71 それこそが、真実/死の秘宝

場面が変わり、セブルスはブラック家の屋敷で、リリーの古い手紙をみつけた。
その中にはアリスからの手紙もあり、ふたりはお腹の子供の話や、ダンブルドアが疑わしいなどというやりとりをしていた。
それを読むセブルスの鼻先からは、ぽたぽたと涙がしたたりおちていた。

”親愛なるリリーへ”

この間は手紙をありがとう、わたしたちは今や逆の立場だというのに、未だにあなたはわたしのことを想ってくれているのね。
この間、わたしたちにも子供ができたの。男の子だったら名前、女の子だったらリリーって付ける予定なのよ。
リリーの子供は確か男の子だったわよね?名前はもう決めた?
セブルスが今、何をしているかわたしには分からないけれども、あのひと、なかなかかえってこないのよ。
前はなした通り、わたしにはもう時間がないから、できる限りセブルスと一緒にいたかったのだけれども・・・
でも、これって我儘よね。あの人は、わたしの為に死喰い人の道をえらんだのだから。
だから、わたしは彼をできる限り支えてあげるつもり・・・どうか、怒らないでね、リリー。
それと、リリー、お願いだからわたしより先に死ぬなんてことにならないでね。あたりにはよくない噂を耳にするわ。

手紙はそこで千切れていた。このあとどんな文章が続いたかなんて想像もできなかった。
その手紙を抱きしめ、セブルスは小さくアリス、と名を呟いた。

その手紙の傍に、リリーの手紙であろうものが落ちていた。
リリーの手紙の傍には学生時代とったであろう、リリーとアリスの写真があった。写真はこちらに笑いかけ、楽しそうにおしゃべりをしている。

二度と会えない人が、セブルスに向かって笑いかけているのだ。写真をにぎりしめ、セブルスはちいさく嗚咽を漏らした。写真とリリーとアリスの手紙を大切そうにローブの奥にしまう。
それからしばらく、名前はまともに記憶を見ることができなかった。現実に戻ってきたとき、セブルスが再び校長室にやってくるのではないか、そんな錯覚までした。だが、あの人はもう帰っては来ない。

とうとう真実が明らかにされた。ハリーはこれから、死ななければならないのだ。名前にはその苦しみがどんなものかよくわかっていた。だから、死に怯えるハリーの肩をそっと抱き、静かにつぶやいた。

「・・・さきほど記憶でみた通りだ。だが、キリクを蘇らせるために必要だった男を失い、あの人は今度こそ僕を殺しにかかるだろう。僕の中にも、レーガン家の血が色濃く流れている。母上が死期を感じていたのと同じく、僕も自分の死が近いことを知っている」

「名前は・・・怖く、ないの・・・」

絞り出すように言うハリーは震えながら自分の心臓をつかんでいた。

「怖いさ・・・怖くて、今だって頭がどうにかなりそうだ。だが、これは逃れられることのない宿命・・・せめて、僕は僕であるときに死ねることを誇りに思う」

「・・・強いな、名前は」

なんだか、勇気がわいてきた。ハリーは今や自分よりもガリガリにやせ細った友の肩を抱き返し、決意の目で名前をみつめた。

「僕、決めたよ・・・あいつと、立ち向かう、それで・・・」

「・・・僕も一緒だ、怖くはないさ。だが、気がかりがあるんだ・・・」

「気がかり?」

「その・・・マルフォイ家だ。ハリーは嫌いだろうが、僕はかれらのことを大切に思っている。だから、彼らに僕の逃亡の罪がなすり付けられていなければいいな・・・と思っているんだ・・・・・」

「名前・・・きっと、平気だよ、あの人たちだってドラコを大切に思っていない筈なんか無い。」

「ありがとう、ハリー」

そしてふたりは終焉に向かって歩みだした。今まで死を恐れていたが、自然と今は何の感情も抱いてはいなかった。不思議に脈打つ心臓が、前に進ませてくれているかのようにも感じられる。

「名前・・・その、前はごめんよ・・・君に、前に進まなくちゃならない、なんて無責任なことをいってしまって・・・・」

「いいんだ・・・でも、嬉しかった。ありがとう、ハリー」

ふたりはこれから訪れる死を微塵も感じさせないような笑みを浮かべた。

「でも、君の母親と僕の母さんが親友同士だったなんて、初めて知ったよ」

「僕もだ・・・父上と母上は、自分たちの過去を語りたがらなかったから」

今になって、その理由がよくわかる。
ふたりは透明マントを被って順々に下の階に下り、最後に大理石の階段を下りて玄関ホールに向かった。ハリーはネビルに蛇を殺してくれ、と頼んだ。
禁じられた森に来た二人はマントをぬぎ、気配を探りながら慎重に進んだ。ハリーがポケットからスニッチをとりだし、中を割った。すると中には不思議な模様の石がでてきた。
すると、信じられないことにゴーストとも違う、日記の中にいたリドルの記憶に似たような、そんな気配を持ったあの人たちが現れたのだ。
確かに、もう死んでしまったひとたちだ。ハリーは何をしたというのだろうか。

ジェームズとリリー、シリウスとリーマスがそこにはいた。
何だか全員若い姿のままで、久々に来たホグワーツを懐かしんでいるような目をしていた。

「あなたはとても勇敢だったわ」

リリーの優しそうな声に、ハリーは声をだすことができなかった。

「おまえはもうほとんどをやりとげた!」

ジェームズがこえをあげる。

「もうすぐだ・・・父さんたちは、鼻がたかいよ」

「死ぬことは眠りに落ちるより素早く、簡単だ」

「それに、あいつは素早くすませたいだろうな。あいつは終わらせたいのだ」

シリウスとリーマスは言う。

「僕、あなたたちに死んでほしくなかった」

ハリーは辛そうに、許して、と呟く。男の子が生まれたばかりなのに・・・とリーマスをみつめながら

「わたしも悲しい、息子を知ることができないのは残念だ・・・しかし、あの子はわたしが死んだ理由をしって、きっとわかってくれるだろう。私は、息子がより幸せに暮らせるような世の中を、作ろうとしたのだとね」

名前もまた、リーマスの死を悲しんだ。そして、彼の願いを叶えてやれないことを、酷く悲しく思う。

「わたしは君に謝らなければならない・・・名前、君に無責任な事をいってしまって悪かった・・・君が、その、厄介な呪いに掛かっているとは知らず・・・」

「・・・いいんだ、気にするな。僕も、友を失って悲しいと思う。だが、もっと悲しいのは、ほかの人たちも同じ苦しみを味わう、ということだ。だから、僕らは進む、前へ」 もう、恐れないと決めたのだから。杖もろくにふれないけれども、何か手伝えるはずだ。 「一緒にいてくれる?」

「最後の最後まで」

ジェームズが言う。

「あの連中には、みんなの姿は見えないの?」

「俺たちは君の一部なんだ」

シリウスは実体のない手で名前の肩をたたいた。

実体が無い筈なのに、そこはとても温かかった。
そのとき、背筋が凍るような声を耳にした。まさか、そんなこと、ありえない・・・・

「・・・やぁ、名前・スネイプ、やっと見つけたよ・・・クライヴはどうやらしくじったようだね、あの方法じゃオリオンは殺せても、この僕は殺せないよ」

ジェームズ達と同じく、実体はないのだろうが、確かにそれはそこにいた。
ハリー達にもその姿は見えているようで、ハリーがさっと杖を持ち上げた音がする。

「・・・名前、こいつのことを僕は知っているぞ、あいつの傍にいつもいた奴だ・・」

ハリーはヴォルデモートの中からさまざまなものを見ていたので、知っていて当然だった。それに、ハリーはあいつがいかに残忍な男であるかを知っている。

「名前をこんなにしたのも、僕を騙して神秘部へ呼ぶ提案をしたのも、お前だな!!!」

「ハハハハハ!神秘部のことに関しては、僕はあの人の背中をちょっと押したにすぎないんだよ。でも、確かに彼の命を削ったのは僕だよ、僕が憎いかい?ハリー・ポッター」

怒りに杖先が震える。失神呪文を放つが、オリオンの体に吸収されて消えた。

「ハリー、もはやこいつは実体をもっていない、魔法は効かない・・・!負の感情で魔法を放てば放つほど、あいつの思うつぼなんだ!」

そう、それは印がされてしばしば起こった現象だ。
苛立てば苛立つほどあいつはちからをましていった。今になってそれがこの男が原因だったということがよく分かる。クライヴは僕とオリオンは繋がりあっていると言ってたが、恐らくこういう意味だろう。

「クライヴの知恵かい?それは。たしかにその通りだよ、名前・スネイプと僕とは深いつながりがある。その繋がりゆえに名前・スネイプが負の感情を抱けば抱くほど僕の力はましていった。そして、僕の力が増すということは、その分呪いの進行が早まるという訳さ!あのときクライヴにはためらいがあった、本当の弟である彼を殺すことに、ね。」

苛立つ感情をどう抑えようというのか。名前は目の前に立っている男を強く睨みつけた。

「術は完成しているんだ。あとは、時間しだいさ・・・もう、遅いんだよ、名前・スネイプ、どうあがいたとしても、君は君でなくなる。これは宿命だったのさ!」

不気味な笑い声をあげるオリオンの前に、ジェームズたちはハリーたちを守るかのようにして立ちはだかった。

「おやおや、亡霊に助けてもらうつもりなのかい?」

「てめぇだな・・・アルベルトを殺したのは!」

怒りに震えながらシリウスが言い放つ。その言葉にオリオンは高らかに笑ってかえす。

「そうだよ、僕が彼に提案したのさ。そして、彼は彼に伝えたのさ、僕の提案を」

あの時、たしかにクライヴの弟のオリオンはしんだ。だが、【オリオン】のほうは消滅させることができなかったようだ。
クライヴはいま別件で忙しい、ならば、自分がこれを解決するしかないだろう。名前はジェームズたちの前にやってきて、男を静かに見た。

母を蘇らせたいがために、何故こうも魂がボロボロになるまで躍起になっているのだ。たとえ術が完成していようとも、死んだ人間が完璧に蘇るはずがない。名前はなんとなく、そう思った。
きっとこの術は失敗に終わるだろう。ならば、何故彼はこうも・・・
そして答にたどり着いた。そう、母ローズを、愛しているからだ。愛ゆえに、彼は狂ってしまったのだ。誰のせいでもなく、己によって彼の人生は狂わされてしまったのだ。

胸の中には憎しみとは別の感情がふつふつと湧き上がっていた。気がつけば名前は涙を流していた。

「ハハハ、怖いのかい?」

「・・・違う・・・お前が、可哀そうだと思ったんだ・・・・」

「僕を、僕をそんな目で、みるな!」

そんな名前をみて、オリオンは一歩後ろへさがった。

「寂しかったんだよな・・・・母親が、いなくて・・・・」

「・・・・うるさい!これ以上話したら、お前を今すぐ消してやるぞ!」

彼にもはやそんな力が残っているとは思えなかった。今や実体のないかれは、ゴーストも同然だった。
その姿を、ハリー達はただ黙って見守る。

「悲しかったんだよな・・・・母親が、亡くなって・・・・憎かったんだよな、父親が母親を悲しませて・・・」

「う・・・うる、さいっ」

「僕も母を失った。そして父も。だから、孤独がどんなに辛いものか、分かるんだ」

まるで、自分ではない誰かが勝手に口を開かせているかのように言葉が零れる。今、僕を動かしているのは何だというのだ。

「・・・・愛しい、我が子、オリオン、もうこれ以上、悲しまなくても、いいのよ」

突然体からふわりと何かが飛び出した。名前はその直後、意識を手放したかのように倒れた。
目覚めた時には、オリオンの姿も消えていた。ハリーが名前を抱きかかえているところだった。

「・・・名前!」

「・・・・リー・・・」

「よかった・・・・君、もう死ななくても、いいみたいだよ・・・・」

「・・・・どういう、事だ」

「さっき、君がたおれた直後、君の体から女性が飛び出してきたんだ。あの男が、母上って言っていたから・・・多分、君らが言うローズって人じゃないかと思うんだ・・・」

名前は先ほど起こった出来事を全て説明してもらった。
体から姿を現わしたローズは、そのままオリオンの元へ行ったらしい。そして、二人とも光に包まれて消えていったのだ。消える間際に呪いはもう解けました、そう言い残していったそうだ。

視力もたしかに戻ったようなきがする。前よりもはっきりとハリー達の表情がわかる。それに、声も聞こえてこない・・・

「・・・名前、僕は君には生きていてほしいんだ、君が僕に与えてくれた勇気は、今後魔法界を大きくかえるだろう」

「・・・僕も、ハリーと共にいく・・・!お前ひとりが背負うことないんだ!」

「ごめんよ、こんな手は使いたくなかったんだけれども・・・」

突然、赤い閃光が名前を貫いた。最後に悲しく笑うジェームズ達が目に入った。ああ、どうしてこうも無力なのだ。結局、僕はハリーの手助けにもならなかった。呪いが解けて、まるで自分だけが幸せを味わっているようで・・・
ハリー、僕は君に、幸せになってもらいたかったんだ・・・・だが、君は死へ向かおうと言うんだね・・・・