41 それこそが、真実/炎のゴブレッド

その後もなんとなくぼんやりしてしまい、勉強になかなか集中できなかった。もしかしたらこれは薬の副作用のせいなのかもしれない、自分にそう言い聞かせてやり過ごしていたが流石にそうはいかなくなった。
あの薬だけでは効かなくなってしまったのである―――――つまりもっと強力な魔法薬を飲むということは、己の体に毒素を入れているも同然――――……

急に体の震えが止まらなくなった。

死ヌンダ

嫌だ、怖い。死にたくない――――

最近はそんな風になることが多くなっていた。死が恐ろしいと――――怯えるようになったのは…

明らかに顔色の良くない名前に一番最初に気づいたのはドラコだった。深夜にも関わらず、ドラコは急ぎ足で苦しそうに息をする名前を肩に担ぎながら地下室のドアをたたいた

「……誰かね、今が深夜だと理解してのことか?」

「――――スネイプ教授、名前が…」

「…何?」

扉を開けると、そこには苦しそうなわが子の姿。ドラコに礼をのべると寮へ戻るように言った。すぐさま名前をベッドに横たわらせると熱を測った。

「―――34.5……低すぎる」

名前の余りにも低い体温に驚いた。すぐさま温かくなるようにベッドに魔法をかけてやると、少し顔色が良くなった

「一体、どうしたんだ」

「…父上………」

名前は何も語らなかった。凍えるような手を握ってやると、すこし安心したような表情を浮かばせ、眠りについた。

嗚呼、己はまた息子に何もしてやれない

こんなになるまで気づいてあげられないなんて

何故こうも己は無力なのだろうか

――――どうして大切なこの子を、幸せにさせてあげられないのだ…………
その後、第二の課題が終わっても名前が目覚めることはなかった。
考えられる原因は――――闇の力のせいで、神経衰弱に陥ってるせい。見舞い客は断っていたが、唯一ドラコの見舞いだけは許可していた。

「…早く目覚めないと、僕が君の背を越してしまうよ――――名前」

ドラコが今にも消え入りそうな声で呟いた。
それを聞いているとさらに胸が締め付けられる

第3の課題がもうすぐの時、名前は深い眠りから目を覚ました。かれこれ三ヶ月は眠っていたままだったに違いない。目覚めたとき、体がギシギシと軋んだ

「…父上」

急に広間に現れた名前に周りの生徒たちは驚いた。長らく休んでいた名前・スネイプが久々に現れたのだった

「――――!」

セブルスは一目散に名前のもとへ駆け寄り、どこか悪いところはないかと聞いた。久々に体を動かしたせいで体がまだ軋んで痛いが、それ以外のことは特になかった。
ただ、以前の気だるさが無くなり気持もどこか軽かった

「名前―――!目覚めたんだな……よかった」

ドラコはどこか弱弱しそうな声だ。最後の部分が掠れていてよく聞こえなかった

「―――心配ばかりかけさせてるな、僕は」

「まったくだよ!」

そしてようやく、いつも通りの生活が戻ってきたかにみえた。数占いの授業の時、事は起きた

『さてワームテール、貴様にしっかりと叩きこんだ事を忘れるでないぞ……』

『は……いっ』

威圧感のある男の声が響いてくる。もう一人はガクガクと怯えながら威圧感のある声の男に受け答えしていた。

『俺様の野望のため、ハリー・ポッターと名前・スネイプがどうしても必要なのだ……』

『しっしかし…お言葉ですが何故名前・スネイプが必要なのですか―――ハリーポッターが必要なのはお分かりですが……ッヒィ』

『ワームテール、俺様は過去に失った大切なものを取り戻したい――――だからあやつには人柱になってもらう。どうせ人柱になるのなら、レーガン家の血を引く者がいいに決まっているだろう……』

男の声がどんどん遠ざかってゆく。

今は……数占いの授業ではないのか?何故こんな声が聞こえてくるのだ――――…
それに、きっとあの声はヴォルデモート、ワームテールとはあの時逃げうせたピーターに違いないだろう。

……僕が、人柱に――――

つまり、死ぬということだ。

嫌だ、嫌だ、嫌だ…
名前は死の恐怖に再び戦慄した

「…顔色が良くないぞ名前、やっぱり医務室へ行こう」

ドラコは授業がはじまってからずっとこんな様子の名前を見ていられなかった。どうせなら名前の代わりに自分が苦しんでやりたいくらいだ

どうにか授業を終えた名前はセブルス・スネイプの私室へ強制連行されてしまった。

「…今日は病欠にしておく。ほかの先生にもそれを伝えておくように」

「はい、それでは失礼します」

ドラコが去った後も妙な沈黙が続く。

「父上、ヴォルデモート卿の声が聞こえてきました」

「―――何?」

「もしかしたら頭がおかしくなっているのかもしれませんが……ヴォルデモート卿はハリーポッターと僕が必要だと言っていました。ハリーが必要な理由はわかりませんが……」

セブルスは苦しそうに話す息子の話を止めさせ、しっかりと名前の瞳を見た

「―――最近は色々起こりすぎた。お前は知らないだろうが、急に行方不明になっていたクラウチがホグワーツの森に現れた」

「…それは!」

もちろん、これを知っているのはごくわずかな者だけだ。
名前が知らないのも無理はない。なんせ3か月も眠っていたのだから

「…お前は何も考えなくていい。ただ、一日を過ごしたいように過ごせば――――闇の帝王のことも、レーガン家のことも一切考えなくてもよい。父親である我輩がお前を守ってみせる―――――…だから」

「父上…」

その後、私室を出て行った名前はひとりごちた。

「―――その日を楽しく、か…」

最近は一日を楽しく過ごしていなかったような気がする。今年に入ってから……だろうか

あのマッド-アイ・ムーディの嫌な視線を感じたときから、名前の歯車は狂い始めたのだ。あの男の眼はまるで自分を24時間監視しているようにも見える。あの男は名前に闇の印がついていることも知っていたし、セブルスの過去もしっていた
「―――とりあえず、ハリーに今まで起きた話を聞くか」

人気のない廊下で一人つぶやいた。
その日の夕食時、タイミングを見計らってハリー達と接触することに成功した。

「あら!心配したのよ名前!!本当にもう平気なの!?」

「あぁ…心配かけて申し訳ない。前より随分楽になった……それより、ハリー。今まで起きた出来事を一通り教えてもらえるか?眠っていたのでよくわからないんだ」

「あ…うん、オッケー」

ハリーは小声で今まで起きた出来事を話し始めた。第二の課題のこと、リータ・スキーターがどれだけハーマイオニー達を貶しているのか……ダンブルドアの部屋でみた憂いの篩のこと、そして夢のことも

「…ふむ、そうか。大変だったな」

「他人事だなんて思わないでよね名前。夢って君だって見たんだろう?」

「あぁ……でも何故それを?」

「ダンブルドアが教えてくれたんだ」

「―――そうか。ハリー、お互い今年は気をつけないとな」

「うん、まったくもってそうだよ」

だいたい情報交換も済んだし、名前はスリザリン親衛隊達に気づかれないようしてその場を去った。

それからしばらく経ったあくる日、ドラコが手のひらに向けて一人で何か喋っている光景を目の当たりにした。親友である名前には無論、このゲンゴロウがリータ・スキーターであることを教えてくれたし、リータ・スキーターは名前にまでインタビューをしたいと言ってきたがこれを固く断っておいた。

…ハーマイオニーに教えるべきか?いやしかし、彼女は頭がいい……きっともう答えまでまじかだろう

第三の課題が行われる日の朝、グリフィンドールとハッフルパフの朝食のテーブルは大賑わいだった。ドラコが隣で日刊予言者新聞をニヤニヤと読んでいたので、きっと嫌なことが起きるだろうと思った。面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。

名前は他の生徒よりも早く食事を終え、自室へと戻って行った。

「――――ぐっ」

部屋で本を読みふけっていたせいか、あっという間に日は暮れようとしていた。
そんなとき、薬をしっかりと飲んでいたのにあの痛みが襲ってきた。
今日の左腕と左目の痛みは尋常ではなかった。

「―――いたしかたがない、か」

相当な時以外は飲むことを許されない薬――――
黄色くどろりとした液体の入った瓶を棚から取り出し、ふたをあけると何とも言えない匂いがした

「…仕方がない、これを飲むしか――――」

これを飲むと一切魔法が使えなくなるのが難点なのだが、呪関連の痛みが一切なくなるという絶大な効能があった

一口口に入れただけで、体からどんどん魔力が消えてゆくのがわかった。この薬は一言で言ってしまえば退魔力薬。どんな魔法関連の痛みを一時的になくすこと はできるが、その代りしばらく魔法を使うことができなくなってしまう。使えなくなってしまう期間は飲んだ容量にもよるのだが

「……痛くない」

4口くらい飲んだだけなのに、体の痛みという痛みは一切なくなった。その変わり、妙な気だるさがあるだけで…
これがきっとまったく魔力のない状態なのだろう。

「名前!試合が始まるぞ」

ドラコが部屋へ大急ぎで駆け込んできた。どうやらあと10分で試合が開始されるらしい。今日は曇り空で空気がどんよりとしていて、何よりも体の気だるさが増してずっしりと大きな岩を背中にくくりつけられているかのようだった

名前はこの後、あの薬を飲んだ事を酷く後悔することとなった。

「…迷路の中だから全くもってわからないな……」

試合が開始してしばらく経った。しかし生徒から見れば木々が生い茂った迷路しか見えない。肝心の選手たちの状況がわからないのだった

先ほどから幾度もムーディが此方をちらちらとみているのだが、あの嫌な痛みは一切襲ってこなかった。なんせ今はしもべ僕よりも弱いのだから

いつもこういう時に問題が起きるのだ……
伊達に場数は踏んでいない名前は、ドラコから離れないようにしていた―――――つもりだった。

「―――スネイプ、お前の親父殿がお前のことを呼んでいたぞ」

案の定、ムーディがやってきた。
セブルスが名前に用があるのなら絶対に本人が来るはずだ。向こうのほうから呼び出すなんてありえない――――――だとしたら、罠…

信じたくはなかった。ここでようやく確信できた………この男、マッド-アイ・ムーディはヴォルデモート卿につながっている。あの痛みは闇の力から来るもの…この男からは常に禍々しい魔力を感じていたが、元闇払いだからという安易な理由で真実を見抜くことをためらっていた。
ここで全てのツケが回ってきてしまったのだ…あの時、真実から逃げなければよかったのだ。正直思ったことを父上に話しておけばよかったのだ――――
しかしずっと父上は学校のことや色んなことで手をまわしていらっしゃったから……これ以上迷惑をかけたくないという思いが、余計父上に迷惑をかけてしまっているなんて

一人じゃまだ何もできない無力な子供なのに、どうして大人を頼らなかったのだろうか。自分はそこまでできた人間でも、一人前に人間でも大人でもない―――――無力な、ただ保護されなくてはならない子供なのだ
一人でどうにかできると一瞬考えた自分を酷く罵倒した。

もう時はすでに遅かった。
ムーディと目が合った瞬間―――――――嫌な汗が全身からぶわっと噴き出してきた。震えが……震えが止まらなかった

――――ニヤリ

ドラコですら気付かない、一瞬だったが…その一瞬の笑みがひどく恐ろしかった。
嗚呼この男の正体に気づいてしまった自分に気づいている―――――この凍るような笑みはなんだ、寒い、寒い、寒すぎる

「―――無論、お前に拒否権はあるまいな」

「―――…」

駄目だ逃げられない

コノ闇カラハ 逃ゲラレナイ

ドラコに助けを求めたかった。しかしここで彼を巻き込む訳にはいかなかった

「…わかりました。ドラコ、少ししたら戻ってくる」

無事に帰ってこれることを願いたい…

「あぁ、わかった」

ドラコはムーディと名前の後ろ姿を不思議そうに見つめた

肩をがっちりと捕まれた名前にもう逃げ場はなかった。ただ刻々と近づいてくる闇を見つめながら―――――絶望した

「名前・スネイプ……貴様は流石、あのレーガン家の血を引くだけある――――わが君はお前を欲している」

「―――人柱として」

「っふ、それも知っていたか――――…人柱になるのも数年先の話だ…今は力を取り戻すことでいっぱいだからな。」

数年先だとしても、結局名前は犠牲にならなくてはならないことに変わりはなくて―――。そしてその時には全てが最悪な状態になっているだろう……だから自分にはそれを阻止しなくてはならなかった。自分を守るためにも――――大切な人たちを守るためにも

「お前は逃げられない」

そんなこと、わかりきっていた―――――
でも逃げられるという希望がかすかにあったのだ。でもムーディの威圧のある声は名前のそんな些細な希望ですら打ち砕くかのようだった。

気づけば人気のない場所へ連れていかれていた。足元には変な形をした小石が落ちている

「―――お前のことは殺しはしないだろうが、ポッターどもは…どうだろうな」

「…まさか」

「そうだ、そのまさかだ。お前の頭の中ではすでに最悪な状態が浮かんでいるだろう――――そしてどう逃げるか考えている、違うな?」

「――――」

まったくもってその通りだ。この男に真実を見抜かれるのは実に癪だったが今はそれどころではない。きっとこの小石がポートキーなのだ…なんとなくそう思った

「また会おう、名前・スネイプ――――」

その瞬間、背景がぐわんぐわんと歪んでいった。