19 ロングボトムの仕立て屋/シャボンディ諸島

突如現れた彼は、いとも簡単にケイミーに取り付けられた首輪を外して見せた。投げつけられたそれは、衝撃音をとどろかせる。外せたとしてもすぐさま投げなければケイミーは死んでいただろう。あまりにも一瞬の出来事で、名前の肉眼では確認できなかった。それが出来るということは、この男が“怪物”であることの証。
フランキーがカギを見つけてきてくれたが、既にケイミーは解放されていて。呆然と立ち尽くす仲間たちの様子に首をかしげるフランキー。

「…冥王“シルバーズ・レイリー”…間違いねぇ、こんなところに伝説の男が」

キッドの呟きに知らなかった者たちは驚く。

「この島じゃコーティング屋のレイさんで通っている」

ヘタにその名で呼んでくれるな―――もはや老兵、平穏に暮らしたいのだよ…。彼は呟いた。

「そうだ!ハチ、じっとしててね」
「ニュ~、何するんだ?」
「エピスキー!」

チョッパーに弾が貫通していることを確認してもらうと、杖を彼の負傷した腹部に向け、治癒魔法を施す。すると瞬く間に傷は塞がりハチの表情は和らいでいった。

「ほう、便利だな」
「…制限もありますけれどもね、はい、完了。しばらく痛むと思うから、チョッパーから痛み止めを貰ってね」
「すまねぇ、ありがとうなぁ…!」

治療薬の領域となると、もうチョッパーに頼るしかないので名前は傷を塞ぐ程度しか治療することが出来ない。その後、感染症などの予防としてチョッパーから処置を施してもらう必要があるが、今はここからどうやって逃げるかが問題。医者の処置は後になるだろう。

外からは、天竜人を解放しろと拡張機越しの声が響いてくる。ちなみに、ルーキーどもと表で叫ばれていることから、ローとキッドは完全に共犯者として認識されているようだ。表は包囲されており、かすかに火薬のにおいが漂う。

「俺たちは巻き込まれるどころか、完全に共犯者扱いだな」
「麦わらのルフィの噂通りの“イカれ具合”を見れたんだ…文句はねぇが、今大将とぶつかるのはごめんだ」

すると、悲しいお知らせが一つ。伝説の男、レイリーが先ほどの力はもう使わないので君たちだけで頑張りなさい、と宣告されてしまう。物凄く頼りにしていたのに、特にナミなんて彼が居れば大丈夫だ、とまで期待していた。

「―――物のついでだ、お前ら“助けてやるよ”」

赤毛の彼の言葉に、カチンときたのはルーキー二人。ルフィとローだった。助けてくれるのならばありがたく恩恵を受けるべきだ。少なくとも、ナミや名前、ウソップは同じことを考えていた。

「表の掃除は“しておいてやる”から安心しな」

男前だね!彼に甘えてさっさと逃げよう!そういいたいところだったが、ルフィとローが入り口に向かっていく姿を見て大きくため息を漏らす。どうして対抗心燃やすのよ…。

「もう、勝手にして…ケイミー、パッパグ、ハチ、とりあえずあなた達だけでも安全な所に連れていくわ!」

負傷しているハチは戦えないだろうし、ケイミーにパッパグは以ての外。ならばこの二人と一匹を先に安全な場所へ逃がせれば、サンジたちは安心して逃げることができる。

「えぇ、名前、一人で大丈夫なの?」
「大丈夫よロビン、すぐ戻ってくるわ」
「―――いいや、ここに戻ってこないほうがいい、先に逃げててくれ」

確かに、サンジの言う通りだ。船に逃げると包囲されている場合もあるので、先に別の場所に逃げることとなった。とりあえず、名前は二人と一匹に触れ姿くらましをする。シャッキー’S ぼったくりBARという店の近くまで姿あらわしをし、二人を店まで運んだ。仲間たちもようやく店に集まり、レイリーが様々な事を語ってくれた。彼が海賊王、ゴール・D・ロジャーの船の副船長だったことや、その旅で世界のすべてを見聞きしてきたこと…世界の真実を知っているが、知りたければ教えてあげよう―――そう言われたが、それを聞いてしまっては冒険に出た意味がない。この海で最も自由な奴が、海賊王だ―――ルフィの言葉にレイリーは微笑む。

海軍大将の誰かがここへやってきているので、呑気にお茶をしている暇はない。コーティングが終わるまで静かに、敵に見つからないように過ごす必要があったが…そうもいかず。
王下七武海の一人、バーソロミュー・くまが現れたかと思いきや、自称口の堅い男、戦闘丸という男が現れ、さらにもう一人くまが現れた。
折角倒したと思った矢先、現れた二人目に困惑と絶望の表情を浮かべる仲間たち。

「どうなっているの…!?」
「ともかく逃げるんだっ」

今の時点でかなり負傷しているので、ここは逃げるしかない。

「みんな!3日後にサニー号で!」
「わかった…!」
「おう!!」

バラバラに散って逃げることとなり、一味はそれぞれ逃げていく。しかし―――突如、光線のようなものが放たれ、ゾロが吹き飛ばされる。

「ようやく来たか、黄猿のオジキ」
「―――黄猿…ッ!?」

ひょろりと長い手足に、どことなく個性的な顔をしているこの男は海軍大将の一人…通称、黄猿…名前はボルサリーノという。

「もう手遅れだよ~懸賞金一億二千万・・・海賊狩りのゾロ…そこそこやれる剣士だと聞いていたんだがねぇ~一発KOとは、ずいぶん疲れがたまっていたんだねぇ」
「くそ…大将だと…」

このままだと、ゾロが危ない。即座にゾロの前に姿あらわしをする。彼に触れ、男が動き出す前に姿くらましをするが、どういう訳だか逃げた筈なのに、目の前にはあの男が立っていた。

「―――っどういう事!?」
「今のは“魔法”だねぇ~?あいつもよくそれを使うからよくわかるよぉ~」

にやりと不敵な笑みを浮かべる男を前に、背筋が凍っていくのを感じる。この男には勝てない―――少なくとも、魔法の知識がある。知識があるという事は、こちらの行動をある程度予測できるという事…ならば、とゾロに治療魔法を急いで施す。こんな時に何を、と彼は呟くが、最悪の事態を考えて今できることを行ったまでだ。

「“魔女”名前、お前がついてくるならば、こいつらを見逃してやってもいいけどねぇ~」
「―――え」
「逃げろ名前…俺のことは放っておけ…!!」
「駄目だよゾロ!」

仕方がないねぇ~、と気の抜ける声でつぶやくと、男は己の左足を上げた。すると左足が突如光だし…先ほどの攻撃を繰り出すつもりなのだろう。

「手足を潰してでも連れて行こうかねぇ~」
「名前っゾロ―――っ!」

スリラーバークで身代わりとなったゾロは、未だに傷が癒えていない。むしろ、長期入院すべき状態だというのに、自分の肉体に鞭を打って今まで戦ってきた。それに加え疲労が蓄積された彼の肉体は既に限界を超えている。慌てて姿くらましをするが、再び目の前に立つ男の姿を見て更なる絶望を感じた。駄目だ、逃げられない―――と、その時。

「剣が…効かない!?」
「貴様!足をどけろっ」

ウソップとブルックが二人を守るようにして黄猿に立ちはだかる。しかし、技は男の身体をすり抜けていく…ロギア系の能力者の特徴ともいえるだろう。

「無駄だねぇ~あっしはピカピカの実の光人間…ロギアだからねぇ~」

ならば、これならばどうだ―――

「ステューピファイ!」
「あっぶないねぇ~…無暗に杖を振り回すのはやめなさいよぉ?」

幾つか魔法を放つが、すべて避けられてしまった。というより、男は彼女の動きを読んでおり、故に名前が何をしても涼しい表情を浮かべている。避けられてしまっては、魔法など無意味なもの―――なんの力も持たない…。まばゆい光を前にすべてをあきらめかけていると男の足が何者かによって弾き飛ばされた。なんとここで予想外の味方が現れる。

「あんたの出る幕かい?冥王レイリー」
「若い芽を摘むんじゃない、これから始まるのだよ、彼らの時代は」

なんて頼りになる人だろうか。

「おっさん!!」
「助かった…」
「はぁ…」
「よかっだぁ…っ」

しかし、安心するにはまだ早い。魔法を使いすぎて名前は当分魔法を使えなさそうだ。ゾロを抱えて逃げるにしても、タイミングが中々つかめない。

「あんたがこの島にいることは度々耳にしていたけれどもねぇ、本当だったんだねぇ、こんなひよっこの肩を持つなんて腐っても海賊って訳かい?レイリーさん」
「君たちが手配書を破棄してくれるのならわたしも安心して暮らせるのだがね」

レイリーが現れ、ゾロたちの命は一時的に救われた…しかし、彼がいくら足止めをしてくれたとしても、また新しいくまが現れたら―――ネガティブな事ばかりが浮かんでは消えていく。

「ゾロを連れて逃げろ!!」

ルフィの叫びを聞き、名前は動き出す。レイリーが足止めをしている間に、できる限り遠くへ―――ゾロを連れて姿くらましをしようとするが、魔力を使いすぎてそのリバウンドが頭にずきりとした痛みを伴い、現れる。

「うぐっ…っ」
「お前は…一人で逃げろ…!俺たちの事は心配するな…!」
「でも…!」
「逃げてください名前さん、我々が固まっていては、いい的です」

なるべく、少人数で逃げたほうが効率が良い。相手を錯乱でき、安全に逃げられるからだ。

「―――絶対に、後で会おうね!!逃げ切ってよ!」
「へっ、ウソップ様に任せろ!」
「わたしが敵を葬ります!」

ウソップの肩に背負われているゾロにちらりと視線を向けると、彼はにやりと笑った。本当に、ゾロはかっこいいんだから。名前は微笑む。

「ゾロ、後でちゃんと治療してあげるからね!」
「あぁ…」

気を付けろよ…とつぶやくゾロとウソップ、ブルックに勝利のおまじないをかけると、彼女は走り出す。

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