20 キミガタメ/アズカバンの囚人

クリスマス休暇が終わり、ばらくしてからの事。ロンのペットであるスキャバーズをハーマイオニーのペットクルックシャンスが追いかけまわし、ある日大量の血を残してスキャバーズが姿を消した。ロンとハーマイオニーの関係が悪化したのは言うまでもない。猫の言葉が分かるヒトシに相談すれば、クルックシャンスがスキャバーズをどうしたのか聞けるかもしれないが、仕事で忙しい彼を私生活の事で手を煩わせる訳にもいかない。

名前はホグワーツに帰って来てからというもの、毎年恒例の修羅場を迎えていた。なんと言っても去年は学期末試験が帳消しにされたので今年こそは、と張り切っているのだ。この時期になると、試験勉強に集中したいが為にハリー達と行動しなくなる。ハーマイオニーとロンが修羅場中だというのに申し訳ないとは思うが、成績をある程度維持していなければ去年の功績も無意味になってしまう。ただでさえ日本魔法省が此方のことに干渉し辛くなってしまったのだから。

スキャバーズが帰ってきたかと思えば、身体はやつれぶるぶると震えていた。ロンはハーマイオニーに強い言葉を投げかけるは、それでハーマイオニーが泣いてしまうはで名前とロンは間に挟まれ立ち往生。ロンの気持ちも分からないこともないが、猫がネズミを追いかけるのは仕方のない事だ。けれど、スキャバーズには同情してしまう。

血を流したのはスキャバーズだけではない。色々な事があって忘れていたが、ハグリッドの授業で起こったバックビークが近々処刑されてしまうそうだ。ハーマイオニーは裁判の前日まで色々と調べ物をしてくれたようだが、結局何も役に立たず、ルシウス・マルフォイがバックビークの死という判決を下した。名前もバックビークが処刑されてしまうのはあまりにもかわいそうだったので、ヒトシに一応相談してみた。だが、ホグワーツ管轄内で起こった事件に今後日本魔法省は関わらないように、と注意されてしまったようで(マルフォイがばらしたようだ)、申し訳ないが今回ばかりは…と返されてしまったのだ。

ハッフルパフ対グリフィンドールの試合では、マルフォイ達が吸魂鬼の真似をしてハリーを驚かそうとしたが、守護霊の呪文を覚えたハリーに撃退され、おまけに減点までされる始末。なんて愉快なのだろうか。勉強の休みがてら、名前は久しぶりに小次郎に会いに行った。最近は小次郎がなかなか姿を見せてくれないのでもうどこかへ行ってしまったのかと不安になったが、チキンの匂いを嗅ぎつけてやってきてくれた。

「久しぶりだなコジロウ」

「ワン!」

「あぁ、コタロウか……今日はいないんだよ、今日は部屋で寝てるよ」

「クウン……」

あまりにも残念そうな顔をするので思わず名前は笑ってしまった。

チキンを美味しそうに頬張る小次郎を見つめていると、突然小次郎が名前の後ろのほうを見つめ逃げ出してしまう。誰かが来たのだろうか。

「…名前、君、こんなところで何をしているんだい」

手元にはハリーが見せてくれたいつぞやの羊皮紙がある。あの夜、先生に没収されたと言っていたがルーピン先生が没収していたのか。

「今の犬は……」

「ああ、コジロウって言うんです、野良犬みたいで……コタロウと仲がいいんです」

「コタロウって、君の家のあの白い犬かい?」

「はい」

「ホグワーツで犬をペットとして連れてくるのは異例だとは思ったけど、あれは校長が許可してくれたのかい?」

痛い所を突かれてしまった。まぁ、確かにそうなのだが裏には家のコネというものがあって……。

「えっと……はい」

「初め、見た時は驚いたよ……アカネのパトローナスにそっくりだったから」

「……え?」

「おや、知らなかったのかい?アカネの守護霊は白い犬だった……丁度、君の家の犬ぐらいのね」

母の守護霊が白い犬だとは。おまけに小太郎と姿かたちが似ていると言う。もしかして、この人も自分の父親がブラックであることを知っているかもしれない。名前は周りに誰もいない事を確認し、恐る恐る口を開く。

「……先生は、おれの父親の事を……ご存じですか」

「いいや、何も聞いてないよ……アカネは、ホグワーツを卒業してすぐ姿を消してしまったからね」

「……なら、どうしてスネイプ先生は知っていたんだろう」

「セブルスが?そうか……何故だろうね、私でも知らなかったことなのに。君さえよければ、誰が父親か教えてくれるかい?」

嫌われるかもしれない、だが、ルーピン先生は信頼できる人だ。なんとなくそう感じた。

「……それは、本当の事かい」

「スネイプ先生も、家の人もそう言ってました……色々事情があって、今まで教えてもらえなかったんですけれども……」

「それは、うん……事情が随分と複雑だね……今回は、辛い思いをさせてしまったね」

「いえ…」

ブラックの名を聞き、ルーピンは静かに名前の背中に手を置く。

「君のお父さんの事は……同じホグワーツ生だったからね、よく知っているよ……」

「……あの人は今、どこにいるんですか」

「わからない……そうか、だからアカネは何も言わず、姿を消してしまったんだね……友である私たちには特に言いづらかったのだろう……」

「母は、生きているんでしょうか」

「……分からない、彼女が姿を消したのはもう10年以上も前だ……君を残し、あの男を追ってしまったのだろうか……」

「母は……」

これを聞くのは怖くてたまらない。

「何だい」

「母の事を、教えてください……」

今まで触れたくなかった部分に、名前は足を踏み入れる。父に嫌われていたとしても別に構わない。だが、腹を痛めて自分を産んでくれた母が、自分の事をどう思っているのか、どういう人間だったのか。家族には見せない母の一面が知りたかったのだ。

「アカネは……それはもう、大人しい子だったよ、礼儀正しくてね、お淑やかで……とても可愛らしい女性だった。周りが大きくなっているというのに、自分だけが小さいままで、と身長の事を酷く気にしていたよ」

アカネは在学中、5年生になっても2年生ぐらいに見間違えられていたそうだ。名前が出した真似妖怪の姿そのもので、長い黒髪に白い肌、ほんのり赤い唇。まるで日本人形みたいな母の姿を思い出す。

「東洋人はみんな細くて小さいのかと思っていたくらいだよ。でも、実際アカネはとても細かったよ……おまけにかわいい顔立ちをしていたからね、上級生の女子生徒に度々虐められていたよ」

「……母が、苛めを」

「そうだよ、そのたびに……ブラックが庇っていたからね、彼は、それが彼女をさらに追い打ちをかけてしまう行為だと言う事に気がついていなかったようだけれども」

家の者も知らなかった母の一面。

「彼女は、私たちの2つ年下だったから、妹みたいに思っていたよ……でも、そんな彼女が、まさかブラックと……」

在学中、そんなそぶりは無かったというのに、と呟くルーピン。

「母は、どんな人でしたか」

「そうだね……一言で言えば、純粋一途で優しい子だったよ。いつも誰かの後ろにいるような子でね、良い方を変えれば少し昔の女性みたいな子だったよ……男の後ろを、黙って歩くような子だった。ここだけの話、一時期私も彼女に想いを寄せていたことがあるんだよ」

ルーピン先生が父ならば、よかっただろうに。だが、そうすれば自分は生まれていない。すこし複雑だ。あの父がいたからこそ、自分は生まれてこれたのだから。

「多分、想いを寄せていたのは私だけじゃなかっただろうね、なんてったって、世の男性が想像する理想の女性像そのままだったから」

「……は、はぁ」

「いずれ、名前もそういうのが分かる時が来るよ……」

自分にそれが分かる時が来るのやら。最近ようやく女子生徒のあしらい方が分かってきたのだから、名前の色恋沙汰への道のりは長そうだ。

「だけどよりによって、あいつに惚れてしまうとは……まぁ、危険な男に惹かれてしまうのは彼女の性格みたいなものだったからね……アカネは押しに弱いんだよね…」

「そ、そうだったんですか……」

「あぁ、だから私たちは毎日ひやひやしていたよ、どうもそういうのに目をつけられやすかったみたいでね……多分、彼女がパーセルマウスだったっていうのもあるんだろうけれども」

やはり母も蛇舌だったのか。

「君は去年、皆の前でパーセルマウスであることを公言してしまったのだろう?」

「えっと……はい、皆ハリーを悪者みたいに見るんで、ついカッとなって……」

「君たちはとても強い絆で結ばれているようだね、それを聞いて安心したよ」

「だから……尚更、辛いんです」

「そうだろうね……父親がブラックだって知られたらハリーはなんて思うだろうね。けれども、ハリーも君を信じている、言う覚悟が決まったらハリーに教えてあげるといいよ、君たちは親友なんだろう?」

「え……?」

「ハリーがそう言ってたよ、ロン、名前、ハーマイオニーは親友だって……守護霊の呪文を成功させるには、幸福な記憶が必要なんだ、そこでハリーから色々聞いたよ」

「……」

「ホグワーツに来て、親友が出来たことや……どれも掛け替えのない思い出だってね」

「……そっか、なら…言ってみようかな」

「その調子だ、まぁ、無理にとは言わない…けれども、いずれ彼は知るだろうね」

「……はい、今日はありがとうございました」

大人の人に相談が出来て良かった。母や父の事も色々と聞けたおかげで少しすっきりしたような気がする。これできっと、勉強に専念できる。

ハーマイオニー程ではないが、多く科目を選択した名前は去年よりも部屋に閉じこもっている時間が増え、ネビルとすらあまり会話を交わす事が無くなってしまった。そんな中、真夜中にグリフィンドール寮で、しかもハリー達の眠る部屋にシリウス・ブラックが侵入すると言う事件が起こった。しばらくマダムの代わりにカドカン卿が番人としていたが、彼が言うにはきちんと合言葉を知っていたので通したそうだ。合言葉の紙をそのへんに放置したネビルが悪い。マクゴナガル先生にこっぴどく叱られ、反省文まで提出する羽目となってしまった。ネビルには同情するが、今回ばかりは部が悪い。

「あいつっ、僕を殺そうとしてたっ」

「どうしてロンを襲ったんだろうね」

「そこ!?」

「だって……一番狙われているのはハリーよ」

「……う、うん…けれども、あの時、本当に怖くて……ブラックは、黒い悪魔かと思ったよ……」

「うん、そう…だね」

「君のコタロウがいたっていうのに、どうしてあんな騒ぎの中あんなに大人しかったんだよ!」

「分からないよ……疲れていたんじゃないのか」

「まったく、番犬なんだろ?しっかりしてくれよ」

「ちょっとロン、それじゃコタロウがかわいそうだわ、それに名前に八つ当たりなんて間違っているわ」

「あぁそうだね、スキャバーズをずたずたにした君の猫に八つ当たりするのも間違えてるよね!」

この手の話題はなるべく避けてほしかったのだが、恐怖と怒りで狂うロンにそれを言っても無駄だ。名前とハーマイオニーは視線を交わし、小さくため息を吐いた。

だが、ロンの言うとおり、あの警戒心の強い小太郎が大人しいなんて何かが変だ。小太郎の体調が悪いんじゃないかと不安に思った名前は動物の事に詳しいハグリッドに聞いてみることにした。

「おお……名前か……どうした」

「ハグリッド……どうしたんだ、泣いて…」

「あぁそれなんだけどよ……」

「ハグリッド、どうしたの?」

3人も不安そうに尋ねる。

「それがよ……裁判があって……そんで、ハーマイオニーが用意してくれたメモ道理、説明したんだ……そしたらよ、ルシウス・マルフォイの奴がよ……」

この先は何となく想像がつくだろう。ルシウス・マルフォイとはそういう男だ。理事をやめさせられたのもあって、ハグリッドには強い恨みがあるようだ。

「まぁ、ハグリッド…かわいそうに」

「一番かわいそうなのはあいつだ、バックビークだ……」

「マルフォイがいけないのに……ちゃんとハグリッドは説明したっていうのに」

「あぁ、あいつは意地汚い大馬鹿者だからな、何を言っても父上が父上がって……うるさくて仕方が無い」

「はは、言えてるね……でも、バックビークはどうしようもならないの?名前のおじさんに頼めない?」

そうしたいところなのだが、日本魔法省がホグワーツの事に干渉してくるなと注意を受けているので助けてやりたくても助けてやれないのだ。

「いいんだ、名前にもこれ以上迷惑はかけられん、バジリスクだって保護してもらったんだ……話は変わるが、あいつは今どうしちょる?」

「今はうちの敷地内の山でのびのびと暮らしているよ、カザハヤの言う事は必ず聞いてくれるし、人間は誰も襲ってないよ」

「……そっか、それを聞いて安心したわい」

「会ってみたい?」

「いいや遠慮しとくよ…さすがにまだ死にたくねぇからな」

ハグリッドが会いたいと言ったところで、会える可能性などゼロだろうが。

「バックビークは逃がしてやれないの?」

「おれがやったとばれたらダンブルドアに迷惑がかかっちまう……」

「うん……そうだね」

「だからよ、最後まであいつには好きな事をさせてやろうとおもっちょる……」

涙ぐむハグリッドに名前は何一つ気の効いた言葉をかけてやれなかった。ある日の防衛術の日、この日もルーピン先生は現れず代わりにスネイプ先生が席につく。人狼についてのレポートは満点を取れる自信があったが、何故あの時スネイプ先生は人狼についてのレポートを提出させたのだろうか。ハーマイオニーが言うように習うのはまだまだ先のはずだ。どうせスネイプの気まぐれだろという2人にハーマイオニーは何か考えがあるのか突然口ごもる。

「ねぇ、名前はその……気がつかない?」

「え?」

「……ううん、なんでもないわ」

「う、うん……」

何に気がついたんだろう。いや、それどころではない。スネイプ先生のおかげで試験範囲がとんでもないことになってしまった。名前は寝る間も惜しみノートまとめに没頭する。膝の上には小太郎の頭がちょこんと乗せてあり、主人とは対照的にぐっすりと眠っている。その証拠に少し動いても小太郎はびくともしない。

「はぁ……疲れた……」

もう深夜の3時だ。そろそろ眠らないと翌日に響く。ぼーっとしていると、今まで起きた出来事がぽつぽつと思い起こされる。そう言えば、ハリーはクリスマスに何者かからファイアボルトをプレゼントしてもらっていたっけ。ハーマイオニーは闇の魔術がかかっているかもしれないと先生に渡したが、結局何の魔法もかかっておらずそこでも3人は喧嘩をしていたっけ。ハーマイオニーは聡明な魔女だ。何事に関しても鋭く、素晴らしい直感を持っている。ハリーに対して少し過保護なのでは、と何度も思ったことがある。結局ファイアボルトを送った人物は不明のまま試合を迎えた。ハリーのファイアボルトは最高の動きをし、グリフィンドールに勝利を与えてくれた。ハリーが満足ならそれでいいんだ。

「……寝るぞコタロウって……もう寝てるか」

頭を動かしてもびくともしない小太郎。呼吸音は聞こえるので死んではいないが、ここまで動かないと少し心配になる。

寝不足のせいか名前は3人が部屋に出て行ってもそのまま眠り続けた。今日が休みで本当によかった。目覚めたのは昼前で、この時名前は大切な用事を思い出し慌てて外に出た。

「み、皆ごめん!」

「名前……もう遅いぞ、今さっき…処刑されちゃったよ……」

「そ、そんな……」

「君を起こそうとしたんだ、けど君の…コタロウがね、君に近づこうとすると威嚇してくるんだ……」

「そ、そうだったの?ご、ごめん噛まれてない?」

「うん大丈夫だけど……だから諦めて先に来ちゃったよ」

小太郎がそんなことをしていたとは。確かに人見知りをする犬ではあったが、ハリー達は好いているはずだ。

「…あら、あれ、名前への手紙じゃないかしら?」

「え?」

猛禽類特有の鳴き声が聞こえてくる。この音は、魔法使いに荷物を届ける鳶の声だ。名前はハーマイオニーの指す方向を見つめ、それを確認する。

「真っ白の鳶……」

「うわぁ、真っ白のトビなんて見たことが無いわ」

「うん……」

真っ白の鳶が使われる時は、ある特別な事を知らせに来る時だ。名前は呆然と鳶が下りてくるのを見つめる。ただならぬ名前の様子に3人も不安げに見つめてきた。

「……ねぇ名前、どうしたんだい?」

「…大変だ、まずいぞ……」

「え?」

試験は来週だというのに。名前は震える手で手紙を開く。

「ごめん、校長に会わなくちゃ」

「え?ど、どうしたんだい?」

「ちょっと、なぁ待てったら」

まさか、もうこの日がやって来てしまうなんて。

その手に握られた訃報の知らせ。