03 ロングボトムの仕立て屋/W7

アクアラグナが近づいてきているのかも。海風を感じながらテッドは思う。そしてポケットに入っている電伝虫を取り出し、ある人物へ連絡を取る。

「……えぇ、そうですか、わかりました、では彼女はあそこへ…えぇ、嵐が落ち着いたら来てくださいよ、では」

目を閉じた電伝虫をポケットへ再びしまうと、小さくため息を漏らし、ある方角を見つめた。

「はぁ、まったく…あの人も人使いが荒いんだから」

…やさしそうに見えて実は悪魔…なんて話はよくあること。船大工の時とは違う表情でテッドは呟く。

「―――こんなところで独り言とは、“暇”な奴はうらやましいな」
「―――ちょっとブルーノさん、暇とかやめてよ、全然暇じゃないんだよ僕?」

とある店の店主…ブルーノとテッドの組み合わせはとても珍しい。が、誰も彼らを気にするものは居なかった…なにしろ、彼らはここにうまく“溶け込んで”いる。どちらもとある任務遂行のため身分を隠し、ここに潜入した―――政府関係者。周りの人間がそれに気が付くはずもなく、平和な時が流れていく。嵐の前の静けさに似たそれを感じ取れる人間はここにはいない。

「…麦わらの一味が、ここにきたってあの人が言ってた」
「ならば、あの女がいるということか」
「せいぜい頑張ってね」
「少しは手伝え、後輩だろうが」
「え~?!僕は別の仕事中なのに…やめてくださいよ、管轄も違うんだから」

面倒でしょ?ね?と笑うとテッドはブルーノに思いっきりどつかれた。

「…時々お前にむかつくことがある」
「それは失礼いたしました…じゃ、“またね”ブルーノ」
「…あぁ、“またな”」

あの人からの命令で、テッドはここに潜入している。“彼ら”との目的は異なる…が予定が変わってしまったので一緒に向かう事となるだろう。さて、どうやって連れていくか…麦わらの一味を利用させてもらうとしようか。テッドは一人、その顔に似合わない不敵な笑みを浮かべた。

ああどうしてそんなことに!!奥様もしかして体重が!お黙り!!!
そんな会話がとある建物から聞こえてきた。ああやっぱり、あのマダムは暴飲暴食を止められなかったか…名前は仕事道具の詰まったトランクを片手に、足早へその屋敷へと向かう。

「マダム…まだ時間は間に合います、ドレスのサイズを直しましょう」
「できるのそんなこと!!」
「えぇ、ロングボトムの仕立て屋に不可能はありません」

直してすぐにお持ちします。そういい、ドレスを受け取るとマダムが追加料金をはずんでくれた。この金額に似合うよう仕立て直さなければ。午後からはサン・ファルドに向かう必要があったので、これをあと2時間で終わらせる必要がある。店に戻り、侵入防止魔法が作動したことを確認すると名前は杖を一振りし、道具で散らばった部屋を一瞬で片づける。そして、踊るように糸と針を浮かばせ、ドレスを広げる。今や懐かしい故郷の唄を歌いながらドレスを仕立て直す。サイズは…3サイズ上げれば問題ないだろう。一応調整を利かせられるようにはしているので、これで問題無いはず。作業が終わったのはそれから1時間後で、マダムにも無事ドレスを届けることが出来た。ロシナンテが入っている籠をカートに乗せ走っていると海パン姿の男に呼び止められる。

「うわ、びっくりした…相変わらずそのファッションなのね…」
「何変態だと?照れるだろやめれ」
「みじんもほめてないわ…」

彼の名は、フランキー。色々とあって自分の肉体を改造してサイボーグにしてしまった奇才だ。何故生きているのか不思議でならないが、この世界にも不思議な事はいくつもある…彼はそれを改めて教えてくれた一人でもあった。ちなみに、彼の派手なシャツは今やほとんど名前が仕立てている。

「カーニバルに向かうの?」
「おう、ちっと入用でなぁ…いいもんが手に入ったから、アレをついに買おうと思って」
「アレ?もしかしてあの木の事?」
「おうよ!だが誰にもいうなよ!特にアイスバーグには!」
「ふふ、わかったわ」

彼はかつて、この海列車の開発に携わったことがある。だから船も作れて当然…しかしいろんな事故があり、今は船を作っていない。作っているのは変態伝説ばかり。アイスバーグ曰く、昔から危なっかしいものばかりを作っていたらしいが、まさか自らが危なっかしい存在になろうとは。

「ついでにカーニバルに参加しようと思ってな」

これに着替えようと思ってな、と見せたのは名前が先週仕立ててあげたカーニバル用の衣装だった。

「はあびっくりした…さすがにカーニバルと言えどもその格好じゃ…」
「変態だと?そんなに褒めるなよ」
「…だからほめてないってば…」

そのトランク持ってやると、とさりげなく男気を見せてくれたフランキーに甘えつつも名前たちは海列車に乗車した。予報だと近々アクアラグナがやってくるから海が引き潮気味になっている。カーニバルの日を避けてくれたのは不幸中の幸いだろう。

海列車に揺られること2時間、ようやく目的の場所にたどり着いた名前たちはそれぞれの場所へ向かっていった。そして、夜も更けた頃カーニバルの一日目が幕を閉じた。カーニバルが開催される日は、連続して3日間行われる。しかし今回アクアラグナが近づているのもあり、もしかしたら2日間までしか開催されないかもしれない。ここを直撃するわけではないが、全移動手段が使えなくなるためカーニバルどころではなくなるというのが現実。

「ふう、疲れた…やっと眠れる…」

衣装のお直しで夜中まで働きづくめだった名前に、やっと休める時間が訪れた。美味しそうにチキンを頬張るロシナンテを横目に、ゆったりとしたソファに身を沈める。すると、あっという間に眠りについてしまった。

「―――逃げろ!逃げるんだ!名前!」

誰かの声が聞こえてくる。一体、誰の声?目が覚めると、見知らぬ女がそこにいた。それにとても息苦しい。ギャーギャーと叫び声をあげるロシナンテをよく見れば、籠が地面に横たわり、近くの窓ガラスも割れていた。

「…貴女は一体」
「―――あなたに恨みはない、けれども…ごめんなさいね」

と、次の瞬間。名前は意識を失った。

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