なんて賑やかな骸骨だろうか。それが、ルフィが仲間にしたというブルックの第一印象。そして、女性が大好き。男性らしいと言えば男性らしいが…欲望に正直すぎる気もする。正々堂々とロビンにパンツを見せてもらおうと言いに来るところがもはや下心を隠す気持ちが無いという彼のスタンスを現していた。
いつの間にかに“悪霊退散グッズ”で身を固めたウソップはブルックに立ち向かうが、彼は“悪霊”ではないので十字架など無意味。そもそも本気の悪霊に対して十字架やニンニクでは心もとないだろう。
「―――さっきから黙ってるが、どうした」
「フランキー…彼の身体、気にならない?」
「…俺は野郎の身体なんて気にならねぇな…お前、実はそういう趣味なのか?」
フランキーの近くで名前はじっと彼の様子を観察していた。どういう原理で骨だけで動いているのか…どんな魔術が込められているのか…気になりすぎる!
「あー…うん、気になる、すごく気になる…あばら骨一本貰えないかな…」
「―――やめとけ、名前、それだけはやめておけ」
そういえば、彼女は“魔女”だった。とりあえず、静かにとんでもないことをしでかそうな気がしたので、フランキーはしばらく名前を見張ることにした。
場所は変わり、一行はダイニングに来ていた。立派なダイニングキッチンはフランキーのお手製でサンジがずっと欲しがっていた鍵付き冷蔵庫も設置してある。これはルフィとかが腹を空かしても盗み食いできないようにするこの船では一番大切な対策のひとつ。
「しかし、お料理のほう、楽しみですね~わたし、ここ何十年も碌なものを食しておらず、お腹の皮と背中の皮がくっつくほどの苦しみに耐えながら毎日を生きてきたのです」
とりあえず彼に警戒をしながら食事を作り始めるサンジの横でブルックはとても賑やかだった。名前は相変わらず熱い視線をブルックに向けていたが、あいにく彼は食事の事で頭がいっぱいの様だ。
「お腹の皮も背中の皮も骸骨だから無いんですけど!スカルジョーク!」
うーむ、皮は本当にないみたい。だけど…あの体で…どうやって食事をとるつもりなのだろうか。骨の隙間から落ちてきてしまうのではないだろうか?いや、不思議な空間があそこにはあるのか…?食事が始まるまでわからない…とても気になる!!と、そこでロビンが無言で何を考えているの?とでも言っているような視線を向けてきた。もしかしてフランキーとの会話を聞かれていたのだろうか。
「わたし、紳士ですので食事を待つ、という何気ないひと時が大好きでして」
紳士と言っている割には騒がしく、食事が楽しみで仕方がない様子。
「「ディナア~~~~ディナア~~~~カモンベイベっ」」
「料理長、ドリンクは牛乳でお願いしますよー!」
「うるせぇ!黙って待ってろ!!!」
ルフィととても気が合うようで、仲良くはしゃいでいる。しかし、ほかの仲間たちは疑心暗鬼の視線を送っている様子からして、“正式”に仲間として迎え入れるつもりはなさそうだ。ルフィが好き勝手に仲間に加えようとしているが、どうなることやら…しかし、つい最近仲間になったばかりの名前が人の事を言える立場でもなく。
「ところでコロボックル」
「…いえ?ブルックです…えっとあの、失礼ですがわたしあなたのお名前をまだ…」
「おれか?おれはルフィだ、ところでおめぇは一体何なんだ?」
「どんだけ互いをしらねぇんだお前らは!!」
ブルックですって、この船に来た時自己紹介してなかったっけ?心の中でツッコミを入れる。これにはロビンも同じことを考えていたようで、ふと目が合う。
1時間も経てば食事の支度が終わったようで、ダイニングは美味しそうな香りで包まれていた。お腹もぺこぺこだったので、あっという間に食べてしまいそう。美味しい料理は本来ゆっくり食べたいところだが、ここでの食事は慌ただしい…とウソップ先輩から聞かされているので食べたいものは先に確保しておいたほうがよさそうだ。
「わーすごい!たこ料理がたくさん!」
これ、ウソップが頑張って捕まえてたやつだよね?そういうと彼は誇らしげに笑った。
「ふふん、俺様の手にかかればこれしき」
「シーフード大好きだからうれしい!」
「へへへ~~~~名前すわぁんが喜んでくれて俺ぁ嬉しいよぉお~~」
骸骨を追い出すのは後回しだ、ひとまず食え、タコ尽くしだ!
サンジの一声で賑やかなディナーが始まる。
「うまほ~~!おいブルック!たくさん食え!サンジの飯は最高なんだ!」
「…でも…なんだかわたし…お腹よりも胸がいっぱいで……」
「お前…」
そうだよね、一人あの海の中…彷徨っていたのだから。海賊船なのだからほかに仲間がいた筈。仲間も死に…彼だけが何らかの原理で“生き残った”。先に死ぬのもつらいだろうが、残された者が一番つらいということを身に染みてわかってはいるつもりだ。
「お嬢さんの少し多いですね、替えてもらってもよろしいですか?」
「おかわりあるから自分の食え!!」
声を荒げるサンジに名前は苦笑を漏らす。
大変だなぁ、自分の食事もまだだっていうのに。ここの船に来てまだ間もないが、みんなが食事中、サンジは食べない事を知っている。みんなが食べ終わった後いつもキッチンで食べているらしいが、流石はコックだと思う。
「―――ヨミヨミの実?」
「…そうなんです、実はわたし、数十年前に一度死んだのです」
まずは顔を拭けよ。どうやったらそんなに汚れるんだ。顔や体に食べかすを飛ばしているブルックにサンジの鋭いツッコミがほとばしる。なんでも彼は、ヨミヨミの実という悪魔の実を食べ、死んだ後に能力が発揮され、生き返ったらしい。だからルフィが言っていた骸骨が生きててアフロ…は、は正しい。悪魔の実か、少しきになるような、ならないような。名前は相変わらずブルックの食べた食事がどこへ消えたのかを真剣に考えつつ、彼の話に耳を傾ける。
数十年前、この海域にたどり着いたブルック達は運悪く恐ろしく強い同業者と遭遇してしまい、戦闘で仲間たちは死に、ブルックも同じく死んでしまったようだ。しかし彼はヨミヨミの実を食べていた人間…彼は生き返ったまではよかったが、その時既に体は白骨化。この海域で自分の身体を探すのはさぞ大変だっただろう…などと考えつつも彼女の頭の片隅には、先ほど食べた食事がどこへ消えたのか…そんなことばかりを考えていたせいで、ブルックの話をろくに聞いていなかった。
「お前なんで―――鏡に映らねぇんだ!?」
彼がゴーストでも悪霊でもないことが分かったが、ひとつ問題が発生した。ナミが提示した鏡にブルックの姿は映らず、おまけに影もなかった。その一言で一味には緊張が走る―――が、名前は相変わらず彼のあばら骨あたりを熱心に見つめている。
「―――…すべてを一気に語るには、わたしがこの海を漂ったのはあまりにも長い年月―――」
複雑な事情があるのだろう…。何しろ仲間を失っているのだから…。しかし、気になることはひとつ。
「わたしが骸骨であることと、影がない事とは全く別のお話なのです…」
彼の口から語られる衝撃的な事実が――――!?
と、思いきや。
「―――続く」
「話せ!今!!」
本当にサンジは大変だなと思う。彼のツッコミを聞きながら名前は視線を上げ、ブルックの顔を見つめた。
「影は数年前、ある男に奪われました」
「奪われた?」
「影を?」
「お前が動いてしゃべっている以上何も驚かねぇが…」
影を奪われるという事は、光ある世界では暮らせない―――太陽の光を浴びると、影を抜かれた人間は消滅してしまうらしい。予想では、相手は悪魔の実の能力者なのだろう。
「―――お前の人生散々じゃねぇか」
「それでもコツコツ生きてきました、骨だけにコツコツ―――死んで骨だけ、ブルックです!どうぞよろしく!」
「なんでそんなに明るいんだよ」
本当にそう思う。彼は絶望の中にいるというのに、こんなにも明るい。これは見習うべきなのではないだろうか。待っているのが絶望だったとしても、明るく、楽しく過ごす―――ああ、駄目だ、自分にはできそうにない。あばら骨が欲しいなんて浅はかな考え、とても失礼なことだったと名前は改めて感じ、真剣な眼差しでブルックを見つめる。
「ブルック…服、仕立ててあげようか?」
「え?いいんですか?」
「うん、任せて、なんだかぼろぼろみたいだし、黒い布なら余りがあるから少し待っててね」
黒い布の在庫を確認しに、フランキーが造ってくれた“衣装部屋”に足を運ぶ。名前が服を作るからと、材料をたくさん置ける棚と広い作業机を設置してくれたフランキーの優しさを感じれずにはいられない一部屋だ。
「ブルックにはどういう服をプレゼントしようかな…紳士って言ってたし…とりあえず今の服に似たようなのを作ってあげようかな」
きっと、死んでしまった仲間たちとの思い出溢れる服だろうから。そういえば似たようなボタンがあったような…と引き出しを漁っているとき、突如誰かの悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「―――わああ!?」
すると、どういう訳だか突如船が大きく揺れだした。慌てて甲板に出ると、ルフィたちも同じで外の様子を見に来ていた。わかったのは、この船はあの樽を拾った時点で狙われていて、敵の罠にはまってしまったという事。
「これは海を彷徨うゴーストアイランド…“スリラーバーク”」
「…うわ…」
不気味な霧に包まれたそこは、スリラーバークという島…なのだろうか。念のため杖を構えあたりを見回す。
―――何にもないといいけど。しかしその願いも空しく、一味はここで激闘を繰り返すこととなる。