聖地マリージョアでは、海軍本部元帥“仏のセンゴク”が頭を抱え短くうなり声をあげていた。
「―――またあの小僧か―――…次から次へとあの一族の血はどうなっておる…っ」
「情報によれば、麦わら一味に、ユースタス・キャプテン・キッドとその仲間数名、さらにトラファルガー・ローとその仲間数名…賞金首は14名まで確認、内5名は億越えのルーキー」
そして、“保護対象”の“魔女”が一人―――。部下の男が告げると、彼は勢いよく机を殴る。
「なぜだ!?」
「今回“魔女”が天竜人に“杖を向けた”と報告を受けています」
「―――どうして大人しくしていないんだ…ッ」
「…今回の主犯格は、天竜人チャルロス聖に手を挙げたモンキー・D・ルフィとみられています」
とにかく、天竜人3名を人質に取った凶悪事件と判断されている以上は、動かざるを得ない。今回は、大将の1人…黄猿”ボルサリーノ”が向かう事となった。
「名前か…大人しくしていれば安全に暮らせたものを…」
「―――モンキー・D・ルフィが誑かした、そういう事にしておきましょう」
部屋の片隅で、黒いローブを纏った男が小さく呟く。彼女の気持ちは分からない事もない。しかし、こちらで生きていくには自分の信念を曲げる必要がある…少なくとも、彼の場合はそうだった。この世界に来て長い年月が経つが、自分の信念を曲げるなど学生の頃ではありえない気持ちの変化だと思う。しかし、長い事この世界に居て、様々な事を考えさせられた証拠。人を殺す任には滅多につかないが、必要とあれば動くこともある。魔法で人を殺していることに対して罪の意識がない訳ではない。自分の身を守るため相手を殺さなければならない時もある。だが、彼女はどうだろうか…彼女は、もう人を殺めているだろうか。男は静かにセンゴクの隣に立つ。
「何とかして、彼女と接触する必要がある…もしこのまま彼女が捕えられて、あの方たちの元へ連れて行かれてしまったら―――躾が行われてしまう、それだけは避けたいんです」
「はぁ…お前の気持ちはわかるよ、だがな、大人しく捕まる玉とも思えん」
「上の方たちにはそう言っておきましょう」
この間、上の方たちのご希望を叶えて差し上げたので、幾分願いは通りやすいかと。無表情で呟くローブの男に、センゴクは仕方なし、と頷く。
「モンキー・D・ルフィに唆されて、“誤って”杖を向けてしまった、と」
「―――そちらの根回しは頼んだぞ」
えぇ、任せてください。そう言い残すと、パチン、と音を立てて姿くらましをした。
「頭が痛い…白ヒゲに…小僧に…魔女か」
彼が“此方側”の人間でよかった。そう思わずにはいられない。きっと、今回の戦争で…召集されるだろう。センゴクは何度目かのため息を漏らした。
一方、ここはとある南国の島。シャボンディ諸島にある自分の“元店”からの連絡を受けながら、一人の男が愉快そうに笑っていた。テーブルには甘いトロピカルジュースが置かれており、電々虫で会話をしながらそれを勢いよく飲み乾す。見た目は“ヤンキー”、あるいは“チンピラ”。その彼こそ、王下七武海の1人…ドンキホーテ・ドフラミンゴ…名前の人生に深く関わる人物だ。
「それにしても“奴”が現れたか…フッフッフッ…こりゃぁ面白くなってきた」
海軍本部に通ずる電伝虫を引っ張り出し、それをテーブルに置くと早速ある人物に連絡を取ろうと試みる。しかし、繋がるとは思っていない。かれこれ何年も無視され続けているので、マリージョアで直接会う以外その人物とは一切連絡が取れないのだ。だが、あえて連絡を取ろうとする。今、彼の弱みを握っているからだ。不敵な笑みを浮かべ電伝虫を取る。
「よぉ…久しぶりだなぁ、元気にしていたか?」
「―――生憎、海賊に知り合いはいないので」
「つれねぇなぁ…フッフッフ―――奴らの“犬”をやるのに忙しいみたいじゃねぇか、なぁ?」
電伝虫の向こう側で、男は歯を食いしばる。なんて憎い男だ、だが、この男の電話を取った…それはつまり、あの男が弱みを握っているから。腹を抱えて笑うドフラミンゴだったが、一旦笑いを止め、真剣な声色になる。
「“魔女”を助けたいんだろ?」
「……だからあなたが嫌いなんだ」
「フッフッフッフ…!!俺は奴らの弱みを握っているからな…お前の“お願い”だけじゃ心元ないだろ?」
全てを掌握している訳ではない…が、彼らの確かな弱みを握っているのは、元天竜人でもあるこの男だろう。王下七武海であり、裏の世界を牛耳る男…通称“ジョーカー”あるいは“天夜叉”。彼は天竜人たちの弱みだけではなく、魔法使いたちの弱みも握っている。
「哀れだなぁお前らは」
天竜人共の、珍しいペット―――なぁ?そうだろう?
ドフラミンゴにそう言われ、腸が煮えくり返りそうになるがここは感情的になってしまった方の負けだ。
「ろくでもないあなたのことだ、何を対価に求める」
「フッフッフ…おいおい、ひでぇ言われようじゃねぇか―――」
この巨悪の根源とも言えるような男に頼まなければ彼女に下された”躾”の罰を回避する事は出来ないだろう。悔しいが、自分はまだそんな力をもっていない。むしろ、未だに護られている立場である。彼はふと、親のように面倒を見てくれている上司の姿を思い出し、自分が情けなくなった。
「いずれ、奴を我が国へ招待してやるつもりだ…そん時はお前も来いよ」
「―――なんの目的がある」
「目的?いいや、お前らずっと会いたがってるだろ?だから俺が会える場所を用意してやるんだよ…フッフッフ」
嫌な予感しかしない。
男は感情を抑え、言葉を続ける。
「奴はお人よしの、お節介焼きだ…きっとこちらの手に乗ってくるさ」
「…彼女には手を出すな」
「フフッ、そりゃぁ”今”は出せねえ、こっちも忙しいんでな」
つまり、いずれは手にかけるかもしれない―――男は暗にそう言っていた。
「マリージョアで会えるのを楽しみにしているぜ」
「―――あなたに会うためにあそこへ行くわけではない、ドフラミンゴ。僕も忙しいんだ、退屈だからと四六時中僕に連絡を寄越そうとするのはやめてくれ」
ガチャ、と勢いよく電伝虫が切られる。
あぁ本当にあいつらは退屈させねえ。獲物を狙う目で男は笑う。
「センゴクさん、僕の電伝虫、変えてもいいですか」
「あぁ、いいぞ、またあいつか?」
「はい…」
「―――仕方がない、今月で何個目だ」
「13個程…」
「やれやれ…」
マリージョアでは、彼の電伝虫が定期的に変わるのは別に不思議な事でもなく、日常的に行われていることだった。
この電伝虫は部下の誰かが使うのだろう。傍に控えていた青年…テッドは上司である男から電伝虫を受け取り、苦笑いを浮かべた。