにやってきたことに気が付く。船に入ろうとしているが入れず…あきらめて立ち去った事を確認すると、そこでまさかの人物が倒れておりぎょっとする。

「ルフィ!?サンジ!?ゾロ!?」

ウソップやチョッパーならまだしも、一味の中でも屈強な彼らが見るも無残な姿でそこに倒れていた。

「―――何なの、どうしたの一体…」

それに、恐ろしくデコレートされている。なんと悲惨な姿だろうか…。とりあえず彼らを船に乗せよう。杖を振り、魔法で浮かせると彼らを部屋まで運ぶ。

「エピスキー」

ひとまず、ケガもしていたので応急処置魔法をかける。先ほどよりかは顔色がよくなったような気がするが、顔面がとんでもなく“アレンジ”されている為、よくなったのか悪くなったのかよくわからない。3人を揺らして起こそうとしても全く目覚めない為、蘇生魔法を試みようとした。が、現在この船に侵入防止魔法をかけ続けている為、魔力不足により扱うことが出来なかった。ともかく、この割りばしとか洗濯ばさみは外しておこう…。

「駄目だよロシナンテ、頭を掴んじゃ」
「ギーギー」

3人を起こそうとしてくれているのか、先ほどからロシナンテは彼らの頭上に止まり、わしわしと彼らの頭を掴んでいる。しかし、彼は自分の爪がとても鋭い事をわかっているのだろうか…。

「あ―――みんなだ!」

ああ、よかった。やっとみんなが戻ってきた。そう思い出迎えると、そこにはウソップ、チョッパー、フランキー、ロビンの4人しか戻ってきていなかった。ナミはどうしたんだろう…ときょろきょろとしているとウソップたちがこの島で起きた出来事を説明してくれた。
どうやらここの島…スリラーバークは王下七武海、ゲッコーモリアの持ち物らしく、この3人の影はモリアに奪われたそうだ。つまり、ブルックの影を奪ったのもモリア…ルフィたちの影を奪ったモリアから、その影を奪い返すことは必須―――ならば、ブルックとは共通の目的で共闘することとなる。そしてフランキーは戦っている最中ブルックと再会し、この島にいる“ゾンビ”たちの弱点は“塩”であることを教えてもらったそうだ。
ルフィたちをここまで運んできたのはゾンビたちで、島の中でそれらと今まで戦っていた為、船に戻るまでに時間を要してしまったようだ。ゾンビと言えども強い“影”が入れられているゾンビは影の主と同様の強さを持つらしい。弱いゾンビも居れば強いゾンビもいるらしく、今回サンジたちの抜き取られてしまった影は新たなゾンビを生み出したそう。
さらにゾンビのボス的な男がナミを連れ去り、今彼女はその男の元にいるそうだ。あと、わかっていることはルフィの影はとてつもなく巨大なゾンビを復活させるのに使われたということ。島が揺れたのはそれが原因だったのだろう。

ちなみに、魔法をかけても目覚めなかった彼らだが、ウソップの一言で簡単に目が覚めたのには驚かされた。フランキーが殴っても目覚めなかったというのに。流石はウソップ…長い間一緒にいるだけはある。

“美女の剣豪が肉持ってやってきたぞ”の一言で目覚めるなんて…。

「じゃぁ、私も加わらなくちゃだね」
「いや、お前は船に残れ…その、侵入防止魔法がありゃ生きてるやつらは侵入できないんだろ?」

うん…まぁそうだけど。ある程度は侵入を防ぐことはできる…しかし、万能ではない。

「俺聞いちまったんだ、奴の仲間の一人が…俺たちを片付けた後、名前のことを捕まえるって…」
「え…」

“保護”すべき“魔女”を連れてきた者には1億5千万が支払われるのだから当然か…。ウソップの言葉にうなだれる。

「でも、急がないとナミが結婚させられちゃうんでしょ!?」

一人でも多く、戦力があったほうがいいに決まっている。それに、名前は魔女…単純な移動ならば名前のほうが誰よりも早く動くことが出来る。
それにしても一目ぼれだか何だか知らないが、奪って結婚させようとするなんて…とんでもない男だ。まさにマグルの世界で伝えられてきた“海賊”って感じがする。

「それに、ブルックも―――仲間なんだから…早く影を取り戻してあげなくちゃ」

彼らは今回島に上陸して、ブルックの事を色々と知ったようだ。彼がどんな人間で…どんな思いでここにいるのか。はじめは存在すら否定していたというのに―――その彼に男気を感じたフランキーが言っているのだから間違いないだろう。
50年も前に、とある岬で置いてきた仲間に…再び再会し、これまでのすべてを語る為にブルックはこの戦い、なんとしてでも勝たなければならなかった。影を取り戻し、岬でまつ仲間の元へ―――たとえ、白骨化した自分の姿を周りの人々に奇異な目で見られ、恐怖に慄かれようとも。

“―――死んで、ごめんじゃないでしょう…男が一度、必ず帰ると言ったのだから”

胸に焼き付いた、彼の言葉。そして彼の仲間の名を耳にしてルフィたちは驚く。なぜならば、ブルックの仲間―――くじらのラブーンは、ルフィ、ゾロ、ウソップ、サンジ、ナミたちがグランドラインに出て初めて出会った“友達”だからだ。この海を一周したその時再びこの岬で再会しよう、彼とそう約束したとルフィは語る。
ラブーンが今も元気で暮らしている…ブルック達の帰りを、今か今かと待っている―――それをブルックが知ったら、さぞ喜ぶことだろう。

「だが、名前さんはここで待っていてほしい、君の魔法のお陰で船が無事なんだから」
「サンジ…」
「えぇそれはわたしも思っていたところ…でも名前、危なくなったらすぐ逃げるのよ」
「うん…わかった、ロビン」

結局、今回の戦いには参戦できないようだ。確かに彼らの言い分もわかる。戦っていたとしても、この船が無事でなくては意味がない。想像以上に責任の重たい任務ではあるが、みんなの為、自分の為頑張らなくては。しかし、こんなに大きい船に侵入防止魔法をかけるにはそれなりの魔力操作と魔力を要する。魔力のスタミナがまだまだ足りない事を実感させられた。

「…頑張るぞ!」

ロシナンテもいるし…私は頑張れる、やるぞ…!
ルフィたちの背を見送りながら、名前は呟く。
それにしても、サンジの怒りはすごかった…体から火を放つ人間なんて生まれて初めて見た。

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