ハリー達と合流したのはいいのだが、タイミングが悪かったようだ。いがみ合うウィーズリー家とマルフォイ家のはち合わせをこうして目の前で見ることになるとは。
「おや、君は……ドラコから聞いているよ、カザハヤ」
おまけに名前も巻き添えだ。
「去年、パーティの参加を断ったようだね……家がそんなに好きかね」
「えぇ……文化がそもそも違うので」
「東洋人のくせに、我々を舐めるのも体外にしたほうがいい」
「ルシウス、それが10歳そこそこの子供に対して言う事かね!?」
ほら始まった、ロンの父親、アーサー・ウィーズリーとマルフォイの父親、ルシウス・マルフォイの戦いが。
「アーサー、さぞ嬉しいだろうね、東洋で最も権力のある一族の傘下に入れて」
「傘下だと!?ルシウス、君は戦争でもするつもりなのか?え?」
「そちらが望むならご期待に添えよう、だが、無様な負け姿を晒すのは君だろうがね」
もう勘弁してくれ、と名前はロン達に視線を送るが、2人の戦いを熱心に見つめている為名前の助けを求める視線に気がつくはずもなく。
「あら、名前どうしたのこんなところで!外に出られなかったんじゃないの?」
「…彩姉さん!」
まさか彩とダイアゴン横町で出くわすとは。神の救いとはこれを言うのだろう。大人2人は突然現れた東洋人の少女に視線を奪われる。
「あら……この方たちは、名前の知り合い?」
「あ……えっと、彼女はおれの従姉なんだ、アヤ・ヒイラギっていうんだ」
念の為、挨拶はしておこう。名前は彩を紹介すると場の空気は先ほどの緊張感がいくらか緩んだ気がした。ここですかさずマルフォイ親子が口を挟んでくるのは予想の範囲内だ。
「君は…あのカズコ・ヒイラギの娘かね?」
「はい、母をご存じなんですね、Mr.マルフォイは」
「まぁ、彼女はわたしの寮の後輩だったからね…」
彩の母、もとい名前の母の姉である柊和子はホグワーツに通っていたのは知っていたが、スリザリンだったのは初耳だ。和子は日本の魔法省で血統管理部の室長でもある。
「君の母君はご立派な仕事をなさっているね……血統管理部の室長だと聞いたよ……実にすばらしい役職だ。我が国の魔法省もそれを見習ってほしいものだがね…」
ルシウス・マルフォイは奥にいるハーマイオニーの両親をあざ笑うかのように見やる。なんて失礼な男だろうか。ハーマイオニー怒りをこらえているのか拳がぷるぷるとふるわせた。それはロンも同じようで、今にもとびかかりそうな勢いだ。だが、代わりにロンの父親が飛びかかってくれたので折角落ち着いた(とは言えないが)空気があっという間に修羅場へと変わる。ハグリッドが来なければどうなっていた事やら。
「もう、びっくりしちゃったわ」
「はは……おれもだよ」
彩はボーバトンの生徒なので、教科書はここではなくフランスの方で買うはずだ。事情を聞くと、クィディッチの選手なので新しい箒を注文しに来たのだとか。最新型の箒をチームの人数分一括で買うなんて、流石は柊家の財力。それを聞き、ロンはひゃーと間抜けな声を出した。
「すごいや、君の親戚にしろ家族にしろとんでもない金持ちなんだなぁ……羨ましいなぁ」
「ふふ、ウィーズリー家だって古い家系なのだから、そこまで貧乏ではないでしょう?」
彩の一言には時々毒が含まれている。美しいバラには棘があるように。
この一言でロンはしばらく口を開けなかった。彼はその時、とんでもなく自分の家がみじめに見えたのだ。マグルの家で苦労をしているハリーですらグリンゴッツに行けば金貨がたくさんある。それは亡くなった両親が遺してくれたものだ、だとしても自分の家には何があるのだろうか。ただ、家族が多いだけだ。
「……ロン、そんなに深く考え込まないで」
「ハーマイオニー、一般家庭に育った君なら、分かるだろう、いや、君なら絶対に分かってくれるはずだよ、僕、こんなに落ち込んだの久しぶりだよ」
彩と別れた後、ロンは小さくぼやく。ウィーズリー夫婦は現在買い物の途中なので子供たちだけで道を歩いている。彩に一緒に箒を見ないか、と誘われたがロンの事もあって丁重に断った。残念そうな顔をされたので、今度2人で見に行こうと約束をつけてなんとか場を凌いだ。
「ごめんロン、その、彼女には悪気はないんだよ……姉さん、とっても天然なんだ」
「それにしても言いすぎよね…言っていいことと悪いことの区別ぐらい、年上なのだから分からないのかしら」
ハーマイオニーはロンの落ち込み具合をみて彩に相当ご立腹のようだ。そんな2人を見ているととても居た堪れない気持ちになった。何度謝罪しても名前は悪くないのよ、の一点張りでどうしようもない。
「そもそも血統管理部って何なの?あなたの国を批判する訳ではないけれども、それってすごい差別主義じゃないかしら?」
「…あー、そうかもしれない……」
「何よ、自分の国なのに考えたこともなかったの?」
「う……うん、考えた事無かったかも……」
それが当たり前だと教育されていたから。途中から来た名前はまだそこまで純血主義ではないが、彩のような子は根っからの純血主義。故に、彼女はハーマイオニーがマグル出身だと知ってなるべく近くに寄らないようにしていた。名前の隣を歩いていたし、話しかけるのはロンと名前だけだった。
「……日本の魔法省のトップの孫なんだよね、名前って」
「え?」
「カザハヤが日本の魔法省のトップだってのは知ってたんだ、けど、まさか名前がその直血だとは思わなかったよ」
どうやら夏休みの間に父親から聞いたようだ。唐突に話を振られ、名前は少し困ったように笑う。この手の話題は、苦手なんだよなぁ。
「……確かにそうだけど……でも、所詮あの人達には道具にしか思われてないし、正しくはおじいさまのお兄さんがトップだし……外国程、魔法使いの人数はいないから……そんな大層な存在なんかじゃないよ」
「何を言ってるのよ、血統管理されているのでしょう?だから数が少ないままなんじゃないの?」
気がつけばこの話題にハーマイオニーは熱くなっていて、街ゆく人の視線をちらちらと感じ少し恥ずかしくなった。
「そうよ……そうよあなた、例え道具としか思われてなかったとしても、それを逆手にとればいいのよ!」
「…え?ちょっと待って、どういう事?」
話はとんでもない方向へ進み、名前が日本の魔法省トップに立ち、血統管理部などという差別的な物を排除し、より平等で開放的な国へ導くべきだ、という話しになってしまった。流石のロンでもハーマイオニーから一歩後ずさり、周りをきょろきょろし始める。分かるよロン、恥ずかしいよね。
「なぁ続きはホグワーツで話せばいいだろ、色んな人がこっと見てるぞ」
ナイスフォロー、ハリー。今まで黙っていたハリーだが、これはやばいと思ったようでハーマイオニーを落ち着かせてくれた。ロンの後ろで歩いているジニーは盛大にため息を吐く。
「ねぇ、あそこで休みましょう」
ジニーがさした先にはアイスクリーム屋。そう言えば熱くなりすぎて喉が渇いたわ、というのはハーマイオニー。そりゃそうだ、あれだけ熱弁すれば喉も渇く。あの時一度も水を飲まなかったのがすごいくらいだ。名前はホグワーツが始まってもこの手の話題にならないように気をつけなくては、と心に決めた。
「グリーンティください」
「え、それ美味しくないよ……」
「おれは好きなの」
ロンはグリーンティ味、もとい抹茶味が好きではないようで美味しそうにアイスを頬張る名前の横でゲーと吐くふりをする。味覚は人それぞれ何だから仕方ないだろう。
「……そう言えばさ、名前はホグワーツに来るあいつをどう思う?」
「…誰?」
「書店で見ただろ、あいつだよ」
「……ロン、名前はパパとあの人が取っ組み合いを始めた頃に来たからもういなかったわ」
そう言えば、何やら人がたくさんいたっけ。
「ロックハートの奴がホグワーツの新任教師だなんて、ダンブルドアも頭がおかしいよな」
「どんな人かは知らないけど、沢山本を出しているんだね」
名前は足元に置いてあるカバンを見下ろす。この中には沢山本が詰まっているが半分はロックハートとかいう人物の本だ。冒険ファンタジー作家なのかは分からないが、暇つぶしにはもってこいの内容だろう。
「まぁ、先生は素敵な方よ!」
「まだ先生じゃないぜ、新学期は始まってないんだからさ」
「でも、ロックハート先生は素敵なかたよ!こんなにも大冒険をしているのだから…」
ハーマイオニーはロックハートにお熱だ、とジェスチャーしてくるロンを見て思わず吹きそうになった。別にハーマイオニーがロックハートに対する感情に対して笑っている訳ではない。ロンの顔が面白かっただけだ。だが、ハーマイオニーにはそう受け取られたようで睨まれてしまった。
「あ、そのハーマイオニーを笑ったんじゃなくて、ロンの顔が面白かっただけで」
「言い訳は見苦しいわよ名前…あなたはそういう人じゃないと思っていたのに……」
「ご、ごめん……」
「…まぁいいわ、名前は心からそう思ってくれていたみたいだし。残念ね、ロン、今年はレポート見せてあげようと思ったんだけれども、これから先永遠に見せてあげられそうにないわ」
「そそんなぁ!悪かったって!」
夏休みとはこうあるべきだろう。だが、名前にとっての夏休みは今日一日だけ。いくら閉心術の授業が終わったからと言って、他の授業が終わるとは限らない。今日は閉心術をマスターした名前へのご褒美でしかないのだから。
「……ずっと思ってたんだけどさ、名前のママはホグワーツに通っていたんだよね?パパは?」
皆なるべくこの話をしないようにしていたのだが(名前が一時孤児である事を知っている為)、場の空気を変えるべくロンが出した話題が悪かった。いくら優しい名前だとしても、この話題になると突然顔色が変わる。
「知らないよ、おれを捨てた奴なんて」
「……あ」
「もう、ロンったら!」
「ご、ごめん名前、べつに悪気はなかったんだよ…」
「そうだろうね、いいよ、別に気にしてないから」
絶対気にしているだろ。それから名前は会話を振られてもそっけない態度を取ってしまった。ロンも何とも言えず、折角の再会だというのに後半は無言で終わってしまった。日本に帰り、名前は自分の態度を振りかえり自己嫌悪で頭を抱えたのは言うまでもない。
「はぁ……夏休み、もう終わりか……ハリーにプレゼント、渡し忘れちゃったな」
「ワン」
小太郎は机の上に置いてある包みの匂いをくんくんと嗅ぐ。
「名前様、お食事のご用意が出来ました」
「…わかったよ」
今日は祖父祖母とも、会合にいるので名前は美香に見つめられながら静かに食事を取った。