04 キミガタメ/賢者の石

冷たい視線を感じるのは気のせいではない。何しろ隣に歩いている人物は一夜にしてグリフィンドールの得点をうんと減らしてしまったのだから。名前は特に何も思わなかったが、どういう訳だかグリフィンドール以外のレイブンクロー、ハッフルパフの生徒までがハリーに冷たい視線を送ってくる。別の寮なのに、どういう事だろうか。

「……名前、僕たちと歩いていると巻き添えをくらっちゃうよ」

「なんで?そもそもどうして彼らはハリーに対してそんな視線を送ってくるんだ?別の寮なのに」

「……どうやらスリザリンを負かせたかったみたいなんだ、でも、これで全ておじゃんだよ」

折角クィディッチで勝ったとしてもここまで点を引かれれば難しいだろうな。思わず名前は頷く。

「他力本願ってやつだね」

「全くその通りさ、奴らを負かせたかったら自分たちでやればいいのにさ」

「仕方ないわよ……だって、あなたはハリー・ポッターだもの…ただでさえ有名人だっていうのに……」

「へぇ、僕が有名人だから悪いのかい?全部僕のせいかい?あいつらがやってることはスリザリンの奴らと対して変わらないじゃないか!」

「まぁまぁハリー……な、落ち着こうよ」

ハーマイオニーは余計なひと言が多いのだ。ハリーはその一言でぷつりと来てしまったようで1人でずんずんと先を行ってしまった。ハーマイオニーも減点をされた人物なのだが、やはりハリーといれば彼女の影が潜んでしまうのも無理は無い。

ちなみにロンはドラゴンの子供に手を噛まれて先ほど退院したばかりだ。賢者の石に首をつっこまなければこんなことにはならなかっただろうに。

この日からハリー達と一緒にいようとすると他の生徒の手によって引き離される事が多くなった。何故ハリー達から遠ざけようとするのか名前は理解できない。女子生徒だけではなく、男子生徒までもが名前をハリーから遠ざけたがる。もう勘弁してくれとその場を離れるが、どうしても1人で居ると誰かに捕まってしまう。

罰則の夜、名前はハリー達が帰ってくるまで起きていることにした。だがなかなか帰ってこないので思わずうとうとしているとばん、と音をたててハリー達が帰ってきた。ハリーは興奮しながらその時会った出来事を説明するが、混乱しているのかいまいち理解できなかった。

翌朝、落ち着いたハリーから事情を聞くと、罰則の夜ドラコ、ネビル、ファングと共に森を歩いていると恐ろしい人物に遭遇したそうだ。ユニコーンの血をすするローブを羽織った人物。ユニコーンの血をすすると言う事はこの世の大罪とも言える行為で、そうまでしても生きながらえたい人物は、一体誰なのだろうかという話題になるとハリーは突然表情を曇らせた。

「ヴォルデモートだ」

「その名前を呼ぶのはやめろよ!」

名前はその名前に特別恐怖は抱いていないが、イギリスの魔法使いはそうではないらしい。ロンは怯えたように声を上げる。

「ユニコーンの血をすするって…つまり、あの人はそうまでしてでもやり遂げたいことがあるんだろうね……それって、ハリー、君がとっても危険だってことじゃないか?」

「今学期、何度か額の傷が痛んだ事があるんだけど、その時もそうだった……もしかすると、そうなのかもしれない……フィレンツェが不吉な星が出ているとか言ってたし」

フィレンツェとは禁じられた森にいるユニコーンの1人だ。実際名前は会った事は無いが、話では聞いたことがある。

罰則の夜からハリー達は何かに警戒するようになり、賢者の石がスネイプに奪われてしまうのではないかと気が気でなかった。名前にしては何故スネイプが賢者の石を狙うのかが分からなかったが、そこらへんに首をつっこむとなんとなく嫌な事になりそうだったので3人の行動を黙って見守ることにした。

進級試験が迫り、生徒たちは緊迫したようにレポートに励んだ。勤勉なハーマイオニーは既に試験準備はばっちりだったがまだまだ、と本の世界にのめり込む。名前は学年10位以内に入らないといけないという義務があったので無我夢中で勉強をした。おかげで口数は減り、知らない生徒に話しかけられてもそっけない態度を取り続けた。それもあって話しかけてくる人は減ったし、そもそも彼らもそれどころではないので名前にとっては素晴らしい環境で試験に臨む事が出来そうだ。

ある日の防衛術の授業の日、名前は珍しく居残り授業を受けていた。というのも、何が何でも学年10位に入れと祖父から言われているのもあって、クィレルに無理を言って勉強を見てもらうことになったのだ。勿論、事前に祖父がカザハヤの権力を行使した結果ではあるが。手の空いている教授がクィレルしかいなかったので、このニンニク臭い空間だろうとも我慢してペンを持つ必要があった。

「…っで、これはこうなって……」

普段の授業よりも流暢に言葉を話すクィレルに関心している余裕など、今の名前には無い。陽も暮れた頃にようやく特別授業が終わり、名前はそのにんにく臭い部屋から解放された。

「Mr.カザハヤ、き、君も大変だね」

「いえ……」

「色々事情は聞いている、よ……君は、日本のま、魔法省の、トップにならなくちゃ、いけないんだろう?」

「……家族はそういいますが……おれは別に……あ、今のは忘れてください」

「勿論分かっているよ……検討を祈るよ、君なら、だ、大丈夫さ」

思わず本音が出てしまいそうになった。クィレルの口が堅い事を祈ろう。それから、名前は何かとクィレルに勉強を見てもらう機会が増えた。他の教授はどれだけ忙しいのだろうか、というかクィレルが暇なだけだろうか。あのハーマイオニーでもこの状況は全く羨ましくないようで、日に日に名前の体臭がニンニクの匂いになっていくのではないかとハリー達は心配でならなかった。そんなハリー達の心配をよそに、名前とクィレルは気兼ねなく話せる、友達に近い関係となった。

試験の最終日、名前はいつにも無くそわそわしていた。勿論試験が不安だからだ。試験が終わってしばらくしても、名前は参考書とにらめっこ状態で自分がいくつヘマをしたのか数えた。だから、ハリー達が声をかけてきたことにも気付かなかったし、3人がその夜部屋を飛び出したのにも気付かなかった。ハリー達、そういえばまだ帰ってこないなと思い始めたのは23時になってからだった。消灯時間は過ぎているし、一体何をしているんだろうか。

ベッドの上では小太郎がいびきをかいて眠っている。名前もそろそろ試験の疲れが積り限界だったので、友人を待たずにして眠ることにした。

「―――え!?ハリーが!?」

それは今学期最大のニュースだっただろう。ダンブルドアの口から聞かされた事件はとんでもないことで、その為にハリーは入院中だという。賢者の石をホグワーツに隠してある事はハリー達から聞いているので分かっていたが、まさか本当に例のあの人が動き出すとは。ハリーはかすり傷だけだが、例のあの人と対峙したショックのためか今も寝込んでいる。ロンはすぐに退院できたが、頬の絆創膏が痛々しい。

「わしの口からも直々に伝えるつもりじゃ、じゃが、君の口から言った方がそちらの人達は信じてくれるかもしれん……ヴォルデモート卿は間違いなく、近いうちに復活するじゃろう、念の為、ゲンにも伝えておいてほしい…警戒せよ、と」

名前は校長室でダンブルドアの言葉を一言一言頷きながら聞いた。例のあの人が復活、と言われてもいまいち実感が湧かなかったがベッドに倒れているハリーを見て、改めてそれを実感した。

「本当に……でも、どうしておれにそれを…?」

「ほっほっほ、わしもまた、君に期待しておるからじゃよ。今現在日本の魔法族を束ねておるのは君の家族じゃ、わしはのう、カザハヤをとても信頼しておる。彼らは門外不出の魔法で日本を守っておるが……いつそれに隙が出来るか、その隙を見て奴が日本に潜みでもしたら、わしらはどうする事もできんからのう」

日本の魔法使いの外国人に対する壁は分厚い。それ故に安易には国内に入れないようになっているのだ。日本の各地には集落を収める議員が存在し、議員はその存在自体が秘密の守人のようなもので彼らがいるおかげで集落は外国の魔法使いに襲撃されることなく平和に過ごしている。式神などという陰陽師が使うような術は使わないが(そもそも魔法使いと陰陽師は価値観が違いすぎる)それに似た守護者を各自が召喚できるのだ。例えヴォルデモートでも守護者の横を通り抜ける事は出来ない。しかし、守護者の力は日本国内に限られているので外国ではそれを成さない。ダンブルドアは彼らの守りが頑丈であることを知って尚、忠告しているのだ。

「……わかりました、伝えておきます」

あの日、ダンブルドアは集落に入ってこれたがそれはもう厳重体制で迎え入れられたのは此処だけの話。いくらダンブルドアでも、日本の魔法族の家には入ることが出来ないのだ。そのルールが課せられたのは日本が鎖国する以前の事らしいが、そのおかげで日本の魔法族は何者にも犯されることなく平和に過ごしている。

「名前、もうひとつ君に頼みたい事があるんじゃが、いいかな?」

「……はい」

「これを君の祖母上に渡してほしいんじゃよ」

と、渡されたのは木の筒だった。卒業証書が入るくらいの大きさの筒の周りには紐が何重にもぐるぐると巻かれていて微かな魔力を感じた。

「分かりました」

これが何なのか、気にはなったが聞いたところで祖父と祖母関係の品だ、自分には関係ない。名前はそれをローブのポケットにしまうと、ポケットの奥からそっとキャンディの包みを取り出しハリーの眠るベッドの隣に置いた。

「それと、君を呼んだのはこの話だけではないんじゃよ……クィレル先生のことじゃ」

「―――はい」

「君と彼は、随分親しげじゃったが、どんな話をしておったのかね?」

「勉強の話とか……時々、家の愚痴を…あ、その……」

「ほっほっほ、わしとて君の家の事情くらいは分かっておるよ、なにしろカザハヤじゃからの」

「……ははは」

そういえば、クィレル先生がどうとかロンが言っていたけど、まだ混乱しているのかちゃんと話を聞けなかった。名前はいつにも無く真剣なダンブルドアの視線にぎょっとする。悪い知らせでなければいいのだが。

「……今回の犯人は、クィレル先生じゃった、彼は……戦いに敗れ、亡くなった」

「……先生が、犯人……?」

「そうじゃよ、特別君たちは仲がよさそうに見えたからのう、わしの口から言うには辛い事なんじゃが、君は知っておくべきだろうと思ったのじゃよ」

本当の、敵を。

これから魔法界が揺らぐ事を。

名前はごくりと生唾を飲み込む。

「彼は……ヴォルデモート卿に手を貸し、自らを滅ぼした。わしが考えるにクィレル先生は何か考えがあって君に接触したのではないかと考えておる」

「……おじいさまが、頼んだからじゃないんですか?」

あの人はとても優しかった、分からない事は全て教えてくれた。そりゃ、見た目は頼りなかったが……家の愚痴だって聞いてくれ、共感してくれた人だ。

「それはそうじゃよ、きみの祖父上から直々に頼まれていた事じゃからの。他の先生にそれを頼む時、一番にクィレル先生が手を挙げたのじゃよ……スネイプ先生よりも先にな」

クィレルが死んだ実感は言われたばかりなので無いのも無理はないが、まさかスネイプが個人授業の担当として名乗りを上げていたのには驚いた。自分はグリフィンドールだし、スネイプの嫌いなハリーと仲がいい上に、授業中度々に意味ありげな視線を感じていた。だから、それは絶対にないと思っていたのだが……。

「突然色んな事を言われて頭が混乱しているじゃろうが、君に1つ聞いておきたい事がある。君は……彼に何を言われたかね?」

何もかも見通すそのブルーの瞳で見つめられ、名前はぐっと息を詰める。先生に、何を言われた?特に何も言われていない……でも、確か先生は最後……。

「……名前、すまんのう」

「いえ……」

ダンブルドア寮まで見送ると言われたが名前はそれを断った。ともかく1人になりたかった。誰にも今の自分の顔を見せたくなかったからだ。

翌日、クィレルの死とハリーの戦いはあっという間にホグワーツを駆け巡った。クィレルの死に様は詳しくは語ってくれなかったが、遺体が残ってないのだと言う。だから、墓参りも行けなければ祈る事も出来ない。

彼がやろうとしたことはけして許されることではない。名前の友達である、ハリーを殺そうとしたのだから。賢者の石を奪って、例のあの人に捧げようとしたのだから。ハリーが目覚めてしばらくたった頃、大広間ではささやかな黙とうが行われた。名前はその黙とうには参加せず、1人部屋に閉じこもった。自分があの空間にいては行けないような気がしたからだ。

「……ワン」

「……コタロウ、ごめん」

小太郎の身体をぎゅっと抱きしめる。トランクの中には既に荷物が詰めてありいつでも出られるようにしてある。机の上に伏せてある写真の中では、クィレルと名前が笑っている。日本にいる従姉に仲の良い先生との写真を頼まれたので、名前はクィレルに無理を言って写真を撮ってもらったのだ。

まさか、これが遺影になるとは。名前は小太郎の背中に顔をうずめ1人咽び泣く。

初めは実感が無かったが、日が過ぎて行くごとにだんだんと感じるようになった、彼の死を。いい友達になれたかもしれないのに。いや、名前の中ではクィレルは教師といえども立派な友達だったのだ。

さようならクィレル先生、さようなら、クィリナス。

授業を重ねてしばらく、気の合う2人は授業中以外はファーストネームで呼び合うようになっていた。あの人は手を取る人物を間違えただけなのだ。それ以外だったら、とてもいい人だった。少なくとも名前にとってはだが。

「……コタロウ、帰ろうか、日本へ」

「ワン!」

今は此処に居たくなかった。

あんなに嫌いだった家がこんなにも恋しいだなんて。