翌日の早朝、少年は店からいなくなっていた。追跡魔法をかけると、彼がゴミ処理場に向かったことが分かった…しかし、どうしたものか。
彼は、世界を、政府を憎んでいる。自分の親、兄妹、友達をすべて奪った政府が憎くて、憎くて、世界を滅茶苦茶にしてやりたいと叫ぶ彼の姿が目に焼き付いて離れない。街を歩いていると、風の噂でゴミ処理場に凶悪な海賊たちがそこを根城にしているのだと耳にした。きっと、彼はその海賊の元へ向かっていった―――魔女の“カン”がそう言っている。
「…はぁ、困ったわね…」
少年の命を一時的に助けることはできた。しかし、彼は珀鉛病に罹っているという。ならば治療方法を探すことが先決だったが、彼は生きることに対して諦めている節がある。魔法薬で何とか治療できる病気だったら…と、考えてはみたが、トランクが無い以上、鍋も無ければ材料も無い、ましてやレシピも無く、作ることは不可能。少年を呼び戻し、治療方法を探すためにはどこかで名医を探す必要がある。そういえば、チョッパーはどこへ行ったのだろうか。彼の元へ行けば、ローは治るかもしれない。そうそう、忘れていた…同じ名前のあの男ならばどうだろうか。どちらかと会えれば治療方法は見つかる…絶対に。
名前はまず彼らのうちどちらかに相談をしようと決めた。袖から杖を取り出すと、追跡魔法をかける。しかし、チョッパーを探そうとしても見つからず…さらに、あの男を探すと、ローと同じ場所をさした。これは同姓同名だからこのような事になってしまったのだろうか…いや、まさか……。
あることが頭を過る。それは浜辺に打ちあがっていた金の砂時計のついたネックレス―――今も手元にあるが、僅かに魔力を感じるだけで、一見なんとでもないただのアンティークなネックレス。
しかし、“魔力を感じる”ということがそもそもおかしい。魔法道具がそこら辺に落ちているはずがないからだ。しかし、今は深く考えている時間が無いのでまた今度じっくり考えるとして、名前はとりあえず暫く彼を待つことにした。
昼になっても、ローは帰ってこなかった。暖かい食事を準備したのに…。お腹は空かせていないだろうか、心配だ。いつ帰ってきても大丈夫なように、彼がいつでも帰ってこれるように魔法を施す。
「…まだ、帰ってこないか…」
午後1時になり、流石に落ち着いていられず名前は店を出た。向かうはゴミ処理場―――女は度胸、両手に愛を。今あの子を助けなくて、いつ助けるのか。
「―――!ちょっと!あなたたち、子供相手に何てことしてくれてるの!」
赤いマントを着た男と、鼻水が気持ち悪いぐらいに垂れている巨大な男たちが、ローを吹き飛ばした瞬間だった。間に合わず、少年は勢いよくゴミ山に突っ込む。
「あぁ?なんだこのアマ」
「んべべべ、おまえのねえちゃんか?」
男たちを無視し、名前は少年に駆け付ける。ローを起き上がらせるが、手を払われ少し悲しい気持ちになる。
「うるせぇ、もう俺に関わるな!」
「せっかく治療したのに、もうこんなに傷だらけ!」
「おい、聞いてるのか!?」
「さ、こんなところ居ないで帰るわよ」
無理やり引っ張ろうとするが、足をけ飛ばされ痛みが走る。そのすきに手を放してしまったのか、少年は逃げてしまった。
やっぱり、“海賊”になるためにここに来たのか。昨日一緒に街を散策したのは、少年が海賊になる為のきっかけを与える為ではない。すぐ近くにはローと年の近い少女と少年もいたが、様子からして“ここ”の子供なのかもしれない。
「俺の事は…放っておいてくれ!俺はどうせ死ぬんだ!どうしようと俺の勝手だ!」
「死なないわよ!あなたは死なないし、ちゃんと生きるわよ!」
心からの叫び声をあげるロー。珀鉛病は不治の病で、それに罹った彼に残された命はそれほど長くはない。彼にしかわからない苦しみであり、赤の他人である名前が無責任な事を言えた立場ではない。突然始まった言い争いに呆れたのか、妙な格好の男二人はいつの間にかに居なくなっていた。少年少女もどこへやら。
「なんでそんなこと言えるんだ!まるで他人事だな!」
「それは魔女の”カン“よ!」
「―――」
「……あ」
黙っておいてね。そう言っていたはずなのに自ら正体を明かしてしまった。しかも、こんな大声で。ローのため息が聞こえてくる。
「はぁ…あんたって、馬鹿だろ?」
「な、なんですって!?」
「ここへ来たのも、魔法か」
「―――ま、まぁね、追跡魔法っていうのよ、あんまり離れてると使えないけど…ほら、周りの変な男たちもいなくなったし、かえるわよっ」
この時、建物の奥でサングラスをかけた男がこちらをじっと見ていたことを二人は知らなかった。
ローを無理やり連れ帰りはできたが、翌日には再び彼の姿は店からいなくなっていた。
そして例のごとく、ゴミ処理場へ向かっては彼を連れ帰ろうとするが、ついに無視されるようになってしまった。ああ悲しい、本当に悲しい。早く、あんな薄汚い場所ではなくきれいな病院へ連れて行ってあげたい。彼は死ぬというが、魔女の“カン”が彼は死なないという。だから、きっと何かあるはず。こうして彼と出会ったのも、特別な意味があるはず。名前はめげず、ローに話しかけることにした。彼は相変わらずこの海賊たちの仲間になろうとしているが、幸いなことにまだ認められていない。名前があまりにもしつこくゴミ山を現れるので、しまいには鼻水を垂れ流している男にしつこく話しかけられるようになってしまった。
そんなある日、ゴミ山で頭を血だらけにしたローを発見する。
「―――ローッ!」
慌てて駆け寄り、彼を抱きかかえる。
「んべべべ、またあのねえちゃん来たね?ほんとにしつこいね~」
「コラさん、あの人知ってる?最近よくローを追いかけてくる女の人だよ」
「きっと、あいつのねえちゃんだすやん」
「…」
建物の中では、トレーボルとコラさんと呼ばれた長身の男が二人の様子を見下ろしている。その周りをぴょこぴょこと元気には寝ているのが、ベビー5と呼ばれる少女と、バッファローと呼ばれる少年。
「ひどい傷…エピスキー!」
「…!」
傷口がふさがり、ふらついていた足元もしっかりとしてくると慌てて彼女の腕から離れる。どうしてこの女は、こうも自分を追いかけてくるのか。赤の他人なのに―――。彼の心は怒りと、焦りと、様々な感情が混ざり合い、かき乱されていた。
「どけよ!!」
「っ…!!」
彼から放たれたのは、拒絶の言葉だった。
その言葉を残し、ローはどこかへ行ってしまった。また、名前は嫌われてしまった。お節介かもしれない…彼の、傷を、心の傷を増やしてしまったのかもしれない。けれども、名前はどうしてもこれだけは確信していた。
あの少年が―――あの、ローであることを。これまでの事を整理していたら、一つの糸口が見えてきた。それは、あの時、海底で見たのは実は今自分がつけている金のネックレスだったということ。さらに、時間が経てば経つほど、ネックレスに帯びている魔力がわずかに増えていくような気がする。あんな海底まで落っこちて無事だったのは、きっと、これに触れて―――ここに飛ばされたから。ホグワーツの図書館で見たことがある…世の中にはタイム・ターナーという時を戻すことができる魔法道具が存在することを。これは、それに少し似ているような気がした。それと仮定すると、嵐の日に偶然そのタイム・ターナーがある海底まで落っこちて、それに触れて魔法が起動した。そのため名前の命は助かり、こちらの“時代”に飛ばされてきた。さらに、あの男があの時自分を“探していた”と言っていたのもこう仮定するとすべて頷ける。
男の話だと、自分は彼に“お守り”を渡していたそうだ。ウォーターセブンに来る前までは元の世界にいたので、それ以前の彼に接触する機会があるとすればこちらの世界に来た時…つまり、“今”であり、ここは“過去”という事になる。
だから、チョッパーも見つからなければルフィたちも見つけることが出来なかった。さらに、麦わらのルフィをこの街の人たちは知らなかった。
これが、ようやくたどり着いた“答え”だ。
「―――ちょっと、あなた、ローにひどい事してくれたそうですね」
ゴミ処理場の、彼らの根城に突撃する。持っている武器は一つ―――母から譲り受けた、白い杖。幸いにも今この部屋にはこの男しかいないようだ。ピエロのようなメイクに、黒い羽のコートを肩から羽織っているこの男の名前は“コラソン”。ここ、ドンキホーテファミリーの“ハートの幹部”だが、そんなこと彼女は知らない。しかし彼女がここまで強気になれるのは、あの少年を助ける為。ローは間違いなくあの時代も生きていて、彼によって自分は生かされた。ならば、彼を助けるのは自分の使命。不思議な巡りあわせで、彼の幼い時代に飛ばされてきた…そんな時代で、彼は絶望の淵にいる。そこから救い上げるには、彼はこんなところにいてはならない。こつ、こつとブーツの音が傷んだフローリングに響く。名前が近づいても、ピエロの男は逃げようとはしなかった。
「―――ローを、帰してもらうわよ」
「(ぜひ、そうしてくれ)」
「―――へ?」
男は口がきけないのか、手早くメモに文字を書き、執談で返事をしてきた。まさかそう返事されるとは思わず、間抜けな声が漏れた。
「…どういうこと?」
「(ガキはもういらない)」
ああ、そういうこと。ならお言葉に甘えて。一発殴ってやろうかと思ったが、騒動にならずに済むのならばそれに越したことは無い。
「―――あっそう、なら、ローは連れて行くわ」
「(お前は、あいつの姉か)」
そんな質問、鼻垂れ男からも言われたような気がする。本当の姉ならば、こんなにも悩むことはないだろう。
「…違うわ、私はただの通りすがり…いろいろあってフレバンスについてね…そこで、あの子を助けたのよ」
フレバンスの事は新聞にも出てたから、あなたも知ってるでしょう。そういうと、小さくうなずいた。
「―――酷かった…あんな地獄…もう二度とごめんよ…たくさん人が死んでいた…政府も王族しか助けなかったって聞いたわ…最低ね」
だから、あのひとたちなんて信用できないのよ。吐き捨てたように言うと、何故か男がわずかに動揺の色を滲ませる。ちょっとした変化ではあるが、名前はそれを見逃さなかった。
「…もしかしてあなた、ローに同情している?」
「(そんなわけない)」
「―――」
こんな悪逆非道な海賊が、ローに同情するはずないか。しかし、何かを感じてはいる様子。
「…じゃぁ、さようなら」
「(まってくれ)」
「―――何、ローを早く追いかけなくちゃいけないの、早くして」
「(名前をおしえてくれ)」
「…名前よ」
「(名前、あいつをさっさと連れて行ってくれ)」
ローブの裾を引っ張られ、何かと思えばそんなことを言われた。ローを連れて行くのは当然のことだし、そのつもりでここへ殴り込みに来た。いや、まだ殴ってはいないがそんな覚悟を持っていたのは確か。
よくわからない男だ。