39 ロングボトムの仕立て屋/一人旅

朝早くから電伝虫の音が鳴り響く。どうして彼らはぷるぷるぷる…と面白い着信音(?)で知らせてくるのだろうか…。

「…ロー、コラソン、起こしてあげて」
「―――しょうがねぇな…おい”コラさん“!コラさん起きろ!」

ちょっとした変化に、名前はくすりと微笑む。もしかして、昨日の話…彼は聞いていたのかもしれない。

「ん…――――!?」
「何だよその顔!!」
「お前…今…コラさんって…」
「いいからとれっ、電伝虫!!」

呼び方の変化に、感動しているのか涙を滲ませるコラソン。本当に…わかりやすいのね、あの人って。はじめはメイクでよくわからなかったが、もう彼の事がなんとなくわかるようになった。特に転びそうなタイミングはばっちり掴んでいる。名前のお陰で街を歩いても彼が転ぶことは無い。何故なら、彼女が魔法で支えているからだ。

―――おれだ、コラソン。

うわ、一番聞きたくなかった声だ…。それを聞くなり、苦虫を嚙み潰したような顔をする名前。

「コラソン、お前だな?」

―――トン、トン、トン

指で電伝虫をたたき、返事を返すコラソン。その額にはうっすらと汗がにじんでいる。

「お前らが飛び出してもう半年だ…ローも一緒か?それに魔女も無事か?」

―――トン、トン、トン

「あなたの声聞くなんて、最悪な朝ね…」
「おーおー、ひでぇ言われ様だな…久しいな、名前…」

あなたが居なくて、お陰様で元気に過ごせているわ。そう言い返してやりたかったが、何やら用件がありそうだったので適当に返しておくことにした。

「久しぶりって言っても、半月しかたってないけど……現状を言うと、ローを診てくれる医者は見つからないわ、未だに…」
「…だろうな」
「電伝虫をかけてくるということは、何かあったのね?」
「フッフッフ…その通りだ、ローを連れて船に戻れ、病気を治せるかもしれない…!」

ドフラミンゴのその言葉に、3人は目を見開く。

「オペオペの実の情報を手に入れた―――」

オペオペの実…確か、未来のトラファルガー・ローが持つ能力だった気がする。そうか、ここで彼は能力を手に入れて…それで、きっと、珀鉛病は治療できるのだ。明るい未来が見えてきたような気がした。

「海軍に巨額の金を提示されて価値を知らねぇ海賊“バカ”が取引に応じる様だ…政府が必ず裏で位置を引いている、危険だがコレを奪う」

手に入れたら、”能力の性質上“最も信頼できる者がこれを食べる必要がある。男は言葉を続けた。

「お前が食え…コラソン!」

そして、ローの病気を治すんだ。
追って連絡する…と、そこで通信は途絶えた。
ドフラミンゴはロシナンテに食べさせるつもりでいるが、彼にはそれが出来ない。何故なら既に能力者だからだ。悪魔の実は一つしか食べることが出来ない。一つ以上食べれば、その者は死ぬ―――。

「喜べ、ロー!」
「オペオペの実…ローが食べて、治療を行えば絶対に珀鉛病は治るわよ!」
「オペオペの実って?」

オペオペの実は、人体改造能力を食べたものに与えるとされている。奇跡的な手術で未知の病気も治せるらしい。そんな魔法みたいな能力を与えてくれるのが、この実だ。

「そんな魔法みたいな事…」
「そうさ、魔法じゃねぇ!医療の知識がいる!」
「だから、ローが食べて…自分で治すのよ!」
「だけど、ドフラミンゴはコラさんに食わせるって…!」
「悪魔の実は二つ食えば死んじまう、ドフィはおれが能力者だと知らねぇからそういったんだ、おれもお前も、もちろん名前も…もうファミリーには戻らない!!」
「え!?」
「賛成!!」

この旅が長引いたときから、コラソンはそう決めていたらしい。既に彼が兄を裏切っている事すら、ドフラミンゴには見抜かれているはず。
彼がオペオペの実を弟に食べさせようとしているのには、もう一つ理由があるとロシナンテは推測している。逆らえないロシナンテを犠牲に、”永遠の命“を得るつもりでいる――――と。兄ドフラミンゴは、実の父親をも殺した男…弟のことも同様、彼は躊躇なく殺すだろう。それを目の前で見てきた彼だからこそ、ドフラミンゴの事を信じることが出来なかった。しかし、名前は気が付いていた。ドフラミンゴの最大の弱点であり、キーパーソンこそがロシナンテであることを。だから、彼はロシナンテにオペオペの実を食べさせたいのだ。疑いを晴らすために。

「いいか!!ドフィたちを出し抜き、オペオペの実はおれたちが横取りするんだ!!実は名前の言う通り、お前が食え!病気が無事治ったら、3人でどこかに身を隠そう!」
「―――!」

海へ出る準備をしろ…そういいながら、ロシナンテはまたどこかに連絡を取る。魔法でテントをたたみながら、名前は電伝虫の声に耳を傾ける。

「お・か・き~!」
「あられ―――おれです」
「ロシナンテ!!久しぶりだな!心配したぞ!おいガープ貴様ちょっと出てけ!!」

ガープってもしや、あのガープ?ルフィのおじいさんの…あのハチャメチャなご老人だろうか。だとしたら、この声は一体…。

「なんじゃ今せんべいを持ってきたトコじゃろ茶を出せ!!」
「今やめときましょうかセンゴクさん…」

―――なんと、コラソンがずっと連絡を取っていた相手は、センゴク元帥だった。いや、この時代は元帥ではなく、大将ぐらいだろうか。賑やかな電伝虫の声を聞きながら、荷物を片付ける。朝食で使った皿を魔法で洗浄しながらも、耳はきちんと電伝虫に傾けている。

「オペオペの実の取引がありますか?」
「お…お前何故それ!トップシークレットだぞ…!」
「兄が情報を得ています」

そろそろ、ローもコラソンの電伝虫の相手に気が付き始めたようだ。だが…彼を信じたいローの気持ちが、背後からひしひしと名前にも伝わってくる。

「相手の海賊の動きを知りたいんです」
「そんなもん取引前に見つかるような奴らじゃ…」
「ドフラミンゴが取引前に“実”を奪うつもりでも?」
「ホントか!?」
「取引の日取りと場所は?」

もしや…と名前は気づく。彼は、本当に“海兵”ではなくなったのかもしれない。政府がトップシークレットで取引を行う程の事なのだから、それを横から掻っ攫えば…もはや彼は政府の敵。ローの命を救うため、彼は…。
ロシナンテはセンゴクから作戦を聞き、当日の行動を確認する。

「ドフィと裏で繋がってた大物たちやあらゆる商売相手のリストは後日確実に渡します…“北の海”の闇も…充分暴けるでしょう」
「そうか、ご苦労…!!」

ようやく連絡が終わったようで、ロシナンテはローに話しかけようとするが、彼が倒れていることに気が付く。

「ロー!!おい、お前嘘だろ!?しっかりしろ!」
「―――どうしたの!?ローッ!?」

荷造りをしていたので、ローから完全に目を離してしまっていた。高熱で苦しんでいるローにすぐさま駆け寄り、名前は苦しみが和らぐよう魔法を彼にかける。しかし、これも一時的に“楽になった気”になるだけであって、治療ではない。

「…もう、この薬も効かなくなってしまったのね…」
「頼む…3週間…!生きててくれよ…!!チャンスをくれ!!」

それから、その3週間はローにとって地獄の日々だったと思う。常時高熱に魘され、強力な解熱剤を処方している関係で、作戦の1週間前には一日のほとんどを眠って過ごしていた。眠るローを抱きしめながら、ロシナンテは涙をこぼす。本当に、本当に彼はやさしい人ね。そんなロシナンテを、名前はどこかで好きになり始めていた。

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