12 キミガタメ/秘密の部屋

2人が遠くへ行くのを確認すると、名前は雪が降っていようが身体が冷えようが構わず、庭にその身を投げ出した。ぼす、と音を立てて身体が沈んでいく。

大人の人達は勝手に事を進めて行く、子供の意見なんて聞く耳もたずだ。こんな家に育てられ、唯一良かったと思えたのは小太郎と出会えた事と、少なくとも自分を理解してくれる人はこの中にもいるということが分かった事ぐらいだろうか。

「ワン、ワン!」

「……小太郎…なぁ、あいつら勝手だよなぁ」

「ワン!」

「だろ?お前なら分かってくれると思ってたんだ……はぁ、これじゃ、ホグワーツにいたほうが疲れなかったかも。もう、あの人達に挨拶するのはやめようかな……」

捨て子だってさ、はは……事実だけど、今さらだよな。未だに根に持っているとか、ゲンおじいさまが実はおれを嫌ってるとかさ、もうどうでもいいよ。こっちだって嫌いだし、好きだと思える要素が何一つないから気にもならないよ。顔はいつも怒ってるし、部屋に飾ってある虎のはく製は不気味だし。

自分が仮に祖父達に言われた通りにしたとしよう。議長になって、それから……あの部屋に飾ってある虎のはく製と同じ運命を辿るのだろう。結局はあの兄弟が権力を握っているのだから。この時、ふとハーマイオニーの言葉が思い浮かんだ。

「……そうか、いっそのことなっちゃえばいいんだ……」

「ワン!ワン!」

「あぁ、良い事思いついた!すごいなぁおれの親友は!流石は学年トップ5だ!」

「ワン!」

道のりは長いかもしれないが、言われた通り跡取りになればいい。勿論あの剥製のようにならないためにも策は巡らす必要があるだろうが、これが最も自由に近い道だ。自分が議長になれば、人事を移動することが出来る。あの気に入らない夫婦を追い出す事も、この日本の魔法族の世界を解放する事も出来る。それを全て決めるのは議長の一言だ。

「ともかく、あいつらを追い出そう!気に入らない奴ら、みーんな外に追い出そう、それから色々考えよう!」

散々馬鹿にしてきた復讐とも言えるこの野望。混血児である自分が本当にトップに立ったら、あいつらはどんな顔をするだろうか。想像するだけで楽しくなってくる。

「―――あぁ、でも駄目だ、おれにはそんな力無いよ……」

「ワンワンワン!」

自分がいるぞ、と言わんばかりに吠える小太郎に名前は苦笑する。

「駄目だよ、お前に一匹には重荷すぎるし……友達は絶対に巻き込みたくないんだ……だから、これは絶対に無理だろうな、まぁ……こうできたらいいなっていう、夢だよ。夢を見るのはタダだろう、小太郎」

「ワン!」

「……寒いから帰ろうか」

少しふぶいてきた。頭の冷めた名前は身体の雪を払い落し、美香に濡れた着物を乾かして貰い家へ帰って行った。あの2人に彩の婚約者はどうなったのかと聞いておけばよかったな、と思いだしたのはホグワーツに向かう列車の中だった。

「あれ、名前……なんだか元気無いわね」

「…一番元気のなさそうなジニーに言われるなんてなぁ……」

「えぇ……だって、顔色……私より、悪いもの」

「……うん、少し列車に揺られて酔ったみたい」

半ばそれは嘘ではない。正月からあまり眠れなかった為寝不足が祟り、列車の揺れで具合悪くなってしまったのだ。頑張って列車の中で眠ろうとはしたが、コンパートメントの外がうるささで眠れるはずもなく。

ジニーは本を片手に名前の額に触れる。思わずそんなジニーの行動に名前はどきっとする。

「うん、熱は無いみたい」

「……」

「どうしたの?」

「え……ううん、なんでもない」

「ジニー!」

パーシーはジニーが心配でならないようだ。ジニーと別れると、ふと廊下に落ちている一冊のノートを発見した。もしかしてジニーが落としたのではないだろうか。古い日記帳で裏にはトム・M・リドルという持ち主の名前が書かれている。トム・M・リドルなんて知り合いはいない。とりあえずジニーの持ち物でない事が分かった名前は、それをカバンにしまい医務室で待つ友人たちに得た情報を伝えに向かった。

手紙で知った事なのだが、ハーマイオニーが飲んだポリジュース薬には猫の毛が入っていたようで、猫に変身してしまったのだという。姿は戻っても毛玉が吐き終わるまで退院できないので、マダムに許可をとって医務室で相談することになった。

「名前!なぁ聞いてくれよすごい事が分かったんだ!」

「うん、おれのほうもすごくないけど……」

「落ち着いてロン、まず名前の話から聞きましょう」

「どうやら、おじいさまが言うには以前秘密の部屋が開かれたそうなんだ」

名前はあの話題を振りだしたときの、祖父の表情を思い浮かべる。アレは確かに事情を知っている人間の顔だ。

「それはマルフォイも言ってたよ、50年前に秘密の部屋が開かれて、1人女の子が死んだって」

「名前が継承者なんじゃないかとも言ってたぜ、だからあいつは何にも継承者についての情報は知らないみたいだ」

カザハヤの血にスリザリンの血が混ざっていない、とは断言できない。きっとどこかで規則が変わった時もあるはず。規則は基本、その時にいる議長が決める事だ。何百年と続いているのだから、きっとそういう議長もいたに違いない。血統管理部が出来たのもつい最近だと言うではないか。だが、名前がそれに手を下していると考えるのは見当違いだ。

「へぇ……そこまでは教えてもらえなかったけど、おじいさま、何か詳しい事情を知ってそうだった……そいつの話はするなって言われたんだ。だから、きっと犯人が誰なのかも知っているかもしれない……ミカは、犯人はバジリスクじゃないかって言ってたけど、でも蛇舌…パーセルマウスであるおれにも声が聞こえないとなると、辻褄が合わないってさ。あいつらは目を見ただけで即死するらしいから」

「……バジリスク…そうなの、そこまで調べてきてくれたのね、ありがとう。流石は名前の家の人達ね、何でも知っているのね」

「でもさ、どうしておじいさんにそれ以上追及できなかったんだい?絶対に当事者だろ、そりゃ……まさか、君のおじいさんが……」

「もう馬鹿言わないで頂戴、いくらなんでも名前に失礼よ!」

ゴホン、とマダムの咳ばらいが聞こえてきて4人は慌てて声のトーンを下げる。

「……まぁ、うちのおじいさまが犯人だっていうのは分からないこともないかも、外界人……あ、マグルのことを嫌っているから」

「ガイカイジン?それって君の国でマグルって意味なのかい」

「そうだよハリー」

「へぇ、外国語だとなんだか悪い聞こえしないなぁ」

それは言い方によるんじゃないかな、と思ったが話を戻すため何も言わなかった。名前はとりあえず荷物を置くため部屋に戻った。が、驚いた事に部屋には先客がいた。小太郎は唸り声を上げ、その人物を威嚇する。よかった、鎖でつないでおいて。じゃなければ今頃ジニーは小太郎に噛みつかれていただろう。

「ジニー、どうしたんだい?あ、もしかしてあの日記帳、ジニーの?」

ジニーが男子部屋に堂々と来るような子だったとは。少しジニーの目がとろんとしている気がしたが、きっと自分が寝不足のためそう見えるのだろう。

「その日記、中見てもらってもいい?そうね、何か書きこんでもらいたいの……その日記帳、とっても不思議なの……」

「え…?うん、別にいいけど……ジニー大丈夫?」

「えぇ……私は大丈夫、早く……」

「う、うん」

ジニーの様子が気になったが、不思議な日記帳も少し気になる。名前は椅子に座り日記帳を開き、とりあえずこんにちは、とかきこむ。

「……うわぁ、こりゃ不思議だ、これ、どうしたんだいじ……」

後ろを振りむくとそこにはいたはずのジニーの姿は無く。扉が開いたままだったので、ジニーが1人で部屋に帰って行ったのが分かる。どうせなら一言声をかけてくれればいいのに。とりあえずこの日記は、驚いたことに文字を書けば返事をしてくれるのだ。日本にもこれに似たようなものはあるが、イギリスにもあったとは。子供の文字書きの練習に使われるノートによく似ている。

『はじめまして、名前・カザハヤです、あなたは?』

『はじめまして名前、そしてようこそ』

ようこそ?何だろう、そう思った瞬間日記帳が光り始め、ページの隙間に吸い込まれてしまった。逃げる間もない僅か3秒の出来ごとだった。

「……ん?ここは何処だ……?」

「ようこそ、ここは僕のつくりだした世界だよ」

「……えーっと、誰ですか?」

「おや、僕を知らないのかい?」

「…残念ながら」

談話室に似た部屋に名前は立っている。そして、その中心には暖炉があり、暖炉の前には豪華なソファに身を委ねている赤い瞳の少年がいた。

「……僕の名前はトム・M・リドル、君はあのカザハヤ家の子かい?」

これがどんな原理なのかは知らないが、無事外に出られるのだろうか、と不安になる。とりあえず椅子に座ることにした。なんとなく彼の事がきになったからだ。何故彼がカザハヤの事を知っているのかは後で聞く事にしよう。

「この世界は君が魔法で作ったの?」

「そうだよ、素晴らしい出来栄えだろう?」

「……君は何者?」

「僕は記憶さ……50年前のね、君のお友達であるジニーは、僕の日記帳に悩みをいつも打ち明けていたよ、その中に、君の名前が挙がったからジニーに頼んで連れてきて貰ったんだ」

「……これ、ジニーのノートだったんだ……」

「そうだね、いや、正しくは僕の日記帳なんだけどね。まぁ細かい事はどうでもいい、単刀直入に言えば、君と話がしてみたかったんだよ」

「…おれと?」

赤い瞳を見ていると、心がざわつく。背筋が寒くなるのを感じる。怒った時の祖父とはまた別の恐怖だ。

「ふうん、グリフィンドールか……君、本当にカザハヤの人間?」

「……あぁそうだけど」

確かに一族全員レイブンクローに入学しているのだから、疑うのも分かる。だが、何故彼はカザハヤの人達がレイブンクローである事知っているのだろうか。

「えっと、リドル、君はカザハヤの事情に随分と詳しいようだけど、知り合いにカザハヤの人がいたの?」

「あぁいたよ、ケンイチ・カザハヤ―――彼とは同級生だったからね」

「……おじいさまと……?」

「そうだよ、彼は僕を好いてくれなかったけど、僕はそこまで彼を嫌いではなかったよ、同族だと思っていたからね」

リドルの言う、同族の意味が何を指しているのか分からないが、この人物が祖父と同級生だったと言う事実に少し驚かされた。

「今も、日本の魔法界は閉鎖的なのかい?」

「……えっと、まぁ、一応そうなるんじゃないかな……」

「ふうん、相変わらずって所か。じゃぁ、ケンイチは議長になれたのかい?」

「いや、おじいさまの弟が議長を務めているけど……」

こんな事を聞いて、何になるんだろうか。彼は記憶でしかない存在だろう?名前はまだ、リドルが何を考えているかよくわからなかった。

「……誰か来たみたい、じゃあね」

「えっ!?」

そう言えば、どうして自分はここにいるんだろうか。ジニーがいたまでは思いだせるんだけど。名前は目の前にある黒い日記帳を手に取り首をかしげる。

「あれ、名前ここにいたんだ」

「うん……おかしいなぁ……」

「何が?」

「ううん、何でもない」

「それ、名前の?」

「え?いや……分からない、気がついたらここにあったんだ」

さっき、誰かと話をしていたような気がしたんだけど、気のせいだろうか。名前は日記帳を机に置き、そのままふらふらと部屋を出る。それを心配そうな表情で見つめるハリーとロンに気づくことなく、ふらふらと談話室へ降りる。

……誰と話をしていたんだろうなあ、おれ……

ようやく春が訪れ、マンドレイクの収穫も間近となった頃、スリザリンの継承者は身をひそめるようになっていた。瞳の色もあれから変化なく、あの肌寒さも感じることなく平凡に過ごしている。ハリー達は机の上に置いてあった日記帳の人物について、色々調べ上げているようだが、その頃になると名前は学年末試験の追いこみ勉強に没頭した。自分の夏休みの自由がかかっているのだ、なんとしてでも学年5位以内に入らなくては。おかげで継承者うんぬんでマルフォイにからかわれたりしてもなんとも感じなくなっていた。

「バレンタイン、おめでとう!

けばけばしい色のローブをまとったロックハートを朝から見る羽目になるなんて。勉強に没頭していた流石の名前も突然の広間の変化に顔を上げる。天井にはハートがちりばめられていて、仄かに甘い香りが漂っている。なんでも今日はバレンタインデーなのでロックハートが張り切っているようだ。無愛想な顔をした12人の小人が彼の言うキューピットなんだとか。まったく、悪趣味にも程がある。あいつらに着せているのは何だ?天使の服か?

「今日は学校中を徘徊して、みなさんのバレンタインカードを配達します。そしてお楽しみはまだまだこれからですよ!先生方もこのお祝いのムードにはまりたいと思っていらっしゃるはずです!さぁ、スネイプ先生に愛の妙薬の作り方を見せてもらってはどうです!ついでに、フリットウィック先生ですが、魅惑の呪文について、私が知っているどの魔法使いよりもご存じです、素知らぬ顔して憎いですね!」

なんて恐れ知らずな人だろうか。ロックハートの授業は最も下らないものだが、彼のこういうところは嫌いではない。ハーマイオニーは彼のそういうところを好いているのだろうか、と名前は考えた。スネイプの顔といったらもう、今にも最初に聞いてきた奴には毒薬を無理やり飲ませてやる、みたいな顔をしている。フリットウィック先生は恥ずかしさのあまり両手で顔面を覆ってしまった。ロックハートが言うには、彼あてにバレンタインのカードが既に46枚届けられているそうだ。見栄か事実かなどどうでもいい事。問題は授業中、邪魔をしないかということ。

大広間から最初の授業へ向かう時、ロンは思わずハーマイオニーにカードを送ったのかと聞いてしまった。まぁ、あの反応なら送ってあるんだろうな……。

名前が危惧したとおり、授業中お構いなしに彼らはやってくる。名前に届けられるバレンタインカードを延々と読み上げて行く小人をスネイプは無理やりつまみだそうとしたが、小人にも仕事に対しての意地があるのか、仲間総出でやってきた。

「名前・カザハヤ、あなたのことはいつも見ていました、あなたはそっけない態度をとりますが、わたしはそんなあなたのことを」

もう散々だ。バレンタインなんて馬鹿げた行事、一体誰が考えたんだ。カードの読みあげはなかなか終わらない。それだけ女子生徒が名前にカードを送ったと言う事。昼を迎える頃になるとロックハートを超えたんじゃないかと思われるカードの山が次々に名前の所へ届けられた。中には嫌がらせの手紙も含まれていたが、ほとんどは女子生徒の好意によるものばかり。ロンはそんな名前を笑いつつも、内心嫉妬を感じずにはいられなかった。

「もうコリゴリだよ」

「継承者騒動があったっていうのに、相変わらず君は人気者だね」

「ロン……怒るぞ」

「ははは……だっていいじゃないか、確かに嫌がらせも中にはあったけどさ、ほとんどは君に恋をしてる女の子達からさ」

「おかげで授業が全然頭に入らなかったよ、スネイプ先生の顔を見たか?おれ、教室を追い出されるのかとひやひやしたよ」

「確かにあの時、あの人すごい機嫌が悪そうだったわね……」

「あいつはいつも不機嫌だろ、特にグリフィンドールに対してはね」

ハリーの意見はごもっともだ。あの人が不機嫌でない時の方が、むしろ不気味だ。

午後になり『妖精の魔法』教室へ向かっている最中、あの小人がやってきた。

「オー、あなたです、アリー・ポッター」

ついにハリーにも試練の時がやってきたか。名前は小人が抱えているカードの中に自分のカードがあることに気が付き、足早にその場を去って行った。後でハリーに散々文句を言われてしまったが、こればかりは理解していただきたい。小人があまりにも煩いので、先生に許可をとり名前は小太郎を連れ歩くことにした。小太郎が小人を追い返してくれたおかげで夕食の時も安心して過ごすことができた。小人から奪ったバレンタインのカードをちぎり、満足げに尻尾を振る小太郎。カードの送り主の心境は複雑だ。