05 キミガタメ/賢者の石

嗅ぎ慣れた畳の匂いに名前は安堵の息を漏らす。あぁ、ここに帰って来たんだ、と。

「名前様、お友達からお手紙が来ています」

「……そこにおいておいて」

勿論手紙の内容も家の者には筒抜けだ。それだけではない、届いた物全ては一度開封され安全かどうかをチェックする。集落に入れられるように特別なまじないをかけ、他国の”匂い”を消す。手紙だって例外ではない。だから、友人たちにはあまり手紙を書かないようにと頼んでいるのだ。

「……ロンから、か」

夏休みにハリーを家に呼んでいるらしく、名前も来ないかというお誘いの手紙だった。純血のウィーズリー家なら祖父母も文句ないはずだ。おまけに祖父の嫌うマルフォイ家とは同じく対峙している関係にある。祖父も快く承諾してくれるはずだ……と、初めは考えていた。

「という訳で、友達のウィーズリー家に遊びに行ってもいいでしょうか」

「ならん」

「……ど、どうして」

「お前の前年の成績はどうだった?学年10位だ、私が課した成績ギリギリではないか」

ちなみにハーマイオニーは学年トップ5に入っている。流石だ。

「……申し訳ありません、ですが、きちんと言われた通り10位には入りました」

「10位には入りました、だと?10位では意味がない、私が言ったのは9位以内に入れということだ、貴様は早速カザハヤの面汚しをしてくれたものだ」

そりゃないよ……あれだけ頑張ったっていうのに。

クィレルの死からしばらくしても彼の死は引きずり続けていた。が、今日この祖父の一言によって頭の隅に追いやられる。

「カザハヤたるもの、何者にも劣ってはならん、貴様はカザハヤの長男、私が言いたいことは分かるな」

祖父がこうもぺらぺらと口を開くのは珍しいが、それは怒っている時の証なのであまり喜ばしい事ではなかった。名前は鋭い眼光で睨みつけてくる祖父におどおどしながら謝罪の言葉を述べた。しかしそんなことで許してくれる祖父ではない。カザハヤでは結果が全てなのだ。なんて分かりやすい家なんだろうか。

「今後一切、友人の家へ遊びに行く事は禁じる」

「そ……は、はい……」

自分はまだ、この人達に保護されている身だ。おまけに孤児院から拾ってもらった身。突然自分を捨てた母と父が憎くなった。今まで何とも感じていなかった(これが当たり前だと思っていた)のに、友達が絡んだとたんこうだ。あの人達がいればこんな生活を送ることはなかったのに。何故、母は生まれたばかりの自分を捨てたのだろうか。

目元がチリチリと痛む。なんだか、力が満ちてくる感じがした。と、その時突然祖父が顔色を変えた。

怒りで赤らめていた頬が突然血の気が引いたかのようにさーっと青ざめて行く。一体何があったというのだろうか。

「美香!」

「はい、お呼びでしょうか健一様」

「こいつを部屋に閉じ込めろ」

「かしこまりました」

突然美香に腕を掴まれ、無理やり部屋に戻された。名前は訳が分からずしばらくぽかんとしていたが、美香はそんな名前に目を合わすことなく部屋を出て行く。がちゃり、と鍵のかかる音が聞こえぎょっとした。まさか、監禁されたのではないだろうか。

カザハヤの部屋のカギは特別な術がかけられていて、魔法を使ったとしても開く事ができないようになっている。それは他所からの侵入者を阻む為なのだが、こういう場合にも利用される。日本の魔法使いの家系は行動が全て監視され、血が入り混じらないよう血統が管理されているのだ。外国の魔法使いが閉鎖的だと言うのも無理はない。日本は魔法界では類を見ない純血の魔法使いしか存在しない国で、非常に小さく排他的な世界だった。

「何だって言うんだよ……はぁ……ロンに返事を書かなくちゃ」

もう自由に遊びに行く手段は、学年トップになるほかない。あの人の言うとおりになるのは癪だったが、自由のためだ、仕方が無い。

手紙や届け物をする際には、集落で飼育している鳶(トビ)に渡す必要がある。外国では梟が一般的らしいのだが、日本では昔から鳶が利用されている。どの家の鳶という決まりは無く、ホグワーツにいる梟のように放し飼いにされている。勝手に繁殖して勝手にどこかへ行くほぼ野生の鳶だったが、集落の魔法使いには従順なのだ。そこが不思議でならないのだが、気にしたらキリが無いので考えるのは止めよう。

各家にある呼び鈴鳴るものをならせば駆けつけてきてくれるのでいつでも手紙は出す事が出来る。しかし、家から手紙を出す際でもチェックは行われる。追跡されないようにまた特別なまじないをかけ、それで送り届けられるのだ。これは外国に送る際だけなのだが、日本の魔法使いはとことん警戒心が強いのだと改めて感じさせられる。

「……はぁ、遊びに行きたかったな……」

文句を言ったところでどうにもならないことだ。親愛なる祖父の為に学年トップにでもなってやろうじゃないか。半ばやけくそに参考書を積み重ねて行く。

『ロンへ

やぁ、元気かい。おれは元気だよ……家に閉じ込められちゃったけどね。

君の家に是非とも遊びに行きたかったのだけれども、うちの親愛なるおじいさまは許してくださらなかったよ。なんでも、学年10位だったのが気に食わなかったらしいんだ。

おれはこれでも、頑張ったんだけど全然その頑張りを認めてくれないんだよ。勿論、褒めてくれるとは鼻から思ってなかったけどね。

だから、君の家に遊びに行く事はできません、ごめんね。2年生、成績トップになったらもしかしたら自由に遊びに行けるかもしれないから…今から頑張るよ。

君は夏休みをどう過ごしているんだい?イギリスの夏は空気が乾いていて過ごしやすくて羨ましいよ。日本の夏場は湿気との戦いだからね、そりゃあもう大変さ。

最近我が家の屋根にオオスズメバチが巣を作ってさ、駆除が大変だったよ。

ハリーによろしく伝えておいて。 名前より』

誰かに読まれても、まぁ大丈夫だろう。名前は手紙を鳶の足に括りつけ飛ばす。彼らは一度受け取った手紙を集落の中心にある役所に運び、魔法使いにチェックを行ってもらう。この時鳶に餌を与える事を忘れてはいけないそうだ。鳶はその餌を食べたいがために人間に従っていると言っても過言ではない。

祖母は半日を役所で過ごす。そこが彼女の職場だからだ。祖父は日本の魔法省トップなので、役所とは別の場所で過ごしている。一度だけ連れて行ってもらったことがあるが、あそこに入るには、集落に入るよりも厳しい検査が行われる。まぁ、マグルの世界で言う国会議事堂のようなものだ。祖父は日本の総理にも時折会いにいくらしいが、何を話しているやら。

最近は頻繁に総理が入れ替わるので祖父はそれをよく愚痴っている。総理が変わる度にわざわざ挨拶しに行かなくてはならないからだ。

現在日本の魔法界のトップに立っているカザハヤだが、10年に一度代表議員と議長を選ぶ選挙がおこなわれる。それが3年後に行われるため、祖父達は余計にピリピリしているのだった。ここだけの話、祖父のホグワーツでの成績は最高で学年2位だったらしくオリンピックで言えば銀メダル。学年トップが何をしたとしても倒せなかったというのだから驚きだ。確かに祖父は知識豊富だが、自分のように孫が優秀だとは限らない。ちなみに祖母は最高で学年5位だったと言う。

「名前様、彩様がお越しです」

部屋を空けてもらったのはそれから3時間が過ぎてからのこと。従姉の柊彩(ひいらぎ あや)は更に伸びた長い髪を可愛らしくみつあみをしてやってきた。片手には自宅の庭で取れたであろうスイカがぶら下がっている。

「ひさしぶりね名前」

「彩姉さん……どうしたんですか」

「あら、従姉が遊びに来たら何かまずかったの?」

「いや、そんな事は別に……」

「ふふ……どうしたの、コンタクトレンズでも入れたの?」

「…え?」

彩に言われてようやく気がついた。名前は彩から手鏡を受け取り、まじまじと自分の瞳を見つめて、数秒してから飛びのいた。

「うわぁ!」

「ふふふ、変な名前」

「……彩姉さん、この鏡、魔法の鏡じゃないよね?」

「何を言ってるの、普通の鏡よ、見て分からないの?」

「だって…おれ、こんな……」

「でも素敵じゃない?黄色の瞳なんてかっこいいじゃない」

自分の目の色は日本人特有の真っ黒の瞳をしていたはずだ。だが、鏡に映る自分の瞳は人間とは思えない黄色の瞳をしていた。

「あなたのおじいさまが見たら驚くかもしれないわね、名前が不良に走ったと思って」

「……おちょくるなよ」

「ふふ、ごめんなさい……で、思い当たる節は無いの?それがコンタクトレンズじゃなかったとしたら……魔法でもかけたの?」

「魔法なんてかけてないよ……気がついたら、あ…!」

そう言えば、祖父に叱られた時微かに目がチリチリと痛んだ気がする。それからすぐ、祖父に突き飛ばされ美香によって部屋に閉じ込められた。もしかすると、その時に瞳の色が変わったのだろうか。

「何よどうしたの」

だが、思い違いかもしれない。いや、きっと気のせいだ。

「何よ、黙っていたら何も分からないじゃない」

「彩姉さん、これどうしたら治るかな」

「そうねぇ……おじいさまに聞いてみたらどう?あの方ならなんでもご存じでしょう?」

彩の言うとおり、祖父に聞けば解決する事だろうが……。

いや、しばらく祖父とは口もききたくもない。そもそも会話という会話を交わさない家庭ではあるが。

「いや、1人で解決するよ」

「折角だから手伝わせてよ、面白そうだし」

「面白そうって……」

スイカを美香に手渡し、2人は早速解決方法を探すべく名前に与えられた勉強部屋へと向かう。そこにはありとあらゆる本が置いてあるので勉強の際は常にここに閉じこもっている。祖父と祖母にも専用の本部屋があるのだが、名前はまだ入る事を許されていない。きっとホグワーツだと貸出禁止扱いの本がたくさん置いてあるに違いない。

「そっちの棚を探してもらってもいいかな、おれはこっちを探すから」

「分かったわ」

珍しく楽しそうな彩を横目に名前は一刻も早く黒い瞳に戻るべく必死に本を漁った。

「……結局見つからなかったわね、ごめんね、力になれなくて」

「ううん、助かったよ…おれ1人じゃ挫折していただろうから」

夕方になっても見つからなかった。結局黄色い瞳のまま彩と別れ、名前は1人勉強部屋に閉じこもって今一度解決策を見つけ出そうとしたのだが。

「名前さん、いらっしゃい」

務めから帰ってきた祖母の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。名前は黄色い瞳のまま祖母の後をついて行くと、祖母の研究室の前に到着した。ここは魔法薬を研究している祖母の部屋でもあり、名前が一度も入る事を許されなかった部屋でもある。その部屋に今入れと言うのだから驚きだ。事情は祖父から聞いているのかもしれない。いや、当たり前か。

「名前さん、何をもたついているのです」

「ごめんなさい」

この人も祖父同様、常に無表情だ。お似合いの夫婦といったところだろうか……とまぁ、それは置いておいて。

「そこの椅子に座りなさい」

「はい」

古い木の椅子に腰を下ろしたとたん、シュルシュルと細長い何かが名前の足と腕、腰に巻きついた。身体が動かなくなった名前は冷や汗を流しつつも、無表情で見下ろす祖母を見上げる。祖母は日本人の割には背の高い女性で、見た目を魔法でごまかしているのもあってかうら若いナイスバディな女性にしか見えない。

「その瞳になったということは、魔力量が十分に成長した証」

突然話しだす祖母にびくりとする。

見つめられているのに、その瞳には名前が映ってないかのようにも見えた。

「あなたがカザハヤである証がようやく出来たということです、喜びなさい」

「……は、はい」

どういう原理で瞳が黄色くなったのかはなんとなくわかったが、これは素直に喜べない。名前はこの時点でこの家からの逃げ道を全て失ったと言うことになる。

「名前さん、カザハヤの者は魔力量が一定量に達すると瞳が黄色くなります。感情が高ぶるとしばらく黄色いままですが、しばらくすれば元に戻ります。あなたの従姉の彩さんも、半分はカザハヤの血ですから2年前にそれを経験しているのですよ」

……おいおい、だったらなんで彩姉さんは知らなかったんだ?

「それは、彩さんが覚えてないだけのこと。彩さんが熱で倒れていたときになりましたからね」

今、祖母は心を読んだのだろうか。名前はぎょっとする。

「カザハヤたる者、簡単に心の内を読まれてはなりませんと何度教えましたか」

「……も、申し訳ありません」

「あなたには今日から、閉心術の特訓を行います。新学期までに完璧にさせる事がわたくしからの課題です」

でも、何故身体を縛られる必要があるのだろうか。名前は不安げに祖母を見上げる。

「……閉心術の習得は、それはもう苦しみの道ですから……あなたは魔力のコントロールが上手ではないので、暴れないようにこうしたまで」

つまり、祖母は瞳うんぬんとは別としてこれをするべくこの部屋に自分を連れてきたのだ。そう思うと、なんだか自分を縛っている黒いツタのようなものの力が強まったような気がしない事もない。

「レジリメンス」

祖母の一言で頭の中は一瞬でもみくちゃにされた。何かが頭の中をはいずりまわっているような感覚だ。

今のが開心術のようで、待ったなしで行われたおかげで名前の今まで考えていたことやホグワーツでの出来事がまるまる祖母に伝わってしまったようだ。

「何故心を閉じようとしないのです」

「と……閉じろって……ど、どうやって…ッ」

他人に頭の中をのぞかれる事がこんなにも辛い事だとは。名前は息切れしながらなんとか精神を保つ。脂汗がぶわっと吹きだし、吐き気がする。

「こんな事ごときで怯むなんて、カザハヤの恥です」

「……だ……っ…て」

「あなたをカザハヤによりふさわしい者に育て上げるのがわたくしたちの務め、名前さん、あなたはそれを受け入れ強い魔法使いになるのです」

頭がどんどんぼーっとしてくる。

駄目だ、祖母の顔が歪んで見える。

「名前さん、しっかりなさい……あの人は、わたくしのように手加減はしてくれませんよ」

「あ……あの人……とは」

この時、俯いていたので祖母の表情は分からなかったが声色からしてあまりよい人物とは言えなさそうだ。この後も何時間も閉心術の特訓は続き、失神寸前までそれは行われた。あまりの疲労に食事もままならぬ状態で、久しぶりに美香に食事を手伝ってもらう羽目となった。

祖父と祖母は理不尽だ。それ以上に、自分をそんな状態に陥れたその人物とやらが腹立たしい。

閉心術の授業は祖母が一方的に開心術を名前に使い、何度も繰り返された。繰り返されていくうちに祖母にはもう何一つ秘密が無いんじゃないかと思うほど、頭の中を見られたような気がする。夏の中旬には無意識のうちに閉心術を行う事が出来るようになった。これが一体何の役に立つやら。

名前が閉心術をマスターしたおかげで祖父は名前に自由な時間を一日だけ与えてくれた。丁度、ハリーがロンの家に遊びに行く日だ。泊ることは許されなかったが、ダイアゴン横町で教科書などを買うまでの時間は許可が下りた。

名前はカザハヤしか知らないポートキーの場所までトランクを担いだ。この中は大人が4人くらい入れるほど魔法で広げられていて、その中に本や魔法薬の材料をしまう予定だ。重さもたくさん入れても変わらず大変便利なカバンだと思う。特に、我が家のような日本の魔法使いの家庭にはこれが必要不可欠なのだ。なにしろ家まで外国の物を届けさせる場合、倍の時間がかかるうえに中身を全て一度分解されてから届くのだ。こうやって自分で持ち込めば、そこまで厳しい検査を受ける事は無い。本を一ページ一ページばらばらにされるなんてたまったものじゃないからね。

このかばんには日本に持ち込めるよう、中にいれたとたんその”匂い”が消えるようになっている。ただ、生物を入れる事はできない。無機物しか中にしまう事は出来ない代物だったりする。

「名前様、夕刻までにはご帰宅ください」

「……わかってるよ」

美香は名前が外国に出られるように、まず”匂い”を消す作業に入った。”無臭”になって初めて、外国に行くことができるのだ。

「お気をつけて」

「うん」

相変わらず美香は無表情な奴だ。どうしてこうも、カザハヤの人達は無表情で居られるんだろう。美香たちも、閉心術を使えるんだろうか。そんな事をぼんやりと考えながらも、名前はポートキーに吸い込まれていく。

楽しい夏休みは、始まったばかりだ。