25 ロングボトムの仕立て屋/一人旅

―――人生、何が起きるかわからない。この世界に来てからは特にそう。
嵐の夜、薄れゆく意識の中で体が冷たくなっていくのを感じた。10メートルほどの海底に沈んでいく身体をどうすることもできず、弱弱しく口から泡を吐く。突然だったために、魔法を使う余裕がない――――。
グランドラインの気候は不安定で、空を読み間違えれば死ぬ。優秀な航海士が居れば、読み間違えることも無く安全に航海できるだろう…しかし、空を飛ぶ鳥たちにとっては死活問題だ。野生のカンで空の異変を察知し、危険なときは無暗に飛ぼうとはせず、雨風をなるべく凌げる安全な場所で休む―――これが、本来の鳥の生き方。しかし、名前は人間…嵐が近づいているというのに、空を飛んでしまった。その結果、嵐に巻き込まれ―――
沈みゆく体に、かすむ視界…微かに、海底に金色の何かがきらりと輝いたように見えた。

「―――はぁ…はぁ…死ぬかと……思った…」

ザザン、と波の音で目覚める。一瞬何が起きたのかわからず
海岸に打ち上げられた魔女、名前きっと、世界中のどこを探しても浜辺に打ち上げられた魔女なんて自分しかいないだろう。

「何だこれ…?」

気が付くと、自分が倒れていた近くに金色のネックレスが落ちていた。金色のチェーンに、金色のペンダントトップは砂時計の形をしている。本で見たタイムターナーに似ていたような気がしたが、中に砂などは入っておらず、上下にしたところで何の変化もない。

「―――なんだろ…魔法のトランクから出ちゃったのかな…」

―――ん?そういえば…
幾つかの重要な事を思い出し、名前の悲鳴が見知らぬ浜辺にこだまする。
ロシナンテともはぐれてしまった。まぁ、彼は長年フクロウをやっていることだろうから無事であることを信じたい…が、いくら魔法の守りを受けているロシナンテと言えども、人間よりは弱い…途端に不安になり、ロシナンテを探すが近くにはいない様子。

「ロシナンテどこ…どこにいったの…アクシオ!ロシナンテ!」

呼び寄せ魔法をかけても、彼がやってくることはなかった。呼び寄せ呪文の範囲外にいるのか、はたまた―――いいや、彼は生きている、絶対に。自分が旅立つ時間を間違えたせいで、嵐に巻き込まれてしまった彼にはとても悪い事をしてしまったと思う。彼の安否がわからず、魔法のトランクも無い今、まずは自分を落ち着かせることが先決。どんなことが起きても、落ち着いて、行動をする―――。そう自分に言い聞かせていると、少し力が湧いてくるような気がした。

「一体どこまで流されてしまったのかしら―――」

大丈夫、絶対に大丈夫―――なるべくポジティブに考え、ネガティブな事を頭の隅に追いやると、ようやく名前は浜辺から立ちあがる。考えたって仕方がない!双子のウィーズリーならきっとそういうに違いない。

「ポイント・ミー!パッチワーク諸島!」

地図を確認しながら飛んでいたので、落雷を受けた場所はおおよそ予想が付く。パッチワーク諸島付近だったはずだ。杖先から放たれる光が水平線の向こう側へぐんぐん伸びていく。これはもしかして、かなり遠い場所まで流れ着いてしまったのかもしれない。

「……かなり先ね…」

少々ギャンブルではあるが、姿くらましを使って移動すれば…シャボンディ諸島へ到着することができる。しかし、姿くらましを失敗した時の代償が大きすぎるので、地理を理解している島内のみにしか姿くらましを使わなかったのは、そういうことだ。

「…仲間たちもいないし…危険よね」

姿くらましで移動することはあきらめ、おとなしくアニメーガスで移動をすることに決めた。そうとなれば、まずはこの島で地図を手に入れることだが…。
魔法で服を乾かし、島内をうろつくが人の姿など見つけられるはずもなく。流れ着いたここは無人島だった。魔法のトランクがあれば食料もなんでも入っているので問題なかったが、それが無いのでともかくこの島から離れて人のいる街を探す必要がありそうだ。
気怠い体に鞭を打って、名前は空を飛ぶ。空を見渡すと渡り鳥らしき生き物たちも穏やかに飛んでいたのでしばらく嵐が来る心配はなさそうだ。日の角度からして正午…あたりだろうか。

「(ねぇ、渡り鳥さん、この近くに人のいる街ってある?)」
「(うわびっくりした…どうしたの一羽で?物好きなカラスさんね)」

鳥になっているときは、だいたいの鳥と会話ができる。しかし、彼らにも性格があり、それ以前に仲間意識があり、話しかけても会話が成り立たない場合が多い。特にカラスなど群れで生活している種類が一羽で行動していると、群れからはぐれたかのけ者にされたかの2択で、ほかの鳥たちには馬鹿にされる。野生の猛禽類に話しかけるなど、以ての外だ。私は餌です…と公言しているようなもので。

近くに白い渡り鳥を見つけ、勇気を振り絞り話しかける。別に相手は鳥だから…とわかってはいても、傷つくものは傷つく。

「(近くにフレバンスという人間がたくさんいる街があるわ、あちらがわをズーっとまっすぐ行けば見つかるわ)」
「(がんばってね)」
「(あ…ありがとう!)」

まさか、親切に教えてくれるとは。なんてやさしい渡り鳥さんたちなのだろうか…この時は、そう思っていた。その町にたどり着いたのは日が暮れ、夜になった頃。

「(なんて惨い…)」

血と火薬のにおいが立ち込める。人々は血まみれで倒れ、生きている者は確認できない。火炎放射器で焼かれる建物に、響く爆撃音。空から眺めていたが、とても上陸できる街ではない。あの小鳥たちめ…。

「いたぞ!生き残りだ!」
「殺せ!フレバンスの人間は皆殺しにしろ!」

恐ろしい声が聞こえてきた。追いかけると、その先には大きな建物の前で泣き叫ぶ少年の姿が。防護服を纏った男たちは凶器を片手に走る。このままでは、あの子が危ない―――咄嗟の行動だった。

「―――ステューピファイ!」
「――――ッ!!」

失神魔法が一人の男に命中し、倒れると隣で走っていた男が立ち止まり、銃をこちらへ向けてくる。
「おい!?貴様何者だ!」
「名乗るほどの者じゃないわ、こんな幼い子供を襲うなんて―――何が起きているんだかわからないけれども、許さないわ」

泣き叫ぶ少年を抱きしめ、名前は魔法を放つ。

「プロテゴ!」

男の放った鉛球を魔法ではじき飛ばし、空かさず失神魔法をお見舞いする。男が倒れたのはよかったが、それを聞きつけて複数の足音が聞こえてきた。

「―――っチ、まずいわね」
「ねえちゃん…っ、病院に、いもうどが…っ」
「つらいけれど、あんなに火が回ってたらもう助けられないわ…あなただけでも、助ける…!」

道を走っていると、運よく落ちていた箒を発見した。魔法のトランクさえあれば、ファイアボルトで飛ぶことができたのに…しかし、無いものは仕方がない。地理がわからない以上、無暗に姿くらましすることはできないからだ。
涙でぐしゃぐしゃの少年を抱きかかえ、名前は箒にまたがる。そして、地面を勢いよく蹴った。お願い―――動け…!

「うわあっ」
「静かにっ」

いたぞ、あそこだ!
誰かに見つかってしまった様だ。しかしまだそこまで地上から離れていない…あの武器の射程範囲内―――危険だ。すぐさま保護呪文をかけ、武装解除魔法を放つ。
男が動揺している隙に、さらに高い場所へ飛び立つ。少年が落ちないようしっかりと抱きしめ、空を駆け抜ける。正直、夜でよかったと思う―――これが昼間だったら…ぞっとする。ハチの巣になった自分の姿を想像し、ぶるりと身震いした。

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