窮屈な箱から小さなロケットを取り出す。これは孤児院の前で発見された時首にかかっていたものだ。祖父母にはこれは勿論見せていない。中を開こうとしてもさびていて開かないし、何らかの魔法が掛かっているようでダンブルドアぐらいじゃないと開けられそうにない。これが何なのかは分からないが、なんとなく、父か母の品ではないかと思っている。
「何しているんだい?」
「…ごめん、今向かうよ」
ロケットをポケットにしまい、ネビルの後を追う。ハリー達は既に大広間にいるようだ。ネビルは祖母にグリフィンドールに入ったと手紙を送ったらしく、なんだかそわそわしていた。ネビルの祖母はそれはもう厳しい人らしく、魔力がなかなか現れなかったネビルを部屋の窓から落として試した程の人物だ。もしネビルがスクイブだったらどうするつもりだったのだろうか。
「ばあちゃんの手紙…怖いなぁ……だから、すごく君の気持がわかるんだ」
「ネビルも大変なんだね……」
「あぁ、そりゃあもう……ロングボトム家の子供はもうぼく1人だけだし、ばあちゃん、ぼくにすっごく期待しているみたいなんだ……」
「うちも似たような感じだよ……お互い、苦労が絶えないね」
そう言えば、ネビルの両親はどうしたのだろうか。とはあえて言わないでおくが少し気になった。席に着くと見知らぬ女子生徒から声をかけられた。ここでも名前の人見知りは発揮される。困ったようにネビルに視線を配らせるが、気がついたら女子生徒に囲まれ、ネビルから遠く離れた場所に自分はいた。
彼は気づいていないだろうが、名前は東洋人にしては顔が大人っぽく、東洋人独特の神秘的な雰囲気があった。それ故に一日目から早速女子たちに目をつけられたのだった。自分を囲む女子たちから何とか逃れ、名前はぐったりした表情でネビルの隣に腰を下ろす。
「……君、モテモテだね、ちょっと羨ましいな…」
「おれはあまり嬉しくないよ……そんな、知らない人達から好かれても……なんていうか……」
「君は人見知りが激しいんだね」
「そうなんだ……ずっと家に閉じこもってたから余計に……女の子と話をするなんて尚更だよ……」
「でも、女子たちがはやし立てるのも無理は無いかな…ほら、レイブンクローの女子がまた君を見ていたよ、あそこの子」
「……困るよ」
「そう言われもなぁ……ぼくも、一度でいいから君みたいに女の子に囲まれてみたいなぁ……」
ネビルは顔を緩ませながら自分が女子に囲まれている姿を妄想する。その隣で名前は訳が分からないとばかり顔をしかめる。
友達でもない他人に囲まれて何が楽しいと言うのだろうか。人に囲まれるのならば、ハリーやネビル、ロンに囲まれた方が嬉しい。
女子生徒による名前の追っかけはこの日から幕を開いた。授業中、ともかくネビルの隣にいたおかげで女子生徒から声をかけられる事は無かったが、ふとした瞬間1人になったものならば大変だ。
そうこうしているうちにあっという間に1週間が過ぎ、その状況にも慣れてきた名前は彼女たちがやってこないうちに足早に朝食の席を立つ。ネビルを巻き込むのは申し訳なかったが、こうでもしなければあっという間に女子に囲まれ、疲労困憊で倒れてしまう。ハリーはそもそも有名人なので名前の悩みも分かっていたし(ハリー本人は無自覚だが、彼もまたハンサムの類である)、彼の場合別の理由でじろじろと見つめられるのでこの手の話題は夜になると2人だけ熱くなってしまうのだ。ロンとネビルには羨ましい悩みでもあったし、時折そんな2人を妬ましく感じているのも事実。だが、そこは表に出さないのが男というものだ。
ある日、魔法薬学の日、名前は意地悪な教授によってスリザリンの女子生徒と組むことになってしまった。ネビルはハーマイオニー・グレンジャーと。ハリーとロンは運よくばらばらになる事を逃れたが、この日休んだスリザリン生を恨めしく思った名前であった。
「よろしくね、Mr.カザハヤ」
「…あ、うん…」
授業は淡々と進められる。時々鋭い視線を横に感じるぐらいで、ハリー程苦労はしなかった。どうしてハリーはあんなにもスネイプ教授に睨まれるのだろうか。スリザリンの女子生徒は名前の事に何かと口を挟んできたが、名前の人見知りのためか一方的に彼女が話しかけてくるような形となった。それから名前が寡黙でまじめな人間だという話が女子の口から広がり、余計に女子たちから追いまわされることとなってしまった。ヨーロッパ人にとって、日本男子はヨーロッパ男子と違い真面目で女遊びをしないという印象があるらしく、容姿を抜いたとしても人気になってしまうのは仕方のない話しだった。
「…もう、疲れるよ…」
「君も大変だね……」
ネビルとロンが別の用事で席をはずしていた時、ハリーと2人で歩いた時は大変だった。ともかく有名人のハリーと歩いているだけでいつも以上に視線は感じるはいろんな人から余計に声をかけられるようになったはで散々なおもいをした。さっさと皆が自分達に飽きてくれないだろうか、と贅沢な悩みを抱える2人の気持ちなどロンたちが知る由もない。
そんなある日、初めての飛行術の授業を目前とした朝、ネビルに思いだし玉が届けられた。ネビル曰く何を忘れたのかも忘れているので、貰ったところでどうしようもないのだとか。確かにそれは一理あるかもしれない。名前にも厳格な祖父母から手紙が届けられ、一緒に緑茶の葉が届けられた。なんでも親戚が特別に取り寄せた品らしく、世に出回っていない一級品だと手紙に記されていた。お茶のセットは既にたくさんあるが、あれが無くなってから飲むとしよう。ただ、此方の人達は緑茶を好まないので自分1人で飲むことになるのだが。だから、これの封が切られるのは当分先になるだろう。
「おい、ロングボトムに馬鹿玉が届いたぞ」
「やめろマルフォイ」
「何をしているのです」
マルフォイがハリーにちょっかいを出すのはこれが初めてではない。マルフォイはともかくロングボトム家やウィーズリー家を毛嫌いしていて、それの筆頭がポッター家でもある。同じ純血だというのに、面倒な奴だ。アレ以来あまり関わらないようにしているのだが、何かと名前にもマルフォイは突っかかってくる。
マクゴナガルに叱られたというのにびくともせず此方をうすら笑いを浮かべて見てくる。
「君も残念だね、レイブンクローに入れなくて…君の家族は今頃嘆いている頃だろうねぇ」
「煩いぞマルフォイ」
「黙れポッター、お前に話しかけてない」
突っかかれば突っかかるほどくいこんでくるのだから、彼の場合無視をするのが一番だ。名前は手紙を読むふりをしてその場をしのぐ。が、突然手紙が手元から離れる。
「これは家族からの手紙かい?」
「…君には読めないだろうね、日本語だから」
「……っふん…君もいずれ、僕の手を振り払った事を後悔することになるだろうね」
マルフォイが日本語を読めなくて本当によかった。読まれていたら少し恥ずかしい内容だったので、この時ばかりは日本人でよかったと思う。
マルフォイが去ってから、小さな声でネビルがどんな内容だったのか、と聞いてきた。
「あぁ……がっかりされたよ、それはもう盛大にね……だけど、まぁ家の名に恥じぬよう努力しろ…だってさ」
「……なんとなく、君の家の全貌が見えてきたような気がしたよ」
「わかっただろ?おれが家を嫌いな理由……」
うん、と遠慮しがちなハリー達の声が耳に入る。
「成績も10位より下だったら、夏休み外出禁止だってさ……」
「そりゃ無いぜ……君の家厳しすぎるよ」
「ぼくの家より厳しいね……なんだか、とても、同情するよ……」
「はは……でも、血は確かに繋がってるからね……どうしようもないよ」
祖父母は血が通っているのかと疑いたくなるほど冷徹な人達だったが、仮にも自分を引き取ってくれた人達だ。せめて、人並みの生活をさせてくれている恩くらいは返してやらねば。そうすれば、少しは自由になれるかもしれない。
飛行術の授業は家から箒をもってくる者や、ホグワーツの箒を借りる者と様々だったがマルフォイは言うまでも無く家から箒をもってきていた。クラスメイトに自慢するようにして見せていたが、それは最新型ではない。名前も家にあった箒をもってきてはいるが、日本のメーカーのものなのでロン達に物珍しそうに見られてしまった。
「これ、見た事が無い箒だけど…家からかい?」
「うん、スバルっていう箒らしいよ」
「スバル…へぇ~カッコいいなぁ!今度のらせてよ!」
「うん…いいけど、ちょっと癖が強いから気をつけてね」
フーチ先生がやってきて、出欠席が終わると早速飛行術の基礎中の基礎、箒を手に持つところから始まった。が、どういう訳だか名前の箒をネビルが握っていた。まぁ、手に持てたのだからいいか、と思い何も言わないでおいた、が、それがいけなかった。またがったとたんスバルはふらふらと起き上がり、突然ネビルを上空まで突き飛ばした。スバルがどこかへ飛んでしまったが、まぁすぐ見つかるだろう。問題は石像の剣先に引っかかって辛うじて無事でいるネビル。
「…はぁ、ネビル……やっぱりいうべきだったかな」
「どういう事?」
「あのね…」
次の瞬間、どさっという音と同時にぽきっという不気味な音が響いた。ネビルは手首を骨折し医務室へ運ばれる。その最中、フーチは絶対に大人しくしていること、と言い残し去って行った。
勿論、そのチャンスを逃すことなくマルフォイはネビルのポケットから頃がった思いだし玉を拾い、取りに来いとハリーを挑発する。これでハリーに罰則を与えるつもりでいるんだろうか。しかし、ハリーはマルフォイが投げた思いだし玉を上手にキャッチし、見事に着地して見せる。その時のマルフォイの表情といったらもう。
「やったぜハリー!」
「ハリー・ポッター!」
浮き足立つ気持ちもマクゴナガルの声によって一気に冷却される。ハリーはマクゴナガルに連れられ城内へ戻ってしまった。マルフォイはにやにやと笑みを浮かべ満足げに腕を組んでいる。すると、ふと名前と目が合い馬鹿にしたような笑みを浮かべてきた。
「君のお友達はかわいそうだね、これで一気にマグルの家に逆戻りだ」
「それはないんじゃないかな……」
「なんだと?」
いつまでも一言一言でビクビクしていたら、男じゃない。名前は勇気を振り絞りマルフォイに言い放つ。
「きっと、ハリーはグリフィンドールのクィディッチチームにスカウトされたんだ」
「一年生はなれないんだぞ、まさか、そんなことも知らないのか?カザハヤ家のくせに?」
「なれないとは一言も記されてないよ、確か、グリフィンドールのシーカーの席が空いているって上級生が言っていたから、確かだと思うよ」
誰だってあのテクニックを見れば、シーカーにスカウトしたくなるよ。とハリーをほめたたえるとグリフィンドール生は名前に続きハリーを褒めたたえる。そして最後に名前はマルフォイに痛恨の一撃を食らわせた。
「これでもし、ハリーが本当にシーカーになったら君には感謝をしなくてはだね、マルフォイ」
これには流石のマルフォイも言い返せないようで、顔を真っ赤にしながら散々名前を貶した揚句、フーチが再びやって来ても授業中名前をどうやって箒から落とすか躍起になった。
それから数週間後、名前の言った通りハリーはシーカーになり、おまけに最新型の箒まで送られた。マルフォイは顔を真っ赤にし悔しそうにハリーと箒を見つめる。と、隣で静かに本を読む名前に目を向けた。
「……カザハヤ家の権力を使ったんだろ?絶対にそうに違いない、だって、君は本来持ち込んではいけないペットを持ち込んでるんだからな…僕は知ってるぞ……」
「だとしたら、君もそうなんじゃないのかい?君はマルフォイ家だろ?」
「ふん、僕はそんな汚い手は使わないさ……見てろよカザハヤ……君の家は所詮3流だ……それを思い知らせてやる」
マルフォイVSハリー&名前の戦いはその後有名な話となる。だが、名前の女子生徒人気は下がることなくマルフォイはそのたび女子生徒を睨みつけることとなる。
そんなある日の休み、名前は珍しく1人で図書室に来ていた。というより、女子生徒から逃げていた訳なのだが……。
「あなた、名前・カザハヤでしょ」
「っわ……えっと、ごめん今取りこんでて…」
「ふふ、別に私はあなたを追っかけようとも思わないわよ、安心して……あの子たち本当に暇よね、あなたを追っかける暇があるんならもっと勉強した方がいいんじゃないかしら」
彼女は確か、コンパートメントであったハーマイオニー・グレンジャーだ。あの時はなかなか話せなかったが今なら話せるような気がする。ハリー達と話しているうちに、なんとなくある程度の人とは気兼ねなく話せるようになってきた自覚はある。それに、彼女は先ほど言った通り自分を追いかけてくる暇な女の子ではないみたいだし。
「ハーマイオニーだよね?あの時は話ができなかったけど……勉強しにきたの?」
「えぇそうよ、レポートを全部終えてしまったのだけれども、これからの予習をしようと思って来たの。そしたらあなたと出くわしちゃって驚いたわ」
「ごめんね…おれがいると煩くなるから、早急に撤退するね」
「ここの裏から通った方が、誰からも見つからず外に出られるわよ」
「ありがとう」
ハーマイオニーが言った通り、誰からも見つかることなく廊下に出ることに成功した。彼女とは仲良くできそうだ。名前はそれから時々ハーマイオニーに話しかけるようになった。
それから月日はあっという間に流れ、ハロウィンがやってきた。名前は法事があるので校長に無理を言って日本に戻ることとなっていた。名前の家の事情も文化風習が違う事もダンブルドアは分かっていたので、姿くらましで名前を日本まで送り届けてくれた。法事が終わればすぐに帰ってくることになっているので、翌朝一番に戻る事にした。曾おじい様の何十回忌かは忘れたが、ともかく日本では法事は大切な行事なので、カザハヤ家の長男である名前が出席しない訳にもいかないのだ。ハリー達にそれを告げると残念そうにされたが、風習ばかりはどうしようもない。友人たちに見送られ、名前はダンブルドアと共に日本までやってきた。
「さて、わしはもう戻らなくてはならん……帰りはカズヨが送ってくれるそうだから安心じゃな」
ちなみにカズヨとは名前の祖母のことである。家の門には祖父母が立っていて、ダンブルドアを見つけると礼儀正しくお辞儀をする。ダンブルドアもその国の風習に沿ってお辞儀をした。
「久しぶりじゃのう2人とも、元気にしとったか?」
「えぇおかげさまで。無理を言って申し訳ない」
「いいんじゃよ…その国の文化なのだからの、では、カズヨ、頼んだよ」
「はい」
ぱちんと音を立てて姿くらましをするダンブルドアを見送り、名前は重たい足を再び家へ向ける。折角家を出れたと言うのに、どのみち自分は此処に戻ってくる運命のようだ。
「……名前、着物に着替えなさい」
「はい、おばあさま」
「それと、首のアクセサリーは仕舞いなさい」
「…はい、ごめんなさい」
そういえば首にかけていたのを忘れていた。これだけは肌身離さず持っているので、ついつい付けている事を忘れそうになってしまう。名前は自分の部屋に戻り、畳の感触を懐かしんだ。そういえば、これが日常だったっけ。
古い家とはいえどもしっかりと管理されたそこは常に畳は新しく取りかえられ、足のうらに藁が刺さった事など一度もない。畳の匂いは好きだが、この家の空気は何となく好きにはなれなかった。黒い着物に着替え、仏間へ向かう。仏間の天井には先祖代々の写真が飾られ、どれも厳格な表情をしている。ここに来ると突然肩が重たくなる。まるで先祖に品定めでもされているかのようだ。
「名前…準備は出来たか」
「はい」
業務連絡のような会話しかこの家では交わす事は無い。あのダンブルドアに対してですら淡々と終わるほどだ。食事中は静かにしなくてはならないし、家にいる間は小太郎ぐらいしか話相手はいなかった。小太郎はかというと、久々の我が家に身体を伸ばし安心しきっているようだ。
名前が好きでもない親戚と法事を行っている間、ホグワーツでは大変な事が起こっていた。夜、何者かがトロールを城内に招き入れ、生徒たちを混乱させた。ロンやハリーのおかげでトロールは無事捕獲されたが、特に罰則が与えられなかったのは一年生ながらもトロール相手に無事で居られたが為だった。
名前は親戚のどうでもいい話を聞き、ホグワーツに戻ってきたときにはぐったりしていた。ハリー達から興奮しつつトロール退治の話をされてもまったく感情移入ができなかったし、ともかくホグワーツに戻れたことにひと安心した。
ハリー達がハーマイオニーと時々話をしていたのは知っていたが、いつの間にかにこんなに仲良くなっていたんだろう。それに気がついたのは11月に入って、クィディッチシーズンが訪れてからのことだった。
ハリーがシーカーとなって初戦を迎える朝、ハリーは緊張のあまり朝食が喉を通らないようで、ハーマイオニーに何か食べないと、と注意されているところだった。名前は隣でそれを見つめながら、いつの間に仲良くなったのだろうかと考えた。そういえばハロウィンの日事件があったと言っていたが、それから仲良くなったのではないだろうか……。自分のいない間にそんな大きな事が起こっていたとは、運がいいんだか、悪いんだか。
「名前、どうしたんだい?」
「ネビル…いやさ、あの3人、いつの間に仲良くなったんだろうなぁって」
「あぁ…名前はいなかったからね、あの3人でトロールを倒して、それ以来意気投合したんだよ」
「へぇ……でも、ハーマイオニーは良い子だよね」
「意外だなぁ、君が女の子の事を褒めるなんて」
「……そうかな」
「だって君、ちょっと女の子が苦手じゃないか」
別に苦手な訳じゃない。ただ、会話が繋がらないだけであって…。
「女の子との会話は悩むんだよ、何を話したらいいか分からないし……それに、きゃーきゃー声を上げられると、びっくりしちゃうから……」
「……君に女の子関係の疑問を投げかけない方がよかったのかもしれないなぁ」
「…え?」
「ううん、なんでもない」
正直、何もしていないのにここまで女の子にモテる名前がネビルは羨ましいのだ。だが、自分の容姿と名前の容姿では月とすっぽんだ、と諦めているのも事実。いつかは自分を好いてくれる女の子が現れる、その希望だけは抱いていたいネビルであった。