目覚めた時にはすべてが終わっていた。
名前は見慣れたベッドで横になっていた。ここは、ホグワーツにいたとき頻繁に使用していたベッドだ。
「全てが終った、か・・・これこそが、現実なんだな・・・・父上たちは二度と戻らない・・・・・」
だが、自分は未来を得たではないか。大きな悲しみを抱き、名前は朝日に向かって立ち上がった。
魔法などによって倒された多くの者たちの中で、ハリーとヴォルデモートは対峙していた。
ニワトコの杖の真の所有者はハリーだ。閃光のさなか、杖は真の所有者のもとに帰り、ヴォルデモートは目をカッと見開いて最後を遂げた。
「・・・ハリー、お前は、ほんとうによくやったよ」
霊体のクライヴがハリーに微笑みかけていた。
「・・・クライヴ、この先は、君の仕事だ・・・・」
「ああ、わかっているさ。キリクからありったけの力を貰ったから・・・今後、こいつがこの世にあらわれることはないだろう、術は完成した。トム・リドル は、今、消滅した。そして、この俺も、キリクの魂も、レーガン家の呪いも、すべて消滅した。もう二度とお前には会えないだろう、だが、俺たちはいつでも、 お前らを見守っている」
クライヴは小さく微笑むと、ハリーの頭をなでた。もちろん、実体はないのだが。
ハリーはこぼれおちる涙を拭うことなく、クライヴを抱きしめ返した。
「ありがとう・・・あなたが、ドビーを救ってくれたことも、僕を助けてくれていたことも・・・・ありがとう・・・・」
「はは、礼には及ばないさ。じゃあな、名前によろしくな!」
いつものように笑ってかえすクライヴから、ハリーは最後まで目を離さまいと思った。
クライヴがヴォルデモートに向かって手を差し伸べる。すると、体からヴォルデモートの最後の魂であろうものがひゅるひゅると立ち上り、姿を成した。
その姿は学生時代のもので、記憶のリドルとは違い、とても安らかな表情をしていた。
「迎えに来たぞ、トム」
「・・・クライヴ・・・やっぱり、君だったんだね・・・僕は、僕の中でずっと君を探し続けていたんだ・・・」
「ヴォルデモートと対峙した時から、まだお前が残っていることを知っていたさ。もういいんだ、全部終わったんだ。先にあっちでキリクが待ってる・・・お前の、愛したキリクが」
「・・・あぁっ・・・・ようやく、あの子に、会えるんだね・・・」
トムとクライヴは笑い会う。そしてヴォルデモートの亡骸と共に消えていった。
クライヴがやるべき最後の仕事は今、終わったのだ。彼は自分の魂と引き換えに親友のトム・リドルを闇から救ったのだ。
「ハリー、俺がこれからしようとしていることは、絶対に秘密だぞ」
「・・・うん」
「俺は、この杖の最終兵器を使う。その最終兵器ってのは、杖の所持者の魂を体から分離させるってことなんだが、一度分離すれば二度と現世に戻ることはできない」
「・・・そんな・・・!」
「ただ分離するだけじゃないさ、分離してしばらくは現世で自由に動くことができる。そして、一人の魂を道ずれにすることができるんだ」
「・・・道ずれ・・・もしかして、あなたはトム・リドルの魂を・・・」
「あぁ、その通りだ。流石はハリーだな!ハリーがあいつを倒しただけじゃ、あいつの魂は消滅しないんだ。あいつのことだから、地縛霊にでもなって出てくる んじゃないか?それに、何者かをたぶらかして自分を復活させようとするかもしれない・・・そういうことが起きないようにするための、言わば保険のようなも のだ」
「・・・クライヴ、あなたはどうしてそこまでして・・・」
親友、いや、あいつが俺にとってかけがえのない家族だからさ。
クライヴはあの時、笑いながら言っていた。クライヴがどれ程トムを想っていたか、ハリーは胸を痛めた。
クライヴは自分の命と引き換えに、この魔法界に平和をもたらしてくれたのだ。
クライヴ達が消えたであろうその場所に、ハリーは跪き、祈った。
周りの者たちもまた、消えたクライヴの事を想った。
その後の魔法界は大きく変わった。
まず、国中で服従の呪文にかかっていた者が我にかえったことと、死喰い人が逃亡したり捕まったりしたことだ。それに、新しい魔法省の暫定大臣にキングズリー・シャックルボルトが任命された。
ホグワーツのベッドで、今だに眠り続ける名前はまるでいままで眠っていなかった分を取り戻しているかのようにも見えた。
名前が目覚めたのはあれから二日後だった。大広間にあった亡骸は別の場所へ運ばれてしまったようで、リーマスたちを見ることはできなかった。だが、森でかれらと会えたのでよしとしよう。
まだ周りの者が寝静まっているのか、ホグワーツはとても静かだった。
本当に、平和がやってきたのだ。だが、失いたくない人たちを大勢失ってしまった。この傷が癒せる日はくるだろうか。
ぽっかりとあいてしまった心の穴を、これからどうしよう。禁じられた森で一人、名前はうなだれていた。
父上、母上・・・・僕はこれからどうすればいいのでしょうか。
小鳥たちの囀りが心地よい。どうか、このままずっと眠っていたい。そうすれば、悲しみに胸を傷めることもないだろう。
「ハリー・・・」
「なんだい?」
聞こえるはずのない声が聞こえてきて名前は飛びのいた。確かに、ハリーは死んでしまったはずだ。だが、どういう訳だが、目の前にハリーがいる。
「ははは、名前はそのあとどうなったか知らなかったよね・・・話すよ、何もかもを」
その後起こった出来事をすべて話してくれた。何よりも驚いたことは、クライヴが自分の魂を犠牲にしてまでも親友を救ったことだ。だから、僕には何も話してくれなかったのだ、止められると思ったから。
「そう・・・か・・・・クライヴが・・・・・・」
「君によろしく、だってさ」
「そんな・・・そんな別れ方、ありかよ・・・」
何度目かの涙が零れ落ちた。
「レーガン家の呪いも、トム・リドルも、自分も全て消滅したって。だから、今度こそ、君は魔法薬学の教授にならなくちゃね!」
「・・・あぁっ・・・そうだったな・・・・・リーマスに・・・言われてたな・・・・っ」
別れの言葉さえも言えなかった。ありがとう、と言うこともできなかった。ハリーの話によれば、クライヴの体とヴォルデモートの体は消滅してしまったようで、ここにはもう無いようだ。
せめて亡骸の前でも、とおもったが・・・・。
「名前、またこうして君と話ができるなんて嬉しいよ」
「あぁ・・・僕も、嬉しい・・・・」
「そうそう、名前にうれしいお知らせがあるよ。マルフォイ一家は無事みたいだよ」
「・・・・本当、か・・・・!」
「ああ。君が眠っているあいだ、マルフォイ家が来たんだ。僕らに、本当にすまなかったと言いに来たんだ。勿論、そう簡単には許すことはできないけれども、だけれども、君をみて嗚咽を漏らすかれらに、流石に何も言えなかったよ」
「・・・そう、だったのか・・・・・無事だったのか・・・・」
心の中に、何か温かいものがひろがってゆく。そうだ、親友は生きているではないか。何を悲しむというのだろうか。
父上たちの死を無駄にしてはならない。僕は、かれらと魔法界をより善くするために、進んでいこう。
「・・・ハリー、僕は、お前が友であることを誇りに思う」
「友なんてやめてよ、僕たち、親友だろう」
「・・・あぁ・・・!」
暖かな時間がすぎてゆく。きっと、時が心の傷をいやしてくれるだろう・・・。
名前とハリーは、城に戻っていった。
そして、月日はあっという間に流れた。
名前は今、新学期に向けての準備に追われていた。まず、今年行うであろうカリキュラムの整理を行った。教師になってみないと分からないことは多々ある。今さらながら父親の苦労が身に染みる。
今夜も眠れないだろう・・・名前は目を擦り、コーヒーを啜った。
思えば、ハリー達に手紙の返事をしていなかったな。いきぬきに返事でも書くとしようか・・・
まずは、ポッター家の長男、ジェームズが魔法薬学で毎回事件を起こすこと、レポートをさぼること、悪戯をしかけてくるとこ、書きたい事は山々とあった。
父親の血というよりかは、祖父の血が色濃く引き継がれているかのようにも感じられる。自分の娘によくちょっかいを出してくるようだが、彼女は常に煩わしそうにしていたな。
名前もガブリエルと結婚し、二人の家族が新たにできた。娘のアリスは今年2年生で、自分の持つ寮であるスリザリンだ。息子のクライヴはアリスの一つ下で、今年から通うことになる。彼はどこの寮になるやら。
クライヴは母親に似たのか、少し不器用でそそっかしい面があった。アリスはドライな性格で、大体のことに無頓着だった。そのせいもあって、母親の外見を色濃く引いた彼女はスリザリンの女帝とも裏で言われているようだ。
悲しいやら何やら・・・だが、彼らがすくすくと育ってくれていてうれしく思うのも事実。
ドラコも結婚をし、スコーピウスという一人息子ができた。そうだ、ドラコに新学期が始まる前に家に遊びにこいといわれていたのだった。
だが、ドラコの家よりもさきにハリーの家に行かなければならないだろう。何故ならば、去年の8月から家に遊びに来いと言われていたからだ。
名前は校長室に向かい、必要な書類を提出した。校長であるマクゴナガルは外出中でいなかったが、歴代校長の肖像画達は名前がやってきたのを見て色々と話しかけてきた。
「名前、お前副校長候補らしいじゃないか」
「やったな若造!」
「・・・そう、なんですか・・・」
知らない間に話は進んでいたようだ。確かに、少し前にその話が出ていたが、あれはハグリッドの冗談だと思っていた。
「スラグホーン教授が副校長じゃないんですか?」
「何、わしも君に副校長になってもらいたいんじゃ、数々の困難と知識を蓄えた君ならば、できるじゃろう」
今度はダンブルドアが言う。
「副校長になったら、家族と会う時間も減ってしまうではないですか・・・」
「なあに、それは君がホグワーツに勤めることになったときから覚悟をしていたはずじゃ、違うな?」
「・・・そう、ですけれども」
「平気じゃ、魔法界は平和で、君らはいつでも家族と会える。君の娘のアリスは君の頭脳を引き継いでおるのか、魔法薬学が得意と聞くがのう」
「ええ、確かに成績はいいですが・・・なんだか、自分の採点が甘いのかもしれません」
「フォッフォッフォ、君の父のセブルスも教授をやっていたときはよく言っておったわい」
なんだか懐かしい話だ。父上が教授をやっていた頃、魔法薬学に関してはとても厳しかったのをよく覚えている。今になって、何故あそこまで厳しくしていたのかがよくわかる。自分の子には親は誰だって厳しくなるものだ。
「君の母君とハリーの母君がホグワーツで通った君たちを楽しみにしていたように、君も自分の子供たちが友の子供たちと通うのを嬉しく思うじゃろう」
本当にそう思う。親にならなければ、親の気持ちなんてわからないものだ。親になり、子どもから多くのものを学んだ。じぶんは、これからも家族を守っていきたい。家族の絆とは、これほどまでに偉大なことなのだ。
「それにしても最近はちと、疲れ気味じゃな、名前」
「・・・はい、新学期の準備におわれてまして・・・それに、まだレポートが山積みなんです」
ダンブルドアはフォッフォッフォと笑った。
「それもよくセブルスが口にしておった言葉じゃ、名前、君はセブルスと瓜二つじゃな。授業の手厳しさはセブルス程ではないようじゃがの」
「寮で贔屓したりするのはあまり好ましく思っていないので・・・」
父上はよくスリザリンを贔屓していた。いまとなっては懐かしい思い出だが・・・
「あとの準備は他の教師に頼もう。君はしばらく休暇を取ったほうがよいじゃろうて」
ダンブルドアは生前のときと変わらぬ笑みを浮かべ、名前にしばしの有給休暇をあたえた。
休暇を得た名前は、これから訪れるであろう家のためにダイアゴン横丁で手土産を探していた。
「名前!久しぶりだな!」
その声は、と思い振り返ると息子とダイアゴン横町で買い物をしているドラコがいた。
「久しぶりだな・・・」
「お久しぶりです、スネイプ教授」
彼のむすこのスコーピウスは名前が寮監であるスリザリン生だ。アリスの幼馴染でもあった。
「ホグワーツの外ならば、教授呼びしなくてもいいといっただろう」
「・・・はい、名前!」
「いい子だ。そうだ、今年僕の息子がホグワーツに入学するんだ。よろしくやってくれ」
「はい!クライヴと会えるのを楽しみにしています!」
スコーピウスは母親に似たのか、とても素直な子だ。名前はスコーピウスの頭を優しく撫でると、ドラコに視線を戻した。
「君、日々仕事におわれて大変そうだな。左腕が無いから何かと不便だろう、なにかあれば駆けつけるよ」
「ありがとう、ドラコ。だからって、贔屓なんかしないからな」
「わかってるさ、君のことは親友であるわたしがよく知っているさ」
昔と変わらぬ笑みを浮かべるドラコに、名前も笑い返した。
「それにしても髪、伸びたな・・・切らないのか?」
「あぁ、これか・・・ガブリエルが切るな、と煩いんだ。なぜだか分からないんだけどな」
今、名前は長い髪を後ろにひとつで束ねていた。
「それはきっと、彼女と髪型がお揃いだからじゃないかな?彼女、ペアルックを君にいつも着させたがるじゃないか」
「ははは・・・そうかもしれないな」
おかげで家には妻とのペアルックがしまいきれないほどあった。彼女は薬草を販売している店を経営しているので、魔法薬学の授業で使うような材料はすべてそこで補充することができる。クライヴはよく店を経営するガブリエルの手伝いをしていた。
そのおかげもあって、薬草学の心配はなさそうだ。だが、それ以外の科目は心配で仕方ならなかった。とくに飛行術だ。あのこは天才的にほうきに乗ることが下手だった。もしかしたら、これは自分の血を引いているからかもしれない。
今度家に遊びに行く、と約束をし名前は買い物を再開させた。そうだ、以前ジニーがオトメノナミダが欲しいと言っていたな・・・たしか、あれは滅多に入荷されないものだから、妻の店にいくしかないだろう。
ダイアゴン横丁の中でもひと際賑やかな店、ジョージのみせを通り越したところにその店はあった。店内を歩いていると、同僚と遭遇することができた。
「ネビル、お前も買い足しか?」
「あぁ・・・名前か、驚かせないでよ」
「おいおい、それじゃ生徒たちに毎回驚かされてるみたいじゃないか」
「その通りさ・・・はぁ」
ネビル・ロングボトムは薬草学の教授をしていて、名前の友でもある。一週間に一度は彼の口から様々な愚痴が聞かされている。
「名前のほうこそ、毎回大変だね・・・」
「いや、熱心な生徒が多くて喜ばしいよ」
寮の贔屓もなく、レベルの高い魔法薬学の授業をしてくれている名前は保護者達にはもっぱらの大評判だった。生徒たちはもちろん、名前の授業をいつも真剣に聞いてくれていたし、熱心な生徒が最近では多いのか、授業が終わったあとでもひっきりなしに生徒が私室を訪れる。就寝時間ぎりぎりまで粘る生徒がいるくらいだ。
「でも、未来に繋がるしごとができて、ほこりに思うよ。何よりも、薬を完成させて喜ぶ生徒の姿が嬉しいんだ」
「ははは・・・そうだね。じゃ、新学期もよろしくね、スネイプ教授」
「あぁ、ロングボトム教授」
ネビルがホグワーツへ戻っていくのを見送ると、店のおくから息子のクライヴが現われた。さらさらとした黒髪を揺らしながら、名前に飛びついた。
「こらこら、店のものが落ちるだろう」
「お父様!おひさしぶりです!」
「あぁ・・・悪いな、いつも家をあけてて」
この子もまた、自分と同じ寂しさを味わっているのだろう。名前は優しく息子を抱きしめ返した。
「まぁ、名前!」
こんどはガブリエルが名前にとびつく。そして、名前に熱烈なキスをした。それを見てクライヴは頬を赤らめ、手で顔を覆った。
「ガブリエル・・・・店の中だぞ」
「だって、寂しかったんですもの」
今や流暢な英語を話す彼女は、外国人だと到底思わないだろう。
「寂しい思いをさせて、すまないな」
名前もまた、ガブリエルにキスをかえした。息子の溜息がきこえてくる。