本当にドジなんだよね、この子は。何度目かの衝突に名前はため息を漏らす。勢いよくぶつかってきたので体に異常が無いか確かめていると、彼の文句が聞こえてきた。
「しょうがないでしょう?あんたがぶつかってきたのが悪いのよ…どこも問題無いようね、はいはい、今下ろすから」
いつもの場所に下ろすと羽をぶるりと震わせ、きょろきょろとこちらに視線を向けてくる。一体今日はなんなのかしら。ロシナンテが運んできた新聞を手に取ると、そこには何人かの手配書が挟まっていた。
「…新しい賞金首の手配書ね…物騒な世の中ねぇ…」
別に興味ないしなぁ。適当にその辺に置くと一枚だけがひらりと床に落ちる。
「何々、うるさいわね、どうしたの」
メンフクロウ特有のギャーギャーという鳴き声がアパートに響き渡る。一応防音魔法をかけてあるので中で叫んでいる声は外に漏れることが無いが、中の人はひとたまりもない。お腹がすいているときの声に似ているよな…なんというか…。
よく見れば、床に落ちた手配書の上に立ち、ギャーギャーとロシナンテが騒いでいた。何が気になったのやら。手配書を見ると、そこには“死の外科医”トラファルガー・ローと書かれていた。
「死の外科医だなんて…医者の海賊ってことかしら?それとも海賊の医者?」
まぁどちらにせよ、こちらには関係のない事。遭遇しなければ、の話だが。相変わらず手配書を眺めてはギャーギャーとうるさいロシナンテ。一体何をこちらに訴えかけたいのやら。
「うるさいうるさい、も~魔法使うわよ」
杖を取り出すとびくりと体を揺らし、ようやく静かになった。これは動物虐待ではない、断じて。こちらの鼓膜を守る為仕方のないことだ。それから暫く、仕事帰りテーブルを見ると必ずその手配書が置いてあったのでロシナンテは彼に何やら特別な“想い”があるのだろう、と考えた。もしかして、元の飼い主さんなのかもしれない。元々ロシナンテは人なれしていたフクロウ…誰かのペットだったとしても何ら不思議ではない。むしろ、彼の謎が解けたようなきがした。
「―――だとしたら、君をこの人の所へ帰さなくちゃならないわね…」
折角いいパートナーだったのに、残念。しかし、こんなにもこの手配書を見て騒ぐのだから、彼はこの男の元に帰りたいはず。噂によると、死の外科医は現在グランドラインのどこかにいるようだ。
「寂しいなぁ…」
眠るロシナンテの傍に座り、呟く。
こちらの世界でみつけた、心を許せる友達だったのに。魔女の魔力を注がれた動物は“魔法生物”と似たような力を持つことが多い。魔女や魔法使い達のパートナーであるフクロウも然り。メンフクロウも通常人の環境下にあれば20年生きるとされているが、魔女や魔法使い達の手が加わればそれの何倍も生きることが出来る。その魔女たちの孫の孫の世代まで生きたフクロウも多く、魔力を注がれたフクロウは特別長い寿命と、頑丈な肉体を持つことが出来るのだろう。この子は既に魔力を注いでしまったフクロウ…もし、この“死の外科医”が寿命や何かで死ぬことがあっても、間違いなく彼よりも長生きしてしまう。魔法を使えるものならば彼をきちんと世話することが出来るが、中途半端に魔女の手に落ちたフクロウを今更マグルに戻すのも…難しい話ではある。魔力を注がれた生き物は、定期的にパートナーである魔女や魔法使いまたはその親族から魔力を供給される必要がある。供給と言っても、愛情をもって触れるだけで充分。心が繋がっていて初めてそれは成り立つ。だから、ロシナンテに愛情を向ける名前にとって、彼との別れはとてもつらいものだ。
「お前は、帰りたい?」
「……」
ぐうすかと眠るロシナンテの頭をそっと撫で、涙をこぼす。
「―――そうだよね、お前も、帰りたい、よね」
それは私も同じ。
弟の間抜けな表情も今や懐かしい。棚に飾られている動く写真…それは聖マンゴで今は亡き両親と撮った最後の一枚。悪い魔女に理性を失う程までに拷問された両親…しかし、その悪い魔女ももういない。だが、多くを失いすぎた。ウィーズリー家の双子の一人、フレッドも、防衛術の教師だったルーピン先生、そして彼の妻であるトンクスも…それ以外にもたくさんの犠牲者がいる。鮮明に思い出すのは、あの日の悪夢、あの人の事。
「―――セドリックのお墓参り…毎年いってたのに、もう2年も行けてないね」
両親の写真の隣に置いてある、片手に収まるぐらいの小さな写真立ての中には、ハンサムな少年が写っていた。あれは確か、彼が“代表選手”に選ばれた日の夜に撮ったものだ。寮のみんなとセドリックのお祝いをしたあの日が懐かしい。3つの魔法魔術学校が集い、トーナメントが開催されたあの日。選手を選ぶゴブレットの中からセドリックの名が出てきたときは皆歓声を上げたものだ。人当たりもよく、成績もよい、心優しいセドリックが代表選手に選ばれて皆喜んだ。しかし、その次に何故かグリフィンドールのハリー・ポッターが呼ばれた時は騒然となった。ゴブレットの制約は絶対…彼は生まれた時から何かと問題に巻き込まれていたので、今年も何も無いはずが無いとわかっていたのに…よりにもよって、命がけのトーナメントの選手として選ばれてしまった。年齢制限があったはずなのに、それを飛び越えて選ばれた…ということは、悪意ある何者かの仕業。それを見抜いていたダンブルドア校長は、ハリーには申し訳ないが暫く様子見することにした。
そして案の定…敵はしっぽを出してきた。例のあの人…ヴォルデモート卿の復活を知らされ、さらにはその際命を落としたセドリックの亡骸と共に―――あの日の出来事は、魔法界に衝撃と恐怖を運んだ。
例のあの人…ヴォルデモート卿は魔法界最悪の魔法使いで、純血至上主義の男だ。マグル生まれを軽蔑し、排除しようとした恐ろしい魔法使いの一人で、彼の手によって殺められたマグル生まれは少なくはない。たとえ純血だったとしても、自分の思想に反していれば躊躇なく殺した。そして最終的に彼は人では無くなり―――ハリーに敗れた。唯一、彼の魔法をはじいた、英雄の少年に。
“愛の魔法”が彼を守った。何故ヴォルデモートが彼に負けたのか…それは、彼が“愛”を知らなかったから。知ろうともしなかったから。今ならそれがよくわかる。家族の愛が彼を守り…そして導いた。だが、“愛の魔法”も完璧ではない。セドリックは戻ってこなかった。彼は死んでしまった―――ヴォルデモートの手先によって殺められてしまった。
「結構資金もたまったわね…あと半年も居れば十分かしら」
この男を追いかけて、そしてロシナンテを帰してあげなくては。明確な目的が出来た今、ウォーターセブンに留まる理由もなくなった。魔法のトランクを閉め、名前は今日も元気に出勤する。
「わぁ、びっくりした…珍しいわね、どうしたのテッド」
「―――どうしてここにいるってわかったの?」
路地を歩いていると、ふと気配を感じたので振り向く。すると見慣れたたれ目の青年がそこに立っていた。何故気が付いたのか、とてもびっくりしている様子だ。魔法で分かってたよ、とは言えず適当にごまかしておいた。
「ふふ、それは企業秘密…もしかしてこの間アイスバーグさんに頼まれたものを受け取りに来たの?」
「いや、そういう訳じゃなかったんだけど…まぁいいや、受け取っておきますね」
「ちょうど持って行こうと思っていたからタイミング抜群ね、ちょっとまっててね」
トランクの中から袋を取り出すと、それをテッドに手渡す。
「アイスバーグさんにちゃんと渡しておいてね」
「それぐらい僕にもできるってば…もう、子ども扱いしないでよね」
「だって私より年下じゃない、まだ19歳でしょ?」
「立派な大人だよ、19歳なんて…」
「えぇ、そうね、そうだったわね」
背伸びをしたくなるお年頃は誰だってある。そんな彼だっていずれ、ああ、若いころに戻りたいな…と思うようになる。うんと先だろうと、必ず。
「お茶、行きませんか?」
「何それ、新手のナンパ?」
「な…そんなんじゃありません!」
「ふふ、冗談よ…でもごめんね、これから仕事なの」
「―――店とは違う方向に向かっているけれども…」
「お客様情報を漏らすわけにはいかないから名前は言えないけれども、これからお客様の家に向かうのよ…カーニバルのドレス、すごいの作ることになったから」
「あぁ、なるほど…」
だから、急ぐわね、またね。そう言い残すと足早にそこから立ち去る。
「テッドって…ストーカー気質な所があるわよね…」
彼に着けられていることはここに来た時からわかっていた事。何か気になるのか、何かと名前に関わろうとしてくる。どんな理由があるにせよ、ちょっと不気味だ。恋愛感情―――では絶対にないだろう。そうであれば、既にそういう意味で接触してきているはず。未だに一定の距離間でこちらを監視している…そんな感じだろう。
だから、この街にこれ以上はいられない。半年後のカーニバルが終わったら、すぐにここを出ていこう。彼からはほの暗い“何か”を感じる。魔女のカンがそう伝えてきた。
それから数か月が過ぎ、カーニバルを目前に迎えた朝…ここ、ウォーターセブンに時代をかき回す男がやってきた―――。彼との出会いが、名前の人生を一変させることとなる。