「―――コラさん!」
「見ろ!オペオペの実だ!!」
予定時刻になっても中々戻って来ないので心配していたが、無事ロシナンテはオペオペの実を手に入れて戻ってきた。奥の建物は燃え、銃声が空に響き渡っていたので交戦中だとわかってはいたが、どうしてもローの傍を離れることができないので、名前は彼が無事に戻って来れるよう必死に願っていた。
「よかった…無事だったのか…!」
ロシナンテがオペオペの実を片手に姿を現すと、ほっと胸をなでおろす。
しかし、それもつかの間。念願のオペオペの実を無事ローが食べ終えた時、ロシナンテは力を使い果たしその場で倒れてしまった。戦いで負傷してしまった彼の身体には、赤い血がにじみ出ている。そんな彼は、ローに海軍の機密情報の入った筒を手渡し、それを島の西海岸にある海軍の監視船に届けてほしいと頼みごとをした。この筒一つでドレスローザという王国を救えると言い、それを彼に託す。しかし、ローが声を掛けてしまった相手があの“男”であるとは知る由もなく、名前はその間止血魔法をロシナンテに施していた。だが、銃痕が多く、傷も深いため中々止血できない。
「おいっ、これ以上魔法は使うなっ」
「―――どうして!!」
ロシナンテの大きな手に腕を掴まれ、彼を見つめる。
「―――顔が真っ青だ…手も震えている…名前は、おれたちを守るために魔法を使い続けている…!魔力を使いすぎると、“魔力欠乏症”になるんだろう!?そうなりゃ、身体を動かすこともできねぇし、最悪死ぬって君、言ってただろ!?」
「…平気よ、まだ」
魔力欠乏症についての説明は、船の中でしていたことを思い出す。一度だけそれで倒れたことがあるが、今のところ何とか問題なく過ごせていた。しかし、彼の言う通り名前にはもうほとんど魔力が残されていなかった。ローとロシナンテにかけた“守りの呪い”に、ローにかけた解熱魔法。さらには長い航海でちゃんと睡眠もとれておらず、そんな中でも魔力は消耗され続け…。名前が魔力欠乏症に陥ることは時間の問題だ。
「君に死なれたら…ッ、折角ローが助かったのに…」
「私は死なないわ!―――ッ」
くらくらと目が回る。手足の感覚がなくなり、視界がかすむ。頭の内側からハンマーで殴られているかのような酷い頭痛に苛まされる。ああ間違いない、魔力欠乏症になりかけている。しかし、今ここで止血魔法を施さなければ彼は死んでしまう。
再び止血魔法を施そうとしたその時―――海兵の男が視界に入る。
「…コラさん!この人が手当てしてくれるって!!」
ローを肩に乗せた、海軍の男は―――なんと、あのヴェルゴだった。よりによって、ヴェルゴがここにいたとは。ロシナンテは息を飲む。
「…ヴェルゴ!?」
「―――!コラソン!?お前、ここで何を!?ん!?今…声を!?」
ドフラミンゴが言っていた、ヴェルゴの極秘任務と…そういう事か。ドジを踏んでしまった…と後悔しても既に遅く。
「その、極秘任務についてるとかいう人ね…!?」
「あぁ…」
「誰だお前―――もしや、ドフィの言っていた“魔女”か?」
変な髪型の男だ…それが、ヴェルゴの第一印象。頬にウィンナーを付けていたが、それを気にするほど余裕はない。嫌な予感がして、ロシナンテをかばうようにして前に出るが、そのロシナンテに腕を引っ張られてしまう。ヴェルゴはローが海兵だと信じ手渡した機密文章を握りしめ、恐ろしい殺気を放つ。
「理解したよ、ロシナンテ」
次の瞬間、彼は勢いよく吹き飛ばされる。目の前のヴェルゴに蹴り飛ばされた為だ。そして、彼と一瞬目が合い、その視線がローへ向く。
「…!」
“ローを守ってほしい”
彼の視線がそう訴えていた。名前は小さくうなずき、ローを抱きしめる。
「コラさん!!」
「―――ッ」
「お前がヴェルゴってやつか!」
腕の中から飛び出したローは、ヴェルゴに飛びつくが首を掴まれ苦しそうに息を漏らす。
「やめて!」
「―――ヴェルゴってやつ?ってことは、お前は白い街から来たローか、話は聞いている、お前ら3人失踪したってな…なっちゃいねぇなオイ!!大先輩とわかってんなら―――」
ヴェルゴ“さん”だ――――
ローが危ない…名前は杖を取り出し、ヴェルゴめがけて魔法を放つ。
「ステューピファイ!」
この距離なら絶対に外さない…はずだった。魔法が直撃したヴェルゴはローを手放し、地面に膝をついたが意識は保ったままだ。通常であれば失神するはずなのだが…やはりこの世界の怪物たちに、魔法の効きは悪いようだ。
「この俺が膝をつくとは…面白い」
「あんた…とんだバケモノね…ッ」
「魔女には手を出すなと言われているが…仕方がない、そちらから先に仕掛けてきたのだから…」
「逃げろ名前ッ!ローを連れて逃げろ!」
「させるか―――ッ!」
ローを連れ、逃げようとするが…次の瞬間、強い衝撃を感じ、世界が真っ暗になった。みぞおちを狙われ、名前の身体は力なく横たわる。
「―――ッ名前!」
呼吸はあるが、身体が冷たい。名前の元にローは駆け寄り、彼女を揺らすが目覚める気配はない。
「―――よく情報を書き込んであったよ…こんなもんが軍に渡ったら、ファミリーはもう終いだ…!!今後の計画まですべてな!!2代目コラソン―――ッ!!」
とんだネズミが入り込んでいたものだ、と再びヴェルゴの強烈なケリがロシナンテに命中する。もう彼に対抗する力も残っていないロシナンテは、血を吹き出しながらヴェルゴにされるがままの状況に。その様子を震えながら見つめるローの姿がロシナンテの視界に入る。
「お前が8歳の時、ある日失踪してから再びおれたちの前に現れたのは、実にその14年後―――!!弟だってだけで、ドフィはお前を疑わなかった!!」
「やめてくれよ―――!!死んじまうよォ―――!!!」
泣き叫ぶローを横目に、容赦なく拳を叩き込むヴェルゴ。名前は未だ目覚めることなく、力なく体を雪の上に横たわらせている。
ついに動けなくなったロシナンテの傍で、ヴェルゴは電伝虫を取り出す。そしてドフラミンゴに事の顛末を知らせた。
「おいおい、殺してねェだろうな…つまりは?簡潔に言うと、どういう事だ、ヴェルゴ」
「コラソンは軍艦の“スパイ”で、お前を陥れる為にファミリーに入れたんだ!今どこにいるんだ?ドフィ…」
「さっき合流地の“スワロー島”を遠くから見てたら…軍艦が2隻も現れて、流石に俺も悟ったよ…かわいかった弟が―――俺に牙を剥いたと…!」
―――悲しくも読みは当たったようで、改めてわかった、俺の“家族”はお前らだけだ。ドフラミンゴは弟ロシナンテの裏切りに、薄々感づいていた。何しろ、彼が居なくなってからというもの、海軍の軍艦に追われることが無くなったからだ。つまり、情報を海軍に漏らしていたのはロシナンテで、兄のドフラミンゴとは“敵”であることが明確となった。父を殺した時、覚悟はしていたが―――まさか、また“家族”をこの手で殺さなければならないなんて。己の運命を皮肉った。最も最悪な結果を招いてしまうとは。
2人が電伝虫で連絡をしている隙を見て、名前と、ローを抱き上げたロシナンテはひたすら走る。ヴェルゴの元を離れ、二人を安全な場所へ逃がすために。名前とローならば、海軍に見つけられたとしても助けてもらえるはずだ。あいつがいれば悪いようにはしないだろう。
「―――ロー、移動するぞ」
俺はもう、助からねぇけど…俺が死んでも、覚えててくれよ?
「行こう―――!」
「うわァ!!」
無理に笑顔を作ったせいか、逆に怖い表情になってしまった。だが、いつか思い出してもらうのなら、笑顔がいいに決まっている。父が殺されるとき―――とても悲しそうな笑みを浮かべていた…だから、ロシナンテはせめて、自分の最後は明るい笑顔でいようと決めていた。任務は常に死と隣り合わせ―――いつ死んでも大丈夫なように、海軍に入隊した時、海兵たちは皆遺書を書かされる。その遺書は家族に手渡されるのだが、ロシナンテには遺書を手渡す血の繋がった家族が居ない。だから、彼の遺書はセンゴクが持っている。こんなに早く死ぬとは思ってもいなかったが、悔いのない人生だったと思う。二人を宝箱に入れ隠しておき、ドフラミンゴが去った後二人には逃げてもらう予定でいる。自分はもう助からないから―――。