04 anemone/学生時代

ロンドン駅は活気あふれていた。早速合流した4人は地下鉄へ向かっていった

行き行く人たちが急がしそうに流れてゆく。もっとゆっくりしてもいいのに

以前住んでいた家が農村にあったのも理由かもしれないが、名前やマリーは都会のこういった光景にはまだ慣れていないのだ

都会は便利だが、やっぱりのどかな時を過ごせる田舎の方がいい。昔は都会にあこがれていた名前たちならではこその考えだった。

水族館にたどり着いたが、あまりの人の多さに圧倒される。それもそうだ、今は夏休みなのだから・・・

「迷子になりそうだからチュニー、手をつなごうよ!」

「うん!」

子供という名の神秘によってあっという間に仲良しとなったマリーとペチュニアは二人仲良く手を結んで水族館へ入って行った。おひるになったら館内にあるレストランで待ち合わせね、とそういったきりでリリーと名前は取り残されてしまった。

まったく、彼らは妹という立場を理解していない

「…行っちゃった」

「―――はぁ、マリーの奴。あいつ友達ができるといつもこうだったな」

「仕方がないわ、わたしたちで回りましょう」

「そうだね」

リリーと二人で回ることになった名前は、係員からパンフレットを受け取り、館内を回り始めた

「ねぇこの魚なんていうのかしら―――」

「エンゼルフィッシュだよ」

「詳しいのね!」

「だってここに書いてあるよ」

「…本当だわ」

そんな会話をしながら二人で気ままに歩いていた。途中人通りが一層多い箇所に来たとき、ふと手に何か温かいものが触れた

「名前、ごめんなさい、ちょっと迷子になっちゃいそうで―――いいかしら」

「うん、別にかまわないよ。」

リリーの手は細くて、女の子らしい手だった。いつもマリーの手を引いていたのでエスコートはお手の物だったが、やっぱりマリーの手とは違うな、と感じた。

深海魚のコーナーにたどり着いたとき、名前は水槽に釘付けになった。彼らのあのグロテスクな見た目は通り過ぎようと思っても通り過ごせない何かがある。生き物の神秘だ・・・・

「―――すごいな」

「ほんとね…なんか、でも少し怖いわ」

すべてを回り終わったリリーと名前は一足早くレストランの入り口で待つことにした。そこでようやくずっと手を握っていたことに気がついて、すぐさま離した

「ごめん、すっかり忘れてたよ」

「本当ね…いいの、気にしないで。いつもマリーの手を握ってるからその癖でしょう?」

何でわかったの?ああそうか、リリーにも妹がいるからだもんな

名前は自己納得した。

「うん。マリーはさ、昔からおれの手が好きだったみたいでさ、でも一番好きなのは父さんの手らしいんだけど、おれの手は父さんの手に似てて安心するんだってさ」

「まぁ……でも、さっき握ってて確かにわたしもそう感じたわ、なんだか頼れるお兄ちゃんって感じがしたわ」

「何だよそれ?」

お互い笑いあった。それからしばらくしてマリーとペチュニアと合流した。二人とも水族館を満喫できたようで、満面の笑みを浮かべていた

「ねぇ、名前…スネイプってどんな子?」

席に着いたとき、突然マリーに話をふられた。何故突然セブルスの話をするのだろうか・・・

ああそうか、ペチュニアはセブルスのことが嫌いだったな。

「―――セブルスは前髪が鬱陶しそうだよな…それと、冷たいように見えて以外に不器用なのかもしれない、これはおれの憶測」

「まぁ、ファーストネームで呼び合う仲なの?」

ペチュニアがいかにも嫌な顔をしたのでリリーがすかさず叱った。

「不思議な奴だとは思うよ、まぁ人間いろいろいるし」

「…なんだか名前って大人なのね」

「そうかな?」

大人と言えばおとなかもしれないし、たんぱくと言えば淡泊だ。名前の性格をよく知っているマリーはくすりと笑った。

関係ないけどこのミートソース、味が濃いな

「今日は楽しかったわ、また遊びましょうね」

「じゃあねチュニー、リリー!」

「バイバイ!」

夕焼けの中、名前とマリーは手をつなぎながら帰った。どうして夕陽を見るとこうも苦しくなるのだろう

まるでこれじゃ青春ドラマに出てくる主人公で、恋愛に胸を痛めている青年の気持ちだ…

何でこうも不安になるんだろうか、何でこうももどかしくなるのだろうか

取り戻してはいけなかった何かが、自分の中ではじけ飛ぶ。

マグルという単語、あの不思議な夢、兄さんが言っていた手紙の話

すべてがひとつにつながったとき、どうしたらいいのだろうか。

「名前…どうしたの?」

「…なんでもないよ」

本当に、なんでもなければいいのにな

家に帰ると、珍しく兄が先に帰宅していた。片手には一通の手紙

その手紙を複雑そうな表情でリチャードは握りしめていた。そして名前たちと目が合うといつものやさしい兄の眼に戻るのだ

一体あの手紙は兄さんにどれほどの影響を及ぼしたのだろうか―――

なんとなく、嫌な予感がした。

「―――お前たちにいろいろと説明しなくちゃいけなかったんだけど…その説明の前に本人がここの家を見つけてしまったようだ。」

「…兄さん?」

「ごめん、もっと上手にやればよかったと思ってる。ごめんね、二人とも」

リチャードは二人をぎゅっと抱きしめた。腕がカタカタと震えていて、ただ事ではないことがうかがえる。

「兄さん…どうしたんだよ、おれたちなら大丈夫だよ……何があってもおれたち兄弟妹で乗り切れるって」

「…そうだといいんだけど、そうしていたかったんだけど…あの人たち、都合のいい時だけぼくらを―――」

「…兄さん」

結局兄さんはそれが何なのかを教えてくれなかった。まだ、おれたちには早い話なのかもしれない…

けれど、それをただ一人で抱えなくてはならない兄さんを思うと、心が痛くなった。

7月も終わり際になり、夏の暑さにも慣れてきた。家事が終わればマリーはペチュニアと遊びに行っているし、おれは家にある父さんの荷物の中に眠っている本を掘り出していた。

いろいろな本があることが判明したのだが、気がかりなのがそれがすべて「魔法」関係であること。父さんはそういった趣味があったのだろうか

父さんの荷物がしまってある箱の中に真っ黒のローブが一着入っていた。まるでそれはおとぎ話に出てくるような魔法使いが着るようなもので、父さんは本当にそっちの趣味があったんだなぁと感じた。

家の掃除も終えた名前は、少し涼しくなってから公園に向かった。もしかしたらリリーやペチュニアと遊んでいるマリーと出くわすかもしれない。

そう思って行ってみると、公園に二つの影があった。それはなんとリリーとセブルスの陰で、何か二人で話し合っていた

なんだか邪魔をしてしまうのは悪いなと思い、来た道を戻ろうとしたが、ペチュニアの声で再び振り向いてしまった。

「あなたの着ているものは何?ママのブラウス?」

ボキっという音がして、見てみればちょうどペチュニアの頭に木の枝が落ちてきたところだった。あれは偶然なのだろうか…

名前はただその光景を眺めることにした

「チュニー!・・・・あなたのしたことね!!」

リリーはセブルスを思い切り睨んだ。セブルスは違う、というがどこか挑戦的だった。

これは仲裁に入ったほうがいいのだろうか・・・名前は行くべきか行かないべきかその間にずっと迷っていた。そうしているうちに話は終わったのか、公園にはみじめな、混乱したような顔のセブルスだけになっている

ここは声をかけるべきか、かけないべきか。

もし自分がああいう場面になったら声をかけてほしくない、みじめになるだけだから。名前はなんとなくそう思い、セブルスがこちらに気づく前にその場を後にした。それにしても一体どういうことなのだろうか

マリーはペチュニアと遊んでいるのではなかったのだろうか?

家に帰るとマリーが先に帰ってきていたようで、今日のことを聞いてみた。

すると思いもよらない答えが返ってきたのだ

「名前、リリーは魔法が使えるって嘘をついてるんですって。で、ペチュニアにいつも見せびらかしてるって本当?」

なんだそりゃ

一瞬耳を疑ったが事の詳細を聞くことにした

「今日お昼までチュニーの家で遊んでいたんだけれどもね、わたしすごいこと聞いちゃったの。スネイプって子に惑わされて、自分は魔法使いだって信じてるんですって」

「え?リリーがってこと?魔法使いね…空想だろそんなの」

「わたしもそう思ったんだけどね…だけど、やっぱりリリーが魔法使いってなんとなく頷けちゃうんだ…だって、家で見せてもらったんだけれども、わたし、宙に浮いたお皿を見たのは初めてだったのよ!手品じゃないのよ!!」

「お、落ち着けマリー。とりあえずリリーのあの不思議な力は、魔法だって言いたいんだよな?で、リリーをそう信じ込ませたのはセブルスってことであってるな?」

「うん」

ここまで整理しないとマリーが何を言っているのかわからないよ。

名前は興奮を抑えきれないマリーの話の続きを聞いた

「チュニーも魔法学校に通いたいからね、校長先生にお手紙を出したんですって」

「…ふうん、魔法使いの学校ねぇ…。それで?」

「それでね、お返事がすぐ返ってきたみたいなんだけど……」

突然口ごもるマリーを心配し、名前はそっと手を肩にあてた

「―――駄目なんですって、魔法が使えなきゃ、通えないんですって」

「…つまり、リリーに嫉妬している訳だな」

「わたし、せっかくチュニーも学校に通えるんだって思ったのに…かわいそうでかわいそうで、だからずっとお話を聞いたんだけど、チュニーが突然家を飛び出して…それで、わたしは帰ってきたの」

リリーが家を出たのを見計らって飛び出したんだな。

大体の流れはつかめたが、どうしてもその魔法という言葉が名前の心に引っ掛かっている

父さんの荷物の中にも魔法使いのようなグッズがあったし、本もあった。

もしかしたら父さんも魔法使いだったのだろうか―――――?

兄さんならば知っているかもしれない

名前はそのことをマリーにはまだ話さず、先にリチャードに話すことにした。

リチャードが帰宅をし、さっそく聞いてみたが言葉を濁すばかりでほしい答えは得られなかった。一体父さんは何者だったのだろうか

母さんも魔法使いだったのか・・・?いやいや、魔法なんて非日常的なこと――――――

しかしリリーが使っていたあの力は科学では証明できない何かがある。

本当に――――リリーは魔女なのか…?

だとしてもおれはべつにリリーはリリーだと思うし、そういった学校に通えるのならばぜひとも感想を聞いてみたいし

なら…セブルスも魔法使いなのか?

いろいろ考えてはみたものの、結局は名前の頭の中でどうでもいい話と分類されて忘れていくのがいつものことだった。

だが、今回ばかりはすぐさま忘れるということができずにいた

ベッドの中に入っても昼間見た父さんの荷物のことを思い出すし、公園で見た場面を思い出すし、マリーの話も思い出すし…

「…眠れないや」

このままでは眠れずに朝になってしまう。それだけは避けたかった

どうにかして眠りたかった