03 それこそが、真実/賢者の石

初めての、自分の父親の授業・・・といったところだろうか。父親から時々勉強を教えてもらう事はあったが、さすがは教師と言った所だ。何よりも進め方が上手なのだ。元々物覚えの良い名前のお陰でもあるが・・・

名前とドラコは一緒の席に座った。これはドラコが無理やり名前の隣に来た事から始まった・・・恐らく、失敗を恐れて魔法薬学の得意な名前の隣に来たのだろう。名前の隣に居れば少なからずとも失敗をして恥をかくことは無いだろうから・・・・・・・・・

「名前、君・・・今日は何処が出るか知っているだろう?教えてくれないか?」

ドラコは名前がどうやら“父親から授業内容を全て聞いている”と勘違いしているらしく、教科書を開いて小声で聞いてきた。・・・つくづくアホだよな、ドラコも

「・・・ドラコ、僕が父上からそんな事を聞いていると思うか?それはNOだ・・・いくらスリザリン贔屓だとしてもそれはありえない・・・・・・息子の僕だからこそ、絶対にそれは無いと思う」

―――あの父親の事だ、自分の息子だからこそ尚更教えないだろう・・・それに周りの生徒よりも課題は数ランク上の物を絶対に出させるだろう。まぁ、勉強が苦ではない名前にとっては何の問題にもならないのだが

ハリー達は名前たちよりは少し後ろの左側座席に座っていた。ロンは名前がマルフォイと座っているのを見つけると、いかにも嫌なものを見たといった顔だ。

そしてバンっとおもいっきしドアが開く音に生徒達のおしゃべりは一気に静まり返る。そして・・・・・・普段とは考えがたいほどの雰囲気の違う自分の父親が魔法薬学の教室を支配するのであった。

「あぁ・・・さよう、ハリー・ポッター・・・・・・我らが新しい――――スターだね。」

父親の猫なで声をまさか聞けるとは―――言葉の意味は考えず、何だか妙に感動してしまった。こんな父親の姿もあるのか、と・・・・・・・・・

スリザリンからはくすくすと嘲笑があがる。特にドラコなんて隣ですごく嬉しそうな顔をしている・・・・・・まるで飴玉を貰った子供のように。

授業は父親の呪文のように連なる“生徒の見下し”から始まった。

「―――ただし、諸君が我輩がこれまで教えてきたウスノロ達よりまだまだましであればの話だが」

そのウスノロの中には、僕は入って入るのだろうか・・・

少し気になってしまった。

「ポッター」

今度は何を言うのだろうか・・・父親の新たな発見に胸を躍らせつつもハリーには申し訳ない気持ちでいっぱいだった

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか」

早速そんな質問でくるとは思わなかった。確かに、1年生の教科書に載ってる事は載っているのだが・・・教科書の真中ぐらいで、しかも誰しもが見落としてしまいそうなところに答えが載っているのだ。更にはそんなの最初の授業でやることではないだろう・・・ハリーを見ると「は?何の球根?え?何?」といった表情をしていた。そりゃぁそうだろうな。

名前ですら、この内容は魔法薬学を少しかじって1ヶ月くらいになってからようやく学べた内容なのだ。

「分かりません」

ハリーの答えはごもっともだ。それにしても何故ここまでハリーにこだわるのだろうか・・・昔、父親から話を聞いたことがあった。ジェームズ・ポッターという問題児の話を―――

その息子だからそこまでしてハリーに恥をかかせたいのか?それか単に目に入ったから?恐らく前者の方が答えだろう・・・

「チッ・チッ・チ―――有名なだけではどうにもならんらしい」

口元を上げて嘲笑う、さも楽しそうに・・・

さっきからグリフィンドール側からまっすぐ腕をぴんと上げているハーマイオニーという少女がいた。彼女は賢そうだ、恐らく答えがわかっているのだろう・・・だが一向に当てられる気配もそちらに目がいく気配が微塵も無かった。

・・・かわいそうに、ハーマイオニー。せっかくの優秀な脳みそが悲鳴を上げてるよ。当ててあげればいいなぁと思いつつも次はどんな発見があるのかとワクワクしていた。終いにはベアゾール石の事まで出題されているハリー。

ハリーはこっちをちらっと見ると答えを教えて欲しいといった顔をしていた。口パクで“山羊の胃”と教えてあげたのも効が無く、次々と新たに難しい出題をされつづけている。

ハリーと父親の顔を交互に見上げる。ハリーはさっきからピンと腕を上げ続けているハーマイオニーに当てたらどうですかと強気な態度でいる。そして自分の父親はかと言うと・・・

「Mr.スネイプ、答えたまえ」

急に自分の名前が呼ばれた。ビックリしていると父親が名前を睨んできた・・・この目は、早く答えろと言っているのか、教科書の棒読みだったら許さんぞと言っているのか・・・どちらにせよ、名前が答えなければならない事は必然的だった。

「・・・アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると“生ける屍の水薬”が出来ます。アスフォデルは暗緑色の葉と白い花をつけるユリ科の植物で、ギリシア神話では死人の魂を楽しませる花として描かれています・・・ニガヨモギはローマ時代から胃薬や婦人病などの民間薬として栽培されたキク科の多年草で、昔エデンの園から追放された蛇が這った跡から生まれた草と言われています。ベゾアール石は山羊の結石の事で胃の中にあります。万能な解毒剤で古代からある解毒剤の一つです。モンクスフードは・・・」

「もうよい。完璧な答えと怠り無い予習により、スリザリンに10点」

どうやらこれ以上話すと授業が押してしまうらしく、半ば無理やり終わらせた。

「諸君、何故今のをノートに書き取らないのだね?」

こんな完璧な答えを、お前らが如何に努力しても見つけられるはずが無いだろうな?とも言いたげな声色だった

ノートに写し終わったらしく、小声でドラコが話し掛けてきた

「・・・君、やっぱり聞いていたんだろ?」

「そんな訳無いだろ。質問してきた時の父上の顔を見たか・・・?顔に『教科書の棒読みは許さない』と書いてあったんだぞ・・・数年前に習った内容だからこそ父上は聞いたんだと思う・・・」

あの人ならやりかねない。だけど周りの生徒からしてみれば、自分の息子が完璧な答えを言いさらには自分の寮の生徒でもあるのだ・・・自分の息子がこのまま得点を稼いで行けば絶対に寮杯を取れることだろう。終いにはグリフィンドールが減点・・・スリザリンにとってはさぞやいい気味だろう。それにドラコ同様、父親からすでに完璧な答えを聞いてあるのかという考えが定着しているグリフィンドール生達の名前に対するランクが、一気に最低になってしまうのに無理は無かった。

これは親子じゃなければ分からないことだろう・・・グリフィンドール生達の血走った眼差しとスリザリン生達の滑稽な笑みが名前に次々と突き刺さる。それにドラコですら聞こえないため息を小さく吐いた

その後、授業は悲惨なものだった。ドラコのことをかなり絶賛しているらしく、角ナメクジを完璧にゆでただけでベタ誉め・・・

ドラコはどうしても自分で点数を稼ぎたいらしく、スネイプがこちら側を見ていないうちに鍋を交換してくれとせがんできた。仕方なく取り替えてやったのだが・・・

「Mr.スネイプ、こんなゆで方にしろと誰が言った?スリザリン1点減点」

周りの生徒はまさか自分の生徒、ましてや自分の息子を減点するとは思わなかったらしく、誰しもが驚いた面持ちでスネイプと名前を見比べていた。その視線に気付いたらしく、スネイプが咳払いをすると皆一斉に鍋へと視線を落とした

ドラコ以外は皆注意を受けていた・・・その中でも名前は凄まじかった

「Mr.スネイプ、何だねこれは」

「・・・」

「切り方が駄目だ、1ミリずれている・・・スリザリン1点減点」

「混ぜ方がなっとらん。スリザリン1点減点」

「なぜこうなる?スリザリン・・・」

名前に対する減点は凄まじいもので、周りが動揺するのも無理は無い。しかも他の生徒を注意する時よりもかなり細かい指摘が多かった。はたからみれば完璧に調合してるのだが・・・。指摘が増えるたびにスリザリンからの視線が強まっていく

無論ここまで減点される理由は一つだ、ドラコと鍋を変えたから・・・それが見えたのをあえて気付かない振りをしているのだ。

「Mr.スネイプ、君は授業の最後に我輩の部屋に来るように・・・」

「・・・はい」

ドラコは申し訳無さそうに名前を見るが、名前は満更でもない様でドラコの作った薬を眺めていた。

なんだか吹っ切れたようで、名前は次々に“わざと”薬を失敗させていった・・・もちろん、害の無い失敗だ。色が変わったり少し臭いがする程度の・・・

息子の薬には敏感らしく、すかさず鍋を見ては減点、減点の嵐だった。結局は稼いだ点数が10点から1点へと変わるとは思いもよらない事だっただろう。途中、グリフィンドールのネビル・ロングボトムという生徒が魔法薬の調合に大失敗をし、薬を回りに飛び散らせてしまったのだ。ドラコにはおおきな腫れ物ができていて、少し見ものだった。怒りの矛先はネビルだけではなく、ハリーにも当たることとなったし、ましてやスリザリンの名前までもが怒られて減点されてしまった。

授業が終わり生徒達が地下室を後にしていく中、ちらちらと名前を見てはヒソヒソと何やら話していた。恐らく、先ほどのことだろう・・・まさか自分の息子を一番減点したのに一番得点を稼いでるとは・・・

ハリーはそんな名前に声をかけてきた

「名前・・・君、すごかったね。質問の答え・・・・・・スネイプ・・・あ、ごめん、父親に答え聞いていたの?」

スネイプと言った事を申し訳無さそうに訂正すると、名前は別にいいと言い真相を話した。

「あれを勉強したのは8年前だ・・・覚えていたのが奇跡といったところだろう。無論、そんなこと・・・あの人が教えてくれるはずがない、“父親”だからこそ―――」

後を続けようとしたが、スネイプが呼ぶ声によって妨げられてしまった。

「悪いな・・・また後でな」

「うん・・・なんか変だけど、がんばってね」

「・・・あぁ」

ハリーの見送りを背にセブルス・スネイプの私室というドアをノックする

「・・・入れ」

部屋の中からはいかにも不機嫌そうな声が聞こえた。今日は長くなりそうだ・・・そう思いつつも重たい足取りで父親の部屋へと足を進めた。

「・・・失礼します」

無言でソファに座れと目で言うと、重たい足を引きずりつつも名前は素直にソファに座った

「何故、怒っているか・・・分かるな?」

父親の形相はものすごかった・・・ともかく眉間のしわが今までに無いほどに縦に刻まれており、目は鬼そのものだった。

「・・・分かってます、申し訳ございませんでした」

「何故鍋を変えたんだ」

「・・・」

名前はあえて答えを言わなかった。答えを言ってしまえば一番惨めになるのはドラコだ・・・友人だけは裏切りたくない

「言わないつもりだろうな、お前の性格を考えると・・・だが、お前にはそんな真似をさせるために魔法薬学は教えてない―――」静かに威圧される

「・・・父上、申し訳ありませんでした。以後その様なことは無いように気をつけます・・・。」

「・・・ったく、お前はそんなところだけ母親に似ているんだな。仲間思いで、おせっかい焼きで・・・・・・」

スネイプはそんな妻の姿と息子の姿を重ねてため息を吐く。思えば妻の話を息子にしたのはいつぶりだったか・・・・・・・・・かなりご無沙汰となるそんな話題に驚いている名前は、口を間抜けに開いたままだった

「まさか、こんな事でお前と久々に会話するとはな・・・」

さきほどの表情とは違い、柔らかに名前を見る。

「・・・反省しています。」

「見ればわかる…何故あんなに減点させた?あの後少しいじれば薬の調合は成功していた・・・あえて失敗してポッターを助けたな・・・・・・」

スネイプはため息を吐く

「父上、ハリーに酷くしすぎではないでしょうか・・・?僕が言える立場ではありませんが、その・・・ハリーは僕の友達なんです」

だから、そんなに酷い扱いはしないでくださいと瞳で言ったのが分かったのか、無言で紅茶を入れ始めた。

「飲め。」

「ありがとうございます・・・」

父上の紅茶、かなり久々だ・・・。それにこんなにゆっくり話すのも本当に久しぶりかもしれない・・・・・・

「名前」

スネイプから大量の難しい課題を受け取り部屋を後にしようとしたとき、ふと呼び止められた。

「・・・何でしょう父上」

「―――お前は、駄目な息子ではない。我輩自慢の息子だ・・・我輩は名前を誇りに思っている」

父親が、まさかそんな言葉をかけてくれるとは思ってもみなかった・・・この人は滅多に僕を誉めたりはしなかった・・・ましてや自慢の息子だと言われて正直驚いていた。そんな名前を、早く寮へ戻れと急がす

「・・・ありがとうございます、父上」

重たい地下室の扉の閉まる音がした。そして小さくだけど、そんな言葉が聞こえたような気がした。

1人、先ほどまで息子が座っていたソファを見つめると思わず苦笑してしまう。何故ここまであやつを“勉強せざる終えなく”してしまったのか・・・名前は他の子供とは違い子供の遊びという遊びをしたことが無かった。そう、母親が死んでからというものスネイプはその悲しみを忙しさで隠すためにも教員活動にひたすら没頭していたのだ。

“それ”の一番の被害者は息子だとは知らずに・・・

だから家族なのに自分は息子に何もしてやれずにもう何年も経つ。唯一の家族なのに、唯一の親なのに、父親なのに―――――――

それなのに何一つ文句言わず、ただひたすら父親を尊敬しひたすら勉強に没頭して寂しさを紛らわせていたのだ。

父親失格とは、まさにこのことだろう・・・そのせいか他の子供達よりも表情が少ない。これは己のせいでもあり己の事しか考えなかった“駄目な父親”のせいなのだ。

そうして息子を追い詰めていたというのに。駄目な父親なのにこんな時だけ父親面、なんて都合のいい人間なのだろうか。

そんな親としての不甲斐無さが――――

こんな父親でなければ息子は苦労なんかしなかった、こんな自分じゃなければ・・・・・・

「・・・アリス、こんな時、どうしたらよいのだ―――」

誰も居ないソファに向かって、今にも消え入りそうな声でつぶやいた