正義の門が完全に開かれた――――これは、バスターコールを受けた本部の軍艦がやってくる為。軍艦まであと少し…躊躇いの橋を渡ってしまえば、もう逃げられない。スパンダムに引きずられるようにして進むニコ・ロビン。先ほどから随分と彼女をいたぶってくれ、お陰様で気分は最悪だ。女性に手を上げる男なんて最低だ、天罰が下るといい。しかし、中々逃げるタイミングがつかめない…テッドがこの場を離れたことは幸いだが、あちこちに海兵が居て彼らは銃を持っている――――無暗に力をひけらかさないほうがいいだろう。
と、その時、スパンダムを何かが襲う。海兵の男が言うには、司法の塔の上に誰かが立っており、そこから彼を狙ったのだという。あんな場所から狙うなんて…とんでもない狙撃手がいたものだ。
「貴様らその魔女は絶対に殺すなよ!!殺したら上から俺が殺されるっ!」
なんていいことを聞いたのだろうか。ならば、彼女の前に立てば襲われない…どんな力かわからないが、力を存分にふるうことが出来るだろう。そしてどこからともなくフランキーが登場し、立場が逆転する。
そしてよく見ればロビンの手錠が外れ、彼女はすぐさま行動に出ていた。
「下がってて、魔女さん」
「―――うん!」
ロシナンテを抱きしめ、後ろに下がる。
「ありがとう、長鼻くん!」
「礼ならすべてが済んでから――――必死にカギを集めた者たちに言いたまえ」
フランキーの持っている電伝虫から、先ほどの狙撃手の声が聞こえてくる。
「君は紛れもなく、ルフィ君たちの仲間だ!もう思うままに動けばよい!」
その言葉に、涙をこぼすロビン。ああよかった、これでよかったんだ。彼女は悪い人では無かった。悪いのはあの人たち。予想だが、私を連れていくために彼女を利用した―――そういうことだろう。何故彼らの“上の人たち”が名前を求めているのかはわからないが、そちら側に魔法を使えるものが一人いることは間違いないだろう。その人物は彼女を探しており、政府の人間は魔女を手に入れたがっている―――。彼の上司が魔法の事をすべて明かしていない様子からして、“上の人たち”にかなりのきな臭さを感じる。ならば、名前がやるべきことはひとつ。
「ロシナンテ、ここから逃げるわ」
「ギーギー!」
ロシナンテに保護魔法をかけ、籠から出す。
「おい名前、おめぇの荷物だ」
「―――わぁ!フランキー!ありがとう!!」
こちらに来る最中、荷物を見つけてきてくれたようでトランクを手渡してくれた。トランクがあれば、もう大丈夫。スペアの杖がこの中に入っている。母が残してくれた、大切な形見―――。ちなみに、父の形見は弟のネビルが受け継いでいる。姉弟にとって、とても大切な宝物だ。
「すごい…あっという間だね」
ロビンとフランキーによって海兵たちは次々になぎ倒されていく。最後の部隊と立ち向かった時、フランキーはとある隠し玉を披露してくれた。
「まだまだこれだけじゃないぜ…フランキーケンタウロス!!」
そう叫ぶと、どういう仕組みかわからないが、彼の下半身が前に飛び出し…こう、不思議な風貌へと変化していった。
「まって、ケンタウロスを汚さないでお願いだから!」
上半身が後ろに行くんだから、これはケンタウロスではない、断じて違う。それに彼らにとても失礼だ。少し怒りを覚えたが、それのお陰で海兵たちをまくことに成功したので良しとしよう。
「うわっ、攻撃が始まったの!?」
少し離れた場所から放たれる砲弾の嵐。このままでエニエスロビーは跡形もなくなくなってしまうだろう。スパンダムを叩きのめし、一行は軍艦に飛び乗ることに成功した。なんと便利な身体だろうか、フランキーの身体は。ひとまずは安心だろう…あそこにいるよりは安全だ。軍艦にいた海兵たちをすべて薙ぎ払うと、次の瞬間驚くべき光景が目に映る。海から、大柄の人魚が姿を現した。何やら袋のようなものを持っており、その先には何人かの男女がいた。
「―――人魚!?」
「ギーギーギー!!」
何故かロシナンテも叫ぶ。どこか怯えているような気がするのは気のせいだろうか。
「びゃああ~~~~~~~現実だったあ~~~~人魚ってほんとはいねぇんだああああ」
「人魚かと思ったらジュゴンだったって伝説はほんとだったんだな―――っ」
「馬鹿野郎―――っまだ本人が人魚なんて言ってねぇっ夢をあきらめるなっ」
先ほどの人魚の女性に助けられた彼ら…麦わらの一味は彼女を見て何やら喚いている。しかし、助けてくれたのだからここは礼の一つでも述べるべきだ。一体どんな幻想を人魚に抱いているんだ。魔法界の人魚と言えば、恐ろしい風貌をしているので彼らが見たら度肝を抜かすに決まっている。
「あたしは白魚の人魚らよ」
「やめろぉおおお――――!白魚いうなああああ」
「でもよ、足のある人魚なんて、聞いたことがねぇ」
彼女曰く、人魚は30を過ぎればヒレが二股に別れ、陸を生きることが出来るようになる神秘の生き物なんだとか。それは確かに興味深い。陸でも生きていける人魚だなんて、こちらの世界の人魚は素晴らしい。彼らは魚人島という場所にいるらしく、名前はすぐに興味を持った。
「魚人島…行ってみたいなぁ」
「いいところらよ、魚人島は。そういや、お前は誰なんらね?」
「あぁごめんなさい、私、名前です…ウォーターセブンで仕立て屋してるんです」
白魚の人魚…ココロと握手を交わす。
「あぁ、聞いたことがあるよあんたの名前…お前さんも何か悪い事したんらね?」
「え、そんな訳ないですよ」
「だが、政府から“保護対象”ってやつなんだろお前、で、何したんだ」
「だから何にもしてないんだってばフランキー」
「―――上の人間が、貴女を欲しがっている…あいつらは、確かにそう言っていたわ」
そう呟くのはロビン。彼女はCP9に麦わらの一味を人質に取られ、仕方なく名前とロシナンテを連れ去った。
「そう…でも、どうしてロシナンテも?」
「その子が居れば、貴女は否が応でも絶対についてくる…そう言っていたわ」
「そういうことね…はぁ、2年しかウォーターセブンで過ごしていないのに、どうして狙われるやら…」
原因は本当に分からない、が、どうせろくでもない理由だ。テッドの上司が何なのか、その上とは一体誰の事なのか。謎は深まるばかりだし、とんでもない事になってしまったと思う。空しくも、平和な人生とお別れを告げることとなってしまった。
「それにしても素敵なレディ…お名前をお聞かせいただいても?」
「名前よ…えーっと…」
「サンジです」
「サンジね、よろしく。えーっとそこの緑色の方は―――」
「ばらすぞ女てめぇ」
「こら糞マリモ!名前さんに対してなんだその言い草はぁ!!」
賑やかな人たちだなぁ…。それが麦わら一味の第一印象。緑色の彼は剣士のゾロ、そしてオレンジ髪の少女はナミ…麦わら一味の航海士。そこで横たわっているのは船医のチョッパー。人語を話す魔法生物は別に珍しくもなんともなかったので特に彼が何であるのかは気にしていなかったが、後に彼がトナカイの少年であることを知る。長鼻の彼はウソップと言い、何故かずっと不思議なお面をつけていることに対して仲間たちは何にもツッコミを入れない。一体どうなっているんだ麦わらの一味は。ちなみに最初に話しかけてきた青年はサンジ―――コックさんらしい。
「ロビンさん、あなた、命狙われてるみたいね」
「貴女も似たようなものだと思うけれども…」
随分とのんきね。なんだか聞いたことのあるセリフだ。
躊躇いの橋に、ニコ・ロビンと保護対象の魔女名前がいる以上、ここだけは砲撃することが出来ない。あたりが砲撃され続けているというのに、ここだけ被害が無いという事はそういう事。やがて軍艦がここにやってきて、二人を連れ去る―――そういう算段なのだろう。だから一刻も早くここを出なくてはならなかった。正義の門を抜け…彼らの届かぬ場所へ逃げ切る。これこそが今の麦わらの一味の課題だった。しかし逃げ切るにしてもどうやって逃げるのか…第一、船長のルフィが未だに向こう側で戦っている。船長を置いていくわけにはいかない。様子を見る為橋を歩くゾロを横目に、名前はふと考える。3人までだったら姿くらましができる…しかし、次戻ってきたとき、同じ場所とは限らない。何しろ初めてきたところ…魔力の導きが無い以上、無暗に姿くらましも姿あらわしも行うべきではない。だったら、あとは箒で移動するしかない。だが待てよ…フランキーが重たすぎて絶対に飛べる自信がない…ロビンとナミだけなら何とか運べそうだ…男性諸君には海を泳いでもらおうか?
「おい名前!こいつは今動けねぇ、守ってろ!俺たちはあいつらをなんとかする!」
「―――うん!」
名前は戦いに参加はできない…そう見抜いたフランキーはチョッパーを彼女に託し、動ける仲間たちと共にこちらへ押し寄せてきた海賊たちを倒していく。体中ぼろぼろのチョッパーを抱きかかえながら様子を見守っていると、周りも次第に静かになり、海兵たちをなんとか蹴散らすことに成功したことが分かった。さらにルフィがあのCP9のルッチを倒した…と放送が入る。しかし仲間が呼びかけても、ルフィは姿を現さない。もしかして、動けないのではないだろうか。
「ロビンさん、チョッパー君を」
「え、えぇ…一体何するつもりなの?」
「ルフィとかいう子は―――あの辺?」
「えぇ…え、まさか、それで行くつもりなの?!」
トランクから一本の箒を取り出す。ファイアボルトよ…とっても早いんだから。小さくウィンクすると、それにまたがり―――そして空を飛ぶ。
「すげええええええ魔女って本当にいるんだなぁああああ」
「素敵だぁあああああ名前すわぁあああんんん」
「おいパンツ丸見えだぞ」
「ええええ!!!うそ!!」
「何!?俺にもよく見せろ!!」
「何やってんのよアンタら!!」
サンジとフランキーが殴られたのは言うまでもない。そういえば空を飛ぶ仕様のスタイルじゃないから気を付けなくてはパンツが丸見えだ…この年になってパンツ丸見えとは恥ずかしい。10代の魔女ならともかく…と、とりあえず落ち込んでいる暇はない。名前はルフィの元に急ぐ。
「テッド少将!あれって、もしや」
「―――名前さん」
箒で空を飛ぶ彼女の姿は、何人かの海兵によって確認されている。…彼女は正真正銘、“保護”すべき“魔女”だったのに、あのままおとなしくしていればよかったのに。できる事なら逃がしてあげたかった…上司の元に、こっそり連れていければ安全に暮らせただろうに。しかし、今やもう手遅れ…彼女は大犯罪人、モンキー・D・ルフィを助ける為空を飛んでいる。紛れもない事実にどうすることもできず、テッドはとりあえず上司に連絡を取る。
「―――そう、彼女が…僕が迎えに行けていたら、こんなことには」
「すみません、中将、僕のせいです…スパンダムの馬鹿をよく監視しておくべきでした」
ああそうだ、これもそれもすべてあのバカのせいだ。
「…君はよくやった、ありがとう…部下たちを助けてくれて、感謝する」
「いえ、当然の事をしたまでです」
彼女と部下の命―――天秤が傾いたのは部下のほう。彼は海兵として正しい判断をした。だから、これから上の人たちに何を言われようとも、彼を擁護するのは自分の務め。電伝虫を切り、男は奥歯をかみしめる。向かう先は一つ―――彼の上司の元だ。