38 ロングボトムの仕立て屋/一人旅

あれから数えきれないほど病院を回ったが、結局彼を見てくれる医者は一人もいなかった。治るどころか、珀鉛病が悪化してきてしまい、今は魔法で彼がなるべく辛くないよう工夫して旅を続けている。名前も様々な本を読み漁っては治療法を試してみるが、どれもローの珀鉛病を抑え込むことすらできない。治療法のない病気に罹った時、頼りになる医者が居ないとこんなにも大変だとは。幸いなことに、お金をたくさん持っている名前のお陰で清潔なベッドに眠れている事によって、ローの肉体への負担は少し軽減出来ていた。

「…少しもよくなりゃしねぇ…どうしたらいいんだ…」
「あきらめちゃ駄目よ、コラソン」
「あぁ…そうだよな」

ローが寝静まった頃、煙草をふかしながら弱音を零すロシナンテ。もうすぐで半月になる…このまま治療法が見つからなければ、ローは死んでしまう。流石の名前も焦りを感じていたし、ここまでくると未来が少し不安になってきた。

「私たちがあきらめない限り、可能性はあるわ」
「―――君は前向きだな」

この旅に、君がいてよかった。そう言われ、少し恥ずかしそうに微笑む名前。本当に…彼女がいなかったら、どうなっていたか。もう肌が随分と白くなり、毒が回ってきたことが顕著に表れるようになった。日中は彼を負ぶって移動しなければ、彼の体力が持たない。

「―――私、どうしてここへ来てしまったのか…何度か考えたことがあるの」
「…君は、異世界の人間なんだろう?」
「えぇ―――そっか、あなたは元天竜人だものね、知っていて当然か…」
「あ…うん…」

冷たい空気の中、白い息が漏れる。

「私、きっと、あの子を助ける為に来たんだわ」
「―――ローを?」
「うん」

だから、絶対に助かるわ。そう力強く答える名前に、心からロシナンテは励まされていた。言い伝えを知る元天竜人である自分の所に、その言い伝えの魔女がいる。これは絶対、何か意味のあることなのだろう。どんな運命が待ち受けているのかわからないが、今は信じたかった。ローも助かり、彼女を仲間たちの元へ帰してやれる未来を。そして、兄ドフラミンゴを、止めてみせる―――ドレスローザには行かせやしない…と、改めて決意する。

「そうだ、忘れていたわ…はい、寒いでしょ、ココアをいれたわ」
「…ありがとう」

ちょっと、気を付けて飲みなさいよ。彼と行動をしてから何度同じセリフを言ったことか。最近では、絶対に零すことがわかっているのであらかじめカップに魔法をかけてある。こぼれそうになったら中の飲み物が魔法で浮く仕組みになっている。

「…なんだか、申し訳ない…ここまで気を使ってもらって…」
「“おドジ”な弟がいるから、慣れてるわ」

まぁ、あなたよりマシだけどね。言葉の棘がロシナンテの心にちくりと刺さる。ドジであることは自覚しているが、長年治せずにいるのでこればかりはどうしようもない。

「その……気になってたんだけど、“魔法使い”はどんな容姿の人?学友…らしいけど、だれが来てるのか気になるの」

これを機に、聞いてしまおうと思った。少しでも彼の情報を手に入れる必要があるからだ。

「うーん…容姿を気にしたことがなかった」
「なにそれ」
「いや、本当なんだ、あんまり気にならないというか、なんというか…」
「―――ふうん、なるほどね、そういう魔法をかけているんだわ」
「そんな魔法もあるのか?」
「…いろんな魔法があるわ、種類はたくさんあるけど、数多くの魔法を扱える人なんて一握りしかいないのが現実…」

数多くの魔法を知り、扱える魔法使いと言えば名前が知る中でまず最初に思い浮かんだのは、ホグワーツの校長だったアルバス・ダンブルドアだ。魔法を扱うには多くの知識を知らなければならないが、それ以上に“素質”がものを言う。

「そういうものなのか?」
「そうよ、魔法は…生まれ持った素質が一番大きいかもしれないわね、努力じゃどうにもならない所があるから…」
「そうなのか…」

ロシナンテの言う“魔法使い”は彼が10代の頃、出会ったそうだ。路頭に迷っていたところを彼の育て親に助けられたらしい。年齢はわからないが、見た目だけで言えば10代の青年のような容姿をしている。とても心優しい青年だとロシナンテは言う。

「あいつは言い奴さ…君の事を伝えたら、すぐに“君”だとわかったらしい」
「そうなの…そこで、その人はつらい思いをしていないの?」
「いいや、おれの育て親がいるから安全だ…あの人の元が、君たちにとっては一番安全かもしれない―――だから君も、ローの治療が終わったら…」
「行かないわ」

これだけは頷けない。麦わらの一味で、仕立て屋である自分の居場所は、間違いなくあの船…彼らのいるところ。この世界に来て、見つけた“希望の光”。それがルフィだ。どんな時でも明るくて、みんなを守ってくれる頼もしい船長。彼についていけば間違いない。将来、海賊王となる我らの船長の元へ、名前はいずれ帰らなくてはならない。

「…そうか、そうだよな…仲間が待っているんだったな」
「えぇ…約束してるから」
「その…仲間って――――君はもともと一体何をしているんだ?」
「―――海賊だと思うわ」
「―――えぇええ!?」

予想外の事実に大きな声を上げ、驚愕するロシナンテを横目に名前は微笑む。

「あなたが海兵なら、ローの治療が終わったら“敵”になるわね」
「…考え直すつもりは…無いよな」
「もちろんないわ!」

そりゃそうか…と、と肩を落とすロシナンテ。

「どうして…海賊に?」
「…気が付いたらこの世界にいたんだけど…私がここにきて住んでいた場所があるの、そこで彼らと出会って、海賊になったわ」
「どこに住んでいたんだ?」
「グランドラインにある、ウォーターセブンという街よ」

今、そこへ行っても名前を知る人は誰一人いないだろう。ローが現在12歳…そして、予想ではあるが元の時代の彼は20代半ば…逆算すれば、今が何十年前かなんてわかる。

「そういえば、あなた、いくつなの」
「…まるでガキにする質問みたいだな…」
「馬鹿にしてるわけじゃないのよ、ただ単に気になっただけ」
「25だ」

そういえば…こちらの…過去の世界に来ている間は年齢加算は無しよね…?少し気になる疑問ではあった。確か26歳の時にこの時代に飛んできたので…この時代に2年半近くいるが、変わらず26歳という事にしておこう。過去の時代はノーカウントで。よし、それでいこう。

「―――なんだ、同い年ぐらいなのね」
「え、君は何歳なんだ?」
「女性に年齢を聞くなんて、どういうつもりかしら?」
「えぇ!?おれは答えたのに!?」
「女性とはそういう生き物よ」
「難しい!」

3人の旅は、あともう少しだけ続く。
例え、絶望の未来が待っていようとも―――希望を信じ、進み続けた。

夜明けが来るように、彼の治療法が絶対に見つかると信じ海を出てさらに1か月が過ぎた。ローは13歳になり、ついに珀鉛病で重篤な状況に陥ってしまう。
このあたりにある病院はすべて回りつくしたが、どこもローを診察してくれる医師はおらず。医者たちは皆、珀鉛病が感染すると怯え、叫び、名前が魔法をかけて記憶を消すという行動がもはや一連の流れとなっていた。ここまでくると、ロシナンテが医者を殴り飛ばそうが何をしようが止めなかったし、むしろ彼のお陰で気持ちが清々していた。しかし、名前の気持ちが清々したところでローの病は治るわけではなく…。

「……最後の一軒だったのに…はぁ…」

最後の一軒に希望をかけ、向かったはよかったが…肝心の医者が不在で、結局診てもらうことが出来なかった。その医者は長期不在のようで、戻ってくるのは5年後と村人から伝えられた時の絶望感といったら。5年なんか待っていたら、ローが死んでしまう。
不幸なことはさらに続く。人があまりいない場所に来てしまった関係で、宿をとることが出来なかった。夜、野生動物に襲われると厄介なので開けた場所で今夜は野宿することとなった。魔法でテントを張ると、すでに力尽きて眠っているローをそっと横たわらせる。

「…コラソン、薬草を探してくるわ」
「夜は危険だぞ」
「今夜は満月でしょ?満月草が花を咲かせる貴重な日…ローの鎮静剤になるわ」

満月草は満月の夜にしか咲かない花の事だ。今となっては薬草に詳しくなった名前は、苦手な魔法薬も克服し、ローの為に日々鎮静剤を煎じている。珀鉛病が重篤化している関係で、常に鎮静剤を飲んでいなければ、40度以上の熱が出てしまう。高熱が続けば脳症になってしまい、最悪の場合死んでしまう。これもすべてローを治す為に得た知識だ。

「満月草のストックがもう無いの…」
「そうか…おれが探せればいいんだが…」
「大丈夫よ、コラソンはローを守ってあげて、私は魔法があるから大丈夫」
「…すまない―――おれは、結局、だれも助けられやしねぇんだ、おれがドジばかり踏むから、ローにはつらい思いをさせちまっている…君がいなけりゃ、旅すらままならない…!!おれは…無力だ…ッ」
「…あなたがあそこから、私とローを連れ出してくれたから…」

あなたが、私たちを救ってくれたのよ。ありがとう。
そういい、名前は彼をそっと抱きしめた。

「―――名前…?」
「…男だからって、泣いちゃいけない訳じゃないのよ」

彼女に言われてハッとする。自身が涙を流していることに。

「おれ……ずっとあいつに…同情してたんだ…」
「…」
「まだ幼いクソガキがよ……“おれはもう死ぬ”なんて……かわいそうで―――ッ!!」
「…」
「あん時…あいつはおれを刺したけど…“痛くもなかった”…!!痛ェのはあいつの方だ…ッがわいぞうによォッ…ローッ…!!」

アルコールが入っている為か、気が参っているのか…きっとすべてだろう。二人を率先して守り続けてきたロシナンテが泣き崩れる姿を見て、名前は胸を痛めた。こんな風貌ではあるが、実はとても優しくて、誰かのために心から涙を流せる男だ。危険を顧みず、ローを助ける為にファミリーを抜けた彼。昼間の頼もしい彼とは違い、涙をあふれさせるロシナンテ。諦めちゃダメだとわかってはいても、こうも絶望的な状況に陥ってしまうと中々突破口を見つけることが出来なくなってしまう。

「…君が居なかったら…駄目だった…自分の無力さが…情けねぇよ…ッ!」
「…コラソン、あのね、…私、心細かった…仲間と離れ離れになって…だけど、ローと出会って、あなたと出会って…とても救われたの」

あなたはとても愛情深くて、心優しい人。“愛”は最大の武器…これに勝るものなんてない。人を思い遣ることのできる、包み込むような優しさ―――深い愛情をあなたは持っている。それに、ローも、私も救われているの。その言葉に、彼は涙で腫らした目を見開く。

テントの中で、話を聞いていたローは静かに涙をこぼす。自分の事を思ってくれる二人に対して、深い感謝の気持ちを抱きながら。

「―――…救われているのは、おれの方なんだ…」

ローに向けるのはただの“同情”だけではない。自分たちの境遇と、彼が重なったのもある。しかしそれだけではない―――名前の言う通り、家族に似た“愛情”を抱いているからだ。

ここまで頑張れたのも、一緒にいたのが“彼女”だったから―――。
満月草を取りに森へ向かっていった名前の背を見送りながら、ロシナンテは彼女に向ける“感情”の正体にようやく気が付いた。

……もしかして、おれは彼女の事が―――。

そう呟く彼は、勢いよく転げ落ちた。

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