04 ロングボトムの仕立て屋/エニエスロビー

「む……痛い…頭すんごい痛い…」

目が覚めた時、そこは海列車の中だった。しかし、座席の仕様からして一般車両ではなさそうだ。よく海列車に乗るのでよくわかる。あたりをきょろきょろしていると、布をぐるぐるにまかれたロシナンテが見つかり顔が青ざめていくのがわかる。慌てて駆け寄ると彼の羽が動き、彼がまだ生きていることが分かった。

「―――はぁ、びっくりした…よかったロシナンテ…あんたが無事で…」

布をほどいてやると、ガタガタと体を震わせながらぴたりと名前にくっついてくる。怖かったよね、もう大丈夫。安心させると次第に震えは無くなったが間違いなく彼にトラウマを植え付けたに違いない。

「許せないわ…一体誰だったのかしら」

恨みはない、と言っていたけれども…なぜ。と、その時あることに気が付いた。

「―――トランクが無い!」

あれのなかには、たくさん仕事道具が詰め込まれている。全財産はあの中…あれが無いと、大変困ったことになる。車両の中を探し回るが見つかるはずもなく――――なぜならば、既にトランクは彼らによって押収されていたからだ。

「ロングボトム…ようやく目覚めたか。おとなしくしていろ」
「えっ、ちょっとまって…みんなスーツなんか着こんでどうしたの?それにルッチがしゃべってる…」

隣の車両に移動すると、船大工の二人がスーツを着込んだ姿で座っていた。さらに秘書のカリファ、おまけにブルーノ、テッドまでいるのだから何が何だかわからない。先ほどからギャーギャーと名前を守るようにして威嚇し続けるロシナンテの様子からして、この人たちからはとても嫌な予感を感じた。

「貴女は…あの時の!」
「…」

奥の席に、見覚えのある女性が座っていた。彼女は静かにこちらを見て、なんとも言えぬ表情で視線を足元に戻した。

「―――一体、どういう事」
「君は、麦わらの一味に命を狙われていた」
「―――は?」

麦わらの一味…と言えば、先日ウォーターセブンにやってきた海賊たちの事だ。噂話では耳にしている。なんでも、最近強い海賊の一人を倒して一億の賞金首になったとかなんとか…。基本海賊に興味のない名前は、名前までは憶えていなかったが不思議と彼らの名前だけは憶えていた。

「麦わらのルフィに命を狙われる…なんてこと、原因が無いわ」
「わしらも知らんが…そういう話が耳に入ったのでな、だから“保護”した」
「なにその捨て猫みたいな言い方…」

まぁいいわ、とりあえず、あなたたち、私に近づかないで。そういうとルッチの目の色が変わる。

「ちょっと考え事したいの、ロシナンテがケガしてないか確認したいし」
「…下手な事はしないほうがいいよ、名前さん」

それに、今は“魔法”も使えないはずだから。そう笑いながら言うテッドに、名前は背筋か凍るような寒気を感じた。そういえば、何故杖がないのか―――そもそも、“魔法”の存在をこの男に知られていたとは。

「あなたたちは――――何者」
「我らはCP9…訳あってウォーターセブンに潜入していた、そして、お前はとある人物から“保護”するよう命じられている」

淡々と語るルッチを前に、名前は頭をフル回転させた。どうやってこの場から逃れるべきか。杖とトランクを押収されてしまった今、大した抵抗もできない。こちらにはロシナンテもいる…いくら何でも分が悪すぎる。

「はいはい、ちなみに“保護”するように命じられているのは僕ね」
「…テッド、やっぱりあなた、一般人じゃなかったのね」
「ありゃ、気が付いてた?」

魔法っていうやつなのかな?そう笑うテッドに名前は汗をにじませる。一体どこまで知っているのだろうか、この男は。

「―――そんなに警戒しなくても大丈夫、僕の上司の事はあまり語れないけれども、君を“保護”するように言われているだけ…ずっと君を探しているようだったから」
「―――その人は、私の知っている人なの?」
「もちろん、君と同じ…魔法を使う者…そう言えば、おとなしくついてきてくれるかな?」

その言葉に、一瞬息が詰まる。まさか、そんな。自分のほかにここの世界に来てしまった人がいたとは。それに、自分を探していた…とはどういう事だろうか。一瞬気が緩んでしまったが、嫌な予感が払拭できない今、警戒を怠るわけにはいかない。常に警戒すべし…あの人も確かそう言っていたような気がする。

「おとなしくしていれば、危害は加えないよ…これは本当。それにしても、名前さん、あなたは何者なんだい?随分とあの人に大切にされているようだったから…」
「…しゃべりすぎではないか、テッド」
「そうでしたね先輩、僕の悪い癖だ」

あはは、とおちゃらけたように笑う彼に名前は警戒の色をにじませながらも、ロシナンテを抱きしめながら席に着く。

「―――そういえば、どうしてあのフクロウも連れてきたの」
「あぁ、“ロシナンテ”でしょ?それもわからない、僕の上司…秘密主義だから…まぁ僕の上司の存在がそもそも秘密っていうか―――」
「テッド」
「あーはいはい、わかってるってば、もう黙るよ、だから人殺しの目で僕を睨まないで」

気になる言葉を耳にしたような気がする。彼の上司は…CP9の人なのだろうか。CP9と言えば政府の暗躍機関…そう噂を耳にしたことがある。だが、何故今になって姿を現したのか。これは奥にいる彼女と何やら深い関係がありそうだ。ちらりと視線を向けると、相変わらずうつむいて表情がよくわからなかったが、なんとなく悲しそうな横顔だな、と感じた。

それから暫く列車に揺られていると、突如彼らに緊張が走るのが分かった。麦わらの一味がこの列車を追いかけ、さらには何人かが紛れ込んでいるとの話を耳にした。電伝虫で部下らしき人物から連絡を受けたルッチたちは、船大工の時からは想像もつかない程恐ろしい殺気を滲ませ、残虐な瞳で笑った。

「こっちが、本当に顔ってわけね…」

そのつぶやきが聞こえてしまったのか、ちくりと刺すような視線を感じ慌ててそっぽを向く。が、既に遅く…顎を持ち上げられ、冷たい目で見降ろされる。

「杖が無ければ、所詮はただの人間…せいぜいおとなしくしていろよ、“魔女”」
「…」

そうか、彼らは知らないのか。無言呪文を。すべて扱えるわけではないが、少しは扱える。つまり―――彼の“上司”とやらも、魔法のすべてを明かしているわけではない、という事。なんだか臭いわね。

「ちょっとルッチ、彼女に手荒な真似はしちゃだめだって、僕の上司はともかく、“あの人たち”に怒られちゃったらたまったものじゃないよ」
「―――あぁ、わかっている」

つきとばされるようにして座席に肩をぶつけると、ギーギーとロシナンテが威嚇の声を発する。

「…ありがとう、ロシナンテ」
「ギーギーギー!」

さて、どうしたものか。
ここにフランキーと長鼻の男が加わり、カオスなメンツとなった。
麦わらの一味が車両で暴れたまではよかったが、結局彼らを引き離し、海列車は目的地にたどり着いてしまった。まぶしい光の中、整列した数多の海兵を横目に名前は荷物のように運ばれた。

「もう暴れないでよ名前さん…」
「んぐううううーーーー!!!」

ロシナンテはかというと、無理やり籠に入れられ不機嫌そうに鳴いている。幸いなことに、この人たちは“ロシナンテ”も“保護対象”らしいので手荒な真似はしなかった。まぁ、ここに連れられてきた時点でかなり手荒な真似はされているのだが…。

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