40 ロングボトムの仕立て屋/一人旅

予定よりも早くスワロー島に到着した3人は、小さな船での荒々しい航海で蓄積した疲労を少しでも回復するべく、宿をとった。

「…ロー、のど乾かない?大丈夫?」
「…だいじょうぶ…名前のほうが疲れてるだろ…ずっと…俺に魔法をかけてくれてたから…」

ローが少しでも楽に過ごせるよう、魔法をかけ続けていた。その間名前は魔力をすり減らし、魔力欠乏症になりかけていた。しかし、不思議なことに力は湧いてくる。幼いローを守る為、彼の未来を守る為こんなところで倒れてはいられない。ハリーを守った、彼の母親の気持ちが少しわかるような気がした。

「私のことはいいの…久しぶりのベッドだから、ゆっくり休んで」
「…コラさんは?」
「念のため外を見回ってるわ」
「…コラさんも…疲れてるのに…俺…」
「子供が気にすることじゃないわよ!さ、目を閉じなさい」

すると、彼はあっという間に眠りについてしまった。それだけ疲れていたという事だろう。寝息を立てるローの額に手を当て、熱を測る。

「…魔法をかけてあるから当分は大丈夫そうね…」

私も、随分と使える魔力が増えたような気がする。自身のぼろぼろの身なりを見て、くすりと笑う。大冒険だった…ローと出会って、ドフラミンゴたちと出会い、コラソンと3人で旅に出て―――いろいろあったけれども、こんなに緊迫した旅は今までなかったし、“特別”な旅だったと思う。
はじめはなぜ自分がここに来たのかわからなかったが、未来でのローの言葉を思い出し、全てが繋がった。自分は、ローを助けるためにこの時代に飛ばされてきたのだ、と。
しかし…どういう繋がりだろうか。彼と自分…一体何のつながりがあって―――。

「名前…ローはもう寝たか?」
「うん…」

なんだか、まるで夫婦の会話のようで気恥ずかしい…と名前は内心思う

「魔法…解いて大丈夫だ、つらいだろ?」
「…ありがとう、流石に少しばかりね」
「強がるなよ」
「…そうね、今夜だけはお言葉に甘えて」

部屋に張った侵入防止魔法と、二人にかけた“守りの呪い”を解く。

「守りの呪いを解いてしまったから、転ばないようにね」
「もち―――おわっ!」

言ってる傍から…。
“守りの呪い”は名前が編み出したオリジナルの魔法で、ロシナンテが滅多に転ばなくなったのもこの“守りの呪い”のお陰だ。些細な魔法ではあるが、後にこの魔法がとても重要な意味を持ってくることを知ることとなる。

「実は…君が“魔女”であることは、あそこにいた時から気づいていたんだ」
「―――どういう事?」

彼のいうあそことは、スパイダーマイルズのことだろう。滞在期間は短かったが、今となっては思い出深い場所だ。
がさごそとポケットの中からロシナンテが取り出してきたのは、なんと、あの“お守り”だった。名前はかつて、元の世界で魔法使いや魔女が近づくとピカピカ光り、教えてくれる“お守り”を弟の為に手に入れたことがあったが、それによく似ていた。どうして彼がこれを持っているのか…と、不思議に思っているとロシナンテは口を開く。

「実はこれ…その“魔法使い”からもらったんだ、あいつが“表”に出るときは変身している場合が殆どだから、わかるようにっておれ…貰ったんだ」
「…そうだったのね…でもまぁ、その“魔法使い”が警戒する気持ち…わからなくもないわ…だけど、“独特な気”でわかっちゃうんでしょう?」
「あぁ、だけど、これが光った時確信したよ」

これは、あいつ以外の前で光ったことが無かったのに…君が近づいたら光った。だから、あいつが”変身“しているのかと最初思っていたんだ…。そう語るロシナンテに、名前は吹き出す。

「…私、最初はその“誰かさん”と勘違いされてたのね」
「だけど、あいつに連絡を取ったら…それは自分じゃないって教えてくれた、それに、君の事をよく知っていた」
「…ねぇ、その人って…どんな人なの?」
「やさしい奴だよ、それに真面目で…」

あいつは…君に会いたがっていた。ロシナンテは電伝虫の向こう側で聞こえてきた、友人を懐かしむ彼の声を思い出す。

「…そう、罠じゃなければ、私も会いたいわ…」
「罠な筈がない…!海軍はきっと、君を守ってくれる」
「…いいえ、コラソン、私、その…ごめんなさい…」
「―――君にも、いろいろあったんだよな…おれこそすまない…そうだ、これは名前にやるよ」
「え?」

“お守り”をそっと手渡される。
もう、自分にはこれが必要ないから―――そう呟く彼を見て、名前ははっとする。オペオペの実を手に入れるという事は、そういう事だった、と。これが海軍に対する“裏切り行為”であり、オペオペの実を手に入れたら、もう海軍にいることはできない。だから、この“お守り”も持つ必要がない―――。それに、二人が出会えるように“お守り”を名前に渡したのだった。

「…こっそり抜け出したあいつといつか出会えるかもしれない、その時にこれがあったら楽だろ?」
「…ありがとう」

彼が、どんな気持ちでこれを名前に渡したのか…彼女が知るはずもなく―――。
それから2日後、ついに運命の日がやってきた。幸運なことに、ローの容態が少し安定してきたので、歩けるぐらいまでには体力が回復している。そんなローを連れ、名前は“とある地点”でロシナンテが戻ってくるのを待っていた。
ロシナンテがどこにいるのかというと、オペオペの実を持っている元海軍将校の海賊―――ディエス・バレルズがミニオン島にあるアジトにいると聞きつけ、夕方頃にそちらへ向かっていった。そこには現在、軍の監視船が張り付いているらしく、ドフラミンゴとロシナンテたちが合流するはずのスワロー島には軍艦を2隻配備していることが電伝虫からの連絡で分かっている。名前はローを守る為彼の傍に、そしてロシナンテはオペオペの実を奪うためミニオン島にあるアジトに潜入している訳だが、彼女は妙な胸騒ぎを感じていた。

「コラさん…大丈夫かな」
「…心配よね…」

少し体力が回復したとは言え、病に蝕まれているローを連れて戦う訳にはいかない。ここはロシナンテを信じて待つほかないのだ。

「でも、大丈夫よ」
「―――どうして」
「…カン、かな?」
「魔女のカンって奴かよ」
「ふふ、そんなところ」

笑い合う二人に、シンシンと雪が降り注ぐ。

back

next