昼食が終わり席を立とうとしたとき、突然一年生らしき少年にハリーは呼び止められる。
「ハリー、やぁ…ぼ、ぼくコリン・クリービーです、グリフィンドールの一年生です」
まぁ、ネクタイの色を見ればわかるけどね。
突然やってきた少年にハリーは驚きつつもにこやかに返事を返す。
「あの……もし、構わなかったら、写真を撮ってもいいですか?」
コリンの手にはマグルのカメラが抱えられている。
「写真?」
「ぼく、あなたに会った事を証明したいんです、ぼく、あなたのことはなんでも知っています、みんなに聞きました、例のあの人があなたを殺そうとしたのに、生き残ったとか、あの人が消えてしまったとか、今でもあなたの額に稲妻の傷跡があるとか――――――」
彼は熱心にハリーの情報を述べる。まるで好きな人に告白しているみたいだ。名前はそんなコリンに呆然とするハリーの横顔を見て思わず噴き出してしまった。
「あ、あとあなたの事も知っています、名前・カザハヤですよね?これも友達から聞いた話なんですが、家族が日本の魔法省で一番偉い人だって……ニンジャとサムライの血を引いているとも聞きました、あの、よければあなたも一緒に写真に入ってくれませんか?」
これはとんだ誤算だ、まさか勝手に忍者と侍の血が混ざっていることになっていたとは。おまけに写真に入れとせがまれるとは。名前はごめん、と小さく断ろうとしたが純粋な眼差しに耐えかねてOKをしてしまった。するとどこからともなくマルフォイがそれを聞きつけ、ハリーと名前に嫌みを言い放つ。
「おやポッター、写真撮影会かい?それにカザハヤ、君はサインを配るつもりなのかい?流石は王子様、格が違うね」
「黙れマルフォイ」
ハリーが冷たく言い放つ。それでもお構いなしにマルフォイは次から次へと嫌みを2人に投げつける。全く、嫌みのボキャブラリーの数といったら。彼は間違いなくここ一年で嫌みのボキャブラリーがさぞ増えた事だろう。名前とハリーの事に関しては特に。
ロンが2人をかばうようにして言い返すと、ロンにもとばっちりが来た。
「おいカザハヤ、ウィーズリーは君のサインが欲しいようだよ、そうだね、カザハヤのサインがあれば君の父親も喜ぶだろうなぁ、なんたって日本の魔法省のトップ、カザハヤの子供なんだからね。それを大臣に見せたら運がよければ昇進させてくれるかもねぇ」
「おやおや、誰がサインを配っているのかね?」
このタイミングで現れるロックハート。ハリーは顔をしかめるが、名前は何となく助かった気がした。これ以上家の事を言われるのは我慢ならないからだ。一応血は繋がっているが、半分は何処の誰かも知らない人物の血だ。彼らは男の子供がいなかったために、仕方なく自分を使っているだけ。ロックハートはハリーにしか興味が無いようで名前はハリーを犠牲にしながらその場を後にした。後でハリーに文句を言われてしまったが、必要な犠牲もある。
その日、防衛術の授業は散々だった。勉強という勉強は一切なく、初めに出されたミニテストはどれもロックハート自身についての問題だった。一応読破している名前はこの世で最もどうでもいい知識が詰まっている一部の脳から記憶をたどり、正確に答えを書いた。同じくハーマイオニーも名前同様、本の内容は暗記していたので答えはばっちりだ。
問題用紙を回収し、彼は早速生徒たちの回答をチェックしながら自身の自慢話をし始めた。回収した順番はハーマイオニーの方が前にあるので、ロックハートは完璧な答えの彼女に10点を与えた。そして、しばらく辿ると名前の解答用紙にたどり着き、まさかの人物が満点をとりあたりは騒然となった。
「おや、君は……えっと、Mr.カザハヤ?素晴らしいね、君は私の事をよくわかっているようだ、グリフィンドールにもう10点あげよう!」
なんて楽な授業だろう。簡単に点を稼げるではないか。1つでも楽な授業があったほうが名前にとっては嬉しかった。故に、ロックハートの授業はホグワーツの中で最も退屈な授業ではあったが、最も楽な授業でもあった。
「あー、カザハヤ!君の家族は確か日本の魔法省のトップだったね!君に私の本を読んでもらえるなんて光栄だね、ご家族も愛読してくれているのだろう?」
「いえ、外国の事に関しては無関心なので。先生の本は好きですよ、暇つぶしに持ってこいなので」
嫌みを言ったつもりだったのだが、ここで彼の超ポジティブ加減が発揮される。『先生の本は好きですよ』の所だけ受けとり、勝手に家族も愛読している、という事になってしまった。まったく、良い性格しているよな。この人くらい前向きに生きていたら、悲しい事なんて何一つないんだろうな。名前は少し彼を尊敬した。
その日はロックハートがピクシー妖精をぶちまけて終わったが、その処理は勿論生徒に投げ捨てだ。ハーマイオニーがいなければその場はどうなっていただろうか。名前はこれからはあの授業の時は別の事をしよう、と心に決めた。
土曜日になり、ハリーはクィディッチの練習をすべく少し早めに朝食を終えグラウンドへ向かった。ロンとハーマイオニー、そしてハリーが戦う姿とただ純粋にクィディッチに興味があるのかコリンは3人の後を追う。名前はネビルがどうしても苦手とする魔法薬学の面倒をみることになっているので、3人を見送りゆっくりと朝食を済ませた。
「ごめんよ…クィディッチ見たかったよね」
「練習だし別にいいよ、それよりも、どこが分からないの?」
「うん……どこって言われると困るんだけど、あえて言えば全部かなぁ」
「……うーん、困ったなぁ」
「ごめんね」
「いいよ、でも、これは必要な事だからなぁ、これ以上、魔法薬学の授業で鍋の中身を被りたくないだろう?」
「うん、そうなんだよ…今年こそはって思って、そしたら名前にたどり着いたんだ、ハーマイオニーは女の子だから頼みにくいし、名前ならって思って」
確かに女の子に教えてもらうのは少し気が引けるかもしれない。名前はこの日、ネビルの面倒をみるためにロックハートに教室を貸してもらったのだ。途中下らない話が続いたがなんとか去ってくれたのでよかった。流石に本場の教室は貸してもらえないだろうから。
「で……ミミズの切り方なんだけど、斜めに切った方が中身が漏れにくくていいよ」
「斜めに…?うん、そうだね……すごいなぁ、どうして分かったんだい?」
そりゃ、家でやってるからね。名前は口には出さなかったが、夏休みの地獄のような日々を思い起こし、1人ため息を吐く。
「ご、ごめんぼく、自分でもわかってるんだ、自分が馬鹿だってこと」
「いや、ネビルに対してため息を吐いた訳じゃないよ、夏の事を思い出していたのさ」
「……何かあったの?」
ネビルにもまだこの事を話していなかったっけと思いだし、名前はハーマイオニーにも話した祖父の話、閉心術の猛特訓などを伝えた。
「すごいなぁ…ってことは、君はもう閉心術が使えるってことかい?」
「そうだよ……おばあさまの開心術はそれはもう辛かったよ、多分あの時までの出来事は全部見られちゃったな……」
「はは……あ、ごめん笑っちゃって……でも、君には同情するよ」
「ありがとう」
「驚いたなぁ、ばあちゃんやスネイプ先生よりも怖い人がいるなんて」
「はは……」
思わず渇いた笑みをこぼす名前。ネビルの個人授業は昼前に終わり、2人は昼食を取るべく広間へ向かった。が、そこには機嫌の悪そうなハリーとロン、そして少し落ち込んでいるようにも見えるハーマイオニーの姿が目に入る。そう言えば3人はグランドにいて、帰ってくるには少し早すぎる気もしないこともない。
「個人授業はどうだった、ネビル」
「あ、うん、名前の教え方は分かりやすくて助かったよ、多分次の授業ではヘマしないよ」
「そう、よかったわね」
声色が全然明るくないんだが、一体何があったんだろう。名前は恐る恐る2人に聞いてみた。すると、グラウンドがスリザリン生に占拠されたことや、ドラコがあの日言いそうになった言葉をついに言ってしまったことなど教えてもらった。言い方は違えど、日本の魔法族も純血なのでマグル生まれの者に対する差別用語は存在する。言いまわしは違うが、意味は同じだ。そう言えば一番親しい親戚である彩も時々それを言うような。身近にそういう人物がいるので、名前は3人の話を聞いてとても居た堪れない気持ちになった。確かに差別はよくない、が、一応血の繋がった家族があのマルフォイと同族なのだから名前の心境は複雑だ。
「マルフォイのやつ……次こそはなめくじ食らわせてやる……」
「ロン、君の杖新しく買い変えたらどうだい」
「君みたいにうちはお金持ちじゃないからね……」
「……な、なんかごめん……」
別に悪気があって言った訳ではない。不機嫌のロンはそう受け取ってしまったようだ。不機嫌な人にどうこう言い訳したところで事態は悪化するだけなので、名前はしばらく黙っていることにした。
その日の夜、ハリーとロンは例の罰則を受けるために各自指定の場所へ向かっていく。名前は静かな部屋の中で1人勉強を続けた。魔法史の真ん中足りまでノートをまとめ上げた時、突然全身に鳥肌が立った。今までこんな事、一度もなかったと言うのになんだろう、この胸騒ぎは。
「……なぁネビル、窓、開いていたりする?」
「うん?閉じてあるよ…どうして?」
「ううん、何でもない……」
ぞわりと何かが横切ったような気がしたが、きっと気のせいだろう。
「寒いのかい?」
「……うん、少し」
「熱があるんじゃないか?」
「いいや…それはないと思うんだけど……でも、少し疲れたのかも、ハリー達には悪いけど、先に寝るね」
「うん、君は日ごろ無理しすぎだから休日くらいはゆっくりしなくちゃ」
そんな飼い主を心配そうに小太郎は見上げる。
「……じゃ、お前も寝ようか」
「ワン」
改めて、この部屋に犬アレルギーの人がいなくて良かったと思う。名前は珍しくこの日は小太郎を抱いて眠ることにした。ベッドで1人眠るのがなんとなく心細かったから、というのは此処だけの話。流石にこれは恥ずかしくてネビルにも言えないだろう。
祖母宛ての手紙を書いているネビルに小さくおやすみ、と言うと名前はあっという間に眠りにつく。翌朝もなんだか体調がすぐれず、マダムポンフリーに診てもらったが何も異変が無かったので追い返されてしまった。
身体の異変はその日から続き、ある日突然日本にいた時のように瞳が黄色になってしまった。友人たちにはどうしたの、と心配されマルフォイにはお洒落かい、と馬鹿にされる始末。10月のハロウィンになっても色は元に戻らず、そのまま日本に帰国した。
カザハヤではこの日、曾爺さんの法事も兼ねてカザハヤの血族が集う。名前は早速祖母に瞳のことについて聞いたが、何か思い当たる節が無ければ対処法は無いと言われてしまった。
「あら、素敵な色をしているじゃない、そうそう後で思いだしたんだけど、お母さんに聞いたら私も同じ色になった事があるそうなの」
フランスから帰ってきた彩がフランスのお菓子を食べながら言う。
「あぁ……おばあさまが言ってたよ、でも、これカザハヤの血がそうさせているんだろう?」
「魔力が一定量に達するとそうなるのよ、また黄色くなったってことは魔力がどんどん伸びてる証じゃないかしら?私は3回くらいで止まっちゃったけど……ふふ、もう一回くらいならないかしら」
「そうだったんだ……じゃぁ、魔力が伸びる度にこうなるの?」
「えぇ、お母さんはそう言ってたわ」
彩の母親は名前の母の実姉に当たるので、それを知っていて当然だ。母や彩の母も同じ経験をしたに違いない。
「何か魔力が高まるようなアイテムを使ったの?」
「へ?」
「アイテムっていうより、きっかけね……自分に似た魔力の波長をもった何かを感じると、魔力が高まるらしいの。もしかしたらホグワーツに、名前に似た魔力の波長をもった人物がいるんじゃないかしら。だからずっとその色なのよ」
「へぇ……でも、“匂い”を消したって言うのに、まだ黄色なのはおかしくないか?」
「そうねぇ、それは……多分、その人物が相当魔力が高いのよ、それはもう異常なくらいに」
なんたって遠いこの地にいる時ですら瞳は黄色いままなのだから、と続ける彩になんとなく納得してしまった。一体何者なんだろう、突然現れた強い魔力の持ち主というのは。
「……へぇ、流石彩姉さん、詳しいなぁ」
「ふふ、まぁね。でも羨ましいなぁ、私がなったときはもっと小さい時だったから魔力の伸びがそこまでなのよね」
「大きい時になればなるほど魔力は伸びるの?」
「そうよ、だから今頃私もそうなってくれればぐんと伸びるんじゃないかしら……名前が羨ましいわぁ」
「……でも不便だよ、マルフォイに余計にちょっかい出されるようになったし」
「あら、あの時いた男の子ね、あの子、悪い感じはしなかったけど名前は嫌いなの?」
彩はそんなに悪い事を言われていないし、そもそも関わっていないので悪い印象は抱いていないのだろう。名前はマルフォイがふっかけてきた嫌みの数々を彩に伝える。すると何故か彩は腹を抱えて笑いだす。
「……何がおかしいんだよ」
「ふふふ……まだ分からないの?マルフォイ家は確かに名家よ、ブラック家と血が繋がっているぐらいだもの……」
ブラック家と言えば、イギリスでかなり有名な純血の魔法族の家系だ。今はその生き残りがアズカバンにいるらしいが、例のあの人に加担した一族としても名を馳せている。
「でもね、名前、あなたには敵わないのよ、だからそれは負け犬の遠吠えってやつね」
「負け犬の遠吠え…?どうして?」
「ふふふ、あなたももっと大きくなれば分かるわ、イギリスと日本じゃ、魔法族の文化が全く違うのはホグワーツに通っているんだから分かっているでしょう?日本ぐらいだものね、血統を管理しているのは」
ハーマイオニーは血統管理反対派のようだけれども。
「いくらマルフォイ家といえども、イギリスでは一番じゃないでしょう?」
「……うん」
「カザハヤは、日本で一番なのよ、分かる?この意味」
「……あぁ、そういうことか」
「っそ、だから気にしない方がいいわ、そうね、いっそ同情してあげたら?」
そこまでは考えた事が無かった。やっぱり、彩はとんでもない人だ、と改めて感じた。名前は彩からフランスのお土産であるお菓子を貰い食感を楽しむ。
「まだまだ子供ね…」
「あたりまえだろ、まだ12歳だよ」
少しむっときがた、彩よりは子供なのは確かだ。女の子とは不思議で、同い年だというのに自分よりも大人に感じてしまう。現にハーマイオニーは自分よりもいくつも年上に見えてしまう。見た目と言う事ではなく、内面的な意味で、だ。
「名前は変わらなさそうね、何があっても」
「は?どういう意味だよ……」
「ううん何でもない」
何故お菓子を食べている自分を見て、そんなにほほ笑むんだろうか。別に面白いことなんかしているつもりはないのに。甘い物は好きだったので彩が持ってきたお土産はあっという間に平らげてしまった。