頂上決戦から一夜明け…彼は月の下、死んでいった仲間たちの弔いをしていた。この世界に来て、もう何十年と経つ…最初は地獄のようなこの世界から逃げ出したくて何度脱走したことか。今となってはどれも懐かしい思い出だ。確かに完全に自由ではない―――だが、今こうして、ここにいることがそれなりの自由を手に入れた証。昔では考えられなかった…一人で表に出るなんて。
「お前は…」
「モモンガ中将、遅くまでご苦労様です」
「いや…当然のことをしているまでだ」
男の名はモモンガ。海軍本部中将で、彼とはよく飲みに行く友人だ。
「此度の戦争…無事海軍側が勝利で終えたが…」
「肝を冷やしましたね」
「あぁ…」
エースも、白ひげも死んだ。
しかし、今回死んだのは彼らだけではない―――戦いで、多くの海兵を失った。彼らにも待つ家族がいたというのに。彼らの死が大々的になっているせいで、その他の犠牲という扱いになっていることに対して憤りを感じれずにはいられない。
「勇敢なる戦士たちの魂が、どうか、安らかに眠れますように」
「…」
黙とうをささげる二人。遺体はすべて明日、家族の元に返されるだろう。冷たくなって帰ってくる家族の気持ち…彼にはよくわかる。かつて自分もその立場だったから。人間は死ぬと、魂がどこかへ連れて行かれるようだ―――彼の場合、気が付いたら、こちらの世界にきていた。月を見上げながら、彼は死んでいった仲間たちと…彼女の事を思い浮かべた。
あの戦争から間もなくして、モンキー・D・ルフィが再びマリンフォードに現れた。広間にあるオックス・ベルで16点鍾を行ったというニュースは世界へ瞬く間に広がっていったが、一体何の意味があるというのか。きっと、仲間たちにしかわからない暗号か何かが記されているはず…と血眼になって探しても、海軍の誰もが彼の真意を掴むことはできなかった。
女ヶ島が離れていく中、名前はずっと海の向こう側を眺めていた。
魔力欠乏症の事をなぜ彼が知っていて、何故その処置方法を知っているのか―――気になることは山のようにある。だが、今はその謎よりもまずは自分をもっと高める必要がある。これだけのことで魔力不足になるのだから、ほかの仲間と合流しても足手まといになってしまう事は必須。今のままでは仲間や、ルフィを助けることなどできない。
麦わらの一味は3日後ではなく、2年後にシャボンディ諸島で会おう…そういう手はずになった。ルフィはレイリーに稽古をつけてもらうこととなり、一緒に修行をしないかと誘われたがそれを断った。ルフィには悪いが、力を回復させ、強くなる為にはあえて仲間の元にいないほうがいい。仲間がいたら、きっと甘えてしまうだろうから。
「本当にこんな小さな船で?」
「大丈夫、魔法で大きくするから」
「なんと便利な…」
ローたちと別れ、この近くの離島へ修行に出ていったルフィとも別れ、名前は女ヶ島で魔力が回復するまで休ませてもらっていた。その甲斐もあり、やっと魔力も回復し、手術した足も調子を取り戻したので旅に出ることにした。
「気を付けるのだぞ」
「えぇ、ありがとうハンコック、ジンベエにもよろしくね」
「フン、まぁ伝えてやらんこともない」
「ははは…相変わらずの男嫌いだね」
ここの蛇姫…ハンコックとも、ルフィの恩人であるジンベエとも仲良くなり、ここで得たものは大きかったと思う。
「しかし、ルフィは別じゃ…」
「うん、そうだね、私、応援してるよ!」
ルフィは“覇気”の修行をしているようで、修行を初めて1か月過ぎた頃になるともう見聞色の覇気を身に着けたらしい。あとで知った事だが、名前の言う“魔女のカン”とやらもこちらでは見聞色の覇気らしく、知らないうちにひとつ身に着けていたようだ。だが、まだまだ初歩段階らしく、もっと修行を積まなければならないと言われてしまった。これを極めれば、もしかして凄腕の占い師になれるのではないだろうか。
「そうだ…忘れるところだった、そなたに話しておきたいことがあった、海軍本部におる、“魔法使い”の事だが…」
男の名は不明―――常に名を変え…本名はけして明かさない。元帥のセンゴクの推薦によって海軍に入り、年齢で言えば青雉…クザンと年が近いらしい。しかし魔法で肉体の若さを保っているらしく、見た目の年齢は10代後半―――。名前のような黒いローブを纏い、戦いのときは同じく杖を振り、魔法を使うそうだ。背はルフィよりも少し高いぐらいで、周りの海兵と比べ不健康そうでほっそりしていたとか。
さらに彼女の口から、気になる話も聞いた。なんでも、新世界にあるグリモワール島という場所に、古の魔法使いが残したとされる魔法道具が隠されているらしい。その魔法道具は政府がいくら探しても見つかることがなく、どんな魔法道具かは不明―――おまけにそれが隠されているとされるその島の、とある場所にだけ近づくことが一切できないのだとか。島の北側には巨大な廃墟の塔があるらしく、立ちいったと思えば森を抜けていて…という不思議な現象が起きるらしい。魔女である名前は、それがマグル除けの一種ではないかと推測している。島全体を蜃気楼が覆い、船が滅多に近づくことの出来ない謎多き場所とも言われている。噂では、老人の亡霊が彷徨い続けているのだとか…。満月の夜になると、夜な夜な姿を現し、出会った者の魂を奪うそうだ。まぁ、正直スリラーバークのほうが恐ろしかったのでゴーストだろうとゾンビだろうとドンと来い。なので、何も恐ろしくはない。
おまけに島の名前がグリモワール…あちらの世界で中世に流行った“マグル製の魔導書”の名前だ。マグル製なのでもちろん何の意味もない事ばかりが記されているが、中には魔法使いがいたずらで本物の魔法を込めたグリモワールが混じっていることがある。それに踊らされるマグルを見て楽しむという実に悪趣味な魔法使い達の産物だ。
「ありがとハンコック、何から何まで…またね!」
「気を付けるのじゃぞ…いくら変装するとは言え、敵の中に魔法使いがおる…」
「そうだね…でも大丈夫、この“変装”は誰も見破れないわ」
これならば、熟練の魔法使いでも正体を見抜くことは難しいから。そう笑うと、彼女の姿は突如消え、ビュンと風を切る音と共に一羽の黒いカラスが姿を現す。名前は魔法省に届け出ていない動物もどき“アニメーガス”で、ハシブトガラスに変身することができる。カァーカァーと鳴きながらハンコックに向き直ると、彼女は目を丸くさせた。
「なんと!カラスに変身できるのか!」
「…そうなの、だから、内緒にしててね」
再びビュン、という風切り音と共に名前は姿を現す。
「―――わかった」
命に関わることだから。そういうと、彼女は頷く。
とりあえず一足先にシャボンディ諸島へ向かい、船の積み荷であるトランクと、相棒のロシナンテを回収する必要がある。ロシナンテの事だから、きっと食事に対してかなり迷惑をかけているはずだ。栄養剤も暫く与えてないので不安しかない。
グランドラインの空は天候が不安定の為、空での長距離飛行は危険。新聞を運んでくる例の鳥たちを見つけられたら、安全な空路を発見できるのだが…。
離れていく女ヶ島を見下ろしながら、名前は鳴いた。