23 それこそが、真実/アズカバンの囚人

「2人とも・・・待たせたようだね」

ルシウスがようやくやってきた。約束の時間よりかは15分ほどしか過ぎていなかったが名前 にとっては3時間ほどのように感じ取られた。ルシウスが来た事によりドラコの悪口は中断されたがこのことを教え込んだのも目の前にいるルシウス・マルフォイ――――。そう思うとなんだか悲しくなってくる。

悲しい気分で自宅へ帰るといつも優しい屋敷僕のスティンギーが荷物を持ち上げ、名前 の部屋まで運んだ。

「・・・スティンギー、人間は悲しい生き物なんだな」

「どうされましたか、坊ちゃま・・・」

表情を曇らせた名前 を大きな瞳で心配そうに伺う。

「・・・いや、何でも無い・・・。今日はさっぱりしたものが食べたい」

「―――はい!お任せくださいませ!」

名前 のリクエストが嬉しいのか、名前 を元気付けさせたいのか、もしくは両方なのかは分からないが嬉しそうに答えた。そして部屋を後にするのであった

「・・・手紙を書くか」

こんな静かな屋敷で何時までも暗い気持ちなんかでいたらどうにかなりそうだったので、ハリーへの手紙で今までの出来事を忘れる事にした。

7月31日になり、恐らく今ごろプレゼントを受け取っている頃だろう・・・。ハリーの保護者は酷いマグルだと聞く。ハリーが相当言うものなのだからそのマ グル達も相当なのだろう。天国のジェームズとリリーはそんな1人息子をどう思っているのだろうか・・・どんなに心苦しいものなのだろうか―――

名前 は朝食をすべく、食堂へ向かった。
朝食を大きな机で1人食べているのはいつものことである。カチャカチャと食器の音がする。恐らくここの屋敷で音を立てているといえば名前 のフォークが食器に当たる音くらいであろう。

食事も終えると名前 はあれ以来行っていなかった書斎兼図書室へ足を運んだ。そこは相変わらず本の海だった。あのアルバムが置いてあった場所へ行くと足元に随分見覚えのある本が落ちていた

「――――この本は・・・」
この本は名前 がセブルスからクリスマスプレゼントとしてもらった本だった。あの頃の新品さとは違い年季が入っていたが、思い出だけは変わらなかった。本を大切そうに抱えると書斎を後にした。
涼しい自分の部屋へ戻るとその本を机に広げ、読み始めた。あらゆる生き物の言葉がこの本で全てわかってしまうという代物だった。名前 は前前から言葉には興味があり、勉強してみたいと思っていたのである

「坊ちゃま、スティンギーめです。ご昼食のご用意ができました」

本を読んでいるうちに昼になってしまったらしい。名前 は名残惜しそうに本から離れると昼食を取るべく食堂へいつものように行く。今日も1人なのだろう・・・そう思っていた最中であった

「―――やぁ、ひさしぶりだね」

聞こえるはずの無い声が聞こえてくるのは何故なのだろうか。ここの家にゴーストは誰一人として住んでいないはずだ。まさかの、まさか・・・・・・リーマスではないだろうか
名前 は急いで食堂へ向かうと思ったとおり、リーマスがにっこりと微笑んで待っていた。

「・・・リーマス、何故」

「急にお邪魔をしてごめんね、君のお父さんにちょっと頼まれごとをされてね・・・」

そう言うリーマスはどこか楽しげだった。何がそんなに楽しいのだろうか。

「・・・一体何を頼まれたんだ?」

「君にパトローナスを教えてほしいと頼まれたんだ。セブルスはものすごく嫌な顔をして僕に頼んでたけどね―――」

「・・・そんな高度な呪文を僕に?」

名前 はあえて最後の部分は流しておいた。しかし何故そうもしてまで名前 にパトローナスを教えさせようとしているのだろうか・・・

「・・・シリウス・ブラックが脱獄したことは知っているよね・・・?」

そう言うリーマスの表情は苦しそうに歪んでいた。そんなリーマスの表情を見ていると名前 の方まで心苦しくなってくる
リーマスはシリウスのことを無罪だと信じているのだろうか―――・・・はたまたシリウスがあんな殺人をしたと信じているのだろうか・・・。どっちみち、きちがいだと思われるかもしれない質問内容なのは確かだ

「それで、ディメンターをホグワーツの周りに警備用として放つんだ――――」

それを聞いた瞬間、名前 はあいた口が閉まらなかった。
まさかあのディメンターがホグワーツの周りをうろうろする日がやってこようとは・・・

「それで、僕にパトローナスを・・・」

「そうだよ。君は物分りが良くて助かるよ・・・・・・で、今日から3日くらいあれば息子は覚えられると君の父親から言われたんだ・・・・・・本当に3日で平気・・・?」

名前 は物覚えも速いし、一度習った事は決して忘れるような人でもなかった。離れ離れながらも父親であるスネイプは息子のことをちゃんと知り尽くしているのだ。当の名前 は父親のそんな要求に一瞬たじろいだが、防衛術の成績がよかったリーマスが教えてくれるのだから、申し分ないだろう。

「・・・お願いします」

「よし、契約成立だね。そうそう家庭教師ついでに君の面倒を3日間だけだけど、見ることになったんだ。セブルスはすごーく嫌な顔をしてたけどね・・・」

それもどうやら病み上がりの名前 を1人にさせてしまっている父親心故なのだという。それを聞いた名前 は、昔から変わらない父親のやさしさを改めて実感したのだった

「よろしくお願いします、ルーピン先生」

「おいおい、今は君の家庭教師だとしてもそんな言葉を使わなくてもいいのに」

「・・・礼儀だから」

「君は本当に礼儀正しいんだね・・・」

「常識です」

「ははは・・・僕の友人にも君のつめの垢を飲んでもらいたいくらいだよ」

そう言うリーマスの瞳はどこか寂しげで・・・。

名前 はこの瞳の意味を知っていた。この瞳はもう失われた儚き日々を胸に抱いているときのものだ。――――ジェームズやリリー、そしてアル達のことを思い出しているに違いない・・・

「あ、ごめんね。哀愁に浸っている暇なんて無かったね・・・さぁ、食事を終えたら授業を始めるとしようか!」

元気にそう言ってみせるリーマスはやはり辛そうだ。そんな気持ちじゃろくに教える事も出来ないだろうに

「・・・今日はよしたほうがいい、明日でもかまわない・・・・・・父上にはちゃんと伝えておくから。それよりも話がしたい・・・・・・母上のことや叔父上の話を聞きたい――――」

名前 がそう言うとリーマスは申し訳無さそうに笑った。そして食事を終え、リビングでリーマスは語り始めた・・・10年以上も前の話を・・・・・・

「君の母親、アリスは目元がツンとしてて最初は怖かったんだ・・・とある人と家族ぐるみで仲がよくってね・・・」

リーマスはあえてシリウスのことを”とある人”と称した。なんだかとっても寂しい響きにように思える

「・・・それで、グリフィンドールでも有名な人だったんだよ。アルは――――」

リーマスは名前 が経験した過去の世界と同じアルの話をしていた。それもそうなのだが・・・今の名前 にはとっても辛いものなのかもしれない。

「アルは誰とも仲良くしててね、スリザリン生には思えなかったよ・・・。さっき話しただろうけど、その悪戯仕掛け人のアシスタントでもあったんだよ、彼」

「・・・そうなのか?」

「うん、彼には随分お世話になったよ―――・・・フィルチから逃げる時とかね」

リーマスはお茶目にウィンクしてみせた。過去の世界では、セブルスとアリスとよくいたので正直リーマス達がどこによくいたのか、何故そんなに忙しいのかを知らなかった。そして今分かったのだった。 ・・・悪戯グッズを開発だなんて、まるでフレッドとジョージみたいだ

リーマスは4年生の頃、突然アルがヴォルデモート卿に殺されてしまったのだと言った。やはりアルは死んでしまったんだ・・・名前 は急にやるせない気持ちになった

そんな思い出話も終わり、外はすでに日が落ちかけていた。

「こんな時間まで話していたんだね・・・・・・明日からはきっちりと家庭教師をやらせてもらうからね。じゃぁまた明日くるね名前 」

「あぁ・・・今日はありがとう」

「今日は話だけで終わっちゃったね・・・僕のほうこそ、話を聞いてくれてありがとう」

夕焼けに飲まれていくリーマスの後姿は、今にも崩れ落ちそうなほど儚いものだった。

リーマスが来るまで朝食を取っていたときである。シェリアではない梟が名前 の家に手紙を届けにきたのだった。恐らくこの白い梟はハリーのヘドウィグだろう・・・。ヘドウィグはメスの梟でシェリアとは全く逆の性格なのだろう。ヘドウィグは人懐っこく、ア レスの指に撫でられ嬉しそうに鳴いている。シェリアはヘドウィグとは違い、まず人間が好きではないのだ。スネイプ家とマルフォイ家の者にしか気を許してお らず、他のものが触れようとすれば手を噛む始末だった。だからシェリアにはあまり手紙を届けさせないようにしていた。仕方が無い時にしか使わないことにし ていた。しかしこれでは梟の意味が無いだろうと思われがちだが、スネイプ家の者はあまり手紙を書かないので梟を使う事は滅多に無いのだ。

「・・・ハリーからお礼の手紙か」

しかし一体、誰から名前 の家の住所を聞いたというのだろうか・・・
ロン達から手紙を受け取った時も不思議で仕方が無かった。

“名前 へ”

やぁ、素敵なプレゼントありがとう!ヘドウィグがすごく喜んでたよ・・・一年分だなんて・・・・・・しかもあんな高級なもの、本当にもらっちゃっていいの・・・?
そうそう、名前 の誕生日・・・教えてもらう機会が中々無くてさ・・・新学期になったら教えてね!僕は今わけあって漏れ鍋にいて、ロン達と一緒にいるんだ!詳しくは新学期話すよ・・・たぶん君も驚くと思うよ。
それにしても本当に身体のほうは大丈夫?いくら退院していつも通りの生活に戻ったといっても後遺症の方は大丈夫かい・・・?僕たち、去年からずっと君の事が心配でならないんだ。とりあえず、無理をしないようにね!じゃあまた新学期に!

“ハリーより”

どうやら名前 のプレゼントは大いに気に入ってくれたようだ。ヘドウィグの毛並みが物凄く綺麗に見えるのは気のせいだろうか。
ヘドウィグが水を飲んでいる間、名前 は手短に返事を書いた。丁度そのときにリーマスがやってきた

「おはよう名前 ・・・って、その梟は?」

「・・・ハリーのだ。ヘドウィグという」

ハリーの名前を聞いたリーマスはどこか懐かしそうな表情を浮かべていた。それもそうだろう、ジェームズとリリーの息子なのだから。

「・・・君はハリーと友達なのかい?」

「あぁ。寮は違うが」

「・・・そっか、それは素晴らしい事だよ。ハリーは元気かい?」

「今は漏れ鍋にいるらしい。友達も一緒だから楽しいと言っていた」

「ハリーが元気そうで何よりだよ。」

そう笑ってみせるリーマスはどこか遠い目だった。心はここにあらずといった所だろう

「さて、授業をしようか。言っておくけど僕はスパルタだからね?」

「・・・よろしくお願いします、先生」

そしてリーマスのパトローナス講座が始まった。基本は事前に本を読んであったのであとは実技を教えてもらうだけだった。ボガートはスネイプ家にいたのを一匹捕まえてきて実技を行う事にした

「名前 も分かっているだろうけど、幸せな記憶を―――思い浮かべるんだ」

「・・・幸せな、記憶」

――――幸せな記憶、それは・・・

「そしてこう叫ぶ・・・エクスペクト・パトローナス」

「・・・分かった」

「今からボガートをディメンターに変身させて実技を行うけど・・・・・・一日じゃ出来るわけが無いからとりあえずやってみて」

そう言うとリーマスは杖を振り、ボガートを呼び出した。そしてディメンターに変身させた

「大きな声で、はっきりだ!」

「――――エクスペクト」

ディメンターは着々と名前 に近づいていく。その場所にはリーマスしかいないのに、何故か別の女の人の声まで聞こえてきた―――

『・・・もう、疲れたのセブルス・・・。この病気はもう治らないの、あとは苦しんで――――』

『よせ・・・止めるんだアリス!』

『近寄らないで―――!もう、うんざりなの・・・生きていく事に』

その声は、母親アリス・スネイプのものだった――――そして叫ぶ声は父親セブルス・スネイプのもので・・・

『何故・・・・・・何故諦めてしまうんだ―――アリス、病気に負けていいのか・・・お前はそんなすぐに妥協するような奴ではない・・・!』

『セブルス・・・名前 にもよろしく・・・・・・・・・髪も抜け落ち、肉も落ち、筋力も衰え・・・そんな状態でも生きているといえるの?ねぇ、自分の足ですら立てないの・・・・・・この腕で、自分の子供までも抱きしめてやれない母親なのよ――――』

『だからって、何も諦める必要は無いだろ!おまえの事が大好きな名前 はどうなる―――!お前を今も愛している我輩は――――ッ』

―――もう、もやめてくれ

『苦しんでまで・・・生きていたくないの。お願い、死なせて頂戴――――セブルス』

―――やめてくれ・・・やめるんだ、やめろ!

『アリス――――!』

―――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ・・・ッ続きを見たくない!やめてくれ!止めてくれ!誰かっ――――誰か!!

「リディクラス!」

リーマスの声が聞こえた瞬間、母親の最期の声が途絶えた。

「・・・・・・・・・ッ」

「大丈夫かい名前 !?」

「・・・は、母上の声が・・・・・・母上の最期の声が聞こえたんだ・・・・・・生きたくないと――――」

「もう何も言わなくてもいいんだよ、もうだいじょうぶだから」

リーマスは苦しい息をしている名前 に駆けより、そっと抱きしめてくれた

「・・・母上が、生きたくないと・・・・・・死にたいと―――――」

「もうっ・・・もういいんだよ名前 ・・・・・・ごめんね、もうすこしじっくりやっていたほうがよかったみたいだ。君の父親は少し急ぎすぎてるようだ・・・・・・今日はこの辺にしよう」

リーマスは背中をそっとさするが名前 はむくっと立ち上がり、今度は強い目でリーマスを見て言う

「・・・駄目なんだ、悲しい記憶に負けてはいけないんだ。だから僕は続ける―――絶対に、パトローナスを使えるようにする。だから授業を続けてほしい――――今度は絶対に負けたりしない」

「――――名前 、君は強いんだね・・・」

「・・・弱音は人を弱くする・・・。時には必要かもしれないが今は必要ない・・・・・・だから教えて欲しい、パトローナスを。」

もう一度、名前 の強い光が宿った瞳を見てリーマスは頷いた。
この子の方がずっと強い・・・・・・僕なんかよりも、ずっと――――

「―――君は強い、そして賢い。君には成し遂げられるだろう・・・どんなことも」

リーマスは名前 の肩に手をおき、今一度確信した

「さて、授業を続けよう。勿論体力が追いつかないだろうから休憩を途中に入れてね―――」
そして再び、リーマスとのパトローナス特訓が始まった。