42 それこそが、真実/炎のゴブレッド

ドサリと地面に落ちた。ここは一体どこだろうか――――――
何やらじめじめとしていて――――それでいて空気が妙に寒かった

景色もなんだかぼやけていて見えない。おかしいと思い、目元に触れてみると普段かけている眼鏡がなかった。きっと眼鏡は倒れた時にでも落としてしまったのだろう。
道理で見えないわけだ――――…
それに今は薬を飲んでいてこの左目は使い物にならない、となるとこの危険な暗闇で名前の視覚はゼロに等しい。何故こんなにも今日は恵まれていないのだろうか…

ふらふらと歩いているとぼんやりとだが、複数の人が見えた。

「――――名前?!何で君………ここにっ?!」

「…ハリーか?すまない、眼鏡を落としてしまったようでな……何も見えないんだ」

ハリーの声がどこか掠れていた。ここがあまりよろしい状況じゃないことくらいなんとなくわかっていたのに、足はどんどんそちらへとむかってゆく。
背中は嫌な汗でびっしょりだ

「――――…クックック、久しいな名前・スネイプ。貴様のほうから来るとは…手間が省けたわ」

きっとこの流れで行けばヴォルデモート卿一直線だろう…なんとなくそう思っていたがこうも当たってしまうと自分の勘が恐ろしくなってきた
周りに囲むようにしている人たちは死喰い人――――この中にドラコの父上がいないことを願ってしまう

「…ヴォルデモート卿」

「名前!逃げるんだ!」

「…ハリー、僕は逃げない。いや、むしろ逃げられない…とも言うべきだろうか」

これは事実だった。視界が悪い上に、ここまでかろうじてやってきたのだから。
それに―――――これ以上逃げ続けてはだめだ。立ち向かわなければならない…

「ほう、流石俺様が認めただけある……肝が据わっている。貴様の魔力が今まったくもってないことは誠に幸運だ。貴様はすでに俺様の忠実な僕の正体を早いうちから暴いていたのだろう……しかし真実をなかなか受け入れられずにいた――――違うな?」
「……」

全てが当たっていた
閉心術が見破られたとかそういうのではないと思う―――――おそらく、自分の行動なんてこの人にとっては手に取るようにわかるのだろう

「ルシウス、こやつを捕まえておけ」

聞きたくない名前だった…
きっといるだろうと思っていたが、ここにいないと信じたかった。

「―――は、わが君」

いつもと違い、少し震えたようなルシウスの声が聞こえてくる。嗚呼このひとも恐ろしいのだ…ヴォルデモート卿が

向こうではハリーとヴォルデモートが対峙していた。だが視界の悪い名前には何が起こっているのかわからなかった。ただヴォルデモートが地から響いてくるような声でここまでの経緯を話しているのが聞こえてくるだけ

「…」

「―――」

ルシウスに肩をつかまれた状態だが、振り払おうと思えばいくらでも振り払えた。でも何故ここで自分がルシウスの手を振り払わなかったのだろうか…
多分それは大切な人を失うのが恐ろしかったから。いくら死喰い人のルシウスでもドラコのたった一人の父親であり、自分も今まで幾度となく世話になった。この家族からは本当の家族のような扱いをしてもらっていたし、名前はそんな彼らが大好きだった。

表面には無表情なマスクを被っているように見えるルシウスの、恐怖と葛藤している本当の姿を見捨てることができなかったのだ

「クルーシオ!苦しめ!」

「あぁああああああああああ!!!」

ハリーの断末魔の声が闇夜に響き渡る。ヴォルデモートはクックックと愉しそうに笑っている――――――なんて恐ろしい姿なのだろうか
死喰い人達は心の中から笑っているのか、違う意味で笑っているのか――――
たぶんこれはきっと後者のほうがほとんどのはず。部下にこれを見せつけることによって部下たちに絶対の恐怖を焼き付けさせる。ハリーは死に、部下たちの服従は絶対になるという一石二鳥

なんと計算高い人なのだろうか

「見たか。この小僧がただの一度でも俺様より強かったなどと考えるのはなんと愚かしいことだったか」

自分の家にヴォルデモート卿がやってこなくて本当によかったと思う。ハリーはこんな体験を…目の前で両親を殺されているのだ。

「しかし誰の心にも絶対にまちがいないようにしておきたい。ハリーポッターが我が手を逃れたのは、単なる幸運だったのだ。いま、ここで、おまえたち全員の前でこやつを殺すことで俺様の力を示そう――――」

どうしたらいい、どうしたら大切な人を守れる?!
どうしたらこの場から脱することができる!?どうしたら――――――

ヴォルデモート卿の足元に、誰かがごろりと無造作に倒れているのを見つけた。いや―――――まさか、誰があんなところで寝ているのだ…?
………違う、寝るもそっちの寝るではない――――――――――永遠に眠ってしまったのだ。しかし誰が?

名前の足が急にガクガクと震え始めた。
新学期に入ってからというもの、とある人物を見ていると酷く左目が痛んだ。あの痛みはクィレルの死とマリシア叔母様の死を予期した時の痛みと同じ――――――…

嫌だ 嫌だ 嫌だ

きっと違う、違う、僕の思い過ごしだ―――――…………

そう信じたかった。
「…Mr.マルフォイ………あそこに転がっているのは…」

「――――」

ルシウスは何も語らなかった。むしろその沈黙がすべてを物語っているかのようで…

―――――――セドリック…

また、誰かを守れなかった。
痛みが酷いからといって、己に甘え、あの薬を飲んだ事に酷く後悔した。なんて自分は――――馬鹿だったのだろうか、と

「ハリーポッター、決闘のやり方は学んでいるな?」

ヴォルデモートの低い声が闇夜に響く

「ハリー、互いにお辞儀をするのだ」

ハリーはヴォルデモートに無理やりお辞儀をさせられ、それを死喰い人達は例の如く笑って見ていた。名前にはそんなハリーの様子がよくわからないが、これから起きそうなことはなんとなく予想がついた

「さぁ―――決闘だ」

そのとたん、静まり返った闇夜に再びハリーの悲鳴が響き渡る
名前はハリーの悲鳴をよそに、ずっとどうこの場を脱するかを考えていた。何故こんな状況で冷静にいられるのか自分でもわからなかった。まるで自分が自分じゃないようで―――…

『これから、俺の言う通りに動いてくれればいいから……』

頭の中に誰かの声が入ってきた

―――誰だ、一体誰なんだ…

『自己紹介は後だ。それより、ポッターが服従の呪文に勝ったとき――――それが合図だ。ポッターが奴に何らかの呪文を唱えるだろう――――恐らく武装解除 呪文だ。きっとポッターにはそれぐらいしかできない…リドルはポッターに死の呪文を唱えようとする。そのときに俺は完璧に自由の身となり――――――お前 を守ることができる』

頭の中から心地よい暖かさが広がってくる。何故だろうか……この人物のことを、前から知っているような気がする…

――――一体誰なんだ、何故わかる…

『俺に不可能はないってこと。まぁ今は不可能だらけだけれども……さ!ほら見てろよ……ほらほら、あいつやっぱり服従の呪文に耐えただろ?』

―――…

この男はどこにいるのだろうか。自由の身となっているということは…何らかの形で封じられているということなのだろうか…?

「エクスペリアームス!」

「アバダ ケダブラ!」

この男が言う通り、2人は呪文を唱えた。そのとたん、2人の杖から出てきた金色の糸が繋がりバチバチと火花を散らし始めた

「――――!」

これには死喰い人達も驚いたようで、ヴォルデモートのもとへ行こうとしたがそれをヴォルデモートが止めた。どうしてもハリーを己の手でかけたいようだ

――――こんな時に視界が悪いなんてな…

名前はあの時戻って眼鏡を捜せばよかったと後悔した。何が起きているのかわからないのだ。ただ頭の中で知らない男が実況中継をしてくれているだけで…

『おい、お前はここでこの男におとなしく捕まっているんだ。そうしたほうが都合がいいからな……俺が登場しやすいから。まぁ安心しろって、絶対にお前を助けてやるから――――ほら、ポッターがお前のことを呼んでるが無視しろ!後で行くと!叫ぶんだ――――!』

何故ここまでこの男の言うことが信じられるのかがわからなかったが、名前は今まで出したことがないほど大きな声で、しっかりと叫んだ

「ハリー!先に行け!!!僕は後から行く!!だから安心しろ!!」

「―――――でも!!」

躊躇し、名前のもとへと行こうとしたとたんトロフィーがハリーの手元にやってきて、セドリックと共にこの場から脱することができた

「く―――――俺様としたことが・・・・・・・」

ヴォルデモートの殺気は凄まじいものだった。
死喰い人達が申し訳ございませんと泥を額に付けながら謝罪している姿はなんとも滑稽なものだった。そして一体自分はどうなってしまうのだろうか―――声の男の言う通りにしたのはいいが、一向にここから脱する気配が見られない…もしかしたら幻聴だったのかもしれない。

そう思うと急に自分があほらしくなってきた

『―――よう待たせたな!』

――――お前は…!一体どうやってここから脱するというんだ?

頭の中に再びあの男の声が響いてきた。ヴォルデモート卿はまだ癇癪を抑えきれず、こちらを見ているどころではなかった。実にラッキーだ

『ここから逃げる方法は一つだ……じっとしていろよ………今お前を救い出してくれるヒーローを呼んだからな』

――――?

『怪我しねぇようにな!蹄には毒があるから気をつけろよ……おっと、きたようだ…………』

耳を澄ましてみると、確かに何かが近付いてくるような音が聞こえてきた。死喰い人達やヴォルデモートはそれに気づいていないようだ。死喰い人達はヴォルデモートをなだめるので精一杯らしい

――――グワシ

一瞬の出来事だった。

先ほどまで土の感触があったはずなのだが・・・今は冷たい風が足にゴーゴーと刺さっていた。不思議な事に今自分は宙に浮いているのだ―――――いや、巨大な鳥に腕を掴まれちゅうぶらりんなのだ。
「…こういうことだったのか……」

確かに蹄には毒がありそうだし、こうしているだけでも怪我をしそうだ。
でも事実、あの場から脱出することができたのもあの男とこの巨大な怪鳥のおかげだった。

「よーう!俺の孫!みたいな餓鬼!」

「――――!?」

まさか怪鳥の上に人が乗っているなんて思ってもみなかった。しかもその声は今回救ってくれた男の声。

「……あなたは…」

「俺はクライヴ・S・レーガン!あ、初代当主のほうじゃないから」

「―――――へ!?」

急にレーガン家のクライヴだと名乗った男に戸惑いを隠せない名前。それもそうだ…だってあのクライヴはヴォルデモート卿の手によって殺められているのだから…

「…言っとくけど、俺は生きてるぞ」

「―――あなたがクライヴだという証拠は…」

「しっかりと持ってるぜ、スリザリンのロケットをな。しかもちゃんとレーガン家の印もついてるぜ」

金色に光るロケットがきらりと見えたが、あいにく眼鏡をかけていなかったのでよく見えなかった。

「―――おっと、お前目が悪いんだったな……あと1分くらいとんでりゃホグワーツだ。きっと俺とおまえ…特に俺のほうはアルバスとミネルバにものすごーーーーーっく尋問されるだろうな、ハハハハ」

「…ありがとうございました」

「――――今まで何もしてやれなくて悪かったな。俺、リドルの杖に封印されてたからさ……今度こそお前らを――――守ってみせる」

クライヴの言葉には断固たる決意が現れていた。
きっと光の宿った目でしっかりと前を見据えているに違いない――――眼鏡がなくてどんな表情をしているのか見えないけれども

「…レーガン家のことについて、教えてもらいたいのですが――――」

「―――お前はこれからの学校生活のことだけを考えてればいい、後は俺達がどうにかするから…だから安心しろ」

どこか胸が温かくなるような言葉だった

ホグワーツに着陸したクライヴと名前は、この場にクライヴがいると何かと面倒なのでひとまず別れることにした。長い飛行のせいか足がふらふらする。それ に薬の副作用か耳鳴りが酷くなってきた。今にも倒れそうだったが、どうにか校長室へたどり着くとダンブルドアとセブルスがものすごい形相で話し合っていた

「――――――名前!!」

名前を見つけるや否や、ものすごい速さで駆け寄り息子を抱きしめた。
水が落ちてきた……きっとこれは涙
知らないうちに、自分も安心したのか涙をたくさん流していた

「――――父上、信じてもらえないでしょうが……マッド-アイ・ムーディが犯人でした…――――」

名前は今まで起こった出来事の経緯を2人に話した。それと、クライヴは殺されたのではなく杖に封印されていたこともすべて話した

最初ダンブルドアはびっくりしていたようだが、彼が生きていると教えると満面の笑みで喜んだ。

「――――お前が無事でよかった……またお前を守ってやることができなかった…」

「…父上」

セブルスは己を酷く罵った。また守れなかったのだ―――――唯一の家族を
自分の不甲斐無さが情けなくて、正直名前と顔向けができないほどだ
こうやって力一杯息子を抱きしめてやることしかできない――――なんて無力なのだろう、と

「感動の再会邪魔して悪いけど――――…お前がセブルスか?」

「…そうだが」

「俺がクライヴ・S・レーガン。杖に封印されちまってたから年齢は20歳のまんまなんだ……まぁこれからはお前たちのこと、この俺が守ってやるからな!」

突然現れて信用性にイマイチ欠けるが、その言葉に偽りは何一つ混じってはいなかった。セブルスとダンブルドア、そして後からやってきたマクゴナガルとクライヴの4人で急遽話し合いとなったので、名前はふらふらする体をどうにか持ち上げ、医務室までやってきた。

案の定マダムポンフリーは名前の姿を見るや否や蒼白そうな顔でベッドまで名前を担ぎこんだ。一言話す前に口に薬を押し込まれてしまったので、理由を話す余裕がなかった。気づけば朝になっているという―――――

きっとあれは睡眠薬だったのだろう
ヴォルデモート卿につかまっていたのだから…きっと恐ろしい夢を見るんじゃないかと考慮してくれてのことだった。
不思議なことに、ヴォルデモート卿と出会ったことは怖かったがクライヴがついてくれていたおかげで恐怖に負けずに済んだ
体が完治したらクライヴに礼をしないといけないな、そう思い重たい体を再びベッドに沈ませた。

それから数週間が経ち、体も完治した名前は衝撃的な真実をハリーから聞くこととなった。
「…ムーディが偽物だったのか………カルカロフも失踪…そうか」

「僕も―――信じられなかったよ」

「…それはそうだ、信じろというほうが無理だ」

今ホグワーツではセドリックの死とヴォルデモート卿の復活という恐ろしい惨劇で活気が一切失われていた。彼らの中で一番ショックだったのは、ヴォルデモート卿によって殺されたセドリックのこと…。無論名前もこの事に関してはかなりのショックを受けている
それでも、いくらか平常心でいられるのはクライヴという新しい心の支えができたからだろう

「…ハリー、セドリックの分まで生きよう」

「………」

僕らにはそれしかできないから
死んでいった人たちの分も生きる、それしかできないから―――

「ハリー、僕もヴォルデモート卿の復活を目の当たりにしたことは秘密にしておいてもらえないか?」

「―――え?!」

「…魔法省には僕が精神的に病んでしまい、森で倒れていたと説明してある……」

ハリーはせっかくの真実の証言者を失うのがいやだった。名前がそう言うと必死に何故なんだと聞いてきた

「これから魔法省とダンブルドアは対立することとなるだろう…。僕は魔法省の情報を色々と入手できる立場にいる。この情報は決して役に立たないわけではない。それに、守りたい人はこちら側だけではない――――」

僕は、ドラコや、ドラコの父君、母君も守りたいんだ・・・
きっとこれから、何があるかわからないだろうから。

「…まさか名前、裏切るつもりじゃ――――」

「僕を信じるのなら信じてもらいたい、でも信じないのなら…それでもいい。僕には新たに使命ができた。ハリーにもハリーにしかできない使命がやってくるはずだ………」

「……わかったよ、君を信じるよ―――――」

「ありがとう。僕も、闇の力に負けないよう努力する…だからハリーも」
「―――うん」

僕は不安なんだ―――――ハリーが。
ヴォルデモート卿とつながりの深いハリー。きっとそれをヴォルデモート卿が利用しないはずがない。どうか…闇に負けないでくれ

これは今まで闇の力に耐え続けている名前だからこそ言えることだった

学期末、大広間ではセドリック・ディゴリーに追悼しているところだった。名前がヴォルデモート卿につかまっていたという真実を知る者はわずか。
きっとドラコは家に帰ってすぐさま真実を知らされるだろうが――――…

名前は他の生徒よりも一足早めにホグワーツを後にした。ホグワーツの暖炉からスネイプ邸まで行くと、久々の我が家に安堵をおぼえた
ここまで家が恋しかったことはあっただろうか。

この1年、色々とありすぎた――――…
寿命が10年は縮んでいてもおかしくない。

クライヴはしばらくの間、ダンブルドアの元で世話になるようで(スネイプ邸にはいろんな人が出入りするため)マメに手紙を出してくれるそうだ

「お坊ちゃま!おかえりなさいませ!」

懐かしいスティンギーのキーキー声が聞こえると、なんだか泣きそうになった。嗚呼我が家だ・・・・本当に・・・

「お坊ちゃま、今晩のお食事は何にいたしましょうか」

「―――…そうだな、チキンが食べたい………それとシチューも。」

「承知いたしました!」

久々にお腹の虫が鳴った気がする。
お腹が空いた―――――――

改めて生きていることをかみしめた名前であった。