01 ロングボトムの仕立て屋/W7

気が付いたら、見知らぬ場所にきていた。まさかこんなことになろうとは…しかし、いつか帰れるだろう。この時はそう、信じていた。

「ロングボトムさんのお仕立ては素敵ですわね~」
「ありがとうございます」
「さすがは、ウォーターセブン一の仕立て屋ですこと!」

ここはグランドラインにあるウォータセブンという島。ちなみに、「カーニバルの町」サン・ファルド、「春の女王の町」セント・ポプラ、「美食の町」プッチと「司法の塔」エニエスロビーを繋げる海列車がここには走っており、何を隠そう、この海列車を開発に携わった人がここの市長であり、造船会社ガレーラカンパニーの社長、アイスバーグ氏だ。彼は彼女のお得意様の一人で、作業着からスーツまで様々な服を仕立てている。今朝もそこへ納品を終えたばかりだ。
そう、彼女こそがロングボトム家の長女―――名前・ロングボトム。あのネビル・ロングボトムの姉であり、ハッフルパフ寮出身の彼女がなぜここにいるのか…。今から遡ること1年前、鰓昆布を探す為一人小船で湖の上を漂っていたら、突如異世界トリップを果たした。原因は未だにわからなかったが、この世界は英語が公用語のようなので、幸いなことに言語に困ることはなかった。(一部日本語のようなもので表記されている場合もあったっけ)
働かざる者、食うべからずという言葉があるように、ここもタダで衣食住が保証される世界ではない。ここに来て始めたことと言えば、服屋でアルバイトをし、資金を貯め、貯めた少ない資金で自分の店を持った。自分の店と言えども、店の半分は居酒屋。昼の間だけ2Fに仕立て屋として店を開き、夜は居酒屋となる。安い賃料で貸し出してくれた店主には感謝しかない。

「ふぅ…今日もたくさん働いた」

窓から差し込む夕日に目を細める。5時から下の階にある居酒屋で支度が始まる為、仕立て屋は朝9時から夕方4時までの営業時間だ。杖を一振りし、仕事道具をトランクにしまうと名前はジャケットを羽織り、店を後にする。

「よう、名前!仕事終わりか」

水路沿いを歩いていると、金髪の男に声を掛けられた。青いジャケットに、職人道具を腰からぶら下げている彼はガレーラカンパニーの船大工の一人、パウリーだ。いい人ではあるが、お金にルーズなので借金取りによく追われている姿を目にする。噂によるとガレーラの船大工は高給取りらしい。さらに、彼は船大工の中でも数人しかいない船大工長のひとり。ならば、尚更お金に余裕のあるはずだが…。

「やぁ。パウリーも?」
「おう!これからどうせ暇だろ、これから船大工連中で飲み会だ、お前も来いよ」

と、声を掛けられふと今日が月末の給料日であることを思い出した。そうか、そういう事か。だがその誘いにYESと簡単に答えるわけにはいかない。
何故なら、ここの船大工はともかく女性人気が高い。もちろん男性からもあこがれ的な意味で人気だったが、船大工の飲み会に参加でもしたらお客様からお小言をいただいてしまいそうだ。名前はうーんと短く悩み、今日は疲れたからごめんね、と答える。

「―――今日はすごい疲れてるって言ったのになぁ…」
「飲め飲め!酒飲めば疲れも吹っ飛ぶぞ!」
「…はぁ」

きっぱりとお断りを入れた筈なのに、居酒屋まで無理やり連れてこられてしまった。その様子を見て同じ船大工仲間の一人、カクが呆れたようにつぶやく。

「まったくのう、パウリー…嫌がっている者をなぜ無理やり連れてくるんじゃ」
「嫌がってねぇっての、な?」

肩をたたかれ、仕方なく彼の隣に腰を下ろす。一番端の席なのでまぁいいだろう…。この席には、声の大きさが特徴的なタイルストン、いつも寝ぐせのすごいルル、新入り船大工のテッド、そしてパウリーにカクの計5人いる。新入りのテッドは名前がちょうどここにやってきたばかりの頃にガレーラカンパニーに入社した青年で、たれ目な所がどこか弟に似ている。乾杯から始まり、パウリーの間抜けな話を聞いて盛り上がっていた時、予想外の客が現れ騒然となる。

「おいてめぇルッチ、おせぇんだよ!」
「…うるさいっぽー」

この、肩にハトをのせた男はルッチ。何故ハトがしゃべっているのかは色々と事情があるようだ。しかし、肩にハトをのせた奇怪な姿をしていても彼は船大工長の一人であり、女性人気ナンバーワンと言っても過言ではない程、とてつもない人気を誇る男だ。もはやアイドルなのでは?と思ってしまう程に。しかし、男女関係であまりいい噂は耳にしない。職業柄、店にいると様々な噂話を耳にする機会が多い。女性特有なのかもしれないが、どれもこれも真実かどうかはわからない。しかし、悪い男に女性は魅力を感じてしまう生き物なのだろう…どこの世界でも同じなのよね。名前はルッチを横目に、チキンを手に取る。

「この間仕立ててくれた作業着、助かったわい」
「どうぞ御贔屓に…カクはよく街を飛び回るでしょう?だからストレッチ素材にしてみたの」
「さすがじゃのう~」

まるでお年寄りのような言葉遣いをする彼は、カク。四角く長い鼻が某アニメを彷彿とさせるのは気のせいだ。彼もルッチ同様人気のある船大工長の一人で、驚くことに名前よりも年下である。もちろん背は彼のほうが高いが、男性の割にはしっかりとした性格をしているので、最初は年上だと勘違いしていたものだ。
と、その時。突如店の窓に黒い何かがぶつかった。

「うわ、びっくりした…どうしたのロシナンテ」

店の窓に思いっきりぶつかってきたのは、メンフクロウのロシナンテだった。魔法使い・魔女に欠かせないパートナーはフクロウだが、ここの世界に人に慣らされたフクロウが売っている店は滅多にない。彼はこちらの世界にやってきたときに保護したフクロウで、何故か彼女にとてもなついていた。よくわからないが、ちょうど連絡手段も欲しかったところなので、彼をパートナーに迎え入れた訳だが…。

「…ほんとドジね…」

ウィーズリー家のフクロウ…エロールみたい。懐かしい友人の姿を思い出し、名前はくすりと笑う。

「ロシナンテじゃったか?」
「えぇそうよ、どうしたのロシナンテ」

足に括りつけられた手紙を開くと、それはカーニバルの招待状だった。正しくは、カーニバルにて臨時ブースを開かないか、というビジネスのお誘いの手紙。仕立て屋である名前にとって、糸がほつれてしまったドレスを直すことなど造作でもない。毎年何かと仕立て屋に依頼をして臨時に服を直してくれるブースを作っていたらしいが、毎年来てくれた仕立て屋が体を壊してしまったようで、ならばウォーターセブンでも有名な名前に…と彼女に白羽の矢が立ったという訳だ。

「ほら、ご褒美よ」

お湯で湯がいただけのチキンをロシナンテに渡すと、彼は嬉しそうにそれを頬張った。不思議なことに、彼は生の肉を滅多に食べない。だからなのか、茹でた肉を好んで食べる。もしかしたら元々は誰かのペットだったのかもしれない…ロシナンテの耳元をかきかきしながらぼんやりと考えていると、ひょいと手紙が奪われる。

「女性の手紙を盗むなんてどうかと思うわパウリー」
「お前、浮ついた話の一つも無いからな、もしかしてと思ったが違うのか」

残念だ、とつぶやくパウリーはどこか嬉しそうだ。それを察したカクは彼を見てにやにやと笑っている。同じくルルにタイルストンも話をやめ、パウリーを見てにやついていた。

「―――な、なに笑っていやがる」
「パウリー、お前…名前が好き」
「うわああーーーーーーーーでけぇ声で何言ってやがる!!!!」

なんとわかりやすい事だろうか。これには思わず名前も苦笑を漏らす。

「パウリーってわかりやすいよね…」
「おっおまえっ、ち、違うからな!俺は、べ、別に!」
「はいはい、ちょっと気になるだけでしょ」
「ちっとも気にならない!勘違いするなよ!!」

そんなに顔を真っ赤にして言われてもね…?軽く受け流す名前の様子にこれは脈無しだな…とカクたちは内心呟く。

「それにしても不思議な光景だな、肩に鳥をのせた人間が二人もいる空間なんて」

パウリーいじりが終わり暫くしてから、突然ルルがこの状況についてツッコミをいれた。確かにそうかもしれない。ルッチの肩には相変わらずハットリが。そして名前の肩にはロシナンテが。ロシナンテに至ってはリラックスモードで、片足を上げ頭を後ろにぐるんと自分の羽に乗せ眠っている。おいおいリラックスしすぎだろ猛禽類…と思ったがこの手紙を運ぶのに色々とドジして疲れたのだろう。起こさないようやさしく撫でると、不意にルッチと目が合う。

「…そういえばルッチ、あなた、ハットリに栄養剤ちゃんとあげてる?」
「あれはまずいっぽー!飲みたくないっぽー!!」

彼の代わりにハットリが答える。
野生下にいない飼育されている鳥には、一定の栄養が足りなくなることがある。それを補うため鳥用の栄養剤があるわけだが、ハットリ曰くとてもまずいようだ。ちなみにロシナンテにも週1で与えているが、彼も同じような反応をするので間違いないだろう。

「もう少し美味しい栄養剤が出ればいいのにね、ロシナンテもすごく嫌がるから」
「こんなでけぇ奴を捕まえて栄養剤やるんだろ?傷だらけになりそうだな」

ロシナンテの鋭い爪を見てぼやくタイルストンに名前は小さく笑う。

「大丈夫よ、彼、ドジだからすぐに捕まるわよ、栄養剤上げた後多分文句を言ってるんでしょうね…だけど、おかげで羽も爪もくちばしもピカピカよ」

見たところ、人間でいう20代のロシナンテは若さゆえに毛艶も良いが偏食がひどすぎるので栄養剤の量も多い。生の肉を食べるよりかは栄養剤を飲むほうが幾分マシのようで、彼と1年過ごしているが未だに栄養剤の量が減ることはない。

「もう一年経つんだな、テッドと名前がこっちにきて」
「早いもんじゃのう」

来たばかりの時はひよっこだったのに、才能があるのかテッドは今や船大工長候補の一人だ。昔住んでいた島で、4歳の時から船大工の仕事に携わっていたらしいので才能はもちろん、技術だって申し分ない。それを偶然引き抜いたアイスバーグ氏の運も素晴らしいが、何よりもこんな荒れくれ者たちがひしめき合うウォーターセブンでこんなに気の弱い青年が一年も過ごせていることが一番驚かされる。彼の先輩たちが言うには、海軍だけではなく海賊たちも船の修理にとやってくることが多く、中には金銭関係でごねたりすることも少なくは無いのだという。もちろんそんなお客様の仕事は丁重にお断りし、然るべきことを行うのがガレーラカンパニー流。それに耐えられる人材は貴重らしく、ただのあこがれではこの職場に留まることが出来ないというのが現実。それに耐え抜いたテッドは優秀であり、将来の船大工長候補と言われているのも別に不思議な事ではない。

「そんな…僕なんてまだまだです」
「随分と仕事覚えも早いし、助かっているぞ、テッド」
「あはは…照れちゃいますね」

先輩風をふかしているパウリーに背中をたたかれ、少し恥ずかしそうにテッドは笑った。

「そういえば、名前さんは最近忙しそうですね」
「ん?お陰様でね…来年には大きなカーニバルがあるし…2か月前ぐらいから衣装を新調したいっていうお客様が増えてね…」

お陰様で資金もたまりつつある。実は、ウォーターセブンにずっといるつもりはなく、あちこちを転々としようとしている。道具類一式は魔法のトランクがあるので問題ない。何よりもあちこちを転々とすれば、もしかしたら帰り方が見つかるかもしれない…そう信じているからだ。

「夜はお店、閉じてますよね?臨時で開けたりするんですか?」
「…そうね、多分、来年の今頃にはそういう日が続くかしら…」

魔法を使って服を作るので一度に何着も作れるが、その分多くの魔力を消費するのでいっぺんに作れて最大3着ぐらいだろうか。帽子だったら簡単だが、大半はドレスなので普通の服よりもうんと時間と手間がかかる。ダイアゴン横丁で働いていた時もそうだったな…と過去を思い出す。

「今度、お洋服を作っているところ…見に行ってもいいですか?」
「それはダメ」
「どうしてですか?」
「集中したいとき…誰かに見られたくないの」

半分本当で、半分は嘘。
ここで魔法を使っていることがバレたらどうなるのか…まだわからないが、警戒するに越したことはない。そして何よりもマグルの世界で暮らすときはそうやってきていたので、今更染みついたものはどうにもならない。だから、名前が魔法を使うときは戸締りをしっかりとし、防音魔法に、侵入防止魔法をかけた後。それを知るのは未だに肩の上でぐうすかと寝息を立てる彼、ロシナンテだけ。

「残念です、見たかったなぁ」
「俺たちだって仕事してるときは話しかけられたくねぇだろ、つまりそういうこった」
「…それもそうですね」

パウリーにそうなだめられ、しょぼくれるテッド。
だがこの時、ルッチだけが隅の席で目を光らせていたことに、だれも気が付いていなかった。

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