先生、どうしてディメンターは僕ばかり狙うんですか？
そう質問を投げかけてきたのは、退院してすっかり元気を取り戻したハリーだ。リーマスに用事があって防衛術の教室の隣にある彼の私室を訪れると、そこにはハリーがいた。
あいつらがそばに来ると、ヴォルデモートが僕の母さんを殺したときの声が聞こえるんです。ハリーのその言葉に、リーマスはしばらく沈黙してしまった。クィディッチの試合でディメンターがハリーを襲ってからそんなに時間が経っていないのもあったが、その時の恐怖がまだ払拭できていないのだろう。優しく彼を慰めてあげたいところだが、どう伝えればいいのか。事情を知っているからこそ、リーマスは言葉を詰まらせてしまった。
と、そのタイミングで名前が現れる。

「ああ、ごめん、また後で伺うね」
「あ、名前先生、この間はありがとうございました」
「やあハリー、五体満足で何よりだよ」
「あの時、先生がディメンターと戦ってくれたんですよね？」
「戦う？そうだね、そんなところかな……」

魔法は別に何も使っていない。ただ、普段眠らせている力を目覚めさせ、彼らを”威嚇”しただけだ。空気を読んで部屋を出ていこうとしたが、リーマスから椅子を差し出され、とりあえずこの場に留まることとなった。

「どうしてあいつらは試合に来なければならなかったんですか？」
「飢えてきたんだ、ダンブルドアがやつらを校内に入れなかったので、餌食にする人間という獲物が枯渇してしまった。クィディッチ競技場に集まる大観衆という魅力に、抗しきれなかったのだろう。あの大興奮、感情の高まり、奴らにとってはご馳走だ」

やはり、ディメンターをホグワーツの周りに配備するなど、馬鹿げている。こんな事をしたところで、囚人が捕まるとでも思っているのだろうか。まぁ、わかってはいたことだが、生徒への配慮が足りなさすぎる。所詮“お役所仕事”というやつだ。

「アズカバンってひどいところなんですか？」
「アズカバンは海の彼方の孤島に立つ要塞だ……囚人を閉じ込めておくには、周囲が海でなくとも、壁でなくともいい。一欠片の楽しさも感じることができず、みんな自分の心の中に閉じ込められているのだから。数週間も入っていれば、ほとんど皆気が狂う」

アズカバンは、ディメンターの天敵である名前には、絶対に立ち寄らない……というより、いろんな被害が出そうなので、立ち寄ることができない場所だろう。

「でも、シリウス・ブラックはあいつらの手を逃れました」
「確かに……ブラックはやつらと戦う方法を見つけたに違いない、そんなことができるとは思いもしなかった」

長期間、ディメンターと一緒にいたら普通の魔法使いならば力を抜き取られてしまうはずだからだ。何らかの方法で、ディメンターに対抗したか……それとも、単に彼の意思がとても強かったのか……方法は何にせよ、少なくとも、そのおかげでこの１年間はハリーの周りでディメンターが居なくなることはないだろう。

「先生たちはあいつを追い払いました、その方法、教えてくださいませんか？」

ハリーの言葉に、うーんと小さく唸り声を上げるリーマス。確かに、防衛の方法がないわけではない。名前が行っている方法は絶対にハリーではできないだろうが、あの方法ならば、可能だろう。そう、それはパトローナスだ。しかし、あの呪文は難易度が高い。二人の血を引くハリーならばそれですら会得してしまいそうだが、今は満月も近く、時期が悪い。防衛術は、防衛術の教師であるリーマスからきちんとしたやり方で学ぶべきだったし、今の名前はまだまだリハビリ期間で、魔法をほとんど使う事ができない。
ひとまず、今は時期が悪いと説明し、来学期になったら教えることを約束し、少し大きくなったハリーの背を見送った。きっと、奴らから守る術を学べると知って、安心したのだろう。

「タイミングが悪かったよね、ごめん」
「いいや、先生が来てくれてよかった、ちょうど、お話したいことがあったので」
「それはよかった、私もどうしてもリーマスに相談したいことがあったんだ」

鍵をかけ、防音呪文をかけるとリーマスは紅茶を淹れてくれた。

「ありがとうリーマス……さて、私から話してもいいかな？」
「えぇ、もちろん」

シリウス・ブラックのことで、少し気になることがあったんだが……。その名を出すと、リーマスの体がこわばるのを感じた。

「単刀直入に言って、私は彼は濡れ衣を着せられていると思うんだ」
「……なぜ、マグルを１２人も殺し、ピーターを……」
「よく、考えてみたんだが……ピーターが当時“指だけを残して姿を消した”と言うことになっている。魔法に巻き込まれて死んだ、と。もし、それが逃亡のためのカモフラージュだったとしたら？」

“誰か”から、逃れるために。
ピーターの亡骸は指以外見つかっておらず、魔法で蒸発したとも考えられるがトムだけは異なる考えを述べてくれた。

「……当時、その件については色々と話題になっていたけれども、裁判で結局、シリウス・ブラックはアズカバンに連行された」
「そう、証拠がなかったからだ……何しろあの場にいたのはシリウスしかいなかったから……だけど、もし、ピーターが生きていて、彼がマグルを殺したのだとしたら？」
「……それは」

トムとも、この件は色々と話し合ってみた。魂の元を辿れば彼に行き着くのだから、トムが言うことはとても信憑性があった。証拠が一つでも揃えばシリウスは無罪だとみている。彼曰く、敵の中で一番気弱な人物を狙うそうだ。そこから崩して行けば、自分の流れに持っていきやすいのだとか。

「ずっと気になっていたことがあったんだ……秘密の守人についてさ……もし、秘密の守人が、シリウスではなく、彼だったとしたら？」

シリウスがなるものだと一部の騎士団員は知らされていた。しかし、それが実はフェイクで、意外な人物を守人になっていたとしたら？ピーターが漏らしたことをシリウスが知り、彼を捕まえに向かって、あの結末になったとは考えられないだろうか。
敵の目を欺くために、守人をピーターに変えた。結果、ポッター夫妻の情報がピーターによってヴォルデモート卿に伝わり、彼らの暮らしていた家は襲撃された。その後、真の犯人を知っていたシリウスが、ピーターを追いかけ、そして彼を取り逃してしまう。それによって現在、シリウスの潔白を証明することは難しくなってしまったというわけだ。

「……そんなことが」
「有り得そうだろう？」
「言われれば、たしかに……シリウスは死喰い人からよく狙われていたから……しかし、なぜそんな答えにたどり着いたんですか？」
「アルバスから預かっているものがあってね、それからヒントを得たんだ……アルバスも納得してくれたよ」

彼は、シリウスに殺されたと見せかけて、自身は指一本だけを現場に残して姿を消した。姿くらましなどではない、別の手段で。彼のアニメ―ガスはネズミで、ネズミならば狭い排水溝から逃げることもできるだろう。指一本残したのは計算なのかもしれない。魔法によって肉体が消滅したと思わせるために。

「アルバスにもこの件は相談してみたんだ、相談してみて、お互いにこの線は有り得そうだな、と見ているんだが……リーマス、君はどう思う？」
「一つわからないことが……なぜ、濡れ衣を着せられたのに、わざわざアズカバンを脱獄してハリーを狙ったのか」

以前、グリフィンドール寮にシリウスが忍び込んできたことを言っているのだろう。

「ハリーではない、別の何かを狙っていたとしたら」
「別の何か……？」
「彼は何かを見たのかもしれない……ピーターが生きているという証拠を」

そのピーターがホグワーツに今、いるとしたら？
それを追って、シリウスがホグワーツにやってきたとしたら？
その言葉に、リーマスがヒュッと喉から音を漏らす。

「私の古い知人で、もう亡くなってしまったが、その人から聞いたことがあるんだ、アズカバンには、日刊預言者新聞が届けられている、と」

アズカバンに収容されている罪人たちも、日刊預言者新聞を読むことは許されている。それがあったとしても、どうすることもできないからだ。シリウスはピーターと思わしき人物が新聞に掲載されているのを発見して、復習を果たすためにホグワーツに乗り込んできたのではないだろうか。
色々と話し合った結果、名前はその答えにようやくたどり着いた。

つまり、シリウスの無罪を証明するためには、今彼が追いかけているであろう“ネズミ”を見つけ出し、捕らえることが重要となる。その前に、あの黒い犬……シリウスをどうにかして、再び見つけ出し、彼から真実を語って貰わなければ。
その日から、ダンブルドアとリーマスの３人と秘密裏で“シリウス救助作戦”が決行されることとなった。